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娯楽革命Ⅱ 〜熱狂はここに咲く〜  作者: 藤田 麓
第一幕 北西街代表選

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47 芽生えた我欲


 四の月に入り、春の風が吹き始めたある日、私は王の書斎にいた。目の前の王のヤパンの上には、乾いた咳をするアルスラン様が眉に皺を寄せて座っている。

 

「……油断しましたね、アルスラン様」

「……大したことはない。放っていれば治る」

「風邪を甘く見てはいけませんよ。もう、ここではなくて王宮の自室で安静にしてくださればいいのに」

 

 生活拠点をこの塔から王宮へ移したので、現在アルスラン様の寝室は王宮内の私室にあるのだ。王の書斎にも寝室は残しているが、王宮内の寝室の方が看病は手厚いだろう。

 アルスラン様はなにか言いたげな視線をこちらに向けたあと、「この部屋の方が落ち着くのだ」と言って手元にあった本を開く。私が今日持ってきたおすすめ本だ。ここに来ていなかった間、クィルガーにちょこちょこと面白そうな本を手渡していたのだが、そちらはすでに読みきってしまったらしい。

 

 まぁ、本が定期的に読めるくらいだから生活は安定しているってことだよね。執務が忙しすぎるとその時間も持てないって言ってたし。

 

 本人の言う通り、症状もそれほど酷くなさそうだ。じぃっとアルスラン様の様子を観察していると、廊下から名前を呼ばれた。

 王の書斎から出ると、廊下にある机の前でソヤリが昼食の料理をチェックしていた。私も一緒に確認しろということらしい。

 

「今日は喉に良さそうなスープがメインなんですね」

「このポットに入っているのは薬湯ですので、最後にお出ししてください」

「わかりました。でもソヤリさん、わざわざ廊下に呼び出さなくても部屋の中で確認すればよかったのでは?」

 

 王の間の魔法陣は消えたので、今では誰でも中に入れる。私がそう言って首を傾げると、ソヤリはチラリと書斎へ続く出入り口に視線を移して、さらに声を顰めた。

 

「貴女にだけ話したいこともあったので。今日は本当は王宮内の寝室でお休みされる予定だったのですよ。ちょうど執務が休みの日だったので、私がそう提案しました。するとアルスラン様がどうしてもこの書斎の方で一日過ごしたいと……」

「こっちの方が落ち着くってさっき仰ってましたしね。軽い風邪くらいならここで本を読んで過ごしたいと思ったのでは」


 私がそう答えると、なぜかソヤリが無表情のまま固まった。

 

「……貴女は本当に自分のこととなると鈍いですね」

「え?」

「はぁ……。アルスラン様はここ最近ずっと王宮の方で暮らしていらっしゃいます。本を読みたいというだけなら、私かクィルガーがこの書斎から本を持ち出してお渡しするだけで良いのです。けれど今日はここに行きたいと仰った。それはつまり……」

「……あ、もしかして私を呼び出すためですか?」

「その通りです。貴女とここで過ごす間は執務から切り離されて心が安らぐのでしょう。ついでに、歌の魔石術をかけていただいたらと思っています。病気にはそれが一番効くようなので」

「まぁ、歌の魔石術は元々かけようと思っていましたけど……」

 

 アルスラン様が自ら私に会いたいと思ってくれているとは思わなかった。いつもなにかしら用事があって呼び出されていたから。食事やお茶の時に執務と関係のない話をするのが好きなことは知っていたが、その時間を自ら欲しいと思ってくれたらしい。私はこの前ファリシュタと久しぶりに話した時のことを思い出す。

 

 ……これまでずっと公に生きてきた人に、少しずつ我欲が芽生えてきたってことなのかな。

 

「顔がニヤけてますよ、ディアナ」

「だって……人間らしくなってきたと思ったら嬉しくて。あ、あれかな……この一年物語小説を勧めてた甲斐があったのかも……」

「……それかある意味、貴女に似てきたのかもしれませんね。アルスラン様は人を観察して『こう振る舞えば良いのか』とすぐに学習する人ですから」

「私の真似はしないで欲しいですね。こんな私利私欲の塊みたいな人間を……」

 

 我欲が出てきたのは微笑ましいが、アルスラン様にはもっとちゃんとした人の真似をしてほしい。

 

「すでに手遅れな気がします。では、私は仕事の調整が残っているのであとは頼みます」

「ソヤリさんもアルスラン様がお休みの日くらいは休んでくださいね」

「アルスラン様が表に出られるようになってから、普通の休日をもらえるようになったので、以前と比べたら休んでいますよ」

 

