36 北西街シムディア・アイン大会 前編
競技場の客席は八割は埋まっているようだ。そこからの歓声やどよめきを受け止めながら、選手たちがフィールドに整列した。
前方にはアクハク石で作られた広い台が設置されていて、その後方にアルサイ家の人たちと、大会の進行と審判を頼んだクシュラサ様と補助のアサビ様、会場の警備を引き受けてくれた他街出身の非番の騎士団の人たちが並んでいる。
アンビシアの父親ケルディが緊張した面持ちで歩み出すのを見て、私も選手の列から抜け出し、彼とともに台の上へと上がった。チラリと観客席を見上げると、アリム家の面々や、劇団員のみんなの姿が少しだけ目に入った。
台の中央へやってくると、ケルディは持っていた拡声筒をサッと私に渡す。
「本日は、北西街での初めてのシムディア・アイン大会にお集まりいただき、ありがとうございます。大会を企画したアリム家のディアナです。シムディア・アインは私がシェフルタシュ学院に通っている時に作った全く新しい競技です。シムディアとは違い、チームの得点を競うというルールのもと、選手たちは考えを巡らせ、作戦を練り、体と魔石術を使って戦います。今までにない競技ですが、一目見ればその面白さに夢中になれることでしょう」
そこまで言うと、私は隣に立つケルディを紹介する。
「この大会は、こちらのアルサイ家の方々のご協力で実現することができました。このような美しく立派な競技場を整え、提供してくださったアルサイ家に感謝いたします。ではケルディ様、どうぞ」
「あ、ああ……。えー、アルサイ家のケルディと申します。本日は誠にお日柄もよく……我が家の自慢の競技場に皆さまをお招きできたこと、誠に嬉しく思っております。えー……」
すぐに言葉に詰まってしまうケルディに、私は小声で「建築業の宣伝を……!」と促す。
「ああ、コホン。我がアルサイ家は移住民であり、家業の建築に関しては高い技術を持っていると自負しております。特に大型建築に関しては、どの家にも負けぬと胸を張って言えます。どうか皆さまには大会を楽しみつつ、建物の精巧さにも目を向けていただければと思います」
ケルディのその言葉に観客たちが「……確かに、このような大きな競技場は初めて見ましたわ」「席や階段にも細かな彫刻がしてあるな」とざわざわと話し出す。中には「所詮移住民の技術だ。大したことはない」と地元民の見下す声もあるが、移住民の観客も多いため、あまり目立たない。
私はケルディから拡声筒をもう一度受け取って、さらに付け足す。
「私もこのような見事な大型建築物を街で見るのは初めてで、感動いたしました。まるでアルスラン様が造られた学院の大講堂のようです。学院に通っていた方々はそう思いませんか?」
「……そうだな。確かに似ている」
「大きさは同じくらいではないか?」
「圧倒的な魔石術の力を持つアルスラン様の造られた物と比較しても、見劣りしないとは……」
「まあ、そうなのです?」
どよどよとさざめく観客に私は笑顔を向ける。
「どのように素晴らしいものでも、実際に目にしなければわからないことはたくさんありますよね。今日は試合も、建物も、思う存分味わって帰ってください。どのような大会になるのか予測不可能ですが、楽しんでくださることを願います」
そこで私が大会開始の言葉を告げると、再びラッパの音出しが一斉に鳴り出した。驚いたお客さんたちは、そのまま拍手をし始める。
それから大会の進行を務めるクシュラサとアサビを紹介し、今大会のルールを説明して簡単な開会式を終えた。選手が退場し始めるのを確認して、私はクシュラサとアサビと騎士たちに挨拶にいく。
「クシュラサ様、アサビ様、今日は本当にありがとうございます。助かりました」
「ディアナの頼みとあれば、このようなこと造作もない」
「……アクハク石の配置は任せてくれ」
「騎士の皆さんも、ご協力ありがとうございます」
「いや、元々試合を観に行きたいと思っていたからな。警備をしながら楽しませてもらうよ」
ちなみにこの騎士たちの中にはディアナ護衛隊の隊長クーンとツプラもいる。彼らは私と一緒に戦うプルキンに対して大いに嫉妬していたが、他のメンバーは来れなかったようで、得意げな顔をしていた。
彼らに会場の進行をお願いして、私は選手たちの一番後ろにくっ付いて退場する。
「じゃあ、ルザとイシークはそれぞれ役目をお願いね」
「は!」
「かしこまりました。ディアナ様、どうかお怪我をされぬよう」
「わかってる。大丈夫だよ、癒しの魔石術もあるんだし」
