42 共闘への交渉
「まず第一に、アンビシア様の望みは封鎖街の開発で家業である建築、特に大型建築を活躍させたいということである、という認識で大丈夫ですか?」
「ええ、もちろん。うちの家業を広めることが第一よ」
「そのためアルサイ家が得意とする大型建築をメインに据えた開発案を考えていると?」
「あら、こちらから情報を聞き出すつもり?」
「方向性が合っているのか聞きたいだけです」
「……方向性としては合っているわ」
「私の予想としては、大型施設をメインにした街づくりをする案なのではないかと。例えば闘技場、公共施設、私設の学院などを街の中心部に作って、そこを利用する貴族たちの家や宿を周りに建てる。今残っている旧王都の遺跡の中で使える建物があれば、そこも修繕して使うつもりなのではないでしょうか」
私がアンビシアの立場に立って考えられる開発案について話すと、彼女は無言で私を見つめる。肯定も否定もしない。その反応を見て、私は話を続ける。
「では、次は私の考えた開発案をお話ししますね」
「……え?」
「私は、アンビシア様が予想した通り、封鎖街にある古代劇場を使って街作りをする案を考えていました。他にも博物館や美術館、技術学校などを作って、貴族にとって学びがある街にしたらどうかと」
今まで隠していた開発案を素直に話すと、アンビシアは目を僅かに見開き、それから眉に力を入れた。
「学べる街……なるほど。学術都市、もしくは研究都市にするつもりなの」
「そうです。封鎖街に人を移住させるには、そこに魅力がないとできないと思ったんです。貴族が好きなものといえば最先端の流行や学問です。旧王都の街並みが残る封鎖街に学べる施設をたくさん作ったら、とても魅力的な街になると思いませんか?」
「確かに、それなら封鎖街を開発する意味も出てくるわね。まさに歴史を学べる地に作るのだから。けれど、封鎖街にあまり良い印象がない貴族たちもいるでしょう? 旧王都は魔女時代の痕跡が残る街だもの。特に地元民にとってはあまり関わりたくない場所なのではなくて?」
アンビシアの言う通り、封鎖街は今まで誰にも触れられず、砂に埋もれるままにして忘れられていた場所だ。魔女時代を否定する貴族たちにとって、そこに触れること自体禁忌とされていた。
「もちろん、保守的な貴族にとってはそうかもしれません。私はこの王都に来てまだ数年しか経っていませんし、その人たちと同じ感覚ではないだろうなとは思っています。でも、その空気を変えようとしているのは他ならぬアルスラン様です。この国を救った奇跡の王が、自ら禁忌を壊そうとしている。新しい風を入れようとしているのです。その風に乗りたいと思う貴族は、意外と多いのではないかと私は思っています」
アルタカシークにとって、アルスラン様は奇跡の象徴だ。この国を救い、病に倒れても復活し、今もこの国を支えている。地方巡回をする時に王の馬車を見送る人たちの姿を見て、私はその期待の大きさを実感した。
「それをアンビシア様も感じているからこそ、大型施設をメインにした開発案を考えたのではないですか? だって、私たちの開発案は方向性が同じなのですから」
大型施設を使った街作りと、劇場や博物館がある学べる街、共通点は多くある。その案を推し進めようとしていたアンビシアも、アルスラン様の命令であれば封鎖街の悪いイメージも払拭できると考えていたのではないか。
私の言葉に、アンビシアは面白くなさそうに息を吐いた。
「その通りよ。あのアルスラン様が中心となって進める事業だもの。封鎖街のイメージを一新する案でも採用される可能性が高いと考えたわ。真新しい大型施設を作って貴族を移住させることもできる……ってね」
移住民が持ち込んだ新しい技術も、アルスラン様なら採用してくれるかもしれない。そうなればアルサイ家の評判も上がる。北西街の代表になったあと、他の街とも開発案を争うことになるが、大型建築の仕事はいくつか任される可能性はあるだろう。
「一件でも二件でもいい。チャンスをもらえたら、それだけで十分。うちは技術の高さに自信があるもの。絶対に認められる。だからこの案で行こうって決めたの」
