30 シムディア・アイン企画始動
アンビシアの家の馬車に揺られながら、私は頭をフル回転させていた。勢いで言ったものの、かなりの急展開に考えが追いつかない。
まさかシムディア・アインができる闘技場があるなんて……。
まだ思い立ったところなので、アンビシアにお願いして闘技場の貸し出しを仮で押さえてもらった。詳しい条件の提示や契約についてはこれから手紙で詰めていくことで合意する。私はとにかくこの件について早急に考えをまとめて、ハンカルに伝えなければならない。
ハンカルが納得できる企画案を考えないと、絶対に怒られる……!
劇団の運営に励んで、ようやく二回目の公演を始めたところなのだ。ここで私がなにも考えずに「シムディア・アインもやりたいんだよね」などと言えば、さすがのハンカルも本気で怒ってしまうかもしれない。
シムディア・アインで得られるメリットはなに? そもそも劇団をやりつつ、競技の運営なんかできる? 人はどこで集める? アクハク石だって用意しなくちゃいけないよ。
考えることは山ほどある。それについて唸っているうちに、劇団の館に着いてしまった。アンビシア家の馬車は私を降ろしたあと、誰も乗せずに帰っていく。
「ダメだ……全く考えがまとまらなかったよ。どうしよう……」
今日の退勤時間までもう少しのため、それまでハンカルに会わないように練習室へ行こうかと思いながら階段を上ると、なぜか玄関ホールに薄い笑みを浮かべたハンカルの姿があった。
「うえ⁉ な、なんでハンカルがここに?」
「おかえり、ディアナ。窓から馬車が見えたからお出迎えしようかと思ってな。それで……ディアナは一体なにを始めようとしているんだ?」
「ヒィィ! なんでそれを⁉」
「アンビシア様との話の内容をトカルたちから聞いた。ディアナの開発案を教えた代わりに、アンビシア様が自宅へ招いたんだろう? そこでディアナは向こうの情報も手に入れた。違うか?」
「……はい。手に入れました」
「向こうの開発案がただ優れたものであったなら、ディアナはもう少し落胆して帰ってきたはずだ。だが馬車から降りたディアナの顔には『これから楽しいことがある』って書いてあった」
「え! ウソぉ」
私は咄嗟に頬を両手で包むが、ハンカルは笑みを深める。
「当たりだな」
「あ! もしかしてカマかけた? 酷いよ、ハンカル」
「そうしないと、話を逸らされて時間がかかるだけだからな。そして、ディアナの場合はすぐに対応した方が問題が大きくならずに済む」
「うう……ハンカルは私のことわかりすぎだよ」
「何年一緒にいると思ってるんだ」
そんなことを言いながら私はハンカルと事務室へ向かい、そこで全部白状した。もちろん、シムディア・アインを始めることを即決したわけではないということも強調しておく。
しかし、怒られると思って身構える私に、ハンカルは片眉を上げただけで黙ってしまった。意外な沈黙に、私は目を泳がせる。
な、なにか言ってよ……ハンカル。
ルザの入れてくれたお茶を飲みながら待っていると、組んでいた腕を解いてハンカルが口を開いた。
「いいんじゃないか? シムディア・アインを開催するのは」
「ふぇ⁉」
「確かに移住民の敷地内で行うことで問題も出てくるだろうが、その辺はディアナがどうにかするつもりなんだろう? 俺としては劇団にメリットがあるのなら反対しない。やる価値はあると思う」
「劇団にメリット……?」
どちらかというと、私が忙しくなることで劇団には迷惑をかけると思うのだが……と思いながら首を捻ると、ハンカルは「なんだ、気付いてないのか?」と眉を上げる。
「シムディア・アインが無事に開催できたなら、そこには人がたくさん集まるのだろう?」
「……そうだね。学院の大講堂と同じくらいの闘技場だったし、ものすごく盛り上がると思う」
「人が集まれば、そこでやれることがある。それを学生のころから実践してたのは、他でもないディアナじゃないか」
「へ? ……人が集まるところでできること? ……え、ああ! 宣伝ってこと⁉」
「そうだよ。シムディア大会でも魔石装具の発表会でも演劇クラブの宣伝をしていただろう? 忘れたのか?」
「わ、忘れてないよ! そりゃ、シムディア・アインが開催できれば、そこで劇団の宣伝はできるだろうけど……」
「俺の仕事は、あくまで劇団の運営の補佐だ。もちろんディアナが忙しくなることで、その皺寄せが俺にくることになるだろうけど、劇団を大きくする機会が増えるんだろう? だったら問題ないさ」
確かに、それはそうだ。ハンカルは劇団に所属している。今回私がやりたいシムディア・アインは劇団の運営とは関係がない。そちらの計画は私だけの問題だ。しかし私はそこで、しなしなと耳を下げた。
