32 ファリシュタとのお茶会と大砂嵐
「ディアナ、なにか私に隠してることあるでしょう?」
「へ? な、なに?」
次の公演に向けての修行期間が始まる前に、劇団員たちはしばし連休に入ることになり、今日は久々にファリシュタがうちに遊びにきていた。劇団が始まってから彼女とは職場で会うばかりで、このようなプライベートな時間は持てていなかったため、とても嬉しい。
だが本館の客用談話室でパンムーやアルニーも加わってお茶を楽しんでいた私に、ファリシュタが突然そう言って悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「第二回公演の間は集中してたし、ディアナとこうやってゆっくり話すこともできなかったから聞かなかったけど……劇団とは違うことを考えているんじゃないかってずっと思ってたの」
「え……な、なんでそんなこと?」
内心ギクリとしながらそう返すと、彼女は私のことを笑顔のままじっと見つめる。
「ディアナのこと、私にはわからないと思ってる?」
その言葉とともに深まる笑みを見て、私は咄嗟に顔を手で覆った。
「う……! ダメ! それ以上見ないでファリシュタ!」
「やっぱりなにか隠してた」
「だって、まだみんなに言うタイミングじゃないと思って……」
「みんなってことは、劇団にも関係していることなんだね」
「は……! しまった」
簡単に看破され、私はギュッと目を瞑る。そんな私を見てファリシュタはくすくすと笑って、カップに手を伸ばした。
「別に怒ってるわけじゃないよ、ディアナ。劇団に迷惑をかけるとか、そんな話じゃないんでしょう?」
「え、なんでわかるの?」
「ディアナの顔がなんとなくふわふわしてるというか、ソワソワしてたから。どちらかというと新しくやりたいことができて、それに向かって進んでる時のディアナなのかなって」
「なんでわかるの⁉」
「もう何年一緒にいると思ってるの。その顔は、一年生のころから変わってないんだよ? ディアナ」
ふふふ、と笑うファリシュタにそう言われて、私の耳の先がカーッと熱くなる。
「それって、私全く成長していないってことじゃない? うう、恥ずかしい……」
「それがディアナらしさなんだから、そのままでいいよ。それに、ディアナだけ見て気付いたわけじゃないから」
「え?」
「……ディアナとハンカルが事務室で話し込んでる時あるでしょ? たまに見かけて……その時のハンカルの表情からなんとなく……」
後半にかけて小声になってしまう彼女を見て、私はニヤリと口の端を上げる。
「その時のハンカルの顔が、私からなにか言われて戸惑いながらも色々と考えてフォローしてくれる時の顔だった、てこと?」
「う……うん。そう」
「よく見てるねぇ、ファリシュタ」
「もう、揶揄わないで、ディアナ」
ジロリと睨むファリシュタに私は表情筋をだらしなく緩める。赤い顔の彼女に睨まれても全く怖くない。テーブルの上で果物を食べていたパンムーも気付いて、私と同じような顔になっている。
劇団に入ってから二人の距離が空いちゃってたから心配してたけど、ファリシュタの気持ちは変わってないみたいだね。
そのことに少しホッとしつつ、私は彼女に北西街代表選のことや、今度アンビシアの家でシムディア・アイン大会を開催する予定であることを説明する。
封鎖街の開発のための代表選については、もちろん彼女も知っていた。
「あの代表選に立候補するつもりなの……」
「だってあの封鎖街の古代劇場を本拠地にしたくて……」
「まぁ……確かに。あの劇場はすごいものね。私も、あそこでもう一度演じることができたら素敵だなって思ってた」
「本当に? やっぱりそうだよね! 役者だったらやりたいって思うよね⁉」
「ふふ、うん。今でも、六年生の演劇公演会のこと思い出すから。私にとっても特別な場所だよ。なるほどね……それで劇団の知名度を上げようと頑張ってたんだ。ディアナは」
「代表選だけが理由じゃないけどね。売り上げ目標のことを考えたら劇団のことをもっとたくさん広げなくちゃいけなかったし。まぁちょっと、急いじゃったけど」
