33 チーム構成と閃き
翌日、大砂嵐が吹き荒れる音を聞きながら、私は朝から本館の執務室でシムディア・アイン大会の事務作業を始めた。その途中、大砂嵐の中をイシークが砂まみれになってやってくる。大砂嵐が来たら休みでいいと言っていたのに、無理してやってきたようだ。
ザリナが不機嫌になってないといいけど……。
それを心配しつつ、私はアンビシアに返さなければいけない資料をチェックしてまとめ、封筒に入れていく。
大会のルールや手順についてはこれでオッケーっと……あとはフィールドに石を設置する人を決めるだけだね。やっぱり五大老にお願いしようかな。
今回の大会は見学者に条件はつけていないが、参加者は北西街の貴族だけ、ということにしている。試合を公平にするために、アクハク石の配置を決めたり、試合の進行をする代表者を、北西街以外の貴族にお願いしないといけないのだ。
代表者は試合の進行役で審判も兼ねてるから、できれば高位貴族がいいんだよね。試合が荒れても収めることができるし。
私がやっても良かったが、北西街の地元民であるため移住民から見ると公平には映らない。そしてアクハク石を効率よく早く移動させるには、一級の魔石使いであることが条件になる。
「そうなると、クシュラサ様か、おばあ様の実家の一級の人にお願いするしかないよね」
私がやりたい試合内容をきちんとわかってくれる人がいいので、できれば知り合いにお願いしたい。クシュラサに話を持っていけば、他の五大老も喜んでくっ付いてくるだろう。元執務長官たちが来るのなら会場の空気も締まる。同じ北西街のヤルギリは見学だけになると思うが、彼にはカラバッリと一緒に試合を見てもらおう。
私は文箱から筆記用具を取り出してクシュラサに手紙を書く。彼宛ての文面に「良かったら他の五大老もお誘いください」と書けば自動的に全員に話が回るだろう。
「さて、大体こんなものかな……あとはこれだけだね」
手紙をイシュラルに託して、私は例の紙束を手に取る。アンビシアがまとめてくれた「シムディア・アイン参加者名簿」を開いて、私は眉を寄せる。
大会を開催することを貴族たちに知らせて参加希望者を募ったところ、実は集まったチームが見事なまでに「地元民チーム」と「移住民チーム」の二つに分かれてしまったのだ。
騎士団の人たちにも募集をかけたおかげで思った以上に参加者が集まったのは良かったのだが、こんなにはっきりと地元民と移住民に偏るとは思っていなかった。
地元民と移住民の混在チームが何個かあると思ったんだけどな……騎士もいるんだし。
チームがどのような構成なのかはアンビシアが調べてくれた。彼女の方が北西街の勢力図に詳しいからだ。アンビシアからの報告には「思ったより移住民の参加者が多いのは良かったと思うけれど、このままじゃ試合は殺伐としそうね」と書かれてある。
彼女の言う通りだよ……このままじゃ地元民対移住民の戦いになっちゃう。
私がしたいのは公平なスポーツであって、対立を煽るような催しではない。地元民チームと移住民チームが対戦すれば、どれだけ荒れるかわからない。
「困ったなぁ……初めての大会で乱闘とかになったら嫌だよ。スポーツマンシップが消えてなくなっちゃう」
「ディアナ様、スポーツマンシップとはなんですか?」
イシークの質問に、私は「スポーツ……競技を行う時の根本的な姿勢ってことなんだけど」と答える。
「試合を行うこと自体を楽しみとして、公正で誠実なプレーを尊重すること。試合前や後に礼をしたり、ルールに則ってお互いが真剣に勝負する。そういう考えや行いのことだよ。シムディアでも試合前に両チームのヴァキルが剣を合わせたりするでしょ?」
「ああ、なるほど。確かにシムディアでも同じことを言われましたね。チームの仲間は互いのために動き、相手チームにも敬意を持つこと。正々堂々と戦うように、と。その誓いを守るという意味で試合前にヴァキルたちが剣を交えるのです」
「そうそう、それのこと。シムディア・アインはシムディアより危険性が少なくて、みんなが楽しめるものにしたいから、スポーツマンシップの精神は特に崩したくないんだよ」
「確かに、学院で行ったシムディア・アインでは、シムディアを観ない学生たちも観にきていましたね。誰でも楽しめる競技というのは、それだけで価値があると思います」
ルザがそう言って懐かしそうに目を細める。
