41 アンビシアへの誘い
大会の数日後、私はアンビシアに会うためにアルサイ家を訪れた。できれば競技場で話がしたいとお願いして、裏口から入っていく。馬車が競技場の横で止まると、ルザとイシークとともに外に出た。
馬車の前にはアンビシアと彼女のトカルたちが待っていて、私たちを出迎える。
「本館で会うこともできたのに、わざわざこっちを指定するなんて。余程競技場が気に入ったのね」
「大会の報告会を開くのに、これ以上相応しい場所はありませんから」
今日はケルディもクヤンも仕事でいないらしい。彼女の暴走を止める役がいないのは少々不安だが、そういう人がいなくても私なら大丈夫だと思われたのかもしれない。
あの初対面を思うと、すごい進歩だね。
私たちは大会の日にアンビシアが待機していた観客席上部にある部屋に案内され、そこに用意されていた小上がりの上で向かい合わせに座る。
大会について報告する前に、私はまず彼女にお礼を伝えた。
「退場したチームが苦情を言ってきた時に、アルサイ家が対応してくださったと聞きました。ありがとうございます」
「ああ、あれね。移住民のチームだったから私がいった方が話が早いと思ったのよ。中位貴族だったし、私と話すとすぐに尻尾巻いて逃げていったわ」
「え、アンビシア様が直接対応してくださったのですか? ……逃げて、とは」
「『初めて試合をしたのだから、少しくらい反則があっても許すべきだ。このまま帰るなんて納得できない。移住民だからと舐めていると、タダじゃ置かない』みたいな感じで脅してきたから、『やれるものならやってみなさい。うちの家を敵に回して無事で済むと思っているなら』って返したら、なにも言い返せなくなって帰っただけよ。全く、躾のなってない家だこと。移住民の恥晒しだわ」
「……」
脅しを脅しで返したらしい。なんとも彼女らしい。
それからお互い大会の報告を行う。観客の数と割合は当日アンビシアから説明があった通りで、収入と支出を見ると見事に黒字になっていた。初めての催し物としては大成功である。
「今回の大会は臨時ということで参加費を抑えたからこれくらいの利益だったけど、参加費を適正価格にして、食事も有償提供できるようになったら、もっと稼ぐことができると思うわ」
「利益が上がれば賞金も上げられますし、定期開催もできそうですね。ただ今回はクシュラサ様やアサビ様、客席を守る騎士たちに格安で役割をお願いしましたから、今後は人件費も多くかかりそうです」
「ああ、人件費ね。確かにそれは考えなくては……」
収支報告書を眺めながらそんなことを話していると、ふとある事に気がついた。
「……アンビシア様」
「なに?」
「なんだか普通に今後について話してますけど、これからもシムディア・アイン大会をするって方向でいいのですか?」
「貴女は最初からそのつもりで始めたのでしょう?」
「私が言いたいのは、その大会の運営に、今後もアンビシア様が関わってくれると思っていいのですか? ってことです」
「……!」
「ただ競技場を貸すだけというのと、運営にも携わるというのは、意味が全く違いますよね?」
場所だけ貸すなら運営については考えなくていい。それなのにアンビシアはさっきから大会の中身について口にしている。
私が口元をニヤけさせながらアンビシアを見ると、彼女は半眼になって私を睨む。
「別に運営に関わるとは言ってないわ。今回の大会でわかったことを今後活かすなら、そうすればいいじゃないって提案してるだけ。大会の定期開催を決めるのは貴女よ。その指針になればいいなと思って言ってるだけだから」
アンビシアはそれに続いて「そもそも、うちは封鎖街の開発案について考えるのに忙しいし、家の仕事もあるもの。貴女のやりたいことに付き合う暇はないわ」と言ってプイッと顔を背けた。
そんな彼女の態度を見て、私は盛大に、顔を弛緩させた。
「なんなのよその顔は!」
「なんでも……なんでもありませ……ンフフフフ」
「気持ち悪い顔で笑わないでちょうだい!」
「だって……アンビシア様があまりに可愛いから……ンフフフヒヒヒ」
