267 社会見学
――夏季休暇が始まってから、数日後。
うだるような暑さの中、アリアたち補助教官一同は、今日も、ハリル士官学校での生活を休暇を満喫していた。
「ああああああああ! 朝から、何ですの、この暑さは!? おかしいですわ!」
朝っぱらから、アリアたちが住んでいる寮に、エレノアの声が響く。
その後、扉がバンッと開かれる。
ドタドタ音が続き、しばらくすると、ダンダンダンと扉が叩かれ始めた。
「エドワード、エドワード! 起きていますわよね!? お金、お金を貸してくださいまし! この暑さは、命に関わりますわ! 外で、何か冷たい物を食べないと死にますの!」
そんな声が終わると、ほぼ同時にダンッと扉が開かれる音がする。
「朝からうるさいぞ、エレノア! 自分の金で買ってくれば良いだろう!?」
「あれば、とっくにそうしていますわよ! 夏季休暇のせいで、食費がかかりますの!」
ハリル士官学校は夏季休暇に入っている。
そのため、残っている者は少ない。
結果、食堂は停止してしまっている。
わずかな者のために、食事を作るのは非効率なためだ。
そんなワケで、アリアたちは、自分たちで食べる物を買ってくるなり、獲ってくるなりをする必要があった。
必然、エレノアの財布から、お金が旅立つ速度も速くなる。
「野草を食べていただろう? それで、我慢をしろ!」
「我慢できるワケがありませんわ! 最近は、塩と野草のスープばかりですの! もっと、文明的なものを食べたいですわ!」
「夏季休暇が明けるまでの辛抱だ!」
「あと、何日あると思っていますの!? 頭、おかしいですわ!」
エレノアは、プリプリと怒り出していた。
その後も、エドワードとエレノアの言い争いは終わらない。
どうやら、今回は、エドワードがお金を貸してくれるまで粘るようだ。
だが、エドワードも負けない。
意地でも、お金を貸す気はないようだ。
(……朝から元気だな。というか、この休暇を1万ゴールドで過ごすのは無理があると思うのだが。私でさえ、いつもよりお金を使うなと思っているのに。団長に言って、増やしてもらったほうが良いよ)
アリアは、ベットから起き上がる。
別に、エレノアとエドワードの言い争いがうるさかったワケではない。
この暑さで、嫌でも目が覚めてしまっていた。
そのまま流れで、顔を洗いに行こうと廊下に出る。
ちょうど、サラも部屋から出たところなのか、顔を見合わせることになった。
「……エレノア、元気ですわね」
「……元気を分けてもらいたいくらいです」
この暑さで、サラとアリアは、何もしていなくても体力が奪われてしまっている。
中々、厳しい暑さであった。
――1時間後。
アリア、サラ、ステラは私服に着替えている。
これから、外で遊ぶ予定であった。
そんなワケで、寮の入口を目指して歩いている最中だ。
「エレノアさん、今日は、結構、粘りますね。いつもだったら、30分くらいで諦めるハズですけど。余程、我慢できないみたいです」
「1万ゴールドでは、さすがに足りませんわよ。とはいっても、あれだけ粘る元気があるなら、団長のところに行って、お願いしたほうが良いですの。そっちのほうが、まだ、成功確率が高い気がしますわ」
「それは、どうでしょう? 普段は優しいですけど、厳しいところもありますからね、団長は。対して、エドワードさんは、粘ればいけそうな気がします。意外と甘いところがありますから」
アリア、サラ、ステラが、そんなことを話している間も、言い争いの声は聞こえてくる。
そんなこんなで、アリアたち三人は、寮の入口を通り、外に出ていた。
「相変わらず、日差しは凄いですの……というか、あれ、団長ですわよね? なんだか、こっちに向かって来ている気がしますわ……」
サラは、少し渋い顔をしている。
アリアたちの目線の先には、白髪を後ろで結んだ男性。
普段、ミハイルが、アリアたちの住んでいる寮に現れることはない。
そのため、嫌でも、警戒してしまう。
と、次の瞬間には、アリアたちの目の前に、ミハイルが出現をした。
「あ、もしかして、これからお出かけかな?」
夏の暑さに負けず、キラキラな笑顔のミハイル。
「はい。これから、街に遊びに行こうと思いまして。それでは、失礼します」
ステラは口早にそう言うと、ミハイルの脇を通り抜けようとする。
もちろん、アリアとサラも、後ろに続く。
面倒からは逃げるのが吉である。
(寮には、エドワードさん、エレノアさん、学級委員長三人組さんもいるし、大丈夫でしょう。団長が、何か依頼をしてきても、対処してくれるハズ。今は、戦略的撤退に集中しよう)
アリアは、現状況を離脱するため、足早に歩く。
だが、そう上手くはいかないようだ。
「つまり、時間はあるのだよね? もう、王都ハリルで遊ぶのも飽きたでしょう? 別の場所にも行きたいと思っているところじゃない?」
いつの間にか、ミハイルは、アリアたちの目の前に立っていた。
「いえ、全然、飽きていません」
「まぁまぁ! とりあえず、エドワードたちも、ここに呼んできてよ! 君たちにとっても、悪い話ではないからさ!」
「用件は、何でしょうか? 誰かの暗殺とかですか?」
逃げられないと悟ったステラは、単刀直入に質問をする。
「そんな物騒なことではないよ! 単純に、社会見学をしてもらおうと思ってさ! 今の状況で、王都ハリル以外の都市がどうなっているか、知っておいたほうが良いよ! ちょうど、夏季休暇で時間もあるしね! 僕にとっても、君たちにとっても、有意義な時間になると思うよ!」
ミハイルは、すぐに答えた。
(良かった! 全然、無茶苦茶なことではないよ! 団長も、暇なのかな?)
アリアは、少しホッとする。
今のところは大丈夫そうであった。