そうなのだ。私がやりたいのはみんなで盛り上がれるスポーツなのであって、恨みつらみが発露する殴り合いではない。けれど、このままではそんな大会になってしまう。
私が悩んでいると、イシークが腕を組んでひとつ提案をする。
「それならば地元民は地元民と、移住民は移住民と試合をして、なるべく地元民対移住民にならないように組み合わせてはいかがですか?」
「まずはお互いのチームをぶつけ合って数を減らすってこと? でも二つのチーム数が同じなわけじゃないから、結局はどこかでぶつかっちゃうよ?」
「準決勝、決勝くらいならばどうにかなるのではないですか?」
「んー、どうだろう。お互いの強いチームが勝ち上がっていくわけだから、変な盛り上がり方しそうじゃない? それに、運営側が明らかに意図を持って対戦相手を決めたって会場の人にはわかるから、その辺もいい印象与えない気がする」
「そうですね……それに大会の進行を北西街以外の方に頼むという公平さも、それをすることで失われる気もします」
ルザの意見にそうそう、と私は頷く。運営側の都合のいいように対戦の組み合わせを決めるのは、参加者の心象的にも良くはない。
「こうなるんだったら、参加者だけ募ってチーム分けはこっちでやれば良かったかな……」
ただそうなると手間がかかる上にチーム内で結束を固めることができない。チームプレーが重要なシムディア・アインにとってそれは悪手だ。
「ディアナ様は実際どのようなチーム構成が良かったのですか?」
「地元民とか移住民にこだわってないチームだよ、ルザ。学院でやってたのと一緒で、年齢も性別も国も超えてまとまっているチームがいて欲しかったの」
「それはこちらでは……なかなか難しいでしょうね。特に今は封鎖街の代表選のことで地元民と移住民が牽制し合っていますし」
「うう……言われてみれば本当にそう」
自分の能天気さにちょっと頭を抱える。冷静に考えればすぐ気付けそうなことなのに、学院でしていたシムディア・アインの様子が頭にあったので、そこまで考えられていなかった。アンビシアはそもそも地元民の方が参加者が多いだろうから、移住民の存在感はそれほどないと思っていたらしい。
「ディアナ様、そろそろ大砂嵐が止むようです。外に出られますか?」
机の前で唸っていると、イシュラルがそう尋ねてきた。そんなに時間が経っていたのかと驚きながら、私は立ち上がる。
「もちろん、砂の大移動はみんなと見たいもん。ルザ、イシーク、行くよ」
「はっ」
イシュラルに外套を羽織らせてもらって玄関ホールに向かうと、すでにヴァレーリアと弟妹たちが準備して待っていた。今までずっと学院で見ていた光景を家族と見られることに、自然と口角が上がる。
私は弟たちに両手を掴まれたまま、開かれた玄関扉から外に出た。
「おおー……すごい。家だとこんな感じになるんだ」
「階段の上から見ると、砂が降り積もっているのがよくわかりますね」
前に広がるロータリーや前庭の木々に、大砂嵐で運ばれてきた大量の砂が積もっている。嵐が抜けて晴れた空から太陽の日差しが降り注いで、それらが黄金色に輝いていた。
「まるで金色の雪みたいだね」
「姉上、下に行かないのですか?」
「階段の上から見た方がきっと綺麗だよ、ジャシュ」
「あ、城の方から光が……」
イシークの言葉にみんなが一斉に東側を見上げる。城の方角に黄色い光の玉が浮かび、強く輝き始める。アルスラン様の黄の魔石術だ。
光の玉がある程度の大きさになると、そこから王都全体に黄色の輝きが広がっていく。キラキラと輝く光の粒が降り積もった砂の上に覆い被さると、そのまま砂を吸着して空中へと移動していった。
「わぁ……! 今年も綺麗ですね、姉上」
「キラキラ!」
弟たちのはしゃぐ声を聞きながら、私は空に浮かんでいく光を見つめる。久しぶりに見る砂の大移動はやはり神秘的で、無言で魅入ってしまう。
というか、これ去年は私がやったんだよね……我ながらよく成功したなぁ。
卒業試験の実技としてアルスラン様に教えてもらいながらこの魔石術を使ったことを思い出して、感慨深い気持ちになる。あれだけ緊張しながら魔石術を使ったのは初めてだった。できることならもう二度としたくないけれど。
砂の大移動は特にトラブルが起きることもなく、順調に進んで終わった。
五年生の時みたいに砂が落ちることもなかったね。アルスラン様の健康状態がいい証拠だ。よしよし。
