31 第二回公演の千穐楽
二の月の下旬、劇団の第二回公演『自由の歌』は千穐楽を迎えた。
私はこの日もやってくるお客さんを劇場の正面入り口で出迎えた。休日も重なったからか、常連の他にも初めて見る顔がたくさんある。
「ディアナ様、また来ましたわ。今日で最終日ですのね」
「キジーニ様、本日も来てくださり、ありがとうございます」
「今日は今まで誘っていなかった方々にもチケットをお渡ししましたの。紹介しますわ」
彼女はそう言って連れに顔を向ける。その人たちの少し遠慮がちな様子を見て、私は「ああ、もしかして移住民の人たちかな」と見当をつけ、挨拶を交わした。
そしてその中に見知った顔がいることに気づく。
「あれ……貴女は確か……」
「……」
とある夫人の影に隠れるようにして立っていたのは、学生のころ、黄の選択授業で一緒だった女性だった。当時は特に仲良くはなかったが、友達とわいわい喋っている時に私のことを遠くの席から見ていたので覚えている。私と目が合うとすぐに顔を背けていたため、正直嫌われていると思っていた。
「アルタカシークの人だったんだ……話をするのは初めて、ですよね?」
「……オプラーシャ、といいます。あの、本当は学院にいる時からずっと話をしたかったのですけど……」
オプラーシャはミルクティ色の髪に濃い琥珀色の目をした女性で、高位貴族らしい。静かだが意志の強そうな瞳で、少し気難しそうな印象を受ける。
話したかったけど、移住民だったから近づけなかった……ってことかな。確か授業でもよく発言してたし、成績も良かったはず……。
「劇を観に来てくれたのですね。嬉しいです」
「学院で観ていた劇も、面白かったので……」
「キジーニ様に紹介チケットをいただいた時に、この子が珍しく『絶対に行きたい』と言うものですから」
オプラーシャの母親が娘をチラリと見ながらそう説明する。移住民の間でも劇団の話は広まっていたが、実際に足を運ぶのは躊躇していたらしい。キジーニも高位貴族相手に紹介チケットを渡すのはどうかと考えていたようだが、お茶会の時に思い切って誘ってみたのだそうだ。
話が届きにくい移住民の高位貴族にまで劇団のことが広まったんだね。嬉しいな。
私は彼女たちに劇を楽しんでほしいと伝え、中へ入るよう促した。
さらにその日は懐かしい顔とも再会した。なんとディアナ護衛隊の人たちだ。彼らに会うのは去年の冬以来である。七人のうち、アラブカ、スブスイ、アイ、ヤガーチの四人が来てくれた。
「皆さん、お仕事はお休みだったんですか?」
「ええ。たまたまタイミングが合ったのです。やっとディアナ様にお会いできました。嬉しいです」
「お元気でしたか? ディアナ様」
「はい。皆さんもお元気そうで。クーンさんには前に会ったんですけど」
私がそう言うと四人は顔を見合わせて、なぜか勝ち誇ったように笑う。
「その話を聞いて我々は皆、悔しい思いをしていたのですよ。クーン隊長だけディアナ様に会えるなんてずるいと」
「ですので今回、彼を差し置いてここに来られたのが嬉しいのです」
「そ、そうなのですか……」
相変わらず彼らの私に対する気持ちが重い。ルザとイシークのような側近が一気に増えたように感じてしまう。
「そう思うとプルキンさんとツプラさんが来られなかったのは残念ですね」
「確かに彼らには気の毒でしたね……まあ、プルキンは北西街の移住民なので、休みであっても来にくかったとは思いますが」
「え! そうなんですか?」
スブスイの言葉に私は目を見開く。今まで私に近付く人は地元民だけと聞いていたので、ディアナ護衛隊の七人もそうだと思っていたのだ。
騎士たちの中ではあまり移住民と地元民の差はないとクィルガーが言っていたので、プルキンも差別されることなく護衛隊に入ったのかもしれない。
私は彼らと少し話をして、そのあともたくさんのお客さんを出迎えた。
それから最終公演は無事に終わり、劇団の第二回公演会は大盛況のうちに幕を閉じた。
千穐楽は今まで埋まっていなかった三階、四階席にまでお客さんが入り、会場の空気が変わったのを感じた。劇団員たちの熱演に送られたスタンディグオベーションもかなりエネルギッシュで、全てのメンバーがそれに圧倒されたのだった。
すごい……ちょっと泣きそう。
終演の余韻を体に残して、私と劇団員たちはお客さんたちが帰ったあと、劇団の館の中広間で打ち上げをする。
「皆さんの頑張りのお陰で、無事に千穐楽を迎えることができました! お疲れ様でした。ヤクシャイ!」
「ヤクシャイ!」
「ヤクシャイ!」
床に敷かれた絨毯の上でみんなで乾杯をする。今日は特別に家からコモラに来てもらい、宴の用意をしてもらった。数週間の公演をやり切ったメンバーたちは、開放感溢れる顔で並んだご馳走に手を伸ばす。
今回は役者組も裏方組も全員参加してほしかったため、平民である音出しのおじさまたちや、衣装係の職人さんにも来てもらったのだが、彼らは恐れ多いと私たちとは離れた部屋の端の方でご飯を食べている。
そんな中、ハンカルが今回の公演の成果について話し始めた。
「まずはチケットですが、これは映像を使った宣伝や、移住民にも招待状を送った結果、前回より大幅に売り上げが伸びました。またリピーターも多く、常連客も増えたようです」
私はそれを聞いて「よし!」と密かにガッツポーズをする。
「そしてグッズの売り上げも順調に伸びました。特にラティシ様に書いていただいた劇の推薦文が多くの人の心を掴んだようで、パンフレットの売り上げが一番多かったようです」
