1話 勘のいい熊は嫌いですわよ
ここから後編『バカ王子を全力尻バットするわよ!』(全9話)開始です。よろしくお願いします。
「わぁ~!あれがレオパト王国!イコクジョーチョあふれてますね!」
太陽の光を弾いて輝く波。
南方ならではの明るい緑が混ざった、軽やかな色の海の向こうに、オレンジを基調にカラフルな街並みが見えた。
グリースが慌てて、船の舷から身を乗り出すミュウの首根っこを掴んだ。
「私は先輩なのに」はいはい。ほおを膨らませてないで素直に叱られておきなさいな。
――2度目の戴冠の儀から20日。ゴーミルから王冠を押し付けられてから数えれば、もう1ヶ月。
長かったけれど、ようやくバカ(親の方)をシバくためのスタートラインに立てたわ。
潮風を吸い込む。建物の壁が目に鮮やかで心が弾む。
レオパト王国の伝統色である、華やかなオレンジ色のドレスが風にはためいた。
(さぁ、あちらはどう出るかしら?)
船がゆっくりと着岸する。
碇を下ろす音が、深く響いた。
――
降り立った新国王一団を、褐色の美青年が明るく歓迎する。
「ロンディネ王国の新たなる太陽、ディア・ヴィルシュ女王陛下!我がレオパト王国にようこそお越しくださいました。ご滞在が良きものとなりますよう、尽力させていただきます。私は、大使を務めております、パズウェル・アラスンと申します。」
目鼻立ちがくっきりとした、甘いマスク。流暢なロンディネ語と、伝統色の濃紺を用いたジャケットを卒なく着こなす姿。
外交官にしておくにはもったいないくらい素敵な方ね。
滑らかにロンディネ流の挨拶をする彼に、あちらの作法で一礼してレオパト語で応える。
「ありがとう。とっても素敵な港町ね!レオパト王国訪問は初めてだから、あなたのような方がいると心強いわ!」
喜びと、ひとつまみの不安を瞳に浮かべて、微笑んでみせると、パズウェルはその笑みを深めた。
背後に揃った護衛は、王家の紋章である燕の紋が半数。残り半数は梟の紋――ヴィルシュ家の紋章を掲げている。
戻りきっていない騎士をこちらに回すわけには行かないため、苦肉の策で生家から借り受けた者たちだ。
(こちらの策だと、深読みしてくれることを期待しましょう)
彼はそんな異様に映る光景にはお首にも触れず、涼やかな笑顔で来賓用の馬車にわたくし達を誘った。
港町の市民たちは「ロンディネの新しい王様だってさ!」「すげぇ!」とお祭り騒ぎで、微笑ましい。
朗らかな国民性なのね。冬でも暖かい気候のおかげかしら?
文献でしか知らなかった世界が拓ける感覚は心地よい。
きっと、屋台が多いのだろう、そこかしこからスパイスの香りが漂ってくる。
「甘い匂いがします!これは絶対美味しいやつ!」
「ミュウ、明日!明日な?!」
落ち着きのないミュウの首根っこをグリースが掴んでいる姿は、先輩後輩というより粗相が多いペットとその飼い主だ。
気づくと、パズウェルがわたくしの手元を見てわずかに瞠目していた。
「……歴史を感じさせる杖でございますね」
彼はゆったりと微笑んで問う。さらりと癖のない黒髪が流れる。
それは、持ち手の部分をダークオレンジの刺繍入りベルベットで巻き、繊細なレースであしらった――錆びて曲がった鉄パイプだ。
さすがにそのまま他国に持ち込むわけにはいかないので偽装したけれど、鉄パイプは所詮、鉄パイプでしかない。
さりとて、他国の王に『お前、なんで鉄パイプなんかデコってんだ。頭おかしいのか?』とはツッコめないわよね。
優秀であろう彼からかすかに漏れ出す戸惑いの気配。なんだか悪いわね?
「ありがとう。……わたくしにとっては王笏のようなもので、大切なお守りなの」
眉を下げ、デコ鉄パイプをぎゅっと抱きしめる。
パズウェルは少しだけ口を開きかけて――得心がいったという様子で柔らかくうなずいた。
「……素敵なお守りですね。それでは、王宮までお供をさせていただきます」
――
「おい、なんで急に『お嬢様』になってんだ?」
クッションが効いた来賓用の馬車で、グリースは小声で聞いてくる。……喧嘩を売っているのかしら?
「失礼ね、どういう意味よ」
「怒るなって。急にか弱いお嬢様みたいになるもんだからびっくりしただけだ。お前さん、外国に行って震え上がるようなタマじゃないだろ?」
「なるほど、失礼の上塗り?いい度胸じゃない」
わたくしは生まれてから今この瞬間まで、徹頭徹尾、か弱いお嬢様(今は女王ね)でしかないわ。
「そうですよ!お嬢様はちょっと勝気なか弱いお嬢様です!」
「ミュウ、声は半分。……あなた達、わたくしの評価がおかしくなくて?」
二人は顔を見合わせて笑った。
なによ、仲間はずれみたいでなんだか悔しいわ。
馬車に揺られながら他愛もないやりとりをしていると、彼が外を気にしていることに気がついた。
「さっきからどうしたの?何か、不穏な気配でもあったのかしら」
「いいや、物騒な感じではないが――なんだろうな。わからんが、あのアラスンとやらが何か抱えている気がしてならん」
……パズウェル・アラスン、ね。
「あら、嫉妬?たしかに教養もありそうだし、なかなか見かけないくらい美しい方よね」
「そうじゃなくてな……ああ、もういいや。とにかく気をつけてくれ」
少しだけ意地悪に返すと、熊は投げやりに言い捨てて目を瞑った。
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