48 演劇クラブの応援
「ディアナ先輩ー! 来てくださったんですねぇぇ!」
封鎖街の古代劇場の建物の中で、私はマーラの熱烈歓迎を受けた。両手をガシッと握られ、ブンブンと振り回される。
三の月の半ば、今日は演劇クラブ公演会の日だ。ウヌアに繋ぐための透明の魔石を準備したり、演劇クラブの様子を見るために、昼過ぎに封鎖街にある古代劇場に到着した。
演劇クラブメンバーはちょうどお昼休憩中だったらしい。楽屋前の廊下にマーラとチェシルが出て来て私を出迎える。
「準備はどう? 順調にいってる?」
「それがここに来て色々と修正するところが出てきてしまって……てんてこ舞いです!」
「やはり練習室とは勝手が違っていて、去年はディアナ先輩が引っ張って修正してくださいましたから、それに付いていくだけでよかったのですけど……自分たちでやるとなると、本当に大変です」
チェシルはそう言って眉を下げた。よく見ると目の下にクマができている。マーラも一見元気そうではあるが、今までの苦労が顔に滲み出ていた。
去年より人数が増えたクラブを、私たち上級生がいない状態でまとめてきたんだもんね。相当な苦労もしたんだろうな。
「公演が始まるまでまだ時間はあるし、私にできることがあれば力になるから。ちょっと建物内を見回って、また戻ってくるね」
私は二人にそう告げて階段の方へ向かう。まずはウヌアに繋ぐための透明の魔石を劇場周りに設置しなければならない。今日はここにアルスラン様が来るので、古代劇場と周辺には王宮騎士団が警護についている。私が一人で会場内をウロウロするとよくないため、今回はクーンとプルキンが一緒に来ていた。
なんだか最近よく会うね。
王宮騎士団である二人がいるので、警護中の騎士たちに咎められることもない。私は円形になっている観客席の最上部まで歩いていき、小さな箱に入れた透明魔石を等間隔に置いていく。同じように長方形の建物の屋上にも設置した。
これでよし、と。
そのあとは劇場内に戻って演劇クラブの準備を観察する。私が行くと目立つので、部屋の後ろからこっそり覗いたり、舞台で通し稽古している様子を見守ったりした。
人数がかなり増えたので、正直気になるところも多いが、マーラとチェシルが必死で調整しようとしていたり、メンバーみんなが一生懸命練習しているのを見て、口出しはしないでおこうと決める。
私の役目はみんなの応援をすることだ。
それに、小さな不具合を覆すほどの力が、主役にあった。
「エガーリク、ノリノリだね」
「すごいですね……素人の私でも彼の成長がわかります」
ルザの言葉に私も頷く。今年の主役はエガーリクだ。実力から言っても彼以外いなかったのだが、最初エガーリクは主役になることを拒んでいた。
「最後は絶対に悪役がいい」
と言って聞かなかったらしい。今年の演目はヤティリがエガーリクを当て書きで書いたので、マーラが困って私に相談してきた。そこで私は「ここで主役を全うできたら、役者としての幅も広がって今まで以上の悪役を演じられる。そんな経験を積んだエガーリクを劇団に迎えたい」と伝えたのだ。
その言葉に納得したエガーリクは主役を引き受けた。そして、こちらの想定を超える成長を遂げたのである。歌も踊りも、もちろん彼の武器である演技力も、全てに磨きがかかっていた。憑依型のため、そこまで劇的に変わらないだろうと思っていた私は、いい意味で裏切られて目を瞬かせる。
あれだけぽやんとしていた顔立ちも凛々しくなり、背もかなり伸びた。舞台上に立つ姿にはオーラが漂っていて、人の目を惹きつけている。
この一年でここまで成長するなんて……ちょっとワクワクしてきちゃうな。
エガーリクは卒業してから帰国せずに、すぐにうちの劇団に来ることになっている。次の劇団の公演に間に合うのだ。即戦力としてこれほど頼もしい人はいない。
これからが楽しみだね。
私はそれから演劇クラブのメンバーへの助言は最低限にして、一人一人励ましていった。本番前はどうしても緊張する。そのせいでカチカチになってしまった人には体が解れるように、興奮している人には落ち着くように、自信がない人には前を向けるように、それぞれ声をかけていく。