「おお、さすがヤティリの叔父さん! あれ、すごかったもんなぁ」
ラクスがそう言ってヤティリの肩をバンバンと叩く。
「観劇後のホールでの社交では、役者の演技や歌、踊り、それから衣装の話、音出しの迫力についてが話題に上がっていました。詳しくはアンケートに記入してもらったので、これから皆さんに回します」
「まぁ……! 衣装についてこんなに細かく……! 頑張った甲斐がありましたわ」
「イリーナ様のデザインは素敵でしたもの! 労働階級の話でしたのに、品のある衣装で」
「生地にはこだわりましたもの。皆様もお疲れ様でございました」
「音の迫力に全身が痺れた……だって。ふふ、良かった」
「エルノ、このアンケート音出し隊のおじさまたちにも見せてあげて」
「わかってるよ、ディアナ」
裏方組がアンケートを読んで盛り上がっていると、ハンカルが役者組のメンバーを呼び出した。
「役者宛にプレゼントがたくさん届いています。それぞれ分けて置いているので、持って帰ってください。メッセージや手紙などは念のため、こちらで一度開封しています」
「おお! 俺へのプレゼントもたくさん来てる!」
「ありがたいが……相変わらずすごい量だな……」
「すごい……お手紙もこんなに」
今回はラクス、ケヴィン、ファリシュタへの贈り物の他に、新メンバーへのプレゼントもあった。
「なんと、私たちにまで……ありがたい」
「まぁ、近所の方たちからだわ……! 観に来てくださったのですね」
ジャノーブとモイナが明るい声を出すと、アヤーリがインディに手紙を見せる。
「インディ様、見てください! 脇役の人たちもそれぞれいい味を出していた、ですって!」
「私たちまで見てくださる人がいたのですね……」
彼女たちの綻んだ顔を見て、私も目尻を下げる。今回の公演まで時間がなく、彼らにはスパルタ指導を行った。かなり大変だったと思うが、その努力が実ったようでホッとする。
メンバーたちが喜ぶ姿を見て、うんうんと満足げに頷いていると、ハンカルが私に声をかける。
「ディアナにも贈り物が届いてるぞ」
「え? 私にも?」
なんだろうと思ってハンカルの近くの小上がりを覗くと、そこに花束や手紙がたくさん置かれていた。
「これ、全部私宛て?」
「そうだよ。どうやらディアナが直接お茶会で誘った人たちからのようだ」
なんと、劇団を主宰している私に労いと感謝の気持ちを伝えるため、用意されたものらしい。
「あ! これお母様とおばあ様からだ。他にも五大老やキジーニ様や他の人たちまで……」
「ディアナを支えてくれてる身内の人たちからみたいだな。千穐楽が無事に終わったことへのお祝いなんだろう」
「そんな……劇場に来てくれただけで十分なのに……」
この世界の貴族社会では贈り物は基本的に身分の高い人から低い人へ贈られるか、もしくは同じ階級の人同士で贈り合うことが多い。このようにいろんな身分の人から贈り物が届くことはない。
「どうやらこれも『ファン活動の一環』として送られたものらしい。ファンとしての贈り物なら、身分のことは考えなくていいからな」
「そっか……なるほどね。ふふ、あとで皆さんにお礼のお手紙送らなきゃね」
自分で考えたファン制度だったが、それを利用して贈り物が届くとは思わなかった。自分のしてきたことがこのような形になって返ってきたことに、胸がじんわりと温かくなる。
劇団として力をつけるという目標があった第二回公演だったが、売り上げも伸び、地元民だけでなく移住民にも演劇を観てもらうことができた。
「劇団の知名度を上げるっていう目標は、少しだけ達成できたかな」
「そうだな。少なくとも北西街の中では存在感は増したんじゃないか? 第一回公演よりは、進んでるよ」
「ううー……! 良かったぁ」
ハンカルの言葉に思わず両手を握りしめて、私は目標達成の喜びを噛み締めた。
その後、メンバーのみんなに今後の予定について話をする。
「無事に第二公演を終えることができたので、次の公演までは少し時間を空けようと思っています。これから春になれば、貴族たちは春祭りや社交の期間で忙しくなりますし、他にも新しいメンバー募集や、皆さんの能力の向上もやっていきたいですから」
「俺たちの修行期間に入るってことか?」
「そう思ってもらっていいよ、ラクス。忙しい春が終わって、本格的な夏が来る前の六の月に次の公演を行おうと思っています。特に役者の方たちは踊りを重点的に練習してください」
私はそう言ってラクスに目で合図を送る。「あ、まさかアレやるつもりか?」と彼は一人で見開く。
そう、次の公演ではラクスの踊りの師匠から送られた奥義の書にあった、例のボリウッドダンスに挑戦しようと思っているのだ。あの踊りを成功させるには、かなりの鍛錬が必要になる。それに気付いたラクスがげんなりとした顔を向ける。
「体を休める期間なのかと思ったら……地獄の修行期間の始まりかよ……」
「一番大変なのは、あの踊りを教えることになるラクスだから、頑張ってね。期待してる」
「ぐう……相変わらず求めるレベルがえげつないな、ディアナは。わかったよ。ただあの踊りの解読は一緒にやってくれよな」
「もちろん。一緒に作っていこう」
それからも打ち上げという名の宴は続き、私たちは大いにその時間を楽しんだ。
そしてその翌日、私の家にファリシュタがやってきた。
第二回公演、無事に終わりました。
成果の発表があると嬉しいものですね。
次は、ファリシュタとのお茶会と大砂嵐、です。




