011話
俺にも、いつの間にかどれくらい時間が経ったのか分からなくなっていた。前の俺は、一分一秒はもちろん、仕事に使う時間まで細かく計算していたものだ。
それが、この世界に来てからは時間をあまり意識しなくなった。今の生活に慣れて、流れていく時間をそのまま受け入れるようになったのかもしれない。
あの頃は泣いてばかりだったアンメイとリュウスイも、今では少しずつ成長している。二人の才能鑑定が始まってからも、かなりの時間が過ぎた。
周りの期待に応えるように、二人とも優れた才能を持っていた。アンメイは火属性、リュウスイは水属性だ。正反対の属性を持っているせいか、二人はよく言い争っている。ほんの些細なことでも、どちらも簡単には譲らず、いつまでも話が終わらないこともあった。
俺とリュウスイは、手合わせを重ねるうちに以前よりも親しくなった。父さんからは、リュウスイの身体を鍛える役目を任されている。
魔法については、母さんが二人を直接指導していた。母さんはこの分野にかなり詳しい。図書館には大量の魔法書があり、そこから得た知識も含めて、二人それぞれの得意なところや苦手なところを見ながら、必要なことを教えている。
そんな優れた先生がいるというのに、リュウスイが目を向けているのは魔法ではなかった。
本人がやりたがっているのは、俺やエリと一緒に剣の稽古をすることだ。
そんなところを見ていると、なぜか幼い頃のエリを思い出す。二人とも、自分で選んだものに対して妙な頑固さがある。一度決めたことは、なかなか変えようとしないのだ。
この先、二人がどんな道を選ぶのかは分からない。それでも、二人ともきっと強くなるだろう。できることなら、その力を正しい道のために使い、英雄と呼ばれるような人になってほしいと思っている。
そんなリュウスイとは違って、アンメイはどうも俺にあまりいい感情を持っていないようだった。
・ ・ ・
「触らないで」
アンメイが俺に向かって声を荒らげた。
「でも……そんなことをしたら危ないぞ」
俺はアンメイの身を心配しているだけだ。アンメイは普段からエネルギーを使いすぎることが多い。このまま無理を続ければ、そのうち身体が耐えられなくなってしまう。
「ニイサンの言う通りだよ。そんなことしたら危ない」
後ろにいたリュウスイも、俺の言葉に同意した。
「兄さんと遊びたいなら、勝手に遊べばいいでしょ」
そう言い残して、アンメイは部屋を出ていった。最後には扉を強く閉め、その音が部屋中に響く。
「ニイサン、気にしないで。あとで俺があの子に言っておくから」
リュウスイが俺を見ながら慰めてくれる。
そこまで落ち込んでいるわけではない。以前にも似たようなことがあったから、俺自身はそれほど気にしていなかった。ただ、この空気が少し気まずいのは確かだ。
「大丈夫だ。それよりリュウスイ、今日は母さんとの訓練があるのか?」
「うん、あるけど……今日は母さんと訓練したくないな」
「じゃあ、今日も兄さんと一緒にサボるか?」
「本当、ニイサン?」
「ああ、本当だ」
「やった!」
嬉しそうなリュウスイの顔を見ていると、子供に学校をサボらせているような気分になってくる。
まあいいか。俺はリュウスイがやりたいと言ったことに付き合っているだけだ。
二人で家を出ると、いつもより足音を抑えて歩いた。向こうでは母さんがアンメイに教えている。気づかれないよう、できるだけ慎重に足を運んでいく。
こうして俺たちは、最大の難関だった母さんの目を無事にかいくぐった。
向かった先は、昔からよく知っている森だ。以前の戦いで父さんが半分以上をなぎ倒してしまった場所だが、時間が経つにつれて母さんが魔法で少しずつ元の状態へ戻していた。そのたびに父さんのことを叱っていたせいで、父さんは数日ほど精神的に参ってしまったほどだ。
「ニイサン、ここ?」
リュウスイが周囲を見回しながら尋ねる。
「思いっきり遊べるぞ。こんなにいい場所はないだろ?」
その言葉を聞いた途端、リュウスイの顔が明るくなった。
「うん!」
「でも、ここが俺の連れてきたかった場所じゃない」
「え?」
「ついてこい」