「癒しを使う機会がないように、と申しています。もしお怪我をされたら私もイシークもフィールド上に駆けつけますし、アリム家の方々もどのような反応をするか……」
ルザに言われて私はウッと言葉に詰まる。思わず飛び出してきそうな人や、相手選手に怒気や殺気を放ちそうな顔ばかりが浮かぶ。
「……わかった。絶対怪我はしない」
学生時代の試合とは違う環境なのだと肝に命じて、私は選手控え室に入った。
第一回戦は八試合行われる。一試合二十分で、ヴァキルを多く鳴らした方が勝ちだ。試合後十分の休憩があり、その間にアクハク石の配置換えが行われる。一時間に二試合予定しているので、一回戦だけで四時間かかる計算になる。そのあと昼食を挟んで二回戦、準決勝、決勝なので、終わるころには夕方になっているだろう。
貴族の催し物としてはかなりぎゅうぎゅうなスケジュールなんだけど、流石に第一回目の大会で二日間開催はできないんだよね。
壁に貼られたトーナメントの時間割を眺めていると、すぐに私たちのチームが呼ばれた。観客に見本を見せるため、私のチームが第一試合目に出ることになっているのだ。そんな私たちに、他の選手たちから視線が集まる。
「じゃあ行きましょうか。準備はできてます?」
「いつでもいいよ!」
「どんなフィールドになってるのかな? 楽しみ!」
ワクワクしている双子たちに頷いて、再び会場へと向かう。後ろには相手チームもくっ付いてきている。
……一回戦目の相手は、確か地元民の中位貴族チームだったね。
面白そうだから参加してみよう、というノリで仲のいいメンバーを集めたチームだとルザから聞いた。こう言ってはなんだが、シムディア・アインの面白さを観客に見せるにはうってつけのチームである。
フィールドに繋がる扉の手前で少し待たされて、係の合図とともに両チームが並んで会場に入った。再び聞こえる歓声を心地よく感じながら、私たちはフィールドの真ん中まで進んだ。周囲を見ると、観客席メインスタンド側の一番前にクシュラサとアサビが立っていて、彼らの横に学院の大講堂にあったものと似た銅鑼のような音出しが吊り下げられている。
「ふーん、なるほど。こういう形か」
「最初の試合だからか、シンプルだね」
双子の声で視線をフィールドに移すと、アクハク石がたくさん置かれていた。
フィールドの両端にヴァキルが乗った台があり、その周りに一メートル四方の立方体のアクハク石がランダムに置かれている。自陣にも相手の方にもびっしりだ。今回初めての大会ということで、学院で使っていた移動不可になる色のついた石は採用していない。
わざと進路を邪魔するように石が置いてある。これじゃあ相手側に真っ直ぐ走っていくことはできないね。
各チームの紹介が行われる中、私は隣に並んだオプラーシャに顔を寄せる。
「オプラーシャ、どう思う?」
「……そうですね。高く積まれた石はないようですから、ディアナはまずヴァキルの近くに石を積んで、そこに上って指示を出すといいと思います。私とクヤンはその補助で、あとの三人にはバラバラに攻めてもらってはどうでしょう?」
「うん、いいと思う。トグリとチャプはそれぞれ勝手に突っ込んで。プルキンさんは中央を真っ直ぐ行ってください。道は私が作ります」
「はっ」
「え、自由にいっていいの?」
「やった。どこから攻めよう」
「ヴァキルは横を向いてますから、敵を引っかき回しながらサイドから攻めるといいですよ」
「黄の魔石術は使う?」
「この試合ではまだこちらの手は見せたくないので、今回は守備の私たちだけ使います。攻撃の三人は衝撃の魔石術を中心に使ってください。相手の選手に攻撃が当たらないように気をつけて」
「了解。わかってるよ」
「あとヴァキルをうっかり壊しちゃわないようにしなきゃね。トグリは時々力加減間違うから」
「うるさいな、チャプ」
作戦が決まったところで、試合開始の時間になった。私は相手チームの代表と騎士たちが使う拳と手のひらを合わせる礼をして、自陣のヴァキルの方へ向かう。
試合開始は互いがヴァキル前に整列した状態で行うのだ。
両チームが配置についたのを確かめて、クシュラサがジャアアアンと銅鑼の音出しを鳴らした。
「試合開始!」
「『サリク』石をこちらに」
作戦通り、私はすぐに周りにあった石を階段状に積み上げて、そこにひらりと飛び乗っていく。
実は背が少し伸びたから、アクハク石に登るの楽になったんだよね。成長してよかった。
三段の石を登ると、一気に視界が開けた。相手側のチームも攻守に分かれて動いているようだが、慣れていないからかもたついている。
早く動かないと、後手後手にまわっちゃうよ。
そう思いながら私は赤の魔石の名前を呼ぶ。
