4話 聖女ディア・ヴィルシュと加速する誤解
「ディア・ヴィルシュ女王陛下が来訪する?」
アシュレイ・ヴィルシュの野望を知った、あの日からしばらく。我々は再び談話室へ召集された。
「光栄なことに、黄金の都・レオパトが初訪問だそうな。――そうでなくては」
不穏に笑う父。鷹揚に構えているように見せかけて、油断し腹を見せた途端食い破るお方だ。
(私が、お守りせねば)
私は席を立ち背筋を伸ばす。面を笑みの形につくり『陛下』に臣下の礼を取った。
「ヴィルシュ女王陛下のエスコートは、ぜひ大使のわたくしめに。きっとご満足いただけますよう努めましょう」
強張るな。隙を見せるな。
穏やかで、朗らかで、なにより強かさを見せつけねば。
王は首を回し、手元の書類――紙質的にロンディネ産か。即位通告か親善訪問の打診だろうか?――にわずかに目を落とし、口元を歪ませた。
「よかろう。滞在期間中はアラスン大使に任せる」
「……拝命有り難く頂戴いたします」
一礼をして席に着くと、兄弟から「よかったね~」と言わんばかりの拍手で迎えられた。だから、それはやめてくれ!!
陛下……いや、父は変な笑みを浮かべたまま私に言った。
「まぁ、お前ならイケるだろう。期待しているぞ」
「……はい」
――
「パズゥ、ちゃんと理解してる?」
解散後。
席に座ったままの姉が髪を指で遊びながら問うてきた。
「フェルシュ姉様。どういう意味?」
気だるげな容姿だが、その実一番兄弟の中で物言いが厳しい……そんな痛快さが好きで、彼女が嫁いでいってからも交流は続いている。
「お父様の期待に応えられるのかなぁ~って思っただぁけ」
「もちろん、大使としてしっかりエスコートするさ。……お辛い思いをしたのだろうから、レオパトで疲れを癒してほしいよ」
アシュレイから一時的に離れても、我が父の毒牙が待っている。せめてここでは心を癒してほしい。
「……ふぅん。なるほどぉ?ふむふむ」
「なんだよ、フェルシュまで変な笑い方して。気味が悪い」
「あはは、お口が尖ってるわよ。かわいいわねぇ?そんなのでお仕事が務まるのぉ?」
「うるさいな!」
外交の世界に飛び込んで5年間。もう水に身体は馴染み、皆アラスンとして接している。彼女も知っているだろうに、こうやって揶揄してくるから意地が悪い。
「ふふ、そういうところも上手にお出しなさい。そうしたら……ねぇ、きっと簡単よ?……あら、もう旦那が来る時間だわぁ。じゃあねぇ」
姉はするりと立ち上がり扉に向かう。
「何をわけのわからないことを……はぁ、ホラン卿によろしくお願いします!」
「ええ。また手紙を書くわ。任務、頑張ってね」
飄々と去っていく姉を見送り、自室へと足を向ける。
あの人の言葉は煙に巻くようなものが多くて困りものだ。
(切り替えだ、切り替え)
ディア・ヴィルシュ女王陛下……いや、ヴィルシュの名を呼ぶのもためらわれる。
不遜は承知だが、心の中でだけディア陛下と呼ばせてもらおう。
ディア陛下の来訪は10日後。喜んでもらえるよう、しっかりと努めねば。
――
錨の穿つ音が響く。
ロンディネ国の来訪を知らせる音に胸が弾む――外交官になって、初めてのことだ。
桟橋に降り立った新国王一団にロンディネ流の挨拶を行う。
「ロンディネ王国の新たなる太陽、ディア・ヴィルシュ女王陛下!我がレオパト王国にようこそお越しくださいました。ご滞在が良きものとなりますよう、尽力させていただきます。私は、大使を務めております、パズウェル・アラスンと申します」
我が国の伝統色を全身に纏った女王陛下の肌は抜けるように白い。
髪を緩く流し我が国の黄金にも劣らぬ輝きを放つ。翡翠の瞳は喜びと、わずかな陰り。
「ありがとう。とっても素敵な港町ね!レオパト王国訪問は初めてだから、あなたのような方がいると心強いわ!」
流麗な我が国の言語と挨拶に、胸がいっぱいになった。
(ああ、王とは、かくあるもの。やはりあの痴れ者とはわけが違う……!)
しかし、背後を確認してディア陛下の陰りの原因に気づく。
(燕と梟の護衛が半数ずつ……アシュレイ・ヴィルシュはどこまでもこの方を縛り付けるつもりなのか。いや、とにかく今は陛下に寄り添おう)
話題のきっかけにと、陛下が握るベルベットに包まれた王笏に目を向け――。
(なんだこれは?)
王笏ではない。こんな王笏があってなるものか。
錆びている。穴が開いている。……ぐんにゃりと奇妙な形に折れ曲がっている。
(なんだ、これは??)
私の視線に気づいた陛下が微笑みながら首を傾げた。しまった、悩んでいる場合ではない。何か言わねば。
「……歴史を感じさせる杖でございますね」
これは、杖で合っているのか?間違えていないか?ディア陛下は一体何を考えているのか?背中に汗が流れる。
「ありがとう。……わたくしにとっては王笏のようなもので、大切なお守りなの」
眉を下げた彼女は、王笏?をぎゅっと抱きしめた。
あまりに儚くいじらしい姿に、胸を締め付けられる。
これ以上、考えるまい。あのひしゃげた棒は、おそらく謀略が渦巻くロンディネでの心の支えだったのだ。きっと。
私はゆっくりと頷き、優しく返した。
「……素敵なお守りですね。それでは、王宮までお供をさせていただきます」
――貴女が安らげるならば、取り上げるような真似はいたしませぬ――そう、傷ついた心に届くように。
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