40 見たい光景
大会後、カラバッリ邸で夕食会が開かれることになり、家族みんなで参加した。大会に出場した私と双子以外にも、クィルガーの弟妹家族たちも集まって賑やかな宴が始まる。彼らからシムディア・アインの感想を聞いて、今後の運営に活かせそうなことをメモにとっていった。
ちなみに双子は私からのとりなしも虚しく、夕食前にカラバッリに烈火の如く怒られたらしい。しばらくしょんぼりしていたが、豪華な料理を見てすぐに機嫌を直していた。
「本当にディアナはよくやった。初めての対戦相手にも怯まず、この阿呆二人をコントロールして優勝したのだ。見事な戦いぶりであった」
「ありがとうございます、おじい様。シムディア・アインは楽しかったですか?」
「ああ。ああいう競技は平民たちがやっているものしか見たことがなかったが、貴族にもできるものなのだな。相手選手への攻撃が禁止されているのはもどかしいが、その代わり戦略がよく練られている。見ていて飽きなかった」
「それはよかったです。お父様やお母様はどうでしたか?」
「俺は学院で一度見たからな……あの時に比べてルールも洗練されていたし、規模も大きくなっていて驚いた。騎士たちにも好評だったようだから、これから流行るかもしれん」
「最初はディアナが怪我をしないか心配だったんだけど、途中から夢中になってしまって……こんなに体が熱くなったのは久しぶりだったわ。ディアナ、この競技はこれからもやるのよね?」
興奮した面持ちのヴァレーリアに問われて、私はくすりと笑う。
「今日の大会の様子を見てから決めようと思ってたんですけど、お母様や他のお客様の反応を見ると、第二回大会をやっても良さそうですね」
「だって本当に面白かったのだもの! この競技は今後も絶対に話題になるわ」
「姉上、格好よかったです!」
「すごかったです!」
「ねね、びゅーん、してた」
弟妹たちにも褒められ、私の顔がだらしなく緩む。
「三人の応援も聞こえてたよ。ありがとうね。力になったよ」
「私も試合に出て、姉上のように戦いたいです」
「え、ジャシュも試合に出たいの? うーん……子ども向けに作ってもいいけど……今すぐは無理かなぁ」
「ジャシュはまず、力の加減を覚えないとダメだ。それに魔石術が使えないとシムディア・アインはできない。学院に入ったらできるんだから、それまでは基礎をちゃんと身につけろ」
クィルガーにピシャリと言われて、ジャシュがむう、と膨れっ面になる。五歳になったジャシュは相変わらず怪力で、そのエネルギーを発散させるべくクィルガーやカラバッリによる騎士教育が始まっていた。カタルーゴの血を引く彼は癇癪を起こすと覚醒状態になりかけるらしく、まずその力の調整ができるようにと言い聞かされているところだ。
「ジャシュがちゃんと力を抑えられるようになって、強い騎士になったら、シムディア・アインにも出てほしいな。その日が来るのを待ってるね」
「本当? ……姉上が待っててくれるなら、がんばる」
宴はそのあとも続き、久しぶりのアリム家集合を、私も大いに楽しんだ。
次の日、本館の執務室で早速側近二人から報告を受ける。
「じゃあまずは選手たちの様子を見てたイシークからお願い」
「は! 主にディアナ様がいなくなった控え室の様子を見ていましたが、特に怪しい動きをする者はいませんでした。移住民と地元民にハッキリと分かれてはいましたが、自分たちの試合に集中するためか、他のチームに突っかかっていったりする者もおらず、どちらかというと試合自体に緊張している様子でした」
「チーム内の雰囲気はどうだった?」
「高位貴族に強引に誘われた中位以下の貴族たちの表情は硬かったですが、それ以外の者たちは普段通りに接しているようでした。ただ、準決勝でディアナ様のチームと当たった移住民の高位貴族たちは、地元民や移住民どちら側からも距離を取られている感じで、彼らも居心地が悪そうな顔をしていました」
「ああ……あのチームかぁ。確かクヤンとも試合中言い争ってたもんね。寝返ったとかなんとか……あのチームの人たちの情報はある?」
