44 封鎖街の開発案発表
ガラガラと馬車が揺れる音がする。春祭りが終わり、今日はいよいよ開発案発表の日だ。
前回と同じく、カラバッリとともに北西街の会議場にやってきた私は、馬車から降りて大きく深呼吸をした。
さあ、勝負の日だよ。がんばろ。
「さすがのディアナも、少々緊張しているようだな」
「あ、おじい様にはわかってしまいましたか。ふふ、思ってる以上にドキドキしているようです」
「なに、心配することはない。いつも通り、堂々と話せば良いだけだ。ディアナならできる」
カラバッリはそう言って私の肩を軽くポンポンとタップする。それだけで少し体から力が抜けた。
おじい様から出てくる安心感オーラはやっぱりすごいね。
ちなみに私が考えた開発案については、カラバッリやクィルガーには報告済みだ。アリム家の派閥を巻き込むことになるため、事前に説明して許可を得ている。移住民であるアンビシアと手を組んだと伝えると驚いてはいたが、「ディアナがそこに勝機を見出したのならやってみなさい」と背中を押してくれたのだ。
無茶なことをするなって言われるかと思ってたんだけど、勝負事に挑む人を見ると全力で後押しするんだよねぇ。私、アリム家にきて本当によかった。
建物の中には前回と同じようにたくさんの人がいて、大会議場に吸い込まれるように入っていく。カラバッリにエスコートされながら進んでいくと、左右から様々な人のヒソヒソ声が聞こえた。
「アリム家からはあまり噂は流れてこなかったが、開発案については誰を支持するのだろう」
「あのディアナ様が主催した競技大会には行ったか?」
「ああ、あれは面白かったぞ。久しぶりに体が熱くなった」
「劇団というものもやっているのだろう? 妻がその話をよくするのだ」
ほうほう。アリム家というより私に関して話している人が多いね。
大会議場の前方に歩いていくと、途中でアルサイ家の派閥の人たちが固まっているのが見えた。その中にアンビシアの姿はない。塊の中心にいる父親のケルディが私に気づいて心配そうな視線を向けてきたので、私はそれに笑顔で答えて指定の場所へと向かった。
前と同じように、そこにはヤルギリやアリム家と仲がいい人たちが談笑していた。
「おお、カラバッリ様、ディアナ、先日ぶりですな」
「ディアナ様もいらしたとは。今回も社会勉強ですかな」
ヤルギリに続いて話しかけてきた男性の質問には答えず、私はシムディア・アイン大会の話を振る。ここにいる人たちは見学に来てくれていたので、その話でしばし盛り上がる。しかしその中で私の変化に気づいた人がいた。
「おや、ディアナ様が身につけているスカーフはあまり見ない形のものですな。それに刺繍の模様も変わっている」
「まぁ、気づいてくださって嬉しいです。今新しいデザインの物を作っているのですよ」
「ご自分で? ほほぉ……新しい流行りを作られるご予定ですかな」
「このデザインは私の劇団のメンバーが作ったものなのです。彼女の才能をもっと知っていただきたくて」
「なんと、そうなのですか。どこかで紹介するつもりですか? 妻にも話しておきましょう」
「ありがとうございます。後ほど詳しくお話ししますね」
早速食いつく人がいたね。さすが高位貴族。
この世界は衣服の文化が発達している。歌や踊りという娯楽が禁忌となったのが原因の一つでもあるが、衣服や本の文化が盛んになった歴史があるので、人々は服や学問の流行に敏感なのである。平民の社会でもそうなので、貴族であるなら尚更だ。
そうして周りの人たちと話をしている間に、会議開始の時間になった。ヤルギリが面倒臭そうに壇に上がって拡声筒を口元に掲げる。
『では、会議を始める。今回は前回決めた通り、封鎖街の開発案の発表を行う。事前に手を挙げたのは五名だ。今からくじで発表の順番を決めるので、代表者五名は前へ来てくれ』
ヤルギリの言葉に、ざわざわとする人混みの中から何人かが前に進み出た。彼らが壇へ上がるタイミングで私もスッと歩き出す。ルザとイシークはその場で待機だ。
「な……っあれは、ディアナ様?」
「彼女も開発案を?」
私の姿を見て会場が少しどよめく。壇上に五名の貴族が並ぶと、ヤルギリがくじの入った袋を掲げた。
『では順番に引いていってくれ』
私以外の貴族はみな男性だ。それぞれ袋に手を突っ込んで紙を取り出すと、その番号をヤルギリに伝える。最後に私が袋に手を伸ばすと、「ディアナは三番目だな」とヤルギリがニヤリと笑った。彼は私が開発案を出すことを知っていたので面白がっているようだ。
その後代表者たちが壇から降りると、ヤルギリが順番を発表する。一番目が地元民の保守派閥である家、二番目にサヤル家、三番目が私、四番目が移住民の保守派閥、五番目が地元民の中立派閥だった。代表者はいずれも高位貴族である。
