第25話 深川仁
深川…仁……!?
学生冒険者の名を殆ど知らない俺でも知っている。
学生選手権史上最年少優勝、冒険者U18日本代表、アジアカップ2位───彼の功績を挙げればキリがない。それほどまでに突出した存在だ。
そんな男が、今フリーでここにいる。
───戦力増強としては、これ以上にない。
よろしく。
そう言おうとした瞬間、如月と速水が駆け寄ってきた。
「宮田……悪い事は言わない。やめとけ」
思わず目を見開く。
如月が、反対した。
基本的にこいつは俺の判断を否定しない。そんな如月が、はっきりと止めに入っている。
本来ならじっくり対話して納得させた上で入れるべきだ。
確かに強すぎる人間は連携を崩す。こちらに合わせさせれば、その強みを殺すことになる。そうなれば、深川である意味は薄れる。
その通りだ。懸念点の一つではある。
だが。
───そんなことは関係ない。
今、目の前に加入希望者がいる。
これを逃せば、また三人で活動を続けるしかない。
深川だからじゃない。
人が足りないからだ。
大学生最強の深川を欲しいパーティはいくらでもあるし、俺らより相性がいいパーティなんて山程あるだろう。
今ここで討論している間に深川の考えが変わって、加入希望を撤回するかもしれない。
深川にとって、俺らは選択肢の一つでしかないのだから。
ゆえに、俺は撤回されるリスクを少しでも減らす。
そのために話し合いなんてことはしない。
だから俺はあえて踏み込んだ。少し危険な手を取って。
「それは無理だ」
「いやっ、だから───」
「───速水を独断で入れたのはどこの誰だ?」
その言葉を聞いた途端、如月は沈黙する。後ろにいた速水も硬直する。
……分かってる。
今の言い方は最低だ。
まるで、俺が速水加入に反対していたような言い方だからだ。
こうなると思って俺は言いたくなかったのだ。
でも、もう引けない。
あとは俺のリカバリー次第だ。
「というわけで、今回は俺の独断で深川を入れる」
一泊置いて軽く笑う。
「大丈夫、速水と同じように一瞬で馴染むよ」
速水と馴染んでいる、ということを遠回しに伝えたことで如月と速水の表情が少し戻る。
……これでもまだ俺らのパーティの雰囲気には合わないな。よし、
「お前ら、表情が固いぞ!」
手を叩いて重くなった空気をぶった斬る。
「行くぞ!!」
一瞬の静寂の後───如月と速水がいつも通りのにこやかな表情に戻る。そして、深川も声を上げる。
「「「おう!!!」」」
◆◆◆◆◆
さあ、始まりました!恒例の新人実力測定も遂に3回目!!
おーっと今回は何やら様子が違うようだー!!!
そう、今回は少し違う。
俺ら3人が深川の様子をじっくり見ているのだ。が、実力が足りているかのチェックではない。
大学生最強の名を冠するものがどれくらいの実力か、というのをこの目で確認する。
いわば選手と観客の関係だ。
とりあえず10階層ら辺だろうと思ってダンジョンの階段付近まで行くと、
「あ、違うこっちこっち」
深川が軽く手を振って止める。
んな馬鹿な、階段を使わない訳......いや、隠し通路か!!
ここら辺に近道のできる階段は存在しない。が、最近発見されたのであれば話は別だ。
高ランク冒険者ともなると最近発見された隠し通路を知っていてもおかしくない。
なるほどね。
だが、そうではなかった。
「───舞台はここだ」
俺は如月と速水の方を見る。
全員同じ顔をしていた。
そこでようやく俺は気づいた。
───誰もその真意に気づいていない。
まあ、そうだよな。一階層じゃどう足掻いても真の実力はわからない。
大学生最強だからこその策なのかもしれないが。
「君たち3人と対人戦をしよう」
その一言で全てが繋がった。
……確かにそうだ。
深川は───対人戦最強だ。
対魔物とは別ベクトルの化け物だ。
確か対魔物戦で大学生最強は別の冒険者だったはず。それならば、得意分野で強さを示すべきな気がする。
「……なるほどね」
四人は同時に構える。
如月は鞭をしならせ、速水はゆっくりと槍のカバーを外して構える。
俺は短剣を2本持つ。勿論近接戦だろうから、悠長に弓を弾く暇なんて存在しない。そして近接戦なのであればリーチの差を少しでも減らすためにナイフは使うべきではない。だから短剣だ。
深川は背中に背負っている長剣に手を伸ばす。
柄に触れる。
───その瞬間、ふと思う。
(いや待て……抜けるわけなくね?)
