5話 か弱き女王、ディア・ヴィルシュ
補佐官と共に馬車に乗り、ぼんやりと外を眺める。
ロンディネらしい繊細な肌と髪色。瞳は最上の翡翠輝石の如く輝き、頬と唇は薔薇色に色づいている。
我が国の鮮やかなオレンジのドレスが、彼女の白い肌をと翡翠の美しさを見事に引き立てていた。
得も言われぬ胸の苦しさに大きく息を吐いた。
「アラスン殿、いかがしましたか」
「いや……隣国なら言語は学ぶだろうが、動きも洗練されていたことに感心していたのだ」
「美しい礼でしたね。たしか、ヴィルシュ陛下は御年17歳でしたか……アレが初めて来た年齢と同じだと思うと、ますます面白い」
ふわふわと浮き上がっていた気持ちに、突然重石を置かれて眉間に皺が寄りかける。
(ゴミの顔を思い出させるな!)
頭を振って無駄にきらきらした面を追い出し、陛下を思い浮かべる。
馬車よもっと速く走ってくれ。王宮までの道が果てしなく遠い。
――
「……なんて素晴らしいの……!」
見慣れたレオパト王宮を眺めて瞳を輝かせる陛下は美しかった。翡翠は星を落としたように煌めき、頰は薔薇色に紅潮している。
柔らかな手を取り庭園を歩んでいると、場違いなはしゃぎ声が飛び込む。
「猫の人形がいっぱいですね!可愛い~」
なんだこの童は。
「ミュウ。猫ではなく神獣の豹よ。アラスン様、ごめんなさい。わたくしの妹のような存在なの」
妹なら仕方が無いな。
「ふふ、お気になさらず。猫は神獣が地に降りる時の仮の姿と言われているのですよ。陛下はお美しいだけでなく、博識ですね」
……ディア陛下は本当に初めての訪問なのだろう。歩きながら無礼にならない程度に調度品や文様などを楽しんでいる姿を横目で眺める。
後ろには落ち着きのない童と壊れたブリキ人形のような大男。馬の骨と呼ぶのもためらわれる平民だ。
(……この愉快な面子が側近?ロンディネは大丈夫なのか?)
玉座の間の扉に着く。
宰相が立ち止まり一礼をする。
ディア陛下は王笏を童に預け、私の腕から手を引き――思わず、それを制してしまった。
わずかに見開かれた瞳。
「アラスン様?」
意図を図りかねているのだろう。優しく、越権行為を窘めてくださる。
(ロンディネを飲み込もうとする父から、彼女を守るためだ。断じてほかの意図はない)
「御前までお連れいたします」
「……ありがとうございます」
重い扉が静かに開く。
――さぁ、正念場だ。
――
たおやかな指先から緊張が伝わる。
玉座にはサリスト国王陛下。奥には腹心の記録官1名のみ。言質をとろうという意図が透けて見えた。
父と目が合う。咎めるように睨みつけると不思議そうに眉が歪んだ。
(何をとぼけているのやら)
流れるように挨拶を交わす2人。
鈴の音のような声が、レオパト語を滑らかに紡いでいる。
聞き惚れぬよう、後ろで膝をつく。
「ははは、遠慮するでない。武勇伝なぞ乞われておる時が花。存分に自慢すればよいのだ。――ときに、そなたから受け取った『即位の通告』であるが。燕ではなく四つ葉であったな。……意図を答えよ」
空気が揺れ、ざわりとうぶ毛が逆立つ。
――来た。
哀れなディア陛下は、短く息を飲み込む。
「サ、サリスト陛下……そのお言葉は、どのような意味でございますか……?」
「意味もなにも。そのままだ。答えられぬか?」
『国璽はクーズイルから正式に譲位されたゴーミルが持っているはず』
父上自身が一番わかっているであろうに、意地の悪い。
「わたくしは……ただ、必死で……苦しむ民を見捨てられず……」
「ほう。それで?どうしたというのだ?」
「……お父様、に……」
獲物を嬲るような声に、ディア陛下の手から、扇が滑り落ちる。膝が折れ、頬に涙が一筋流れた。
「泣くのか。それでやり過ごすつもりか?アシュレイ・ヴィルシュの娘とは思えぬな」
(ああ、このお方は我が国でも虐げられるのか……)
「ご、ごめんなさい。わたくし……」
これ以上は耐えられない!
私は、ディア陛下と父との間に立ち塞がった!
「――父上!これ以上このお方をいじめなさるな!」
「アラスン、様……?」
「パズウェル、下がれ」
「彼女が何をしたというのか!?民や被災者を救うべく献身を尽くした!それだけではございませぬか!」
「パズウェル」
父の額には青筋が浮かんでいるが、知ったことではない!
「彼女を利用したのはヴィルシュ侯爵家!ディア陛下を簒奪の罪で責めるのは間違っております!」
シンと静まりかえる。
(すでに傷だらけのディア陛下をこれ以上鞭打つのは許せぬ!レオパト国王であろうと、私は退かぬぞ)
背に庇ったディア陛下が、私の式服の裾を握りしめた……手が、震えている。
「……あぁ、ありがとうございますアラスン、いえパズウェル殿下……ですが、陛下がわたくしを疑うのは当然のことなのです」
桜色の唇が、私の名を呼ぶ。
痺れるような心地を隠し、私は目線を合わせて安心させるように手を力強く握った。
――大丈夫。私が貴女を守る。あの猛獣の歯牙にかからぬよう盾となろう。
「私は貴女の潔白を信じております。慈悲深い陛下が簒奪など卑劣な行いをするはずがない!」
「パズウェル殿下……」
背後の気配がゆらりと揺れる。
見つめ合っていたディア陛下は涙を浮かべたまま、儚い微笑みを浮かべた。瞳に決意の光を灯し、ゆっくりと父へ向き直した。
胸元に仕舞った一枚の紙をそっと取り出す。
「……サリスト国王陛下。取り乱してしまい大変失礼いたしました。わたくしは確かに『譲位宣言書』により王位を賜りました。……どうか、お検めを」
膝をつき、震える手で差し出したその紙を父は自ら手に取り――二度見した。
「……燕の印、と……これは、確かにクーズイル殿のサインだ。なにが……一体どうなっておる」
(なんだって!?譲位宣言書が……あった?)
予想外の事態に固まる私たちに、彼女が手に入れた経緯を説明する。
まさか、ジルビア駐在官の言葉がまことであったとは……俄かには信じ難いが、しかしクーズイル元王の署名と印こそ何よりの証拠だ。
ディア陛下は宣言書を丁寧に懐にしまい、小さく呟いた。
「……わたくしが最初にレオパト王国に訪問した理由は、実はもう一つございます。国璽が、この譲位宣言書を作成以降消えてしまったのです」
謁見の間の空気が凍った。
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