『これから順番に開発案を発表してもらうが、ここで今一度アルスラン様から通達された内容を復習しておこう。開発案の代表者を選ぶために言われたことはこれだ』
◯各街において、開発についての案を出し合う
◯その案の中で自分が支持するものを選び、投票する
◯その際、他人に票を強制することは禁じる
◯選ばれた案を作った者から一人、その案を支持した別派閥の者から一人、その案を中立にまとめられる者を一人、その三人を代表者とする
『今日は開発案を聞くだけだ。その後各自で熟考し、夏に支持する案を投票する』
ヤルギリはその他に投票の集計は城から派遣された監察官がすること、七の月の終わりにある黄光の祭りのあとに投票を行うことを伝えた。
ヤルギリが下がると、早速一番目の代表者が発表を始めた。落ち着いた感じの、白い髭を蓄えたおじいちゃんだ。彼の案はとても保守派らしいものだった。
『新しい街が増えるからといって、なにも目新しい作りにする必要はない。今の王都の形で街の運営は上手くいっている。ならば封鎖街も王都と同じような仕組みすれば良いのだ。街の中心部に封鎖街を取りまとめる王の施設と執務館を立てる。そこから円状に貴族が住む区域を作り、一番外側に平民の街を置く。やり方は変わらないので混乱は起きぬし、安定もするだろう』
その説明に「なるほど。この王都の小さい版を作るということか」「想像はしやすいな」「だが面白みに欠けるのではないか?」という声が上がる。
シルばあさんから情報を買い取っていた私は、もちろんこの案も知っていた。周りの貴族たちの反応も予想通りだ。
『アルスラン様が望む住宅問題も満遍なく解決することができるであろうし、移住民の者もこれなら文句なかろう。もし今の街に不満があるのなら、封鎖街の方へ移れば良いのだ。これでお互いが平和に生きられる』
あらら……そんなこと言っちゃうんだね。
案の定、その言葉を聞いた移住民たちがあからさまに不満を口にし始めた。「はっそういうことか。結局は我らをここから追い出したいだけなのだな」「黙っていればよかったものを……」という声が聞こえてくる。
本当に、最後の言わなかったら移住民からも票が取れたのに。
地元民の保守派はこれまで移住民を押さえていた中心にいた人たちなので、これがいつも通りの態度なのだろう。
代表者のおじいちゃんは移住民の声に反応することなく、淡々と喋って壇から降りた。本当に彼らのことが眼中にないようだ。
次に壇に上がったのはサヤル家とソウ家の代表だ。サヤル家は恰幅の良い、いかにも金持ちな風貌のおじさんで、ソウ家は痩せ型のキツネ目をしたおじさんだった。
「おじい様、あの二人が当主ですか?」
「そうだ。私よりひと回り若い世代だな」
地元民と一緒に移住民が出てきたことで、会場にいる貴族たちが今まで以上に騒ぎ出した。どういうことだと困惑する様子を見て、サヤル家の当主がニヤリと口の端を上げる。
『あー、戸惑う気持ちもわかるが、ここは私の話を聞いてもらえますかな。この通り、今回の開発案はここにいるソウ家とともに考えたものだ。さっきのように地元民が移住民を追い出すような案ではないので、安心されよ』
サヤル家当主はそう言ってグフっと笑う。彼が合図を送ると、連れの人が紙の束を貴族たちに配り出した。私たちはそれを一枚受け取って、残りを後ろへと回していく。
お、ちゃんとレジュメ作ってきたんだ。
今回話す内容の概要が書かれた紙を前もって用意していたらしい。そこには彼らの開発案の要点がわかりやすくまとめられている。
『我らが考えた開発案は、さっきと違って攻めたものだ。そもそも、今の住宅不足の原因はなにか、みなは考えたことがあるか? もちろん移住する者や環境が安定したおかげで一族の数が増えたということもあるだろう。しかし、今王都を圧迫しているのは、他国からくる商人たちだ。その数は黄光の奇跡のあと増えに増え、商業区域や宿のある平民区域に溢れるほどになっている』
サヤル家当主の説明に、貴族たちが「確かにそうかもしれない」「平民区域はそんなことになっているのか?」と呟く。
『アルスラン様のお力でアルタカシークの王都は今まで以上に栄えたが、他国から人々が押し寄せた結果、街の治安も悪くなっている。これは由々しきことだ』
その言葉に、私は「そんな噂はあまり聞いたことないけど」と首を捻るが、平民の街を知らない貴族たちは素直に受け取っている。
『アルタカシークは世界中から人が集まる交易の街であるが、この街を作っているのは我々国民だ。他国の者たちではなく、我々が街の中心にいるべきだ。そうであろう? これ以上我が街を荒らされるのはごめんだ。そこで、我々は次のような開発案を考えた』
サヤル家当主はそう言ってみんなに配ったレジュメを目の前に掲げた。