二人はさらに森の奥へ進んでいった。歩く距離が長くなるにつれて、葉の擦れる音もはっきりと耳に届くようになる。
しばらくして、俺たちは広い草原の前で足を止めた。
* * * *
「うわああ、すごい!」
リュウスイは目を大きく見開き、そのまま草原へ駆け出していった。
「すごいだろ?」
「うん!」
ここは、俺とエリが子供の頃に見つけた場所だ。二人でよく遊びに来ていたこともあって、俺にとっては思い出の場所でもある。
ここで風に当たっていると、自然と身体の力が抜けていく。何も考えずに座っているだけでも、胸の中に残っていた緊張が少しずつ消えていくように感じられた。
風が草原を吹き抜けるたび、草が一面に揺れていく。辺りは静かで、聞こえてくるのは風の音くらいだ。目の前には広い空が広がり、そこにいるだけで気持ちが落ち着いてくる。
リュウスイは宝物でも見つけたかのように草原を走り回っていた。その様子を見ていると、幼い頃の俺とエリの姿まで思い出してしまう。
初めてここを見つけたときの俺たちも、今のリュウスイと同じようにはしゃいでいた。
「ははは、ここすごくいいね」
一周してきたリュウスイが、俺のところへ戻ってくる。
「リュウスイ、少し座るか」
「うん」
リュウスイが俺の隣に腰を下ろした。
俺はしばらくその顔を見てから、話を切り出した。
「ちょっと聞きたいんだけど、正直に答えてくれ。リュウスイも、アンメイみたいに俺のことを少し嫌ってたりするか?」
「え?」
「その……分かってると思うけど、俺は昔、二人とあまり一緒に過ごさなかった。時間があるときも、二人と過ごすことは少なかったしな。そういうこともあって、二人との間に大きな距離ができてしまったんじゃないかと思ってる」
そこまで話してから、俺は自分が子供にするには少し答えにくい質問をしてしまったことに気づいた。
リュウスイはすぐには答えず、少し考えている。
「…………」
「なんで、そんなことで兄さんを嫌いにならないといけないの?」
リュウスイは俺を見ながら、さらに言葉を続けた。
「俺はまだ知らないことも多いけど、一つだけ分かるよ。兄さんはずっと頑張ってるよね。父さんから、兄さんが昼も夜も、身体が動かなくなるまで訓練してたって聞いたことがある」
そこで一度言葉を止め、リュウスイは続けた。
「俺、そういう人を嫌いじゃないよ」
その答えには、少し驚かされた。
「それに、兄さんはこんなにすごい場所に連れてきてくれた。なんだか身体の力が抜けていくみたいでさ。ここに座って、周りの景色をずっと眺めていたくなるよ」
なるほど……。
思っていた以上の答えが返ってきた。
これが、年齢以上に大人びているということなのだろうか。
俺はリュウスイの頭を撫で、そのまま抱き寄せた。
「お前、ずいぶん大人びてるな」
「えへへ、普通だよ」
それから俺たちは、しばらくそこで話を続けた。普段の生活のことから、特に意味のない話まで、いろいろなことを話した。
そんな他愛のない話でも、二人で話していると不思議と飽きなかった。こういう何気ない時間が妙に心地よくて、できることならもう少し続いてほしいと思った。
俺はリュウスイにエリのことも話した。これまで何度手合わせをして、そのたびにどれだけエリにやられてきたのかまで話してやった。
そう考えると、俺はエリとかなり長い付き合いになったんだな。
最初は、たまたま出会った子供としか思っていなかった。その後、半ば強引に友達にされた。
それから長い時間を一緒に過ごしてきたせいか、エリに付きまとわれることも、いつの間にか俺の生活の一部になっている。
もしある日、エリが俺のところへ来なくなったら、きっと何か物足りなく感じるんだろうな。
「しまった、遅くなっちゃった、ニイサン」
リュウスイが空を見上げ、突然声を上げた。
「分かった。急いで帰ろう」
二人ですぐに草原を離れ、村へ向かって全力で走った。俺はヴァルも使って身体を補助する。自分の加速技術も使ったことで、リュウスイはそれほどエネルギーを消耗せずに、かなり速く移動できた。
「よかった、間に合った」
「気をつけて歩けよ。母さんに見つからないようにな」