この魔石術はかなりの集中力を要するため、体調不良だと失敗することがあるのだ。砂の大移動の魔石術でアルスラン様の体調がいいとがわかった私は、空を見上げながらホッと息を吐いた。
「本当にアルスラン様の魔石術は見事ね」
「綺麗でしたねぇ。黄色の光も均一に広がっていましたし」
ヴァレーリアの言葉に頷きながらそう返すと、彼女は悪戯っぽい笑みを浮かべる。
「あら、ディアナの黄の魔石術だってすごいじゃない。アルスラン様も褒めていらしたってクィルガーから聞いたわよ」
「ええ! いつそんな話が出たんですか」
「最近よ。去年のディアナの卒業試験の話になったらしくて、そこでクィルガーに『素晴らしい才能の持ち主だ』と仰ったそうよ」
去年の卒業試験……まさに砂の大移動の魔石術を使った時だ。そんなこと言ってたなんて……。
「ありがたいですけど、アルスラン様の方が何倍もすごいので、なんとも言えませんね」
「そんなすごい方から褒めていただいたのだから、素直に喜んだらいいのよ。ディアナにとってアルスラン様はいいお手本になるのだから」
「お手本ですか……」
手本にするにはレベルが違いすぎる気がするが、ヴァレーリアが言っていることは間違ってはいない。いずれあの塔の先端に飛んでいく魔石術も覚える時がくるかもしれないのだ。
アルスラン様の負担を減らせるんだったら覚えたい、という気持ちはあるんだけどね……。
ヴァレーリアが言うようにアルスラン様に手本を見せてもらって試してみようかな……などと考えていると、ふとその言葉に引っ掛かりを覚えた。
手本……手本……新しいことをする時に必要なもの……。
「あー! それだ!」
「ディアナ?」
「お、お母様! それですよ! 手本を見せればいいんです!」
「……はい?」
「すみませんっ私すぐに仕事に戻ります!」
私はそう言って急いで玄関に戻って靴に洗浄をかけ、廊下を足早に進んでいく。後ろから弟たちの「姉上! 一緒にお茶をするのではないのですか⁉」「アルトゥルと遊ぶって言ったのに……!」という叫び声が聞こえたが、急いで執務室に向かう。
扉を開けて中に入ると、私はすぐに机の上の参加者名簿を広げて、そのチーム数を数える。
「ディアナ様、どうされたのですか?」
「いいこと思いついたんだよ、イシーク。ああ、やっぱり今のところ参加チームは奇数だね」
試合はトーナメント制にするのだが、そのためには偶数チームにする必要がある。それを確かめて、私はニヤリと口の端を上げて側近の二人を見上げた。
「私も出ることにする」
「は?」
「なんと! ディアナ様自ら大会に出場されるのですか⁉」
「そう。しかも地元民と移住民混在のチームを作って参加する。北西街の人たちに、私がやりたいチーム構成のお手本を見せるんだよ。混在チームが勝ち上がれば、誰も文句言わないでしょ?」
「な……!」
目を見開いて固まるルザとは対照的に、イシークはその場でプルプルと震え出した。
「素晴らしいお考えです! ディアナ様のあの勇姿を再び見られるとは! 是非私をチームメンバーに加えてください!」
「イシークとルザは出られないよ。今回参加できるのは北西街の貴族だけだもん」
「な……! そんな!」
ルザはうちに住んでるとはいえ、実家は北東街だし、イシークはザリナの家に婿入りしたから南西街所属なんだよね。私の行動をよく知る二人が出られないのは厳しいけど……。
「チームは今回は六人制だから……地元民二人と移住民三人を集めよう」
「お待ちください、ディアナ様。今回は主催者側に回るのではないのですか? 我々がお側にいられないのに、もしお怪我でもしたら……それに開催まで日にちがあまりない中で、どのようにして参加者を見つけるおつもりですか?」
「うーん、そうだなぁ……大会に来た人たちにシムディア・アインの面白さを伝えたいから、黄の魔石術が得意な人を探すよ。あと騎士が何人かは欲しいし……あ、そうだ」
すぐに動いてくれそうな騎士の顔が思い浮かんで、私はポンと手を打つ。それに黄の魔石術が得意な人たちについても思い当たることがあった。
「イシュラル、今から手紙をいくつか書くから、急いで届けてくれる?」
「かしこまりました。すぐに手配いたします」
戸惑っているルザとあからさまにガッカリしているイシークを置いて、私は机に向かってペンを走らせた。
大会の参加者を募ったら出てきた懸念。
殺伐としたものではなく、楽しめる大会にしたいディアナは
自ら出場することを決めました。
次は 最強のチーム作り、です。




