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娯楽革命Ⅱ 〜熱狂はここに咲く〜  作者: 藤田 麓
第一幕 北西街代表選

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35 北西街シムディア・アイン大会当日


 三の月の中旬、春祭りの数日前のよく晴れた日に、アンビシアのアルサイ家にはたくさんの馬車が訪れていた。かなりの数の馬車を競技場のある裏まで誘導するのは大変だろうと思っていたら、なんとこの短期間で、うちの劇場と同じように裏門から競技場に繋がる門と道を作っていた。さすが大型建築が得意な家である。

 さすがに大量の馬車を待機させておく場所は作れなかったため、一部の高位貴族以外の馬車は主人たちを降ろしたあと、一度家に戻ってもらっている。

 競技場の観客席の中央の上部には関係者が待機する部屋が作られていて、私と側近、アンビシアとアルサイ家の人たちがその部屋の窓からお客さんが入ってくるのを眺めていた。

 

「……正直、こんなに人が集まるとは思っていなかったわ」

「私も予想外でした。男性の社交で話を回してもらったんですが、意外と男性陣のイベント好きも侮れませんね。お客さんの割合はどんな感じですか?」

「地元民と移住民の割合は意外と五分五分よ。北西街の住民が七割、その他の街の住民が三割というところかしら。性別は男性の方が多いけれど、女性も少なくはないわ。一番驚いたのは年齢ね。本当に老若男女、全ての年代の人たちが来ているんだもの」

「休日に設定したのが良かったのかもしれないですね。執務官も騎士も家で商売をしてい人も、みんな来れますから」

 

 部屋の窓から見える範囲でも、本当に様々な年齢の人たちがいるのがわかる。こういうところは夫人の多い劇団の客層とは大きく異なるところだ。

 ちなみに、うちの劇団員たちも招待している。アリム家とアルサイ家の関係者席が目の前にあって、うちの家族の場所の隣に、メンバーたちが座る席が用意されていた。

 

「では、進行は打ち合わせの通りに。私はそろそろ選手控え室に向かいます」

「あの、ディアナ様。本当に私が挨拶をするのですか?」

 

 部屋から出ようとすると、アンビシアの父親が不安そうな顔を向けてきた。

 

「私も挨拶しますけれど、この競技場を用意したのはアルサイ家なのですから、代表として一言あった方がいいと思います。折角これだけお客さんがいるのですから、家業の宣伝をしてもいいと思いますし。私も劇団の宣伝をしますよ」

「は、はあ……」

「今さら怖気付いてどうするの、お父様。ディアナの言う通り、もうこんなに人が集まってしまったのだから、開き直って堂々とすればいいのよ。お父様がやらないのなら私がするわよ」

「う……! それだけは勘弁しておくれ。アンビシアが表に出たらアルサイ家がどんな印象を持たれるか……!」

 

 娘の一言に慌てて首を振ると、父親は意を決した表情になった。覚悟はできたようだ。

 

 ……まあ、いつでも喧嘩腰のアンビシア様に任せたら、どうなるかわからないもんね。

 

 私のチーム入りも断られ、挨拶にも出なくていいと言われたアンビシアは、この部屋で大人しくしているのが今日の仕事である。といっても、大会開催中に問題が起これば、ここから彼女が指示を出すことになっている。

 

「アンビシア様、今日まで準備ありがとうございました。運営を一緒にまとめてくださる方がいて、とても助かりました」

「お礼を言うのはまだ早いわよ。そういうのは無事にこの大会が終わってからにしなさい」

「ふふふ、ではそうします」

 

 私は笑ってそう答え、部屋を出て階段を下り、スタッフ専用の通路に入って選手控え室へ向かった。この辺りの導線も完璧に作ってある。

 

 本当にアルサイ家の技術ってすごいな……封鎖街の古代劇場も凄かったけど、こっちはよりスマートというか、効率的に計算して設計されてる。

 

 黄の魔石術のおかげで建てること自体が昔より簡単になったのもあって、繊細で複雑な構造のものが造られるようになったのだろう。壁や柱に施された立体装飾も凝っていて美しい。

 

