43 春祭りの宴
三の月の半ば、アルタカシークでは春祭りが行われる。二の月の下旬に大砂嵐が起こり、三の月の初めに閉ざされていた交易路が解放され、王都には他国からたくさんの品物と人が訪れるようになる。そんな冬の終わりと、街の賑わいを祝うために催されるのが春祭りだ。
秋祭りであるジャンリリク祭りの時とは違い、料理人の新作を競う催しなど特別なことはしないが、春の初めに咲く花を飾りつけて花見をしたり、五の月の社交期間に向けて準備を始める日である。
そんな中、私は頭の使いすぎでグッタリしていた。
「劇団員たちの修行が始まって、同時にアンビシア様と封鎖街の開発案を詰めていって……やることが、多すぎる……目がまわるぅ」
毎日のように劇場の館とアルサイ家の競技場に通い、頭も体も使って仕事をして、ヘトヘトになって帰ってくる。しかもアルサイ家には秘密裏に通わないといけないため、気も遣う。
アンビシア様との話し合いは大体まとまって、終わりが見えてきたのが救いだね……はぁ、疲れた。
後継者候補だったクヤンを押し退けてアルサイ家の家業を継ぐことになっただけあって、アンビシアの物事への取り組み方は驚くほど細かかった。次から次へと決めることや懸念点などを挙げていき、それに対して意見を言っていく。少しでも引っかかるところがあると、妥協せずとことん突き詰めるのだ。
劇団の事業計画書を出した時のアルスラン様の返事といい勝負だよ……。
そのお陰もあって、完成度の高い開発案ができたと思う。思うのだが……。
「うーん……」
「どうされたのですか? ディアナ様」
自室で唸っていると、ルザが怪訝な顔をして私の顔を覗き込む。
「開発案はいいのができたけど……これで大丈夫かなって思って」
「いいものができたのでしたら、心配ないのでは?」
「そうなんだけど、なんか見落としている気がして……」
春祭りが終わったあと、北西街の貴族たちが集う会議場でそれぞれ持ち寄った開発案を発表する。発表自体は人前に立つのに慣れている私が行うことになった。プレゼンは得意なのでそれ自体はいいのだが、魅力的な開発案を話すだけで、貴族たちにインパクトが十分に残せるだろうか。
「インパクトですか……地元民であるディアナ様と、移住民であるアンビシア様が一緒に発表するのですから、それだけで衝撃はあると思いますが」
「んー、でもそれはサヤル家とソウ家も一緒でしょ? 地元民と移住民が手を組むのは私たちだけじゃないから」
若い女性であるアンビシアと私が開発案を出すというのも、ある意味インパクトはあるだろう。会議場にやってくる代表者は年配の男性が多いから。しかし逆に若い女性だというだけで舐められる可能性もある。
それを覆すほどのインパクトってなにかないかなぁ。
多忙な日々を超えた頭ではなにもいいアイデアが降りてこない。
私は結局諦めて、大人しく寝室へと向かうことにした。
次の日、私はトカルによって着飾られ、夕方からヴァレーリアと城に向かった。今日はティムール様から招待状が届き、春祭りの宴に呼ばれたのだ。本当は今日もアンビシアと話し合いをする予定だったのだが、前王弟から招待されて断れるわけがない。私はまだ重い頭を引きずるようにして、ティムール様の館へ入った。
館の玄関には、ディアナ護衛隊の七人が揃っていた。知った顔ばかりで私は目を見開く。
「皆さん、勢ぞろいですね……」
「今日はティムール様のご意向で、かなり限られた方々しか招待されていないそうです。ディアナ様を詳しく知る方々ばかりだそうで、護衛やお世話を、我々が任されることになりました」
隊長のクーンに説明されながら廊下を歩く。
ティムール様は毒撒きの日に使用人に扮していたテルヴァたちに大事な家族を殺されたため、平民の使用人を信用していない。それにより、それ以降は使用人の仕事は騎士たちが担うようになった。今日のような宴の日には騎士たちが増員されるのだが、私の立場が特殊なため、信頼のおけるディアナ護衛隊の七人が招集されたようだ。
クーンたちに案内されて長い廊下を真っ直ぐに歩いていくと、大きな扉のある部屋に着いた。
「この部屋に来るのは初めてですね」
「この館の小広間です。ティムール様がお若いころ、よく貴族たちを招いてお茶会や宴をされていた場所だそうです。ティムール様のお体が今のようになってからは使われていなかったようなのですが、久しぶりにここで催し物をしたい、と」
「ああ、なるほど……」
そういえば五大老やおじい様が昔、ティムール様の館によく呼ばれていたって言ってたね。その時に使っていた部屋か……。
小広間は王族の威厳が存分に感じられる部屋だった。装飾も絨毯も壁掛けも派手なのだ。こぢんまりとした大きさだが、置かれた調度品などは高位貴族の家でも見られない超高級品ばかりである。