「『キジル』衝撃を」
まずは一発向こうのヴァキルに衝撃を放つ。横を向いたヴァキルに当たるようにカーブさせた衝撃が突っ込んでいくと、相手チームの守備選手が慌ててそちらに衝撃を放った。
バアアアンっという音とともに周りに衝撃が散る。その音に悲鳴をあげた観客たちの声を聞きながら、私はすぐに次の魔石術を唱えた。
「『サリク』石をあちらに」
プルキンの進路方向にある複数の石を浮かせて、一気に移動させると、客席からどよめきが起こる。
「石をあんなに一斉に移動できるのか……!」
「さすが一級だな」
「攻撃が速い!」
私はその石たちを相手チームの攻撃選手の前に次々と置いていく。
「く……!」
「前を塞がれた……っならば、『キジル』衝撃を!」
相手攻撃選手の一人がその石の上に乗って、こちらのヴァキルに向かって衝撃を放つ。
「クヤン!」
「『キジル』衝撃を!」
さっきと同じように衝撃と衝撃がぶつかり合う。防御を守備の二人に任せて、私は相手チームの方に集中した。プルキンが私が作った真ん中の道を猛スピードで突っ込んで行くが、その先に石が何個も積まれていくのが見えた。ただ一人で一気に複数個の石は動かせないらしく、守備選手たち全員で石を積んでいる。
守備の人たちがみんなそこに集中してたらダメだよ。
案の定、手薄になったサイドからそれぞれ双子が石の合間を縫って走り込んでいく。トグリの方が若干速い。
「いただき! 『キジル』衝撃を!」
「は! 『キジル』衝撃を!」
声の大きいトグリに気付いた相手選手がすぐに衝撃を唱えてその攻撃を止めた。小さな声で唱えたら鳴らせたのに……と思いながら、私は自陣から小さな衝撃を次々と放つ。プルキンも積まれた石を避けるように横へ進路を変え、さらに突き進んでいく。衝撃の魔石術とプルキンの移動を相手の守備が邪魔しているうちに、カアアアンッという音が鳴った。
「一点目は僕がいただき!」
「くそーチャプに先越された!」
ヴァキルを鳴らしたのはチャプだった。トグリとプルキンが派手に動いている間にこっそりヴァキルに近付いていたのだ。早い一点目に会場が湧く。
よし。確実に一点取れたね。
確保したい一点を取ったあとは、私が思うような試合展開をさせてもらった。相手の攻撃を読んでそれをことごとく防ぎ、石の移動で相手選手を翻弄していく。私も魔石術だけでなく、相手陣まで攻め込んで弓でヴァキルを攻撃する。苦労して積んだ相手側の石もプルキンが剣を振りながら突っ込んで壊す。それに驚いているうちに双子がヴァキルを鳴らしていく。
もうやりたい放題である。
「こ……こんなに力の差があるなんて」
「無理すぎる……!」
相手選手は可哀想なくらい疲労困憊だ。中位貴族で二級中心のチームなのだから、力の差は仕方がない。それでも彼らは諦めず向かって来てくれた。後半はその攻撃をいかに防いでいくかを観客に見せていく。
「黄の魔石術が使えると有利とは聞いたが……」
「なるほど……これは手も足も出ないな」
「彼女の魔石術の力はこんなものではないですよ。学院ではもっと凄かったのですから」
そんな声を聞きながら、私は試合に集中した。実は試合中は出番を待っている他チームの選手も試合の様子を見ることができる。その人たちに「こう戦えばいいよ」と見本を見せるように動いた。
ジャアアアアン
と銅鑼の音出しが鳴り、相手チームにとっては長い二十分が終わった。スコアは五対〇、もっと点数は取れたが、あまり取りすぎると盛り上がらない。初戦としてはこれくらいでいいだろう。
観客たちの拍手を受け、中央で整列する。疲れて項垂れる相手選手たちに、私は笑顔を向けて、「実は参加賞も用意しているんです。受け取って、あとの試合も観ていってくださいね」と告げる。すると途端に彼らは笑顔になった。
「負けたのは悔しいけど、参加賞があるんだったらいいか」
「あとの試合も観たかったしな。いやぁしかし、疲れた……」
互いにそう言い合って相手チームが退場していく。それに続いて歩きながら、私は観客の声に耳を傾けた。
地元民が負けてイラついている人はあまりいなさそうだね。私がいるからかな。
移住民と地元民の混在チームの存在に驚いている人たちの声は聞こえるが、特に問題は起こっていないようだ。
さて、これからの試合はどうなるかな。
大会が始まりました。開会式に続いてまずは第一試合。チームの動きを確かめつつ、しっかり勝ち切るディアナ。
ちなみにトーナメントの組み合わせはくじを作り、側近二人に引いてもらって決めました。
次は 北西街シムディア・アイン大会 後編、です。