冷静に考えるとおかしい。
その長剣を後ろに回した手から取るには、あり得ないぐらい長い腕が必要だ。
だが、そのまま抜けるくらいに腕は長くない。
それに、刃の長さ的に鞘から引き抜くには角度が足りない。
考えれば考えるほど不可解な行動だ。
漫画で出来ても、現実ではそんなことなんて出来ない。
そう思った、次の瞬間。
深川が、何の躊躇もなく動いた。
グッ、と柄を握り──
そのまま上に放り投げた。
「……は?」
鞘から離れた長剣は空中に浮く。
何度も回転しながら高くから落ちてくる長剣。
その軌道をまるで最初から知ってたように、深川が一歩踏み込む。
次の瞬間、
───地面を蹴った。
無駄のない踏み込み。まるでバネのように、ゴムのように弾けるように身体が空へ跳ね上がる。
落下してくる長剣と、上昇する深川。
軌道が交差する。
交わる、ただそれだけの一拍。
光と光が、空中で重なった。
───パシッ
乾いた音。
片手で柄を掴む。
回転していたはずの長剣は、その一手で完全に静止した。
まるで最初から、そこに収まるべきだったみたいに。
光は1つになって、そのまま重力に引かれて落ちてくる。
だが、深川の体勢は、まるで崩れない。
空中でわずかに姿勢を整え、つま先から、静かに地面へ降り立つ。
トン、と小さな音。
───次の動きが見えなかった。
俺が、「何かをしている」と気付いたときには既に振り終えていた。
いつ振り抜いたか分からない。
まるで、動作の"途中"が丸ごと抜け落ちたように。
一拍遅れて、
ヒュン、と風を裂く音。
それがやけに遅れて耳に届いた。
「いつでも来ていいよ」
その言葉を聞いた瞬間に俺は言葉にし難い寒気を感じた。
コイツは本当に人間なのか?
こんなヤツと今から戦わないといけないのか?
様々な問いが脳裏を駆け巡っては記憶に留める前に過ぎ去ってゆく。
だが、一つだけ確かなことがある。
───味方でよかった。
目配せ。呼吸を合わせる。そして、円を描くように深川を囲う。
(深川は魔法が少し苦手なはず……)
どっかで見た雑誌の情報を思い出す。
なら───
(先手必勝!!)
「サンダァーショットッ!!!」
「ウィンドブレード!!!」
「テラバレット・クエスタ!!!」
1秒の狂いもなく同時に3人が魔法を撃つ。
雷、風、水。これらの属性の魔法が交差し、混ざり、巨大な魔法となって深川へ殺到する。粉塵が舞い上がって視界が消える。
───今だ。
斬りかかろうとしたその瞬間。
「───上だ」
「なっ……!?」
反射的に見上げる。
いた。だが……空中だ。
粉塵によって視界が遮られるその瞬間に跳躍している。
判断が早すぎる。
(落ちてくる……!)
距離約8m、直撃されたら終わりだ。
上からの攻撃に重力が加わると力が増大し、俺なんかじゃ止められない。
勝つためには一瞬でもいいから時間を稼いで、距離を取る。そうしないと直下攻撃で確実に負ける。
なら……
「させるか!!」
短剣を上にぶん投げる。時間を稼ぐための一手。
同時に、後方へ跳ぶ。
距離を取る──はずだった。
キィンッ!!
鋭い金属音。
(……は?)
深川は空中で、俺の短剣を───
長剣で“受け流した”。
いや、違う。
ただ弾いたんじゃない。
流して、狙いを変えた。
その先には……如月だ。
「如月ッ!!」
叫ぶ。
一直線に迫る刃。
「ちッ……!」
如月が鞭を振る。
正確な一撃で弾き落とす。
完璧。
───だが。
その"一瞬"が致命傷だった。
「隙あり」
低い声。
その声を発したときには如月の至近距離にいた。
次の瞬間、
「───第四階梯:フレア・バースト」
ゼロ距離で炸裂する火炎。業火とともに発生した爆風で如月の身体が吹き飛ぶ。
地面を転がり、そのまま動かなくなる。
だが、隙があるのは如月だけじゃない。それを狙った深川も、だ。
「はあああッ!!」
速水が踏み込む。
迷いがない一直線の突き。
今しかない。
いい判断だ。
だが、
ガシッ
「っ!?」
深川は槍の中腹を掴んだ。
最も力の乗る位置。
最も制御を奪える位置。
「離せッ!!」
速水が引こうとする。
しかし、
「少し熱いよ」
その言葉と同時に、深川の手から炎が走る。
「───第五階梯:インフェルノ・パス」
槍へ。
柄へ。
一直線に。
噴き出すわけじゃない。
槍の中を通るように表面にも亀裂が入りながら炎は駆け抜けていく。
「っ!?」
焼ける。
そう判断した速水は即座に手を離す。
───正しい判断だ。
でも、
「はい、返すよ」
軽く言って槍を投げる。
炎を纏ったまま。
「くっ……!」
速水が魔法障壁を急いで展開する。
透明な壁。
だが、貫いた。
炎を纏った槍はどんどん加速してそのまま障壁を突き破り、
「がっ……!」
速水の身体を吹き飛ばした。
地面に叩きつけられ、動かない。
静寂。
たった数十秒。
それだけで、二人《俺以外》が沈んだ。
「あ、そうそう」
静かな声。
振り返った深川と、目が合う。
───その瞬間。
理解した。
ああ、これは。
無理だ、とか。
勝てない、とか。
そういう次元じゃない。
そもそも───
戦う相手じゃない。
まるで別のなにかだ。
「───残りは君だけだよ」
「ははっ.......」
乾いた笑いが出た。そりゃそうだ、俺の目の前には、俺より強い2人を30秒で倒した化け物がいるんだ。勝てるわけがない。
戦うなんて選択肢が出てくる時点で間違っている。
ガクン、と膝が折れる。
抗う間もなく身体が崩れ落ちる。
視界が僅かに歪む。
その向こうで、深川がゆっくりと歩いてきているのが見えた。
焦りも、殺気もない。
ただ、静かに距離を詰めてくる。
それだけで、十分だった。
「───陽炎」
それが俺の意識に残った、最後の音だった。




