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楓と蓮に連れられ、新宿署で別の警察官に引き渡された後、とある部屋へと案内された。
「少し待っていて」と担当らしき女性警官が出ていった部屋の中で、菖蒲は酷く緊張していた。
「……そこまで硬くなることもないじゃろ」
反して、緊張感なくあくびをこぼした椿は、用意された椅子ではなく、部屋奥の隅に腰を下ろす。
あまりにも緩みきった椿の様子に、菖蒲は若干の苛立ちを覚えつつも姿勢を正した。
「警察に補導されるの、初めてだもん。緊張もするよ」
「そのケーサツ、というのはなんじゃ」
「悪い人を取り締まったり、みんなの安全の為に街の中を回ったり……とか、そういうお仕事をしてる人」
思いつく限りの警察に対するイメージを伝えると、納得したように、ああ、と椿は頷く。
「検非違使の類か。人の世はいつになっても変わらんの」
「検非違使って……平安時代のやつじゃないの?」
「知らん。我に年号を問うな」
「……」
「我は少し眠る」
そう宣言した数秒後に、椿はくうくうと寝息を立て始めた。
裾が乱れることも気にせず組まれた足に、菖蒲は眉間に皺を寄せる。
せめて見えないように、と着物を直していると、コンコンコン、と扉を叩く音が聞こえる。
眠っているように見えて、ノックの音に椿の耳だけがぴくりと僅かに動いた。完全に眠っているというわけではないらしい。
「入っても大丈夫かしら」
「あ、はい」
入ってきたのは、先程部屋を出ていった女性警察官だった。
温かいお茶の入った湯飲みを置き、女性警察官は名刺を差し出した。
名刺には、〝新宿署 少年課 佐藤はるみ〟の文字。
「すみません、妹が寝てしまって……」
「大丈夫。先にあなたとお話してもいいかな?」
優しげな表情で笑う佐藤にほっとし、菖蒲はお茶に口をつけた。
「それで……早速で悪いんだけれど、貴方の名前を、もう一度聞かせてもらえるかしら」
「あ、はい……」
向かいに腰を下ろした佐藤は、バインダーを広げて菖蒲の情報を書き込んでいく。
生まれ年と年齢は覚えていないことにして、話せるだけの情報を伝えた。
「これで、いいかしら」
差し出されたバインダーを受け取り、記載された内容に目を通す。
伝えた通りに記載されていることを確認し、書類を戻そうとしたところで、左上に記入されている日付に目が留まった。
「え……」
「何か、間違っているところ、あったかな」
「……」
佐藤からの問いに、菖蒲は答えることが出来なかった。
〝二一二六年三月一五日〟
菖蒲は、バインダーを持つ自分の指先が冷えていくのを感じる。
手書きで記されたその日付は、桜に呑まれたあの日から、約百年後を示していた。
「……思い出しました、私の歳」
そう呟いた声は、震えていた。
冷えた指先でペンを握り、菖蒲は自分の年齢から逆算した〝二一〇八年〟を書き込む。
自衛とはいえ、過去を消すための嘘に、ぐう、と胸が締め付けられる。
それ以上、その書類を見ていたくなくて、ずい、と佐藤へ押し返した。
「……十七歳」
「……はい」
俯いたままこくりと頷くと、少し待っていて、とだけ告げて、バインダーを手に佐藤は部屋を出ていった。
菖蒲の頭の中は、たくさんの事が犇めいていて、考えがまとまらない。
あの暗闇の中で、百年という長い年月を過ごしていた。
両親も、友人も、菖蒲のことを知っている人間は、この世に誰一人残っていないかもしれない。
もしかしたら、百年後の世界では寿命の形さえ変わっているのかもしれない。けれど、そんな都合のいい想像に縋れるほど、菖蒲は楽観的ではなかった。
そもそも、自分がどんな扱いになっているのか。
蓮が口にした〝人定確認が出来ない〟という言葉。
死んだことになっている――というより、記録上、この時代に自分は存在していないのかもしれない。
それであれば、照会に引っかからないこともうなずける。
死亡扱いになっているのか、未だ行方不明となっているのか。
何も分からない。一切合切何も。
その後、休憩と待機を挟んで、佐藤から色々質問をされた。
どこから来たのか。何をしていたのか。親の事、学校の事。その他諸々。
しかし、菖蒲は何を聞かれても、口を噤んだ。
答えを求められても「言いたくありません」で押し通した。
答えることは簡単だった。けれど、うっかり口にしたことが今の時代と乖離していた場合、菖蒲は辻褄を合わせることが出来なくなる。
時間を追うごとに疲労が色濃くなっていく佐藤に申し訳なさを覚えながらも、沈黙を崩すことは出来ない。
いくつかの問答、佐藤の退席、休憩を繰り返し、気が付けば窓の外が白み始めていた。
「少し、待っていてね」
ちらりと腕時計を確認した佐藤は、それだけを告げてまた部屋を出る。
いつになったら解放されるのか。
先の見えない状況に辟易しているのは菖蒲も同じ。
ちらりと椿に目を向けると、ここに来た時と同じ体勢のまま目を閉じている。
物音に反応している様子はあるから、せめて助け船くらい……と恨めしく思うも、余計な事を口にされたらそれこそややこしいことになる。
どうしたらいいのか……と、菖蒲は頭を悩ませながら、ぬるくなった茶に口を付けていると、扉を三度叩く音が部屋の中に響いた。
「……はい」
戻ってきたのは佐藤か。それとも別の警察官か。覚悟を決め、ぐ、と手のひらを握りしめていると、ゆっくりと扉が開く。
その向こうにいたのは――。
「あ……」
「どうも。ゆっくり休めた……って顔じゃないな」
路地裏で声を掛けてきた、土門刑事と天城刑事だった。