 ソヤリはそう言って廊下を歩いていってしまった。彼が十年以上ほぼ休日がなかったことを知って唖然とするが、今さらそれを気の毒がっても仕方がない。私は頼まれた昼食のワゴンを押して王の書斎へ戻った。

 

「……なんの話をしていたのだ?」

「昼食や薬のことと、最近のアルスラン様の体調についてですよ」

「……それだけではなかろう」

「あとは……アルスラン様に我欲が出てきて良かったなって話です」

「……は?」

「食事のあとに歌の魔石術もかけますね。他にしたいことがあったら言ってください」

 

 私は笑いながらそう答えて昼食の準備をしていく。しばらく止まったまま思考していたアルスラン様は、なにか思い当たることがあったらしい。本に視線を落としながら口を開く。

 

「其方に来てもらったのは、打ち合わせすることがあったからだ。世話をしてもらうためだけではない」

 

 世話はしてもらいたかったんだね。

 

 私との時間を持ちたかったとは言えないらしい。全く素直ではない。

 そのあと昼食をとりながら、その打ち合わせの内容を聞く。

 

「もうすぐ演劇クラブの公演会がある。今年も古代劇場を使って、ウヌア様に演劇の様子を届けるのであろう?」

「あ、そうですね。もう公演会かぁ……早いな」

 

 演劇クラブの様子は、時々クラブ長のマーラと手紙や録音筒のやり取りをして把握している。ヤティリやイリーナ、エルノにも協力してもらいながら、彼女は大所帯となったクラブの運営を頑張っていた。

 

「去年と同様に例の電車型の箱に学生たちを入れて移動するつもりだが、其方はどうする? 私は塔の先端から箱を動かしたあと、側近たちとともに古代劇場に魔石術で移動するつもりだ」

「あ、今年も公演を見てくださるのですね。アルスラン様」

「去年だけ見て、今年は見ないというのも良くないであろう」

「私は嬉しいですけど、他のクラブからそのうち不満が出てきそうですね」

 

 演劇クラブの公演会にだけ学院長が来るのだ。シムディアクラブや社交クラブからも大会や社交パーティに来て欲しいと言われるだろう。

 

「それについてはまた検討しよう。演劇クラブの公演会に行くのは、ウヌア様と繋がることでなにか不測の事態が起こると困るという理由もある。去年もそうだったからな」

「ああ……急に奉納場に呼び出されましたもんね。今年は大丈夫だとは思うんですけど……」

「其方の大丈夫は当てにならぬ。それで、当日の移動はどうする? こちらの側近のメンバーを厳選すれば、其方も一緒に移動することは可能であろうが……」

「うーん……万が一、私とアルスラン様が一緒のところを普通の貴族の方に見られたりしたらマズいですから、個別で向かいますよ。早めに会場に行ってクラブメンバーの様子も見たいですし。当日封鎖街へ入れる許可をいただけると嬉しいです」

「わかった。騎士団へ話しておこう」

 

 アルスラン様はそう言いながらスープに浸したパンを口に入れる。その様子を見ながら去年のことを思い出した。学生最後の公演会が終わったあと、ウヌアに呼び出された日のことを。

 

「……もう一年経つんですね。ウヌア様に最後にあった日から」

「……そうだな」

 

 私と、アルスラン様が同じ寿命になった日だ。未だに嘘のようで、信じられないし、全く実感はない。

 

「寿命が伸びた実感ってありますか?」

「ああ。以前より明らかに体の回復が早い。が、その原因が寿命のせいなのか毒湧き病がなくなったからなのか、まだ判断はつかぬ。其方はどうだ?」

「去年ちょっと成長した以外は特に変化はないですね。安定しているようなので、しばらくこのままでいきそうです。アルスラン様は寿命が伸びたことで若返ってますけど、私は逆なので……」

「そのうち急に老けることがあるかも知れぬな」

「う……そう言われるとちょっと嫌な気持ちになりますね。成長するのは嬉しいですけど、いきなり老けたくはないです。おじい様たちもたまに『昔のように体が動かないのが腹立たしい』って言ってますし」

「カラバッリは若い方だと思うが……そういえばオリムも思考スピードが明らかに遅くなったとは言っていた」

「あ、それで思い出しました。アルスラン様、強化の魔石術で気になったことがあるんですけど」

 

 私はそこで、先日双子に教えた強化の使い方について話す。弱い力でかけると筋肉が増強され高く跳べると聞いて、アルスラン様が眉を寄せる。

 