「アンビシア様がまとめた資料にあったと思います。移住民の中ではアルサイ家と同じくらい影響がある派閥の家の者のようです」
私はイシークから手渡された資料を読み込んでいく。家の名前と派閥名しか書かれていないので詳しくはわからないが、彼らが裏切って移住民の結束が崩れたのだとしたら、結構大きな派閥なのだろう。
「他には?」
「決勝戦が行われていた時間に、ルール違反を起こして強制的に帰らされたチームから苦情が入りましたが、移住民のチームであったため、アルサイ家の方が対処してくれたようです」
「そうなんだ。それはあとでアンビシア様にお礼を伝えておかなきゃね」
「主な報告は以上です。ノリで参加していた選手たちは概ね大会を楽しんでいたようで、負けたあと、もう少し練習しておけばよかった、次の大会もあれば参加したい、と話していました」
「それは嬉しいね。やる気のある選手は大歓迎だよ」
イシークの報告が終わると、ルザが一歩前に出る。
「観客の方は数も多く、全ての様子を見ることはできなかったのですが、移住民が固まっている座席を重点的に見てまいりました。今回は特に移住民と地元民で座る場所を区切らなかったため、それにまず不満を漏らす人たちがいました」
「それは移住民の人たちが?」
「いえ、どちらもです。地元民たちは『なぜ移住民がこの場所にいるのか。もっと相応しい席があるだろう』と。移住民たちは『同じ高位貴族なのだから、私たちがいても何の問題もない。大体ここは移住民のアルサイ家の敷地内だ。少しは立場を考えれば良いのに』と……互いに相手に文句を言っていたようです」
「……高位貴族の数は地元民の方が多いから、そっちからの暴言の方が多そうだね……」
「ただ、開会式があり、ディアナ様のチームが入場した時から会場の雰囲気が変わりました。地元民と移住民の混在チームだと気づいて、どちらも戸惑っていましたね。さらにアリム家の一族の皆さまが座っている隣にアルサイ家の方々が居たので、そちらの様子を窺う人も多くいました」
「試合中はどうだった?」
「第一試合でディアナ様がシムディア・アインの面白さをアピールしてくださったので、戸惑っていた雰囲気は一旦収まりました。しかし他の試合で地元民チーム対移住民チームの対戦になると、予想通り声を荒げる人が多かったです」
「それはアンビシア様も言ってたね。そこまで大きな騒ぎにならなかったみたいでよかったよ」
「ディアナ様のチームが勝つ度に、どちらも勢いが削がれていたといいますか……文句のいいようがなかったのでしょう。ただ、準決勝でディアナ様が移住民チームに圧勝してから再び地元民の声が大きくなりました。『地元民が本気を出せばこれくらい差ができるのだ』と……それに移住民が反発して『アリム家のチームには移住民の選手もいる。地元民の力だけではない』『そもそも、主催者がああいう勝ち方をするのはどうなのだ』と少し騒ぎになりまして」
「ああ……そこから私にハンデを、という話になったんだね。あれは私も……ちょっとやりすぎた」
その試合を思い出して、私は頬をポリポリと掻く。家族といい演劇の仲間といい、身内を傷つけられたら怒りスイッチがすぐに入ってしまう癖を、いい加減直さなくてはいけない。
「決勝では試合の展開が早く、見せ場も多かったので、素直に盛り上がっているようでした。閉会式の様子を見ても、概ね大会に満足している方が多かったと思われます。……大会を通じての概要は以上ですが、一つだけ気になった点が」
「ん、なにかあった?」
「二回戦が行われてる時間に、地元民の高位貴族と、移住民の高位貴族が建物内の廊下で話し込んでいました。少し重い空気でしたが、言い争っているわけでもなく……不思議に思っていたのですが、その後の準決勝を見ていて気づきました。クヤンと喧嘩をしていた相手が、その移住民の家の者だったのです」
「ん? それってさっきイシークが渡してくれた資料にあった家の?」
「そうです。……ああ、このソウ家です。リンシャーク出身の移住民で、かなりの資産家です」
「このソウ家と廊下で話していたっていうのは?」