絨毯とヤパンの他に、この国には珍しいソファも置いてある。そこに招待主であるティムール様が座っていた。彼の隣に立っていたシファラル様が私とヴァレーリアに気づいて手招きをする。
「ヴァレーリア、ディアナ、久しぶりね」
「お久しぶりです。シファラル様。ティムール様、本日はお招きいただきありがとう存じます」
私とヴァレーリアが跪いて恭順の礼をとると、ティムール様が顔を上げるように言う。
「今日は身内だけの宴だ。楽にしてくれ」
ティムール様は私が作った眼鏡をかけてこちらに笑顔を向ける。ヴァレーリアは前王弟に身内と言われたことに戸惑っているようだが、私はニコリと笑って立ち上がった。ちなみに、ヴァレーリアは昨年の社交期間中に王宮騎士団長クィルガーの妻ということで、ティムール様とシファラル様に紹介されている。
「お体のお加減はいかがですか? 眼鏡はちゃんと見えていますか?」
「ああ。どちらの調子もいいぞ。ディアナも元気そうだな。そうだ、劇団の他にシムディア・アイン大会というものも主催したのだろう? 五大老やカラバッリから聞いたぞ」
「はい。皆さんに楽しんでいただけたようで、ホッといたしました」
「ディアナは次々と新しいことをやるな。この体でなかったら、私もすぐに行ったのに」
「まぁあなた、それでは主催者であるディアナが大変なことになりますよ。受け入れるのに準備が必要になりますもの」
「それはわかっているが……楽しそうなことがすぐそこで始まっているというのに、じっとしてなどいられぬであろう?」
子どものような拗ね方をするティムール様にシファラル様が呆れていると、五大老たちがやってきて私たちを囲む。
「はっはっは。もうすっかり昔のティムール様が戻ってきましたな。嬉しいやら怖いやら」
「怖いとは随分だな、ヒシヤト。体は動かぬのだから、昔よりはマシであろう」
「ご自分で自覚しておられるのなら、その勢いで突っ走ろうとする癖をいい加減治してくださいませ。ティムール様が暴走すると周りが大変なのですから」
「我慢は体に良くないからな」
「その口癖もお変わりありませんねぇ」
ヒシヤトとティムールのやりとりに、オリム先生がくすりと笑う。
今日はこの五大老とその夫人、カラバッリとターナ、そして私とヴァレーリアという、ティムール様が身内を呼ぶ人たちだけが招待されているようだ。私がティムール様と仲がいいことも知っているので、公の場で会うような堅苦しさはない。
ただヴァレーリアだけが私とティムール様のやりとりにハラハラしている。
ずっと王の間でこのメンバーで会ってたこと、詳しくは言ってないもんね。
五大老の夫人たちとも劇団の公演でたまに会っているので、彼女たちとの会話も弾む。自分の味方しかいない宴に私も肩の力を抜いて楽しんだ。
しばらく互いに近況報告をして宴を満喫していると、クーンが声をかけてきた。
「ティムール様が、少しディアナ様とお話がしたいと……」
彼はそう言ってテラスの方へ視線を移す。この小広間には外を見渡せる広めのテラスが付いていて、そこでティムール様とシファラル様が話をしていた。
ヴァレーリアに離れることを伝えて立ち上がると、私はルザとイシークを伴って大きな掃き出し窓へと向かう。
「ティムール様、参りました」
「ああ、ディアナ。こっちへ。悪いが三人だけで話をさせてくれ」
そう言われ、私は側近とディアナ護衛隊に部屋の中で待機してもらい、彼らの元へ歩いていく。
ティムール様の館は城の北側にある山の中を削って作られていて、一番北の端にあるこの部屋からは、王都の北の街並みが見渡せる。夕日が落ち、空がオレンジから深い青に移り変わっていく光景を見て、私はほぅ……と息を吐いた。
「綺麗ですね……」
「いい景色であろう? 昔は暮れていく景色はあまり好きではなかったのだが、今はこの時間の空を見るのが一番好きなのだ」
「私もこの空が好きです。なんとなく神秘的で」
「ディアナもそう思うのか。少し、寂しくはならないか?」
「幼いころはそう感じていた気がします。北の大地の夕暮れは早くて、寒い夜が来てしまうと悲しくなりましたから」
「……そうか……」
ティムール様はそう言って遠くを見つめたまま目を少し細める。私が昔の記憶を取り戻したことは、彼も知っている。
「でも今はそれも引っくるめて愛おしいというか、どんなことがあっても毎日太陽は昇って沈むのだなぁと。自然の普遍さがそこにあって、ホッとするんです」
「……なんとなくわかるな。自分よりはるかに大きな存在を感じて安心する気がする」