笑うまいと我慢してたからか、余計に気持ちの悪い笑い声が出てしまった。肩をプルプル振るわせていると、向いからにゅっと手が伸びてきて、私の口をぎゅと挟む。
「誰が可愛いですって? この口引きちぎるわよ」
「んんーむううう。んうう〜うう」
前回より本気で口を引っ張る彼女の手を、私はペシペシと叩く。ルザが慌てて「おやめください!」と声を荒げたところで、アンビシアは手を離した。
「もう二度と軽口は言わないんじゃなかったの?」
「軽口じゃないですよぅ……だって本当にかわい……あ、嘘です。すみません」
アンビシアが再び手を伸ばしそうな動きをしたので、私は慌てて謝る。ザリナより過激なツンであるアンビシアへの言動は、一歩間違えば大火傷を負いかねない。
アンビシア様はこういう和んだ空気とか愛情とかじゃなく、真剣さや情熱で仲良くなるタイプなんだろうな。
大会の問題点や反省点の話をしながら、そんなことを考える。今までずっと彼女もアルサイ家も実力を発揮できない日々が続いていた。頭を押さえられた状況を長く経験してきたのだ。夢も理想も捨て、生きるためにシビアに現実を見つめてきたのだろう。
だからこそ、今回の大会でアンビシアがどう感じたのかが気になる。
報告が一段落ついて、お茶を飲んだあと、私は口を開いた。
「アンビシア様、今回の大会はアルサイ家にとってはプラスになりましたか?」
その問いに、アンビシアは持っていたカップを置き、腕を組む。
「そうね……プラスかマイナスかで言えば、プラスになったと思うわ。この建物を地元民にも見せることができたし」
「会場の作りを褒めている人も多かったと聞きましたよ」
「……正直、驚いてはいるのよ。うちの競技場で大会を開催するのは決まったけど、封鎖街の開発案の件で今まで以上に地元民と移住民が割れているでしょう? そのような状況下であまり人は集まらないんじゃないかって思ってた」
それなのに、蓋を開けてみれば娯楽に飢えた貴族たちがたくさんやってきた。地元民、移住民関係なく。
「来る人が少なくてもいい、それでもうちの家の技術が誰かの目に止まれば……って、そう思ってたのよ。だからこんなに大成功に終わって、うちへの評価も上がったことには驚いているし、感謝してる。お父様も大会の日からかなり忙しくなって、狼狽えながら対処しているわ」
「そうなんですか。じゃあ仕事の依頼も来るように?」
私がそう尋ねると、アンビシアは肩を竦めながら頷く。
「地元民からも少しだけど依頼が入ったの。今まで散々私たちのこと無視してきたくせにね」
どうやら競技場の至るところに施されている立体装飾を見て、自分の家にも欲しいと言ってきた貴族がいたらしい。それを聞いて、私の肩から少し力が抜ける。
良かった……アルサイ家に少しでも貢献できて。
「それにクヤンもね、貴女と一緒のチームで戦ってからなんだか自信がついたらしくて、仕事にも精が出るようになったみたい。だからうちにとってはプラスばかりよ。……貴女のおかげね」
「今回はアンビシア様がこの競技場を貸してくださったから開催できたのです。運営も、私一人では難しかったでしょう。ありがとうございました」
私がそう言ってにこりと笑うと、アンビシアは一瞬ムッとしたあと、片眉を上げる。
「そういう貴女はどうなの? 今回の大会でプラスになることはあったの?」
どうやら自分だけ得したのは許せないらしい。その質問に、私は目をパチパチと瞬く。
「え、大会を開催すること自体が私にとってはプラスなんですけど……」
「……は?」
「だって、いつかやってみたいと思ってたことが、こんなに早く達成できたのですよ? それだけで大プラスですし、しかもたくさんの人がきてくれて、試合も盛り上がって、大成功したのです。これ以上に嬉しいことがありますか⁉」
思わず拳を握って前のめりになると、アンビシアは益々眉間に皺を寄せた。
「それが……貴女のプラスなの? 利益の大きさとかではなく?」
「そりゃたくさん稼ぐことができたのなら、それも嬉しいですけど、私がしたいことは娯楽を広めること。たくさんの人に演劇やスポーツの楽しさを知ってもらうことですから。あの盛り上がりを見た瞬間、私の心は満たされまくったんです」