 アルタカシークらしいアーチ窓もあるから、アルヒンのデザインとうまく融合させてるんだろうね。そういう意味ではうちの劇場と方向性は似てるのかも。

 

 そんなことを考えながら選手控え室に入ると、そこにはたくさんの選手たちがごった返していた。今回の参加者は十六チーム、総勢九十六人が集まっている。選手層も多様で、さすがに女性の参加は少ないが、高位貴族から下位貴族、それに魔石使いの階級もバラバラだ。

 参加する動機も、優勝賞金が欲しい下位貴族の人、度胸試しと力を誇示したい高位貴族の人、目立ちたい騎士たち、面白そうだからと参加する人など様々だ。

 

 意外と興味本位で出る人も多いんだよね。そこが貴族の隠れた欲求なんだろうな。

 

 この世界の貴族たちには、とにかく楽しめる娯楽が少ない。歌も踊りも禁止された世界で、平民のように荒々しい競技もしなくなってしまった。残った娯楽といえば読書にチェスのようなゲーム、衣装を作ること、あとは社交で自慢話をするくらいである。

 つまり、大勢で盛り上がる娯楽は皆無なのだ。

 

 アンビシア様も驚いていたけど、今日初めての催しなのにこんなに人が集まったのは、それが理由なんだと思うんだよね。こんな面白そうなこと、滅多にないから。

 

 そう思うとザガルディで闘技場が流行る理由もよくわかる。

 選手たちからの視線を受けながら部屋に入っていくと、奥の小上がりにうちのチームメンバーが集まっているのが見えた。

 

「お、きたきた。ディアナ、こっち」

「皆さん揃ってますね。準備運動は今からですか?」

「僕たちは朝起きてから体は動かしてきたけどね。柔軟とかやっとく?」

「そうですね。ここは男性が多いので、私とオプラーシャはあとで別の部屋でやってきます」

 

 チャプとそんなことを話しながらみんなの顔色を確かめる。

 

「意外と皆さんリラックスしてますね。体調も良さそうで良かったです」

「騎士の訓練に比べたら、緊張感は少ないもんね」

「油断してはダメだぞ、トグリ。ディアナ様とともに戦える機会などそうないのだから、気を引き締めてくれ」

「それはわかってるけどぉ。プルキンも会場見たでしょ? あんな楽しそうなところで試合できるんだよ? 僕もう今からワクワクなんだけど」

 

 そう言って両手を握るトグリを見ながら、クヤンが少し眉を寄せる。

 

「私は緊張はしてますよ……こんなこと、今までしたことなかったですし」

「大丈夫だよ、クヤン。練習通りにやればいけるから」

「ディアナ……でも、なにかミスしたらあとで姉上に怒られそうで……」

「心配するとこ、そこなんだ」

 

 よっぽど、これまで彼女に怒られまくってきたのだろう。気が強い姉を持つと大変である。私はうーん、と少し考えると、チームのみんなに一つの提案をした。

 

「今日の試合で優勝できたら、皆さんの欲しいものを一つ差し上げます。今のうちに希望を教えてください」

「え! 欲しいものって、優勝賞金以外にもってこと?」

「本当に? ディアナ」

 

 私の言葉にすぐに食いついた双子が同時に私に詰め寄ってくる。

 

「はい。ただし、私が用意できるものに限りますが。なにかありますか?」

「えっとね、えっとね……お金で買えないものがいいな……」

「なんだろ……すぐに思いつかないよ!」

 

 ここにいるメンバーは全員高位貴族のため、お金で買える物にあまり魅力を感じないらしい。みんなが悩む中、プルキンがスッと手を上げた。

 

「それでは、私はディアナ様から勲章をいただきたいのですが」

「く、勲章ですか? それはどんな……」

「大袈裟なものでなくていいのです。ディアナ様の役に立ったとわかる物が欲しいというか……簡単なバッジのようなものでいいのですが」

「そんなのでいいのですか?」

「むしろそれしかいらないといいますか」

「わ、わかりました……オプラーシャとクヤンは?」

 

 プルキンの圧に押されながら二人を見ると、オプラーシャは顔を上げて口を開く。

 