「どうしよう……ハンカル。考えることが多すぎて自分だけでシムディア・アインを始動できる自信がないよ……」
としょんぼりと肩を落とす私に、ハンカルが仕方なさそうにため息を吐く。
「……はあ、わかった。ディアナがまずなにから始めたらいいのか、立ち上げまでは手伝うよ。もしシムディア・アインを事業にするのなら、事業計画書も必要になるし」
「はっ! そ、そっか……事業計画書……」
「そこまで大きなものにするつもりはないのか?」
「……ううん。いつか世界大会が開けるくらい大きな競技になればいいなって思ってるよ。だからザガルディのユラクル様にもシムディア・アインを広げてもらうようにお願いしたんだし」
「じゃあ、最初からそこを目標にして考えた方がいいな。それを踏まえて、今できる小さな目標に落とし込むんだ。そうすればディアナがどう動けばいいのか、自然と見えてくるから」
そう言いつつ、ハンカルは手元の紙にこれからのやることリストを記していく。
「ハンカルぅ……格好良い! 頼りになる! さすが副劇団長!」
「褒めてもなにも出ないし、クィルガー様が聞いたら恐ろしいことになるからやめてくれ」
それから私たちはシムディア・アインの計画を練った。アンビシアとも手紙でやり取りをして、具体的なことを決めていく。私が将来的にシムディア・アインを事業にしたいと知った彼女は、すぐに面白そうだと食いついてきた。どうやらシムディア・アインという競技自体に興味があるらしい。ただいきなり定期開催するのはハードルが高いため、まずは試しに一度、臨時のイベントとしてシムディア・アイン大会を開催することになった。開催日はなんと約ひと月後だ。
「春祭りのあとには開発案の発表が控えているでしょう? それからは呑気にイベントなんて開催できなくなるのだから、時間なんてかけられないわ。闘技場から競技場に整えるのはすぐにできるのだし、あとは人を集めるだけよ。そこは貴女が頑張りなさい」
と言われてしまったのである。とにかく早いうちに一度開催し、そこで事業にできるものだとわかったら、本格的にシムディア・アイン企画を始動させるということに決まった。
そこからそのイベントで実施するシムディア・アインのルールを決め、大会の規模や優勝者への賞品を考える。ルールが決まれば参加人数が決まるので、そこからチームの募集開始だ。
「うーん……どうやって募集しようかなぁ……」
家の食堂で晩ご飯を食べながら唸っていると、テーブルの上で果物を食べていたパンムーが私の肩に登ってきて、いきなり私の口に大きなブドウの実を突っ込んだ。
「んん⁉ んー……んぐ。もう、なにするのパンムー」
「ムー、パムパム!」
パンムーは口を尖らせながら止まったままの私の手をペシペシと叩く。どうやら食事に集中しろと言いたいらしい。私としては、もちろんコモラの作った料理を楽しみたいところなのだが、考えることが多すぎて全く落ち着かない。そんな私を見て、ヴァレーリアとクィルガーが呆れたように笑う。
「シムディア・アインのことか? まさかそんなに早くやろうとするとはな……しかも移住民の家で」
「劇団の公演もまだ残っているのでしょう? あまり根を詰めると体調を崩すわよ」
心配する二人に、私は眉を下げる。確かにやることが一気に増えて頭は爆発寸前だ。
「でも私がやりたいと言い出したことですから……それに、あとは参加者と見学者を募るだけですし」
「参加者ねぇ……シムディア・アインはどんな人でも参加できる競技なの?」
「老若男女どなたでも参加できますよ。大きなアクハク石を登ったり降りたりするので、それなりの体力は要りますけど……移動の魔石術を使える人がいると有利になるので、黄の魔石術が得意な人がいると盛り上がります」
「なるほど……それなら攻守ともにバランスの取れたチームが強そうね」
「そこはルールで変わるのでなんとも言えませんが、チームバランスは結構大事です」
そう説明すると、なぜかヴァレーリアは「三級はさすがに足手纏いになるかしら……」と呟いて考え込んでいる。そんな彼女を見てクィルガーが眉を寄せた。
「おい、ヴァレーリア。まさか参加したいなんて言うんじゃないだろうな」
「だって面白そうなんだもの。ねぇディアナ、その大会で三級だけのチーム対抗戦とかやってみない?」
「え、三級だけのですか? ……はあ、まあ確かに、条件を絞って試合するのも面白そうではありますけど。いいのですか? お父様」
「よくない。高位貴族の妻が公衆の面前で試合に出るなんて聞いたことがないだろ」
「あら、意外と古臭いことを言うじゃない、クィルガー。アリム家では個人の考えが尊重されるんじゃなかったの?」
「それとこれとは別だ」
「どこが別なのよ。高位貴族の妻が試合に出て戦うことがはしたないから嫌だってこと?」