「そんなことで……」
彼女は信じられないとばかりに目を見開く。本気で驚いているらしい。
「そんなに驚くことですかね?」
「それはそうでしょう。普通、貴族は家の誇りを守ることを第一に考えるのよ。他者に家の力を認めてもらおうと動くのが最優先で……ああ、そうね……アリム家は違うのよね」
「そうですね。うちは家のことより個人の思いを優先していいという教えなので。でもアリム家でなくても、私の価値観は元からそんな感じです」
私がそう言い切ると、アンビシアは呆れるように目を閉じて首を振った。
「貴女とは一生価値観が合うことはないでしょうね」
「……アンビシア様はやはり家のことが一番ですか?」
「当たり前じゃない。アルヒンで長く建築業を営んできたのよ。その歴史も、高い技術も誇りに思っているし、自信があるからこそ、アルタカシークに移住したのですもの。この家を守ることが、私の役目なの」
凛とした表情の彼女の目には、迷いが一つもない。好ましい意志の強い瞳に、私は少し微笑んで、背筋を伸ばした。
「アンビシア様、今日は話したいことがあるのです」
「……なにかしら。まあ、想像はつくけれど」
少し声を低くしたのがわかったのか、アンビシアも姿勢を正して私の目を真っ直ぐに見つめる。
「今後もシムディア・アイン大会を一緒にやっていってほしいって言いたいのでしょう?」
「……ふふ、当たりです。でも実は、それだけではないんです」
「……?」
私はそこでアンビシアのトカルたちを部屋から出して欲しいとお願いする。彼女は一瞬戸惑ったが、私の顔を見てトカルたちに下がるように指示を出した。トカルたちが出ていくと、イシークも廊下側に出ていった。部屋の中には私とアンビシア、ルザだけになる。
今回、大会の運営をともにして、アンビシアがこういった催し物に関心があり、問題なく進行していけるのは十分にわかった。それどころか私から言わなくても問題点やその対処法を考えてくれる。物事を企画し、進行させ、まとめる力が彼女には備わっているのだ。
アンビシアには経営者としての力がある。そして、彼女の最優先は家の価値を守ることだと、今はっきり知ることができた。
怪訝な顔をするアンビシアに、私は挑むような笑みを浮かべた。
「アンビシア様、私と手を組みませんか?」
「手を組む……? なにをする気?」
「私の考えと、アンビシア様の考えを合わせて、封鎖街の開発案を発表するんです」
「……! 開発案ですって⁉」
「はい! 春祭りのあとに行われる開発案の発表の時に、私たちの共同案を貴族たちにばーん! と提示しませんか⁉」
握り拳を掲げてそう宣言する私に、アンビシアだけでなくルザも目を瞠る。
「と、突然なにを……シムディア・アイン大会のことなのではないの?」
「もちろん、大会の運営を今後も一緒にはやりたいです。でもそれだけじゃなくて、私はアンビシア様と一緒に開発案を作って、他の貴族と戦いたいんですよ。そして北西街の代表者になりたいのです!」
「な……」
私の言葉に口を開けて固まっていたアンビシアは、少し時間を空けたあと、ぐっと眉に力を入れた。
「その提案をする重さを、貴女はわかっているの?」
「もちろんです。いくら私でもただのノリでは言いません」
「ならば、手を組むことで勝算があると?」
「はい。アンビシア様はご自分の開発案を通したいとお考えですよね? 組んでいた人に裏切られて、味方が減ってしまった今でも」
「……! 貴女、どこまで知って……」
私はそれに笑顔で答え、ローテーブルの上で手を組む。
「では、私が考えた開発案についての話を、聞いていただけますか?」
さあ、交渉開始だ。
大会のあとの報告会が開かれました。
アンビシアはザリナのように可愛いツンデレではありません。
かなり苛烈なのでディアナもやりすぎないよう注意してます。
ディアナはアンビシアと手を組むことを提案。さあ、交渉が始まります。
次は 共闘への交渉、です。




