05話 薬草採取
俺がこの世界に転生してきた村は、決して裕福な場所ではなかった。むしろ、貧しい村と言ったほうが正しいだろう。王都からかなり離れた場所にあり、外の人間社会とはほとんど隔絶されている。ほかの地域との交流や交易もほとんどなく、そのせいで村人たちの暮らしはかなり厳しいものになっていた。
毎月、村から一人か数人が王都へ向かい、交易を行うことになっている。村人たちが集めた品物を売るのだ。薬草のこともあれば、鉱石のこともある。そして今日は、王都へ届ける薬草の納期だった。
しかし、村で用意した薬草の量は、王都から要求された数にはまだ足りていなかった。
村で薬草に一番詳しいのは、俺の母だった。
というより、薬草について本当に詳しい人間は、村では母しかいなかった。
そんな大事な日に限って、母の身体に異変が起きた。
明らかに体調を崩していて、歩くことさえ難しい。それでも母は、村の負担になりたくないからと、無理に身体を起こして森へ薬草を採りに行こうとしていた。
そんな母を、俺が黙って見ていられるはずがない。
俺は母の代わりに、薬草を採りに行くことにした。
当然、母はすぐに反対した。
俺が薬草についてほとんど何も知らないことを知っているからだ。
実際、その通りだった。
前世の俺だって、薬や薬草について研究したことなど一度もない。
だが、母が何より心配していたのは、森のほうだった。
あの森は、それなりに危険な場所だ。時々、野生の獣が現れることもある。
そんな場所へ、まだ四歳を少し過ぎたばかりの俺が一人で入る。母が心配するのも無理はない。
「ダメよ、ライアン!」
「どう考えても、あなたを行かせるわけにはいかないわ」
「ゴホッ……ゴホッ……」
しばらく母と話をしたあと、俺は自分が必要な薬草について把握していることを伝えた。
それに、薬草について書かれた本も持っている。そこには薬草の特徴だけでなく、どこに生えているのかまで記録されている。
俺がやることは、その本に書かれている場所へ行き、目的の薬草を見つけて採取するだけだ。
それでも、母の心配は消えなかった。
「大丈夫だよ、母さん。俺なら平気だから」
「でも……でも……」
「心配しないで。森に行って薬草を探して、それを採ったらすぐに帰ってくるから。ちゃんと気をつけるよ」
「でも、森は危険なのよ。もし野生の獣に遭遇したらどうするの?」
「無闇に歩き回ったりしないよ。本に書いてある場所だけを探して、すぐに戻ってくるから」
「でも……」
「大丈夫だって。それじゃ、行ってくるね」
俺が玄関へ向かうと、後ろから母が手を伸ばしてきた。
その瞳には、今にも涙がこぼれそうになっている。
……よく考えてみれば、なんだかおかしな話だ。
四歳を少し過ぎたばかりの息子を、今度はその息子自身が慰めている。
「コツン!」
俺が扉を開けた瞬間、何かにぶつかったような音がした。
「いたっ! 痛い!」
「ん? 何だ?」
「エリ? お前、俺の家の前で何やってるんだ?」
そこにいたのは、やはりエリだった。
どうやら、俺と母の会話を家の前でずっと聞いていたらしい。
エリは身体についた埃を払い、服を整えてから立ち上がった。
「な、何よ……。た、たまたま通りかかっただけだよ」
そう言いながら、エリは俺から視線を逸らした。
こいつは、昔から人をごまかすのが下手だ。
「そうか。じゃあ、俺は行くから」
「ま、待って!」
「何だ?」
「その……森に行くんでしょ? 森は危険だから、この英雄である私があなたを守ってあげる!」
「断る」
俺はエリの反応など気にせず、そのまま歩き始めた。
当然、俺が一人で森へ向かうことを許してくれるはずもなかった。
エリは俺の後ろを、ずっとついてきた。隠れているつもりなのだろうが、俺には簡単に分かる。
もう、こいつのやることには慣れてしまった。
俺が振り返るたびに、エリは木の陰や岩の後ろ、あるいは近くにある障害物へ慌てて身を隠す。
「英雄っていうのは、一般人に道を開けさせるものじゃないのか? ほら、出てこいよ」
俺はわざと振り返り、後ろへ向かって声をかけた。
エリを出てこさせるためでもあり、少しからかってやろうという気持ちもあった。
案の定、エリはこのまま黙っていることなどできなかった。
すぐに隠れていた場所から顔を出し、自信満々な表情を浮かべる。
「私の存在に気づくとは……なかなかやるじゃないか」
「よし、この討伐では、この英雄である私がお前を守ってやろう!」