『封鎖街を他国から訪れた者たち用の街にするのだ。宿屋や店屋を作り、そこで他国の者は商いをしたり生活をする。そうすれば、今の王都の住宅問題は解決し、治安も守られるだろう』
「封鎖街を丸ごと他国の者たちの街にするのか?」
「王都から他国民を追い出すと?」
「確かに治安は良くなるだろうが……そのようなこと、他国民が納得するのか?」
「そもそも、それで平民の住宅問題は解決するだろうが、貴族の住宅問題はどうなるのだ?」
そんな不満の声が出てきたところで、ソウ家の当主が拡声筒を握った。
『貴族の住宅についても問題ない。平民区域から他国民がいなくなれば、その分空間が開く。そこをギュッと圧縮すれば、平民の住む場所を今より外側へ押し出すことが可能だ。それに伴って貴族区域も今より外側へ広げられるだろう。我々が面倒な思いをすることもない』
彼の説明にざわざわと貴族たちが騒ぎ出す。納得している者としていない者、半々といったところだ。
シルばあさんから聞いた時も思ったけど、呆れてものも言えないね。
彼らは平民のことを物としか見ていない。他国民がいなくなったスペースを詰めて寄せる、なんて実際に行おうとしたら現場は大変なことになる。今まで育った土地を無理やり追い出されて違う場所に放り込まれるのだ。そんなことになったら平民の街は大混乱に陥ってしまう。
サヤル家とソウ家がそんな無茶苦茶な案を出したのは、裏に本当の目的があるからだ。
「……フンっ。耳障りのいいことだけを言うのだな。サヤル家らしい」
「おじい様、彼らの本音がわかったのですか?」
「彼奴らは商業区域で商いをしている。大方、その商売の邪魔になる他国の商人たちを街から追い出したいだけなのであろう。治安が良くなるなどと、ホラ吹きもいいとこだ」
「さすがですね、おじい様」
私がシルばあさんから教えてもらったことを、カラバッリはすぐに看破した。
サヤル家は商業区域にある巨大な商業施設のオーナーである。恵麻時代の百貨店のような建物を所有しているのだ。それは貴族区域に近い場所にあり、高級なお店がたくさん入っている。自国の職人もたくさん抱えているので、他国の商人はライバルなのだ。年々数が増えて高級なお店にも進出するようになった他国の商人が、邪魔で仕方がないのである。
一方、ソウ家は商業区域の飲食店を多数経営している。リンシャーク出身の移住民である彼らは、出身国から料理人をたくさん連れてきて、大店の飲食店を始めた。リンシャークの料理はとても美味しく、評判となり、今もその数を増やし続けている。ソウ家はそこから他の商売にも手を出して、利益を上げ続けているのだ。しかし最近は他の国の料理店や材料が王都に入ってきていて、リンシャーク料理店一強ではなくなってきている。
つまり、どっちの家にとっても他国の人たちが邪魔なんだよね。
そこで封鎖街に他国の者たちをまとめて押し込むような開発案を考えたのである。裏がわかればなんて欲望丸出しな案だと思うが、そこまで思い至らない人たちは素直に感心しているようだ。
この情報をアンビシアに話した時、彼女は唇を震わせて激怒していた。私利私欲のために封鎖街を使おうとしていることが許せなかったらしい。「建物への愛も一ミリも感じられない。有り得ない。会ったら角材で殴ってやる」と息巻いていた。
でもまあ、私の案だって私利私欲まみれなんだけど。
彼らとの違いは、自分たちの利益しか考えていないか、他の人の利益まで考えられているのかくらいのものだろう。
サヤル家当主はその後『これを機に我らの街を取り戻そうではないか。グフっ』と貴族たちを乗せたあと、壇から降りていった。
「さて、次は私たちの番ですね」
「ディアナ、アンビシアの姿が見えないが?」
「ふふ、大丈夫ですおじい様。これも演出の一つですから」
「む?」
ざわざわとさっきの発表の余韻が残る中を、私はゆっくりと歩き出す。その時、帯に挟んでいた装飾品を取り出して、リンリンと音を出す。帯を飾る物なのだが、先端に鈴が付いているのだ。
リンリン、リンリン、と鳴らしながら壇に上がると、騒いでいた貴族たちがこちらに注目して口を閉ざした。会議場に少しだけ緊張感が生まれる。
壇の中央に立って私が正面を向くと、大会議場の扉が開いて、そこから一人の女性がゆっくりとこちらに足を踏み入れた。
「……! あ、あれは」
「なんだ? よく見えぬ。誰か来たのか?」
「なんと……」
会議場の真ん中に敷かれた絨毯の上を堂々と歩いてきたのは、見たことのない衣装を身にまとったアンビシアだった。
他の家の開発案の発表がありました。
アンビシアは内容そのものより裏切り者のソウ家と引き抜いたサヤル家を恨んでいるのでどんな案でもキレてます。
そしていよいよディアナの番です。
次は ディアナの開発案プレゼン、です。