「地元民のサヤル家です。こちらも資産家で、金遣いの荒い家です。アリム家のことを嫌っている家でもあります」
ルザの情報に私は眉を寄せる。
地元民の資産家と移住民の資産家……クヤンと言い争っていた内容を考えるに、そのソウ家が移住民を裏切って結束を崩した。彼らと関係しているのが地元民のサヤル家……。
「もしかして、地元民と手を組んだのかな、ソウ家は」
「親しげ……とまではいきませんが、しっかりと繋がりがある空気は感じました。もう少し近づければ話の内容も聞き取れたのですが、サヤル家には私の顔は知られておりますので……」
「アリム家のことが嫌いということは、こっちの情報はしっかり持っているだろうしね。そっか……サヤル家とソウ家が手を組んだのだとしたら、封鎖街の投票で結構な数を確保できるのかな?」
「どちらも派閥を取り仕切っている有力な家ですから、その二家が手を組めば一番多くの票を取ることができるかもしれません」
なるほど……ソウ家と組んでいたアンビシア様にとっては、めちゃくちゃ痛い裏切りだね。
私は二人の報告を聞いて腕を組む。それを見てすぐにイシュラルがお茶とお菓子を持ってきてくれた。
「二人が貴族たちの様子を見てくれたおかげで、色々見えてなかったものが見えてきたよ」
お茶を一口飲んで、私は現状を頭の中でまとめる。
移住民と地元民の問題。意外と結束が固くなかった移住民。彼らを取り込もうとする地元民。普段の社交では知ることができないことが、大会の中で見つけられた。それは大きな収穫だ。
他に、シムディア・アイン大会を開催して、私が得たものはなんだろう? 優勝したこと? 最強のチームを作れたこと? ううん、違うよね。
「……ルザ、イシーク、大会は楽しかった?」
私の問いに、二人は顔を見合わせて同時に頷く。
「試合自体はとても楽しめるものでした。観客たちの反応も学生のころと同じで……ディアナ様がお怪我をされないかと気は揉みましたが」
「観れた試合は限られましたが、それでも胸が熱くなるのを抑えられませんでした! 多くの観客が一つの試合を見て盛り上がる、あの空気が私はとても好きです!」
その率直なイシークの言葉に、私は眉尻を下げる。
そうなのだ。私が得たものは、結果ではなく、あの会場の盛り上がりそのものだ。様々な立場の人たちが一ヶ所に集まり、チームを応援して試合を見守る。勝てば立ち上がり、負ければ頭を抱える。喜びも悔しさも味わう。あの、特別な空間を作れたこと。
そこで試合後の宴の光景も蘇る。家族もみんな楽しそうに大会の話をしていた。話している内容は仕事の苦労話でも、社交の愚痴でもない、スポーツ大会という催し物についてだ。平和で、ある意味呑気な、娯楽の話。
……それが、私が見たかった光景なんだよね。
フッと、口元が緩む。卒業式の日を思い出す。バイラムで学生たちみんなで踊りを踊ったあの時のことを。
あの時と同じだ。やっぱり私の目指すところはそこなんだ。
私がやりたいこと、劇団を広めること、シムディア・アイン大会を続けること、封鎖街の古代劇場を劇団の本拠地にしたいこと……それらは全部、あの光景に繋がっている。
それをもっと見たい。ずっと見ていたい。そのために私ができることは……。
前までは、劇団の知名度が低くて一旦開発案のことは横に置いておくしかなかった。第二回公演会で少しだけ知名度を上げて、さらに今回シムディア・アイン大会を成功させたことで、私自身のことも北西街の人々に知ってもらうことができたと思う。
今の状況でもう一度開発案について考えるとどうなるか。
頭の中に封鎖街の開発のことが浮かび上がる。次に地元民と移住民の現状が。そしてアンビシアの顔が現れる。彼女の能力、性格、現在と、これからの未来……。
様々な思考の欠片が、一つに集束していく感覚がする。
………………あ、そうか。
頭の中で、カチリとなにかが嵌まる音がした。
大会が終わって側近の報告を聞いたディアナ。
そこで得た成果を考える中で何か閃いたようです。
何かが始まる予感……。
次は アンビシアへの誘い、です。