「新メンバーのことをディアナが自分で鍛え出したのも、それがあったからなんだ」
「あ、新メンバーの人たち、大丈夫だった? 私がいないところで不満とか出てなかった?」
「大丈夫。練習がキツいとか、覚えることがたくさんあって大変だ、とかは言ってたけど、ディアナに対する不満とかはなかったよ」
「そっか、よかった……」
「逆に、演劇の真剣さが伝わってよかったんじゃないかな? 演劇は楽しいけど、楽な職業だって思われたら嫌だもの」
ファリシュタのその言葉に私は目を瞬いて、フッと眉を下げた。
「ファリシュタ、そんなこと思ってくれてたんだ」
「学院にいたころはクラブ活動だったから、夢中になるだけで、あまりそこまで考えてなかったんだけど、劇団員はちゃんとした職業でしょう? 王立で、きちんと給料が出て、みんな真剣に働いてる。執務官や騎士たちと同じで、アルタカシークを支える仕事だもの。楽な仕事だと思われるのは嫌だよ」
そういえば彼女は貧しい実家の暮らしを支えるために特殊貴族になった。昔から、働くことに関しては誰よりも意欲があって、真面目なのだ。
「ディアナはそう思ってないの?」
「思ってるけど、劇団は全く新しい職業だから。受け取り方は人それぞれなのかなって思ってた。ファリシュタがそんな風に考えてくれてて、嬉しいよ」
彼女はいつも私のやることに賛同してくれて、支えてくれる。今まで見たことのないものを作ろうとしいる私のことを尊重し、信じてくれる。無条件の信頼がそこにあって、面映い気持ちになる。
「それで、今回の公演で劇団の知名度は上がったと思うけど、これで代表選にも出れそうなの?」
「うーん……それはまだ確定してない、かな。今回で移住民の人たちにも知ってもらえたと思うけど、それで代表選を戦えるのかはまだわからないんだよねぇ」
「そっか……この街の代表を決めるんだものね。大人の人たちの賛成をもらうのは大変そう。それに加えてシムディア・アイン大会もやるなんて……」
「そっちは完全に勢いで決まっちゃったんだけどね」
アンビシアに演劇を見てもらいたいと思って行動した結果、そうなってしまったのだ。
楽しいことをやれるぞと目の前に競技場を出されて、断れる理性は私にはない。
「まぁでも、ハンカルが賛成してくれたから、そっちもなんとかなると思うよ」
「そこでも劇団の宣伝するつもりなの?」
「もちろん! 利用できるものはしないとね!」
私がえっへんと胸を張ると、ファリシュタはくすくすと笑い出す。
「もう、ディアナの体も少し成長したんだから、あまりその格好はしない方がいいと思うよ」
「ファリシュタの前でしかやらないからいいの。体だってまだ成人の大きさじゃないし」
「そうだけど、また急に寝込んで体が大きくなったらどうするの?」
「その時はその時に考える。まあ、まだ先じゃない? この前成長したばっかりだし」
私たちはそれからもたくさん喋った。劇団のメンバーのこと、ザリナが遺跡隊の仕事を頑張っていること、ファリシュタの実家の弟妹たちが年頃になって結婚相手を探し始めていること。彼女との話題は尽きない。
久しぶりに思う存分話すことができたからか、ファリシュタが帰ったあと、私は胸がスカッとしていることに気付いた。どうやら劇団長という立場や、シムディア・アイン大会の主催者としての責務から解放された時間を持てたことがよかったらしい。
……もしかして、アルスラン様もこんな気持ちになってたのかな。
王の書斎が王の間であったころから、アルスラン様とは様々な話をしてきたが、最近になってなんとなく、執務と関係のない話をするのが好きなのだな、と感じることが増えた。音楽や、演劇、本の感想などを話している時に、肩の力が抜けているのがわかるのだ。
リラックスできてるのなら良かったなぁ……とか思ってたけど、それだけじゃないのかもしれない。
気兼ねなく喋ることができる相手との時間は、私にとっても最高のリラクゼーションになる。
「……そういえば、お忍び散策して以来会ってないね」
久しぶりに会いたいかも。といっても、向こうから呼び出しがない限り、会いにいけないんだけど。
