266 夏の休暇
――7月下旬。
野外訓練が終わった後、少しの日数が経ち、ハリル士官学校は夏休みに突入していた。
待ちに待った夏休みである。
平民、貴族を問わず、非常に嬉しそうな顔であった。
一部の入校生を除き、ほとんどの入校生が、さっさとハリル士官学校を出ていってしまう。
少しでも、夏休みの期間を楽しもうと必死である。
アミーラ王国に戻るだけで休暇がなくなるアリアたちとは、大違いだ。
しょうがないので、補助教官一同は当直をしつつ、ハリル士官学校に留まることになる。
とはいえ、ほとんど人はいないので、かなり自由に過ごすことが可能だ。
そんなワケで、アリア、サラ、ステラ、エレノアの四人は、ほぼ無人のハリル士官学校を堪能することになってしまっていた。
「あああああああ! もう、暑過ぎますの! 何ですの、この暑さは! どこにいても、暑いですわ!」
「うるさいですよ、エレノア。余計、暑くなるので、黙っていてください」
ステラは、いつも通りの表情で、イスに座っていた。
ただ、顔からは、絶え間なく汗が流れている状態だ。
現在、アリア、サラ、ステラ、エレノアの四人は、教官室に集まっていた。
もちろん夏季休暇ではあるので、仕事をする場合以外は、来る必要がない。
ただ、涼しい場所を求めて来ただけである。
教官室は、直射日光が差さないので、気持ち、外よりはマシ程度であった。
「これを我慢するのは無理ですわ! もう一回、水風呂に行ってきますの!」
エレノアはそう言うなり、教官室を出ていってしまう。
「……エレノアではないけど、ここにいても仕方がないですわ」
「……寮に帰りますか」
「そのほうが良さそうですね」
サラ、アリア、ステラは、ぬるい空気の漂う教官室から戦略的撤退をすることになった。
教官室のある建物から出ると、すぐに直射日光が攻撃をしてくる。
晴れ渡った空に、眩しい太陽が浮かんでいた。
そんな状況で、トボトボと歩くこと、数分。
アリアたち三人は、寮の入口付近に到着をする。
そんな折、メイド服姿の女性がたたずんでいるのが見えた。
右手には、何やら、大きな荷物を持っている。
「カレン、どうしたのですか? こんなところに立っていると、暑さでやられますよ」
「お気遣い、ありがとうございます。お嬢様にお渡しするものがあるので、参りました」
カレンはそう言うと、懐から手紙を取り出した。
「あ、要らないので、処分しておいてください」
「……レナード様が泣きますよ。とりあえず、受け取ってあげてください」
「しょうがありませんね。私のほうで処分しておきます」
ステラは手紙を受けとると、懐にしまう。
(……相変わらずだな、ステラさんは。まぁ、これはいつも通りとして……カレンさんが持っている荷物は、何かな? お土産だと嬉しい)
アリアは、カレンの荷物のほうに興味があった。
「あと、これ、お土産です。皆さんで食べてください。それでは、ここらへんで失礼させていただきます」
カレンはそう言うと、ステラに荷物を渡す。
とほぼ同時に、カレンの姿は消えていた。
「お土産ですわ! 何が入っていますの?」
サラは興味深々である。
それに応えるように、ステラは、荷物の中をのぞきこむ。
「バーベキューの具材が入っていますね。とりあえず、今日の夜ご飯は、これで決まりで良いと思います」
「やったーですわ! バーベキューなんて豪勢ですの!」
「夕食代が浮きますね! しかも、この暑い中、買い物に行かなくて良いですから! 最高ですよ!」
思わぬお土産に、アリアとサラは興奮してしまっていた。
――その日の夕方。
「おーっほっほっほ! 火起こしは任せてくださいまし! とりゃーですの!」
エレノアは、そこら辺で取ってきた木の枝の塊に火をつける。
多分、有害な煙は発生しない。
焚き火などにも、良く使用されているものだからだ。
エレノアの魔法によって、すぐに火はつき、バーベキューの具材が焼かれ始めていた。
校庭には、良い匂いが漂いつつある。
それから、しばらくすると、アリアたち四人は、モグモグとし始めていた。
「やはり、お肉! お肉こそが正義ですわ! カレンさん、ありがとうですの! おかげで、良く分からない葉っぱを食べずに済みましたわ!」
エレノアは、お肉に夢中のようである。
バーベキューの網に布陣しているお肉が、次々と消えていた。
だが、全然、大丈夫である。
カレンが持ってきたお肉と野菜は、食べ盛り8人分が想定されていた。
エドワードと学級委員長三人組が、ハリル士官学校の外で夕食を食べるため、アリアたち四人は、かなりの量を食べることが可能だ。
そんなワケで、エレノアが凄い攻勢をかけているが、特にアリアたちは気にしてもいない。
焼けたお肉やら、野菜やらを普通に食べている。
「あ、そういえば、カレンさんって、休暇とかあるのですか? 今日も、普通に仕事をしているみたいでしたけど」
アリアは、ふと思い浮かんだ疑問を口にしていた。
「カレンは、特に決まった休みはありませんね。休みたくなったら、休んでいるみたいです。まぁ、最近は忙しくて、休めていないみたいですけど」
「え、それって、ローマルク独立国に動きがあるということですか?」
アリアは、露骨に嫌そうな顔をする。
サラも、お肉をモグモグしつつ、渋い顔をしていた。
「いえ、ローマルク独立国は、いつも通り、国内の安定と軍備増強にまい進している状況だそうです。動きあるのは、ここ、ローマルク王国ですね」
「もしかして、反体制派が、勢力を盛り返してきたとか、そんな感じの話ですか?」
アリアは、次に思いついたことを口にする。
「まぁ、若干、そういった話もあるにはあるみたいですけど。それほど、深刻でもなさそうです。今のところは、さほど脅威にならないとの判断らしいですよ」
「だとすると、新国王関連ですか? 私が思いつくぐらいだと、そのくらいですね」
アリアは、お手上げといった顔をしていた。
「さすが、アリアさん。まさに、モーリス新国王のおかげですね。カレンが忙しいのは」
「え? ミハルーグ帝国の傀儡ではありませんの? 大して実権なんてないと思っていましたわ」
サラは、落ちついた表情で、お肉をモグモグしている。
「それが、どうやら違うみたいですよ。なんでも、ハインリッヒ上級大将、ミカエラ上級大将は、新国王がやることに関して、あまり口出ししないとか。なので、実質どころか、ちゃんとした王として、色々とやっているようです」
「それが、カレンさんの仕事と関係ありますの?」
「あるみたいですよ、これが。貴族の力を削ごうと動いているようです。中央集権化を推し進めて、国を再建するつもりでしょう。今のローマルク王国は、貴族の力が強過ぎますからね。そのせいで、国が一つにまとまらないのが現状みたいです」
「となると、貴族は反発しそうですね。もしかして、貴族の間で、怪しい動きがあるとかですか?」
アリアは、パッと思いついたことを言葉にした。
「そうみたいですよ。だから、カレンは、情報収集で大忙しというワケです」
「……戦争は勘弁してほしいですわね。他国とはいえ、起きないに越したことはありませんの」
サラは、お肉山盛りの皿を、展開した机の上に置いた。
(……今度は、ローマルク王国で内戦か。いや、まだ、確定したワケではないけど。できれば、穏便に解決してほしいな。モーリス新国王、本当にお願いしますよ!)
アリアは、野菜を食べつつ、そんなことを思う。
焼き過ぎてしまったのか、焦げていたようだ。
苦い焦げの味が口一杯に広がっていた。




