2-3
「妙な二人でしたね」
「ああ」
結局、報告が重なってしまい、仮眠をとる間もなく朝四時を迎えた。
二人が思い返すのは、不安そうな菖蒲と不遜な態度を貫く椿だ。
住基なし。補導歴なし。現住所での一致なし。親と連絡が取れない、という名目で少年課に引き渡したが、そもそも引き渡したところで、何かが見つかる保証はない。
車を路肩に停め、ハザードを点けたまま、楓は神妙な面持ちでハンドルを握っていた。
その横顔に、蓮はため息を吐く。
「またお兄ちゃんの顔してる。楓さんの妹はもうとっくに成人してるでしょ」
「そりゃそうだが。それでも年頃の女の子が二人で歩いてたら心配だろ」
「そういうとこっすよ。一々家出少女に心砕いてたら世話ないっす」
楓には、二つ下に蓮と同級生の妹がいる。御年二十六。菖蒲や椿くらいの年齢はとうに過ぎているが、年下――しかも未成年の女の子、とくれば、庇護欲に似た何かに駆られるのだ。
「……お前、結構冷徹だよな」
よく言えば線引きがしっかりしている。悪く言えば冷徹非道。
職務に厳しい癖に、楓はそのあたりの線が曖昧になりがちで、引き戻すのはいつでも蓮だった。
「あんまり関わりたくないんすよ」
「……」
ふい、と蓮は窓の外へ視線を逃がした。
短い邂逅。得られた情報は少ない。
しかし、蓮の中に違和感を生むには十分だったようで、言葉を選ぶ、というよりも、違和感をどう表現すべきなのか思い悩んでいるようだった。
「それに、楓さんは気付いてないかもしんないっすけど、あいつらは駄目です」
「駄目?」
「特に白髪の……椿、でしたっけ。いや、どっちもか」
うん、と自己完結したように蓮は頷き、シートをずるずると滑り落ちていった。
どっちも、ということは、蓮にとって菖蒲も〝関わりたくない部類〟に含まれる。
これ以上訊いても、恐らくまだ言語化できていないだろう――楓は蓮との付き合いからそう判断し、話を切り上げるためシートベルトを外した。
「飲み物買ってくる。何がいい」
「あったかくて甘いの」
「カフェオレでいいか」
「うん」
疲れのせいか、ぽろりと敬語の抜けた蓮の頭を、楓は軽くぽん、と撫でてから車を降りる。
密行終了まであと五時間。何事もなく終わってくれればいい――これもフラグだろうか。
近くの自動販売機でカフェオレとブラックコーヒーを購入し車へと戻ると、先ほどの考えがフラグだった、と楓は後悔した。
『警視庁から各局。新宿署管内にて、変死事案入電中。現場は新宿歌舞伎町三番通りの恵良ビル。近い局臨場願います』
車に乗り込んだ瞬間入った無線。
変死体。三番通り。あの二人に会う前、喧嘩の仲裁に入った場所である。
蓮は姿勢を正すとマイクを手に取った。
「機捜二〇三、代々木より向かいます」
『警視庁了解』
楓はエンジンを掛け、再び歌舞伎町へと車を走らせた。
臨場した現場は酷いものだった。
死亡したのは二十代男性。テナントとして入っている会社の従業員。
手足は切断され、周囲に散らばっていた。頭蓋も陥没している。
凶器らしきものは現場から見つかっておらず、目立った遺留品も確認されていない。
検視官の話では、死亡推定時刻は午前零時頃~一時頃。丁度楓が菖蒲と椿に接触する少し前にあたる。菖蒲が吐いていたのは現場横の路地裏だった。
第一発見者は、清掃の為に訪れたビルの管理人。現場に防犯カメラはなく、セキュリティには不自然に切られた形跡があった。
事件発生当時、ビル前の往来は多かった。近所のコンビニや、まだ開いていた店にも聞き込みを行ったが、怪しい人物を見たという証言は得られていない。
道に設置されている防犯カメラは、所轄に確認を依頼してある。
機捜としての初動対応は、そこで一区切りとなった。本来なら、役割はここまで――のはずだった。
「……なあ、どう思う」
新宿署で報告書を作成しながら楓が問うと、蓮は深いため息を吐き、作業の手を止めた。
「一番怪しいのはあいつらでしょうね」
「だよなあ」
楓が菖蒲に気が付いた時、周囲に椿の姿はなかった。菖蒲をあの場に残し、どこかへ立ち去った。しばらくして戻ってきたタイミングが、あの時だったのだろう。
あの時、菖蒲は「匂いが」と言っていた。いくら鼻が利くとは言え、外まで血の匂いがしていたとは思えない。
あの二人が何かを知っている可能性は高い。
しかし、継続捜査は新宿署から依頼されていない。これ以上、自分たちの判断だけで捜査することはできなかった。
時刻は九時を過ぎたところだ。
新宿署で必要な報告は済ませた。あとは原宿にある分駐所へ戻れば当番勤務は終了となる。
玄関へ向かい歩いていると、あの、と女性から声を掛けられた。
「どうかしました?」
「二機捜の土門巡査部長と天城巡査部長ですよね」
声を掛けてきたのは、菖蒲と椿を引き渡した女性警察官だった。
夜通し対応に追われていたのか、表情にはありありと疲れが滲んでいる。
「そうですが……二人に何かありました?」
問いは的を射ていたようで、ええ、と女性は頷いた。
「何を訊いても、答えたくないの一点張りで」
「え?」
「その上、改めて照会を掛けたのですが、身元も特定できていないんです」
女性の言葉に、楓は思わず蓮と顔を見合わせた。
「……施設から抜け出した、とか」
「だとしても、何も引っかからないのは変じゃないっすか」
「だよなあ」
孤児であれ、通常なら何らかの記録には残る。
親が出生届を出していない可能性もなくはないが、それならそれで、菖蒲があれほどすんなり住所を答えたことに違和感があった。
楓と蓮が揃って考え込んでいると、あの、と女性警察官が口を開いた。
「ああ、すみません。話が途中でしたね」
「ええ。実はお二人に、お願いがありまして……」
「……俺たち、今日帰れるんすかね」
「二人次第だろ」
最初に接触したお二方に、聴取をお願いしたいのです。勿論、各所に許可は取っていますので――女性に頼まれ、楓と蓮がやってきたのは、二人が保護されている一室の前だった。