廊下を歩きながら、私はなんとなしに城がある方向に顔を向けた。
それから数日後、大砂嵐の予報が出た。
珍しく夜の九時頃に予報が発表され、自室にいた私は急いで外套を羽織って本館へと向かった。イシークはすでに帰宅したあとのため、ルザと平民の兵士が護衛につく。
あらかじめ決めていた集合場所の玄関ホールに着くと、すでにヴァレーリアがいてトカルやトレルに指示を出していた。
「お母様、お父様は?」
「連絡が来てすぐ城に向かったわ。今夜は王宮で待機になるようね」
「こんな夜から大変ですねぇ。じゃあ、今から防砂窓を閉めにいってきます。ルザと兵士たちがいれば大丈夫なので、お母様は中にいてください」
「本当にディアナ一人で大丈夫なの?」
「はい。寮でも毎年やってましたし、すぐに終わりますから」
去年まで家には魔石使いがヴァレーリアしかいなかったため、毎年予報が出てからトレルとトカルたちと手分けして、家中の防砂窓を閉めていたらしい。ヴァレーリアは三級なので移動の魔石術を広範囲に掛けることができず、時間がかかっていたんだそうだ。
「トカルやトレルたちには中の窓の戸締りをするように言ってあるから、外はお願いね。ディアナ」
「はい! 任せてください」
家族の役に立てることが嬉しくて、私は元気に返事をして暗い外に出た。砂はまだ舞っていないが、すでに風は強まってきていて、唸るような音が空から聞こえてくる。
私は玄関前の階段を降りてロータリーまで歩いていくと、くるりと振り返って本館を仰ぎ見る。
「『サリク』防砂窓を移動して」
私がそう命じると、ネックレスの黄の魔石から光が溢れ、前に伸ばした手の先へと飛んでいく。黄の光が本館正面の全ての窓に広がると、壁面に隠されている防砂窓がゆっくりと横にスライドしてきた。それを確かめて、私は移動の速度を上げる。
そしてザンっと音を立てて、防砂窓が一斉に閉まった。
「おお!」
「この数の防砂窓を一度に……流石でございます。ディアナ様」
兵士たちとルザの感嘆の声を聞きながら、私は「次の場所へ行くよ」と本館の東側へ回り込んでいく。そうしてぐるりと館沿いに移動しながら防砂窓を閉めていくのだ。
ちなみに劇場の方でも大砂嵐の時の対処法は決めていて、一級のハンカルを中心に防砂窓を閉める人、中の安全を確認する人、と役割分担してある。今ごろみんなで協力して動いているだろう。
本館、女性館、男性館、客用の館の全ての防砂窓を閉めた私は、足早に玄関から中へ戻る。
「ディアナ! もう終わったの?」
「はい、全て閉めましたよ。厩舎や使用人棟の方はしなくていいんですよね? お母様」
「え、ええ……あちらは毎年使用人たちが手動で閉めているから。それにしても本当にディアナの魔石術はすごいわね」
「黄の選択授業も取りましたし、黄の魔石術はわりと得意になったんですよ」
「ディアナ様……わりと、ではありません」
ルザにツッコまれながら、私はすぐに自室へと引っ込んだ。大砂嵐が来るのは夜中の三時頃だ。明日は夕方まで家に缶詰状態になるため、事務作業しかすることがない。
だったらこの作業やっちゃおう。
そう思いながら机に向かう私を見て、イシュラルが怪訝な顔をする。
「ディアナ様、まだお仕事をされるのですか? そろそろお休みくださいませ」
「もうちょっとだけ。明日の作業分の仕分けしちゃいたくて」
机の上には大量の書類が広がっていた。これらは全てシムディア・アイン大会関係のものだ。アンビシアから送られてきたもので、具体的なルールや条件、大会の進行、参加料や見学料などが書かれている。
その中のひと束の紙を持ち上げて、私はため息をひとつ吐く。実は頭を悩ませることが出てきたのだ。
「うーん……まさかこういうことになるとはね……」
その束の一番上の紙には、『シムディア・アイン大会 参加者名簿』と書いてあった。
ファリシュタとのお茶会でリフレッシュできたディアナ。親友との時間は格別ですね。
そして家で過ごす大砂嵐の日。なにやら懸念することが出てきたようです。
次は、チーム構成と閃き、です。