「そのような使い方は初めて聞いた。一級の特性がある者しか使えぬのかも知れぬ。筋肉の増強……それが緑の魔石術で」

「緑は守りの魔石術って習いましたから、なんだかちょっとイメージと違うなって思いまして……」

「ああ、その違和感については実はオリムからも言われていたのだ。『これだと紫の魔石と役割が同じことになりませんか』と」

 

 紫の魔石は結界と、守り固めるという魔石術が使える。守りの魔石術というのなら、緑より紫の方がしっくりくる。オリム先生もそのことに気づいていたらしい。

 

「もしかしたら緑の魔石術の解釈を再考しなければならぬのかも知れぬ。学院で教えている各魔石の役割は、学院を作った時にオリムと私が決めたものだからな」

「じゃあこれから緑の魔石の役割が変わるかも知れないのですか?」

「其方が新しく見つけた力から考えても、守りというものではない可能性がある。ふむ……今度オリムとじっくり話をしてみよう。役割が変わるとなれば学院の教科書も変更しなければならぬ」

 

 アルスラン様は薬湯をちびちびと飲みつつ物思いに耽る。彼の研究心に火がついたらしい。こうなると長いので、私は食べ終わった食器などをワゴンに片づけ始めた。

 その後、歌の魔石術で眠ってもらおうと思っていた私と、元気になるような歌だけでいいというアルスラン様とで少々揉めたが、「これ以上抵抗するのでしたら、無理やり子守唄を歌いますよ。夜まで目覚め唄は歌いませんから」と言ったら最終的に折れた。

 

「今日は予備の寝具は用意していないので、そちらの私室でお休みくださいね」

「……あの部屋に其方も入るのか」

「言っていませんでしたけど、アルスラン様がパンムーと固まっていた時に出入りしていたので、初めてではありません」

「……」

 

 本当はあの部屋で寝泊まりもしていたのだが、それは黙っておく。

 私は尚も渋るアルスラン様を追い立てて、私室へと入ってもらった。ソヤリが簡単に手入れをしているらしく、部屋の中は綺麗なままだ。

 

 ちょっと懐かしいな。

 

「あ、そういえば前から実験したかったんです。アルスラン様、今日は繋がりの魔石術を唱えるのではなく、体に触れて繋がった状態で歌の魔石術をかけてみてもいいですか? 同じことができるのか試したいのです」

「其方から実験を提案するとは珍しいな」

「透明の魔石術は滅多に使うことができないものですから。学院にいたころみたいに透明の魔石の研究ができたらいいんですけど」

「ふむ、確かに……そちらの研究も中途半端に止まったままだったな」

「使えるのが私たちだけなので、社会の役には立ちそうにないですからね」

「それでも研究する必要はある。執務が落ち着いたら考えてみよう。では、一時間で起こすように」

「はい、わかりました。おやすみなさい、アルスラン様」

 

 私はそう約束してベッドに横たわるアルスラン様の手首にそっと触れた。繋がりが発動して私たちの体を白い光が包み込む。その状態で子守唄をアカペラで歌い出した。

 ゆっくりとした歌声に導かれるように、ぽわぽわとした丸い光が私からアルスラン様に飛んでいく。ほどなくしてアルスラン様から寝息が漏れ出した。歌の魔石術がちゃんと発動したようだ。

 

 魔石と繋がらなくていい分、手間は省けるけど、特にこっちが楽だとかはないんだよね。

 

 手首から手を離して繋がりを解き、アルスラン様の寝顔を見つめる。前にここで彼が寝ていた時は紫の光に包まれたまま固まっていて、長い間辛い日々を過ごした。こうして穏やかに眠る姿を見られるなんて思わなかった。絶対に助けるという気持ちは持っていたが、それでもギリギリの精神状態だったのだ。

 

 アルスラン様、私こうして手を握っていたんですよ。

 

 その時を思い出しながら、再びアルスラン様の手に軽く触れる。二人の体が白い光に包まれるのを見て、少しだけ泣きそうになる。あの時は繋がりの魔石術をかけようとしても、かけられなかったのだ。

 そこでふと、アルスラン様から特に感情が流れて来ないことに気づいた。

 

 ……寝ている間はなにも流れて来ないんだね。私の感情は伝わってるのかな?

 

 ちょっと気になったが、今実験するわけにもいかない。私は起こさないようにゆっくり手を離して、部屋から出ていった。

 

 

 

 

元々感情を押し殺して生きてきたアルスラン。

ディアナと出会ってこうしたいという我欲は生まれていましたが黙ってました(番外編SS気負わない相手参照)

少しずつ表に出てきましたね。


次は 演劇クラブの応援、です。

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