そして最後にマーラとチェシルの前に立つ。
「これまでよく頑張ったね、マーラ、チェシル。ここまでメンバーがまとまってるのは、二人がたくさん努力したからだよ。その思いは伝わってるから、大丈夫。あとは本番を迎えるだけだよ」
「せ、先輩……ううー……」
「……っ」
私の言葉に二人がくしゃりと顔を歪ませる。
「ああ、ダメだよ。今はまだ堪えて。本番をやりきったら、その時に一緒に喜ぼう? ね? 私ちゃんと客席で見てるから」
「ほ、本当にこのままで大丈夫ですか?」
「うん。大丈夫だよ、チェシル。私が演劇クラブのみんなに伝えたかったことが、ちゃんと引き継がれてた。二人のお陰だね」
「私たちだけじゃないです……他のメンバーも頑張ってくれて……」
「うん、うん。わかってる。その成果をこれから見せてもらうね。ほら、泣くのは早いよ。顔上げて、堂々と舞台の上に立たなきゃ」
肩を震わせるチェシルの腕を摩ったあと、私は二人の手をぎゅっと握った。
「私の力を二人にあげる。大丈夫、絶対に上手くいく。自分を信じて、みんなを信じて。全力を出してきて」
「はい! 私、頑張ります!」
「ありがとうございます、先輩」
そうして私は楽屋から劇場の観客席の最上部へ移動して、電車箱で運ばれてきた学生たちが劇場に入ってくる様子や、長方形の建物の屋上にアルスラン様たちが到着するところを見守った。
そして夕日が西の大地へ傾く頃合いに、マーラとチェシルが出てきて学生たちに挨拶をし、アルスラン様が席に着いたのを確認して、公演が始まった。
……自分が演じるより、緊張するかも。
音出し隊が奏でるメロディが流れ、その音に観客たちが舞台に釘付けになる。風に揺れる髪を押さえがながら、私は演劇クラブの一年間の努力を見届けた。
とっぷりと日が暮れ、古代劇場の周囲はすっかり闇に包まれていた。学生たちが退場していく様子を見ながら、私は観客席の端から長方形の建物内に入る。
公演は今年も大成功だった。主役のエガーリクの魅力にどんどんと引き込まれ、物語の展開にワクワクしているうちにフィナーレを迎えていた。ラストに大きな花火がドンドンと上がり、クライマックスを彩る。観客は終演の瞬間大きな拍手を送って、その熱がうねるように劇場を包み込んだ。その光景に、私も必死で手を叩いた。最高の気分だった。
ただ去年のように透明の魔石が反応して白い光が上に飛ぶようなことはなかった。
……ウヌア様にちゃんと届いたかな。
辿り着いた楽屋の廊下にはクラブメンバーがいて、泣いて抱き合っている人、やり切った表情を見せる人、肩の力が抜けて動けなくなっている人と様々だ。
私は大泣きしているマーラとチェシルに労いの言葉をかけ、さらに泣かせた。私たちが抜けたあと、このクラブを支えるのは大変なことだっただろう。その重圧に彼女たちは応えてくれたのだ。
「いいもの見せてもらったよ。本当にありがとう」
「ディアナぜんばい————っううっひう〜〜〜〜!」
「無事に終われてよかったです。本当に……っ」
彼女たちを慰めていると、ネイラとシシュがやってきて私に抱きついてくる。
「先輩! 私のことも褒めてください! いっぱい頑張ったんですから!」
「私もめちゃくちゃ頑張りましたよ!」
「うん、見てたよ。頑張ったね」
そのあとも次々とクラブメンバーたちがやってくる。今回のライバル役のシャーザもエガーリクに負けないように頑張っていたし、音出し隊も衣装係も背景美術や大道具のみんなもやりきっていた。
最後にトボトボとエガーリクがやってきて、私を見つめる。彼の顔はすでに涙と鼻水でぐちゃぐちゃだ。マーラの本番前の暗示はすっかり溶けているらしい。
「先輩……僕……ちゃんとできてましたか?」
「エガーリクはどう思ったの? 舞台の真ん中でお客さんの拍手を受けたでしょう?」
「……はい。すごく、熱かったです」
「それはエガーリクがそれと同じくらいの熱をお客さんに届けたからだよ」
「……」
「最高だったよ。今までで一番の演技だった」