二人は再び足音を抑えながら歩き始めた。できるだけ静かに進もうとするほど、緊張も強くなっていく。足が地面に触れるたびに心臓が大きく鳴り、母さんに見つかっていないかと落ち着かない。
ところが、そのときだった。
リュウスイがうっかり一本の枝を踏んだ。
「パキッ」
普段なら気にも留めないような小さな音だった。
今の俺たちには、それが死を告げる鐘のように聞こえた。
背後から、恐ろしい気配が一気に伝わってくる。
二人とも、その場で身体が固まった。
さっきまでの忍び足も一瞬で恐怖に変わった。上の歯と下の歯が何度もぶつかり、身体から血の気が引いていく。まるで氷の世界に放り込まれたような感覚だった。
「ライアン!」
背後から母さんの声が響いた。
俺はゆっくりと振り返った。それでも、この女性を前にすると、身体の震えを隠すことができない。
「二人とも、何か言うことはある?」
……
「二人とも、自分たちが悪かったって分かってる? どうして勝手に森へ入ったの? 危ないって分かってるでしょう?」
「はい……」
俺たちはその場に座り込み、誰も母さんの顔をまともに見られないまま、深く頭を下げた。
「それから、ウスイーちゃん。どうして授業をサボったの? 母さん、怒ってるからね」
「はい。もうしません」
「メイイーちゃん、お兄ちゃんたちが帰ってきたわよ。こっちに来なさい」
母さんが呼んだのは、いつの間にか家の前に立っていたアンメイだった。
「ふん」
アンメイはそれだけ言うと、背を向けてその場から離れていった。
母さんはアンメイの後ろ姿を見送ってから、俺のほうを向いた。
「妹の代わりに、母さんが謝るわね。あの子のこと、怒らないであげて」
「はい。俺があの子を嫌いになれるわけないですよ」
翌日、また窓から差し込んだ光が俺の顔を照らした。
俺は部屋を出て、いつものように身支度を整える。近くにはアンメイもいたが、俺の姿を見ると、すぐに離れていった。
俺もアンメイを呼び止めなかった。
今ここで無理に距離を縮めようとしても、かえって二人の間にある距離を広げてしまうかもしれない。いつかちゃんと話せる機会が来たら、そのときに話せばいい。
そのまま食卓へ向かうと、二人の弟妹はすでに席についていた。今回はアンメイの近くには座らず、少し離れた場所を選んで食事を始める。
「今日も美味しいね、母さん」
「たくさん食べてね。そのあとは、昨日の分も含めて、また母さんと訓練しましょうね」
母さんは優しそうな顔でそう言った。口元には、聖母のような穏やかな笑みが浮かんでいる。
それなのに、なぜか嫌な予感がした。
背中に冷たいものが走る。
さっきまで美味しいと思っていた料理まで、急に味が分からなくなったような気がした。
食事を終えると、また三人で逃げ出さないようにするためなのか、母さんは俺たち三人を魔法で浮かせ、そのまま外へ連れていった。
ただ、今回は俺は外から二人の訓練を見ているだけだ。
二人とも魔法の基礎はある程度身についている。今はさらに、魔力を細かく制御することを中心に訓練していた。
簡単そうに聞こえるが、母さんが求めているのは普通の魔力制御ではない。
二人には、身体の中を流れる魔力の小さな変化まで感じ取りながら、細かく調整するように言っている。少しでも余分な魔力を外へ漏らせば、母さんはすぐに気づいてしまう。
リュウスイは、蔵が広がっているおかげで大量の魔力を持っている。けれど、その分、魔力を細かく扱うのはかなり苦手だった。
まあ、それも当然かもしれない。
ほとんどの時間を、俺と一緒に逃げ出して訓練しているんだから。
アンメイは違った。
俺の弟よりも才能があり、魔力の制御も以前とは比べものにならないほど上達している。最初の頃と比べれば、今のアンメイの魔力の動きはかなり安定していた。
「よくできてるわ、メイイーちゃん。そのままの状態を保ってね」
「はい」
母さんは次に、リュウスイへ視線を向けた。
「ウスイーちゃん、集中して。余計な魔力を外に出さないようにね」
「うん、頑張ってるけど……難しいよ」
リュウスイは顔をしかめながら、身体の中で揺れている魔力の量を調整しようとしていた。