「では私は今日の試合の記録が欲しいです。選手として出る中で、さすがに全試合を見るのは難しいので」

「そ、そんなのでいいの?」

「ええ。詳細な記録であればあるほど嬉しいです!」

「わ、わかった……クヤンは?」

「私は……次の劇団の公演チケットが欲しいかな。いい席の……」

「それはすぐにでも用意できるよ! 一番いい席を確保するね。もし好きな役者とかいたらサインももらっておくけど」

「あ……じゃあ、ファリシュタさんのサインを。私、彼女の歌声のファンなんだ」

 

 そう言って少し照れた顔になるクヤンをオプラーシャがじっと見つめる。

 

「クヤンって意外とミーハーなんですね。彼女は今劇団で一番人気なのでしょう?」

「あ、あの歌声を聴いたらみんなファンになっちゃうよ。六年生の時に観た演劇クラブの公演の時も凄かったし……!」

「……確かに、あの特別な会場で観た劇は素晴らしいものでしたね」

 

 オプラーシャはそう言って一人でうんうん頷いている。ファリシュタのことを褒められて、私の顔もだらしなく緩む。そこに、双子の声が降ってきた。

 

「決めた! 僕たちはディアナのアイデアをもらうことにする!」

「え、アイデアですか? なんの?」

「ディアナ! 僕たちの必殺技考えてくれない?」

「は?」

「僕たちって、一人で戦うより、二人で連携しながら戦うのが得意なんだけど」

「なんかいつもワンパターンになるっていうか、相手に見破られちゃうことが多いんだよね」

「だから相手が驚くような必殺技を考えてほしい!」

「ディアナだったらきっとすごい技考えてくれそうだからさ!」

 

 ね? と二人同時に迫られて、私は目を瞬いた。そんなことを言われても、必殺技なんて今まで考えたこともない。

 

「今度僕たちが訓練してるところ見せるから」

「なんか考えてみてよ! どんなのでもいいから」

「は、はぁ……できるかわかりませんが……素人が考えたものでいいのですか?」

「いいのいいの!」

「じゃあよろしくね、ディアナ!」

 

 こうしてみんなに渡す物が決まった。メンバーのやる気も出てきたようで、なによりである。

 

 

 その後、大会開始の時刻が来て、私たちは順番に呼ばれ、選手通路に出た。ルザとイシークも「試合以外では側に居させてください」と言ってくっ付いてきた。

 会場内に入ると、わああああ、という大きな歓声と、鳴らされている音出しの音が響いてきて選手たちが驚く。

 

「わぁ……! すごいね。めちゃくちゃ盛り上がってる」

「観客がこんなに……」

 

 トグリとプルキンがそう言って周りを見渡すと、観客たちが私の姿を見つけてどよめいた。

 

「あれは……アリム家の! 主催するだけではないのか」

「まぁ、ディアナだわ! まさかとは思ったけれど彼女も選手として出るなんて!」

「おおお! これは面白い。彼女は学生時代もすごく強かったのだ!」

 

 どうやら私の学生時代を知る人たちも大勢きているらしい。私がその声がした方に顔を向けて手を振ると、さらに歓声が大きくなる。

 

 この雰囲気、久しぶりだね。

 

 もちろん私のことを詳しく知らない人の方が多いので、戸惑った声もたくさん聞こえてくるが、学院でエルフと公表したころと比べたらなんてことはない。

 ちなみに大会を盛り上げるための前説も観客に実施済みで、騎士たちの見学も多いからか野太くて大きな声が響いている。

 音出しも大きな音が鳴る大太鼓とラッパ型のものを注文して、私が指定した通りに鳴らしてもらっている。

 

 本当はメロディつけてファンファーレにしたいけどね。それはまだ我慢我慢。

 

 計画通りに盛り上がる会場を見回して、私は満足げに頷く。体も熱くなってきた。

 

 ようし、今日はここにいるみんなを楽しませるよ!

 

 北西街でのシムディア・アイン大会、開幕である。

 

 

 

 

迎えた大会当日。

予想以上にお客さんが集まりました。

ご褒美作戦でチームの士気も上々。気合いを入れるディアナです


次は 北西街シムディア・アイン大会 前編、です。

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