私のその言葉を聞いた途端、エガーリクが顔を歪めて大声を上げて泣き始めた。もうすぐ成人になるとは思えないくらい、そして貴族としては有り得ないくらい、全力の号泣だった。彼の後ろでアジガが「ああもう……せっかくちょっと落ち着いてたのに」と眉を下げる。彼は今年もエガーリクのフォローをしていたらしい。
マーラがエガーリクを連れていって介抱している間に、シャーザが寄ってきて口を開く。
「今の六年生が羨ましいです。これからすぐにディアナ先輩の劇団に移るのでしょう?」
「そうだね。誘うのが遅れたチェシルは準備をしに一旦カリムに帰るけど、他のメンバーは来てもらうよ。シャーザは三年生だから、まだ先だね」
「あと三年ですか……長いですね。スターになるという先輩との約束を早く果たしたいです」
そう言うシャーザをチラリと見上げる。元々王子様のような顔立ちだが、幼さが消えて益々美形になっているし、背も伸びている。ただ真面目そうな雰囲気だけは変わっておらず、人を寄せ付けないオーラが出ていた。
私は彼に小声で尋ねる。
「ねぇ、シャーザ。今好きな子とかいないの?」
「は?」
「なんかこう、好きになってはいけない子を好きになったり、ままならない状況に陥ってたり、しない?」
「なにを言っているんですか」
シャーザは半眼になって冷静にツッコむ。
「スターになるにはもうちょっと色気もいるかなぁって」
「……色気、ですか」
シャーザはそう言って考え込んだ。「色気とはどのようにすれば出るのか……」とブツブツと言っている。
そういう生真面目なところが、一番の壁かもしれない。
その後、学生たちと一緒に帰らなければならないクラブメンバーたちを着替え室に促して、私は建物の出口へと向かった。私はこれから家の馬車に乗ってそのまま帰宅だ。
今日護衛してくれたクーンとプルキンに挨拶をして、ルザとともに馬車に乗り込む。
と、その時——。
『我の声が聞こえるか、ディアナ』
うひぇ⁉
驚いて耳を押さえると、頭にまた声が直接響いた。
『今すぐ我のところへ参れ』
ウ、ウヌア様⁉ ですよね?
『二度は言わぬ。前と同じように道を作ってある』
え、今すぐにですか?
そう心の中で尋ねるが、返事がない。言いたいことだけ言って通話を切ったらしい。相変わらず唐突すぎる。
「ど、どうしよう……!」
「ディアナ様? どうされましたか?」
「ル、ルザ……えーとえーと……」
ウヌアのことは側近にも話せない。去年と同じ状況になって私はハッと顔を上げた。
「ア、アルスラン様にお伝えしなくちゃいけないことができて……! ちょっと行かなきゃ」
「行くとはどちらに⁉」
今ならまだアルスラン様は屋上にいるだろう。私は馬車の扉を開けて見送ろうとしていたクーンとプルキンに「緊急の用事ができた」と告げる。
「は? これからアルスラン様にですか?」
「なにか問題が?」
「理由は言えないんだけど、緊急事態なの。悪いけど先に屋上に行ってソヤリさんに話をしてきて」
「……なんだか、去年も同じようなことがあったような」
クーンはそう言いつつ、自ら屋上へと走っていく。私もそのあとを追うように再び建物内に入った。
その後屋上に待機していたソヤリに事情を話し、昨年と同様建物内の個室でアルスラン様と二人きりで話すことになった。
「まさか今年も呼ばれるとは……ディアナ、劇の間になにか変わったことは?」
「特になにも。去年のように白い光が空に向かって飛ぶこともありませんでしたし……あ!」
「どうした」
「……劇が始まる前に、ウヌア様に合図を送るのを忘れていた気がします……ああーしまった。もしかしたらウヌア様に届いていなかったのかも⁉」
私がそう言って頭を抱えると、アルスラン様が大きなため息を吐く。
「……とにかく、今から奉納場へ行くしかあるまい。我々に選択肢はない」
「そうですね……はぁぁ……やっちゃった……」
私の情けない声が、個室に響いた。
演劇クラブの公演会が大成功に終わり
ホッとしていたのも束の間
大変なことになってしまいました。
次は ウヌアの眠り、です。