「そうじゃない……見学者が多いのが問題なんだろ」
渋い顔をしてそう呟くクィルガーを見て、私はピンとくる。
「ああ、わかりましたよ。お父様はお母様がいろんな人の目に触れるのが嫌なんですね。お母様、美人だから」
「んぐ……っ」
「お母様は元冒険者ですし、人に指示を出せる人ですし、活躍すれば『戦いの女神だ』なんて言われて注目されそうですもんね」
私がそう言ってニヤニヤすると、ヴァレーリアが目を瞬きながら隣のクィルガーを見上げた。
「そうなの?」
「……」
クィルガーは黙ったまま口をヘの字にする。図星のようだ。
「お父様が嫉妬で暴れ出しそうなので、試合に出ることは今回は諦めてください、お母様」
「……仕方ないわねぇ。試合中に観客席から怒気を出されても困るもの。クィルガーも絶対に観にいくのでしょう?」
「ディアナが主催の大会なんだろ。親の俺が観に行かなくてどうする」
「本当は試合が観たいだけのくせに」
そう言ってヴァレーリアはくすくすと笑った。結婚して六年くらい経つが、二人のやり取りは熟年夫婦のようである。それより私は、二人の食いつきの良さに納得がいかなくて少しだけ口を尖らせる。
「二人とも、演劇の公演よりシムディア・アインの方が好きそうですね。ちょっと悔しいです」
「それは……仕方ないだろ。俺は騎士だし、じっと座って観る演劇より競技の方が興味が湧くんだ」
「私はどちらも好きよ。演劇も華やかな世界で派手だし、シムディア・アインはザガルディの闘技場を思い出すし」
そうだった。ヴァレーリアは子どものころから闘技場で試合を見るのが好きだったのだ。ただそういう趣向の女性はこの世界にはあまりいない。
「お母様は例外として、試合を観るのが好きなのは男性の方が多そうですね。お父様やおじい様の馴染みの方々からお知らせを回した方が人が集まるでしょうか?」
社交に参加するようになったとはいえ、夫人と違って男性たちが集まる社交に私は行けない。そちらの情報がどのように回っていくのか想像できないのだ。
「そうだな……確かに男の社交場から回した方がいいだろうが……ディアナ、見学者はそれでいいとして、参加者は北西街の貴族に限るのか?」
「今回はお試しですし、移住民の人たちにも参加してほしいので、北西街の貴族だけにしています。王都全体に広げてしまうと、力の強い地元民ばかりが集まることになりそうですし」
開催場所が移住民のアンビシアの家とはいえ、主催は地元民の私なので集まる人は地元民が多いと予想している。しかし参加者や見学者が地元民で埋まってしまうと、アンビシアは面白くないだろう。私としても、彼女の家が作った競技場を使わせてもらうのだから、移住民にもメリットのあるイベントにしたいと思っているのだ。そのため、北西街限定のイベントとして開催することにした。
「北西街限定で、地元民も移住民からも参加者を募る……か。だったら、いっそのこと騎士たちにも声をかけるっていうのはどうだ?」
「騎士……ですか? でも騎士の人たちはお仕事があるんじゃ……」
「開催日に休みを取れる騎士だっている。王国騎士団や王宮騎士団の中では地元民であろうと移住民であろうと関係がない。国を守るという共通意識の元で動いているからな。まあ……多少のいざこざはあるが、執務官や事業をしている貴族たちに比べたら差別はさほどない。だからシムディア・アインという新しい競技にもすぐに食いつくと思う」
「なるほど……確かに元々体を動かす仕事をしている騎士たちに情報を回せば、参加者はすぐに集まりそうですね。地元民、移住民関係なく」
「ああ、そうだな」
「騎士がチームにいれば試合も盛り上がりそうですね。お父様、ありがとうございます。そうしてみます!」
そうして、クィルガーの力を借りて、騎士団にも参加者を募集してもらえることになった。持つべき者は、王宮騎士団長の父である。
「どうせ当日に観にいくのなら、クィルガーも参加したらいいのに」
「あ、それもいいですね。お父様が出場するなら人もたくさん集まりそうですし」
「馬鹿、部下を差し置いて俺が出れるか。それに娘の主催するイベントに俺が出るのもおかしいだろ」
「お母様は普通に出ようとしてましたけどね」
「いいじゃない、クィルガー。周りに娘を可愛がってるってアピールできるわよ?」
「……嫌だ」
クィルガーはそう言って顰めっ面のまま横を向いてしまった。公に娘を可愛がってるアピールをするのは恥ずかしいようだ。
ハンカルの協力を得てシムディア・アインを開催することになりました。
参加者を騎士団にも募れることになってディアナはワクワク。
娘が主催のため見送りましたが、本当は参加したいクィルガーです。
次は 公演千秋楽、です。が、次回から更新は不定期になります。
ぜひブクマをして更新をお待ちください。