ティムール様としんみりしていると、暗かった街並みに明かりがポツポツと灯り出した。貴族の家からは照明の魔石装具の明かり、平民の家からはランタンの明かりが。それもまた、美しい景色だった。
少しして、ティムール様が口を開く。
「最近アルスランとは会っていないのか?」
「一の月以来お会いしていないです。執務がお忙しいでしょうし、大砂嵐や交易路の開放などがありましたから」
そもそも、アルスラン様が私を呼ぶときはティムール様に呼ばれたという形をとることになっている。前王弟にそんなにしょっちゅう呼ばれるわけにもいかないので、頻繁には行われない。
大体はアルスラン様の体調が芳しくないとソヤリが判断した時に呼ばれることが多い。
「会いたくはないのか?」
「それは……お会いしたいですけど。毎日アルスラン様に朝食のユムサンドを届けていますし、お父様から体調の良し悪しは聞いていますから」
いつも体を壊しがちな二の月から三の月にかけても、今年は比較的元気に過ごしているようだとは聞いている。例のお忍びの時に食べたラグメンも、コモラが研究して作ったレシピを王専属の騎士料理人が買い取ったので、たまに食卓に上がっているらしい。
栄養豊富なあのラグメンを食べてよく眠れているなら、大丈夫なはず。
と思っていると、なぜかティムール様が面白くなさそうな顔をこちらに向けた。
「アルスランの体調が気になるだけか?」
「私は王様健康同盟の一員ですから。アルスラン様の体調が最優先です」
「まあ……今までが不健康すぎたからな」
「本当にそうです。ですから元気に過ごされているだけで、私は嬉しいですよ」
「……はぁ、同じことを言うのだな」
「え?」
「いや、なんでもない。ディアナもアルスランも働きすぎなのではないか? 少しは休めているのか?」
「私はやりたいことをやっているだけですから……封鎖街の開発案についても、大変ですけれど楽しいですし。休んでいる暇はありません」
「封鎖街の開発案か……アルスランも、地元民と移住民をまとめるために面倒なことを……」
ティムール様がポツリと漏らした言葉に、シファラル様が「あなた、アルスラン様がお考えになったことをそのように言っては……」と嗜める。
「私はアルスランの心配をしているだけだ。ただでさえ忙しいのに、さらに自分を追い込むようなことをするのだからな」
愚痴るようにこぼすその言葉に、私はフフッと息を漏らす。言われてみれば確かにその通りだ。
「アルスラン様は、公の人ですからねぇ。民のことをずっと考えていらっしゃいますから」
「全く、あいつは真面目に色んなものを引き受けすぎだ。移住民の受け入れを決めたのは自分だからと、開発案についても手を抜く気はないと言っていた。地元民と移住民が封鎖街の件でまとまれば良いが……ディアナはどう思う? 率直に答えてみよ」
「そうですね……その問題は確かに根深いです。私は伝統と歴史を守りたい地元民の気持ちもわかりますし、希望を持ってアルタカシークにやってきた移住民の気持ちもわかります。二つの力がうまく合わさればいいのですけれど」
「二つの力を合わせる……か。難しいな。この空のように違う色が徐々に交わって、馴染んでいくことができれば良いのだが……」
ティムール様のその言葉に、私は再び暮れ行く空を見上げる。オレンジ色が地平線に吸い込まれるように消えていき、世界は闇を受け入れようとしていた。
視界いっぱいに青色のベールがかかったみたい……この時間のこと、ブルーアワーって言うんだっけ。
恵麻時代、同じタイトルの曲を聞いた覚えがある。昼と夜が溶け合い、変化していく時間。
全く違う存在がまとまるためには、互いに受け入れ、ゆっくりと変わっていく方がいいのだと、自然が教えてくれているようだ。
「本当ですね……こんな感じで交わることができれば、地元民と移住民もまとまることができるのかもしれません」
互いに変化し、受け入れる……。どちらかに負担がかかるのではなく、互いに……。
そう思った瞬間、私はハッと目を見開いた。
「あ、そっか。難しいことじゃないんだ……」
「ディアナ? どうした」
「ティムール様、ありがとう存じます。私、いいことを思いつきました」
「む? ディアナはなにか悩んでいたのか?」
「はい。ちょっと開発案で考えていたことがあって……」
「なんだ、そっちか。あっちのことではないのだな」
「あっち、とは?」
「はぁ……なんでもない」
ティムール様はそう言って呆れたように首を振り、シファラル様は眉を下げて苦笑していた。
久しぶりのティムールでした。
アルスランの執務の手伝いを続ける中で、昔のような快活さが戻ってきました。
実は魔石術と麻痺した体のリハビリもしてます。
次は 北西街の開発案発表、です。




