2話 あまり強い言葉を遣わないで
ゆっくりと馬車が停まる。
ノックと共に「到着いたしました」とパズウェルの穏やかな声が届いた。
滑らかに扉が開く。目の前には。
「……なんて素晴らしいの……!」
彼の手を取り、馬車を降りる。
見上げた王宮は、まさに『異国』だった。
ロンディネを石材による硬質の美と表現するならば、レオパトは混沌の美と表現すればいいのかしら。
外壁や屋根まで、国獣の豹を含めあらゆる動物の彫像が飾られ、下品と嘲われそうな程に金箔が貼られている。
それでも統一感が取れているせいか滑稽な感じはなく、不思議な威厳を放っている。
「猫の人形がいっぱいですね!可愛い~」
「ミュウ。猫ではなく神獣の豹よ。アラスン様、ごめんなさい。わたくしの妹のような存在なの」
「ふふ、お気になさらず。猫は神獣が地に降りる時の仮の姿と言われているのですよ。陛下はお美しいだけでなく、博識ですね」
彼は気を悪くする様子もなく答えた。神経質なタイプではないようでよかったわ。
……そういえば港町でも、王宮への道でも猫をよく見かけた。文献以上に猫は愛されている存在のようね。
城門が開き、癖のある髭をゆったりと編んだ壮年の男が深く頭を垂れた。
「ディア・ヴィルシュ国王陛下。ようこそ、レオパト王国へ。私は、宰相を賜っておりますシシン・ムールと申します。サリスト・ナーシェイ国王陛下がお待ちしております。どうぞ、お進みください」
シシンが先導を行い、わたくしはパズウェルの左腕に右手を添える。
複雑な文様が編み込まれた絨毯。不可思議な抽象画。思わず見回したくなる衝動を堪えながら粛々と歩む。
って、ミュウ!あなたも少しは遠慮なさい!気配が煩いわ!
グリースは緊張でガチガチね……ロンディネでは城内でも好き勝手していたというのに、なんでここで震え上がってるのよ!
ため息をのみ込む。
もう……二人とも、誂えたオレンジの礼服が泣いているわよ?
連れてきたことに軽い後悔を覚えながらたどり着いたのは、艶やかな大扉。
扉の手前で宰相は立ち止まり、頭を垂れる。謁見は二人きりで、という合図だ。
鉄パイプをミュウに預ける。
ここからは、サリスト国王の領域だ。
静かにパズウェルの腕に預けた右手を引き――しかし、彼は優しい微笑みを浮かべてわたくしの手を抑えた。
「アラスン様?」
「御前までお連れいたします」
「……ありがとうございます」
重い扉が静かに開く。
――さぁ、正念場よ。
――
謁見室は、ひときわ豪奢で輝いていた。
毛足の長い絨毯を踏みしめ、進む。
正面には威風堂々とした男が鎮座している。
50代のはずだけれど、ずいぶん若く見える。すっと通った鼻筋と切れ長の目。つややかな黒髪は緩く結んでいる。なかなかの美丈夫ね。
奥には記録官らしき男が一名。特に不自然な様子はない。
玉座の手前でパズウェルが腕を外し、束の間わたくしと視線を合わせ、わずかに肩に触れた。その目元は柔らかい。
サリスト国王がゆったりと立ち上がる。
「海路を越え、よく参られた。美しき新王が第一の挨拶に我が国を選んでくれたこと、誠に感謝する」
ロンディネの流儀で尊大に挨拶をおこなう。
海を挟めどそう距離はない隣国。交流も深いため、お互いの文化には精通しているというのに、舐められたものね?
自国の挨拶を返す。「ありがとうございます。お心遣いに深く感謝いたします」続けて、
「ですが、せっかく輝ける黄金の国、レオパト王国に参ったのです。まだまだ拙いながら、貴方たちの言葉で交流ができれば嬉しく存じます。わたくしはディア・ヴィルシュ。血は異なれど、ロンディネを繋ぐためこの度は王位を賜りました。これからも末永いお付き合いをお願い申し上げます」
レオパト語で続け、頭をあげた。サリストが髭をなでる。
「……ほう。ゴーミル殿は言語が不得手だったようだが、そなたは違うようだな。ヴィルシュとは懇意にしておる。楽にせよ」
ゴ ー ミ ル ゥ !!
他所の国でも恥を晒すんじゃないわよ!!
ええそうね、そうだったわ!だからわたくしがなんでもかんでも詰め込まれたのよね?!
……パズウェルが付いてきたのは通訳だから?
もっとも、アレの場合は言語より常識の壁の方が高そうだけれど。
わたくしはそっと目を伏せ、扇を両の手で握る。
「……きっと、あのお方もずっと思うところがあったのでしょう。ゴーミル卿はわたくしに冠を授け、隠遁なさいました。」
「なるほどな。クーズイル殿からは『息子に王位を譲った』と聞いていたが、……ふむ。そなたはずいぶん活躍したようだ。土産話を聞かせてもらおうか」
「活躍なんて……!ただ、ゴーミル卿と、民の期待に応えることに必死でしたの。恥ずかしながらわたくし一人では力が及ばず、生家に頼りきりになってしまいました」
白々しい。ロンディネに放った草を通じて知っているでしょうに。
サリスト王は快活に笑った。
「ははは、遠慮するでない。武勇伝なぞ乞われておる時が花。存分に自慢すればよいのだ。――ときに、そなたから受け取った『即位の通告』であるが。燕ではなく四つ葉であったな。……意図を答えよ」
空気が揺れ、ざわりとうぶ毛が逆立つ。
暴動が起きた国。その、わずか10日後に即位した血縁の無い侯爵家の娘。被災者支援であり得ない額を動かす生家。姿を消した王子。そして、国璽の証無き即位通告書。
『ディア・ヴィルシュは、ヴィルシュ家による王位簒奪の傀儡である』
それが自然な推察でしょうね。
……誰も想像できないでしょう?バカに王冠押し付けられて女王になって、バカのせいで国璽紛失中!だなんて!
手元にある『元王・クーズイル』という駒を、彼はいかようにも動かせる。
……豹どころではない。今にもロンディネを飲み込もうとする化け猫だわ。
じわりと汗が流れる。ここで、喰われてあげるわけにはいかない。
わたくしは――ひどく狼狽えた。
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