私が自分の開発案について話したからか、アンビシアも自分の考えを口にする。本当に、対等さに敏感な人だ。
彼女の話に頷きながら、私は自分が持っている情報をさらに開示する。
「先日のシムディア・アイン大会でわかったことが色々とありました。地元民のサヤル家と移住民のソウ家が仲良くしていたり、貴族の弱みをよく知っている選手がいたり……」
「……サヤル家とソウ家のこと……掴んだのね」
「はい。移住民の結束が崩れていたことを知って、改めて私も情報を集めに行ったんです」
「情報を集めに……社交でもしたの?」
「いえ、社交ではありません。アンビシア様、この王都にはありとあらゆる情報が集まるところがあるんです」
私はそう言って目を細め、なにか言いたげなアンビシアより先に口を開いた。
「アンビシア様、裏切った人たちがどんな開発案を考えいるか、知っていますか?」
「……⁉」
「サヤル家とソウ家が考えている案です」
「それがわかったっていうの?」
「はい。それに他の有力貴族たちが考えている案もおおよそはわかりました」
「そのようなこと……どうやって」
「うちと違って、他の高位貴族の方達は、あまり使用人を重要視していないみたいですね。情報はお金になります。家で働く者たちをきちんと管理、教育していないと、情報は筒抜けになってしまいますよ」
私がそう言うと、アンビシアはハッとしてトカルたちが出ていった扉に視線を移した。
「だからトカルたちを外に出したの。他の家の事情も使用人から流れていたってこと?」
「平民のことを一人の人間として見ていない貴族もいますから。彼らが同じ空間にいても気にせず重要な話をする貴族が多いのですよ。主従関係がしっかりしている人は大丈夫だと思いますけど、中にはお金欲しさに裏切る人もいます」
「……」
そうして裏切った使用人たちが行くところといえば、もちろんシルばあさんの店である。裏社会の人たちからだけでなく、彼女はそうした使用人からも貴族の情報を手に入れていた。ちなみに、貴族の弱みを集めているウマルの使用人も、シルばあさんの店の常連だった。
大会後に彼女の店を訪ねた私は、お金を払ってそれらの情報を教えてもらったのだ。「嬢ちゃんの個人的な情報を教えてくれたら、それと交換でもいいよ、ヒヒヒ」と言われたが、自分が丸裸にされそうな予感がしたので丁重に断った。
「情報をどうやって手に入れたかは言えませんけど、信用できるものです。私はそれを知って、アンビシア様と手を組めば、他の開発案に勝てると確証を持ちました」
「サヤル家とソウ家はどんな案だったの?」
「それはアンビシア様が前向きに私と手を組むことを考えてくださるなら、お話しします」
「あら、脅すつもり?」
「いえ、提案です。これは喧嘩ではなく、交渉ですから」
私はそう言って、笑みを深める。
「私の開発案は、先ほど話した通りです。学べる街と娯楽が楽しめる街。人々が新しい価値に触れて、変われる街。そこにアンビシア様……いえ、アルサイ家の得意とする大型建築の技術が加われば、さらに新たな街作りができると思うのです」
「……」
「アルサイ家と協力していたソウ家の支持がなくなっても、私と組むことでその穴を埋めることは可能です。うちも、サヤル家に負けないくらい大きな派閥を持っているので」
「……アリム家の派閥から裏切る者は出ないのかしら?」
「派閥の人たちは今、私の劇団に夢中になってくださっています。それに、今ならシムディア・アイン大会に来てくださった方たちも取り込むことができると思いますよ? 地元民、移住民関係なく」
「……! それって……まさか」
「はい。封鎖街には、この競技場と同じ規模のものも作りたいと思っています」
「シムディア・アイン大会も封鎖街の開発案に入れるつもりなの⁉」
「もちろんです。娯楽が楽しめる街にするのですから。古代劇場の近くに、競技場も作る予定ですよ」
「街の中心部じゃないの。そんな重要な場所に競技場を?」
「そうです。場所の候補地も私の中では決まっています」
