2話 聖女の噂と奇妙な大使
クーズイル元国王を受け入れてから、約一ヶ月。
談話室で待つ父のもとへ集った兄弟。そのどこか浮き足立った様子に、蛙の子は蛙だなと自嘲する。
「ロンディネに放った草から、新国王即位の知らせが届いた」
(アレが冠を戴いたのか。……反吐が出そうだ)
しかし、チャンスでもある。
アレが民衆に廃されることは間違いない。
一方で友好関係にあるレオパトは国民印象が良い。折良く起きた災害を使い、入り込む。
先頭に立てれば、あるいは。
しかし、続いた言葉はあまりにも意外なものだった。
――
5つ年上の姉、フェルシュがゆるりと首を傾げて口を開いた。癖の強い黒髪が揺れる。
「ヴィルシュ侯爵家の長女が、新王……?発情猿でも、公爵家でもなく?ディア・ヴィルシュは、あいつの被害者よねぇ?」
「これが、確かなのだ。面白いことに、戴冠式で謁見の間を民にも解放しておってなぁ。クク、草自身が参列したのだと」
「――では暴動は?災害は?」
思わず前のめりになって問う。ああ、皆ほのぼのと笑わないでくれ!こちらは真剣なんだ!
「暴動は止み、災害支援も動き出しておる。ロンディネに『聖女』が舞い降りたそうな」
「神話の時代でもあるまいし、何を馬鹿げたことを!」
「パァズウェール落ち着け~」と次々に頭をかき回される。だから!私はもう22歳だ!!
「まぁ聞け。もちろん、タネも仕掛けもある。『慈愛と節制』のアシュレイ・ヴィルシュのことだ。金と美談で民衆を丸め込み、娘を傀儡として担ぎ上げた。大方そんなところであろう」
目論見が外れたであろう父が笑った。
「ずいぶん、愉しそうですね」
「ロンディネの王は我が手のなかだ。あやつが何をしようと痛くも痒くもない」
(簒奪を盾に叩き潰すも良し、脅して優位を得ても良し、か。抜け目がない。……しかし、それでは私は?)
「……失礼いたします」
「おう。《《頑張る》》がよい」
もう、ここにいる理由はない。
手櫛で髪を整えて、ロンディネ王国の大使館に足を向けた。
――
「よくお越し下さりました、パズウェル王子殿下」
「ジルビア大使閣下。突然の訪問、失礼いたします……貴国のことを耳に挟み、つい足が向いてしまったのです。仕事を中断してしまい心苦しいですが、少し話せるでしょうか」
「とんでもない。我が国に心を寄せてくださり、大変ありがたく存じます」
肌の白い大使に案内され、応接間へ進む。
ソファに腰を下ろすと、センターテーブルにロンディネ特有の甘い香りの紅茶と香辛料が入っていない焼菓子が出された。
彼の国は気候と同じく人も建物も、食物すらも彩度が低い。
自国の激動を知っているだろうに、悲愴感どころか鼻歌でも歌い出しそうな様子だ。それでいいのか、ロンディネ?
「先月より、貴国は落ち着かれなかったと思います。此度の戴冠で少しはお気持ちが明るくなるとよろしいのですが」
「ロンディネにお気持ちを砕いてくださり、誠に感謝いたします。ええ、本当に今は落ち着いております」
「……ジルビア殿は単身赴任でしたね。自国の奥方とご子息は心配ではありませんか?……よろしければ、勤めている方のご家族がこちらで住めるよう父に進言いたしましょうか」
軽く探りを入れると、男はカラカラと笑った。
「ありがたいお言葉です。しかし、ご心配は無用でございます。なにせ、ロンディネには聖女が舞い降りましたから」
(また聖女か)
「聖女、ですか。失礼ながら貴国は少し……難しい状況であったと存じますが」
「ははは、問題ありません。無能卿は元婚約者であられたディア・ヴィルシュ女王陛下に正式に王位を譲位されたのですよ」
元国王がここに居ることを知りながら、本来現国王であるはずの白痴を『卿』呼びし、赤の他人を『女王陛下』と言い切るのか。
「それはなによりです。……しかし婚約者に譲位とは……」
あえて独り言のように呟く。すると、待ってましたと言わんばかりに、鼻の穴を大きくした大使が私に顔を寄せ小声で話し始めた。
「……ここだけの話ですが、私の息子も暴動――いえ『戴冠の儀』に参列したのです」
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