こうして俺たちは、二人で森の奥へと進んでいった。
* * * *
本に書かれていた情報によると、今回探さなければならない薬草は三種類。
一つ目は、ドレヴマイア。
湿った暗い場所に生えるキノコで、群生していることが多いため、見つけるのはそれほど難しくない。ドレヴマイアには、バーンロットという病気を治療したり、症状を軽減したりする効果がある。前の世界の言葉で言えば、非常に高い熱が出る状態に近いものらしい。
二つ目は、ポイズンドレイン。
地面を這うように伸びる植物で、これも群生していることが多い。軽度の毒を治療する効果がある。さらに、ほかの薬草と調合することで、中程度の呪いを浄化することもできるらしい。
そして三つ目は、マナアンカー。
乾燥した場所に生える、淡い青色の花だ。この花は土から栄養を吸収する必要がなく、自ら栄養を作り出して生命を維持する。さらに、その栄養を周囲の植物にも分け与える性質まで持っている。
そのため、見つけるための目印はかなり分かりやすい。本来なら乾燥しているはずの場所なのに、そこだけ植物が青々と茂っている。そんな場所を見つければ、マナアンカーが生えている可能性が高い。
その効果は、魔力を調整して安定させること。さらに、魔力の制御を助け、脈の流れを整える働きもある。
ただし、採取するときには根まで完全に抜かなければならない。そこが厄介なところだ。マナアンカーの根は非常に長く、地中深くまで伸びているからだ。
長い距離を歩き続け、ようやく最初の薬草が生えている場所を見つけた。
俺はすぐに近づき、採取を始める。
周囲には別のキノコもいくつか生えていたが、そのほとんどは鮮やかな色をしているため、見分けるのは簡単だった。
俺が必要なものを採ることに集中していると、好奇心旺盛なエリが、その中の一つを手に取った。
「ねえねえ、ライアン。これ何? すごく綺麗だよ!」
俺はあまり気にせず、作業を続けながら適当に答えた。
「毒があるぞ。食べるなよ」
「モグ……モグ……」
俺の言葉が耳に届くよりも早く、背後から何かを噛む音が聞こえてきた。
俺の手が止まる。
そして、ゆっくりと振り返った。
「……お前、何してるんだ?」
「う……うん……え?」
そう。
こいつ、食べやがった。
色鮮やかなキノコほど危険だなんて、子供でも知っていることなのに。
……エリ。
俺が呆れている間にも、キノコの効果が現れ始めた。
エリの身体に、少しずつ黒い斑点が浮かび上がっていく。
そして、その部分が次第に腫れ始めた。
普通なら、こんな症状が出たら慌てて、その黒い斑点をどうにかしようとするだろう。
だが、それは普通の人間ならの話だ。
エリは違った。
「ハハハハハ! 何これ!? すごい!」
「どこがすごいんだよ! 早く、解毒できるものを探さないと!」
「ほら、ライアンも食べてみる?」
エリは別の鮮やかなキノコの房を俺へ差し出してきた。
……こいつ、俺を殺す気か?
その後も歩き続けていると、エリは身体を何度も掻き始めた。
よほど痒いのか、道端の木に身体を擦りつけるほどだ。
やがてエリは息を切らし、今にも限界を迎えそうな顔で呟いた。
「ハァ……ハァ……。ライアン……私、もうすぐ死ぬのかもしれない……」
弱々しく、乾いた声だった。
……いや、そこまで深刻な状態じゃない。
ただ、ものすごく痒いだけだ。
さらにしばらく歩いていると、今度は別の問題が起きた。
突然、一本の蔓がエリの身体に絡みついた。
そして、そのままエリを上へと引っ張り上げる。
気がつけば、エリは木から宙吊りになっていた。
俺はその光景を見上げながら、もはや何と言えばいいのか分からなくなった。
本当に俺は、エリを守るために連れてきたのだろうか。
それとも、こいつが起こすトラブルを片っ端から解決するために連れてきたのだろうか。
しばらくして、ようやく俺たちは二つ目の薬草――ポイズンドレインが生えている場所へ到着した。
俺はすぐに採取を始める。
これでようやく、エリの毒を治療できる。
「なあ、エリ。これを食べてみろ」
俺は振り返り、採取した薬草をエリに渡そうとした。
……しかし。
そこにエリの姿はなかった。
「……あれ?」
俺は森の中を見回した。
それから、さっきまで歩いてきた道のほうへ視線を向ける。
エリがいない。
「エリ……」
俺は額に手を当てた。
心の底から、ただ一つの感情が湧き上がってくる。
「少しはトラブルを起こすのを控えてくれないか?」