封鎖街の地図には保護対象の建物がいくつもあるのだが、それ以外の建物は損傷が激しく保存できないものもある。そこに新たに競技場のような大きな建物を建てることはできるはずだ。
「このような立派な競技場をアルサイ家は作れるのです。封鎖街でその力を思う存分振えるのですよ? そんなチャンスがあるのなら、掴みたいと思いませんか?」
首を傾げてそう尋ねると、アンビシアはグッと奥歯を噛み締めた。そんなの、掴まないわけがないでしょう、という顔だ。
「……貴女、どれだけ大それたことを言っているのか、わかっているの? 封鎖街は旧王都、つまり代々の王族の土地なのよ? その中心部に競技場をだなんて……」
「アンビシア様、長く実力を発揮できなかった環境にいたからか、意外と消極的な考えをするのですね」
「貴女の考え方が常識外れすぎているだけよ⁉」
「え、そうなのですか? ルザもそう思う?」
「……大それたご意見というのは、その通りだと思います」
ルザの返答に、アンビシアがほら見たことか、と目を開く。
「私にとっては、競技場はただの遊びではなく、真剣勝負をする神聖な場所なのでかなり重要な施設という位置付けなんですけど……古代劇場だって旧王都の中心部にありますし」
まあ、古代劇場は地下に奉納場があるから、重要度が高かったのもあるけど。
「とにかく、ここ数ヶ月で劇団の存在も、シムディア・アインという新競技も北西街の人たちに知ってもらうことができました。今の知名度ならば、娯楽施設への理解も促すことができると思うんです。アリム家の派閥、アルサイ家の派閥、そして劇団や新競技に魅せられた人たち。その数を合わせたら、北西街の代表になれることは可能だと私は判断しました」
「……」
「サヤル家が移住民を取り込んでも、その関係は平等なものではありません。おそらく地元民のサヤル家がソウ家よりも上に立つ前提で手を組んでいます。同じような力を持つ資産家の家が、今後揉めないという保証はどこにもありません」
「……確かに、どこかで問題が起こりそうではあるわね。ソウ家もかなり強かな家だから」
「私は、そのような関係を結びたいとは思いません。アルサイ家とはあくまで平等に、協力し合って事を成したいと思っています。利益も損失も半分こ、それが私の理想です」
「それは、本当に理想ね。完全に半分にするなんて不可能だわ」
「それでも、そこを目指すこと自体は間違っていないでしょう?」
「……そうね」
なにより平等性というものを重んじるアンビシアはそう言って頷く。
「アンビシア様。私と、対等な関係を結びませんか。前向きに考えてくださるなら、私が持つ情報をお渡しします」
喋る速度を少し落として、私はアンビシアの目を真っ直ぐに見て問いかけた。
彼女は私の視線を受け止めたまま、しばらく思考して、口を開く。
「……わかったわ。前向きに検討する。詳しい話を教えてちょうだい」
それから数刻後、私とアンビシアは競技場の観客席の一番前で握手を交わした。指先だけそっと触れ合う、身分差のない女性同士が社交で行う優雅な握手だ。
「正式な誓約書は開発案をまとめる時に交わしましょう」
「はい。開発案発表の日まで時間がないので、急いで取りまとめないといけませんね」
「春祭りどころじゃないわね」
「そうですね。ふふ、これでアンビシア様と私は運命共同体ですね」
「変な言い方しないで。それに、北西街の代表を勝ち取るまではこの関係に大層な肩書きはいらないわ」
アンビシアはそう言って鼻を鳴らす。自信と情熱が彼女の中から溢れているのがわかる。
「わかりました。では代表が決まる投票の日まで、よろしくお願いします」
「ええ。北西街のたぬきジジィどもの度肝を抜いてやりましょう」
この日、私とアンビシアは正式に共闘することが決まった。
交渉を経て、2人は手を組むことになりました。
シルばあさんは砂の部族の情報以外はしっかりお金を取ります。しかも高い。
ディアナが持ってきたサヤル家の開発案の情報は比較的すぐに開示されます。
次は 春祭りの宴、です。前王弟が久しぶりに登場します。




