6話 君は、運命の人じゃない
『お尻から国璽事件』から10日。
異国での時間はあっという間に過ぎ、ついに出国の日。
鮮やかな建物と、潮風とスパイスの香り、陽気な国民に見送られ、わたくし達新王一団は埠頭でレオパト王国の国王一行と向き合った。
「親愛なるディア・ヴィルシュ新女王陛下。そなたのさらなる飛躍を心より祈ろう。我々は、貴国との永遠の友好を誓う」
輝ける黄金の国の王に相応しい、大袈裟で尊大な態度とは裏腹に、彼は小さくウインクをした。
――愛されるわけだわ。
「敬愛するサリスト・ナーシェイ国王陛下。偉大なる陛下の期待と友愛、しかとこの胸に刻みました。我がロンディネ王国は、黄金の都・レオパト王国との永遠の友好を誓います」
応えるようにウインクを返し、抱擁を交わす。
民の歓声が響くなか、レオパト王国への公式訪問は幕を閉じた。
――
「……ディア女王陛下!」
見送りの儀礼を終え、客船に乗り込もうとするわたくしを呼びとめる声が届いた。
「パズウェル殿下?」
グリースの手をとって桟橋を渡ろうとするわたくしの手を、彼は祈るように包んだ。
紺でもオレンジでもない、白い私服を身に纏った彼はわたくしをまっすぐに縋るようにみつめる。
「私も連れて行ってくださいませ――ディア・ヴィルシュ様。海を越えて伝わる献身と慈愛、さらに謁見の間での清冽なお姿を拝見し、私が命を捧げるに相応しい素晴らしいお方だと確信いたしました」
……なるほど。妙に肩入れされていたのは、単なる下心や正義感だけではなかったわけか。
さすがに他国でまで崇められるとは思わなかったわね。
「……あなたは、レオパトの王子でしょう。自国に尽くす義務がありますわ」
「庶子の第8王子です。冠は遠く、義務すら届かぬこともある。私ごときが抜けたところで我が国は痛みすら感じないでしょう」
ひとときの沈黙が落ちる。
語学は堪能。頭の回転も良さそうで、なにより血筋と高貴な振る舞いは後から得られるものではない。
真剣な、熱がこもった琥珀色の瞳とぶつかり合う。――わたくしは、眉を下げた。
「駄目です。高貴なる者の義務を捨ててはなりません。……わたくしと共に歩むのではなく、この地に尽くしてくださいまし」
しっかりと、目を合わせ子どもに言い聞かせるように伝える。
断られるとは思わなかったのだろう。彼は端正な顔を痛みに歪め、俯いた。
わずかな躊躇いの後わたくしの手をそっと離し、静かにレオパトの作法で一礼をした。
「甘えた考えをお叱りいただき誠に感謝いたします。――ディア・ヴィルシュ女王陛下」
彼は一歩後ろに引き、美しい琥珀に複雑な光を湛えながら言葉を続ける。
「変わらぬ友情を。貴女がいつ、いかなる理由でこの地に降り立とうと、私は必ず貴女をお迎えいたします」
「……ありがとう、アラスン様。あなたの気持ちは受け取ったわ。……変わらぬ友情を」
背を向け、桟橋を渡る。
しばらくすると汽笛が鳴り、船はゆっくりと岸から離れていった。
――
デッキで見送る者たちに手を振っていると、グリースが横に立ち、縁にのしかかった。
「……よかったのか?」
「何がよ?」
「お前さんにとっちゃ、喉から手が出るほどほしいタイプの人材だろ。……俺らじゃ逆立ちしたってああはなれねぇ」
「……その通りね」
小さく笑う。
「でも、いらないわ。爆弾はあの子だけで十分」
岸に向かって、カラーテープをこれでもかと投げまくっているミュウを見る。
「はは、間違いねぇ」
「それにね?わたくしを聖女扱いする男なんて近くにいてごらんなさい。一生息もつけないわ!」
戯けて両手を広げると、彼は笑ってわたくしの頭をかき回した。
お読みいただきありがとうございました!
王子尻バットまで、あと2話です。ぜひお付き合いください!




