257 手紙
――7月上旬。
鬱屈とした雨の季節が終わり、晴れ間が顔を出していた。
もちろん、季節に見合った暑さである。
端的に言うと、夏の到来であった。
だが、ハリル士官学校の入校生たちは、暑さに負けず、今日も訓練を頑張っている。
「やっと、梅雨が終わったと思ったら……何ですの、この暑さは。溶けそうですわ」
校庭で訓練を見守っているサラ。
現在、平民組、貴族組を問わず、校庭では、対人戦の訓練が行われていた。
もちろん、将来は士官となる者たちである。
指揮能力などを養うのは大切であった。
ただ、一個人として、戦闘を行わなくても良いことにはならない。
あまりにも弱過ぎると、部下になる者たちが信用をしないためである。
貧弱な指揮官には、誰も、命を預けてはくれないということだ。
そんなワケで、定期的に対人戦の訓練が行われていた。
皆、汗を流しながら、必死で体を動かしている。
「まだ動いていないだけ、マシですよ。入校生とか、大変そうですよね」
ステラは、いつも通りの表情をしていた。
ただ、軍服には、汗がにじんでいる。
顔にも、普通に汗が流れていた。
「普段、貴族組と平民組は距離がありますけど、今日は遠慮していませんしね。お互いに、暑過ぎて、平民とか貴族とか、どうでもよくなっている感じがします」
平民と貴族。
一応、教官陣は、平等に扱おうとはしている。
ただ、本人たちは、どうしても身分差というのを意識してしまっていた。
生まれた時から染みついているものだ。
無意識に出てしまうのは、しょうがないことであった。
なので、普段から、お互いに、ちょっと距離を置いて接している。
何がきっかけで争いになるか分からないからだ。
入校生たちの頭には、最初期のステラの行動が焼き付いている。
半殺しにされるのは、ゴメンというワケだ。
「この暑さで、余裕なんて無理ですわよ! 死人が出ますの!」
直射日光がエレノアを襲っている。
なので、水魔法を周囲に放って、打ち水をしていた。
左手から放たれた水が、地面を濡らしている。
そのおかげで、気休め程度には涼しくなっているようだ。
そんなことをしていると、声が響き渡る。
「おい! エレノア!」
「はいですの!!」
エレノアは、反射的に大きな声で返事をしてしまう。
少佐であるバスクの声だ。
怒られると思ってしまっていた。
ズンズンとバスクが、エレノアに近づいてくる。
「俺の周囲にも、水をかけてくれ! 暑過ぎて、我慢できん!」
「了解しましたの!」
エレノアはホッとすると、バスクの周りにも魔法で水をまき始めた。
「……バスク少佐も、エレノアも、ちゃんと働いてほしい。いくら教官が多いとはいえ、しっかりと入校生を指導するべきだろう。何のために、ここにいるのだ……」
少し離れた場所にいるエドワードは、愚痴を言ってしまう。
学級委員長三人組はというと、苦笑をするしかなかった。
――2時間後。
校庭での対人戦の訓練を終えた入校生たち。
その頃には、お昼になっていた。
アリアたち補助教官は、これまた流れで食堂へ向かおうとする。
その折、誰かが近づいてきた。
「皆さん! お疲れ様です!」
紫色の髪をした男性が、大きな声を上げて近づいてくる。
その後ろでは、燃えるような赤髪の男性と老齢の執事を思わせる御仁が歩いていた。
「おお! ブルーノ! どうして、ここにいるのだ!?」
エドワードが、最初に気づく。
「本国から、手紙や荷物などを運んできました!」
ブルーノは、気合いの入った声で答える。
そんな会話をしているうちに、後ろの二人も到着していた。
「あ! どうして、バリフェスがいますの!? わざわざ、ワタクシに会うために、こんなところまで来るなんて、頭がおかしいですわ! さっさと姉離れをしろですの!」
燃えるような赤髪の青年に、エレノアは近づく。
「そんなワケないだろう! 父上が、ちゃんとやっているか確認するために、私を送ったのだ! まったく、お前のせいで、良い迷惑だよ!」
「誰が、お前ですの! 弟の癖に生意気ですわね! 痛い目を見せてあげますの!」
エレノアはそう言うなり、左手をかざす。
だが、バリフェスも負けてはいなかった。
同じく左手をかざすと、魔法で水の球を作り出す。
結果、エレノアの炎の球を相殺することに成功していた。
「相変わらず、頭がおかしいのは治っていないみたいだな! 父上にも、馬鹿は馬鹿のままですと報告するしかなさそうだ!」
「ふざけるんじゃありませんわ! 早く魔法兵団に帰れるように報告しますの! もう、近衛騎士団は嫌ですわ!」
そこから、エレノアとバリフェスの言い争いが始まってしまう。
「ぷふ! あの男性、エレノアの弟みたいですけど、中々、良い性格をしていますね。お友達になれそうです」
言い争いを見ていたステラは、珍しく笑顔になっていた。
そんな折、老齢の執事が近づいてくる。
「ヴァルターも来ていたのですね。あ、紹介します。我が家の執事をしているヴァルターです」
ステラは、アリアとサラに紹介をする。
「ヴァルターと申します。どうぞ、よろしくお願いいたします」
ヴァルターはそう言うと、ペコリと頭を下げた。
もちろん、アリアとサラも、よろしくお願いします的な言葉で返す。
「それで、何の用ですか?」
「奥様から手紙を預かって参りました」
ヴァルターはそう言うと、ステラに手紙を渡す。
ステラは、お礼の言葉とともに受け取る。
(あ、いらないとか言わないんだ。レナードさんの手紙は、鬱陶しいみたいだけど、母親からの手紙は、そうでもないのかな?)
アリアは、一人、そんなことを考えていた。
すると、エドワード、学級委員長三人組と話をしていたブルーノが近づいてくる。
「……アリア中尉、サラ中尉、ステラ中尉。お時間、よろしいでしょうか?」
緊張した面持ちであった。
なにせ、サラとステラからあまり良く思われていない。
慎重を期すのは当然であった。
「ブルーノ、久しぶりですね。何ですか?」
ややこしいことになる前に、アリアが対応をする。
「フェイ少佐から、手紙と荷物を預かっていまして。まずは、手紙の確認からお願いします。あ、エレノア中尉にも確認していただいたほうが良いですね」
ブルーノはそう言うと、手紙を差し出す。
アリアは受けとると、すぐに手紙を取り出した。
「エレノア! 中隊長からの手紙ですの! こっちにきてくださいまし!」
サラは、大きな声で呼び寄せる。
エレノアはというと、『フン! 命拾いしましたわね!』と捨て台詞を吐いた後、アリアの近くにきていた。
アリアは、折りたたまれた手紙を、三人に見えるように広げる。
その後、アリアが代表をして、声に出して読む。
アリア、サラ、ステラ、エレノアへ
ハリル士官学校の教官として、しっかりと勤務をしているでしょうか?
こちらは、小隊長4人分の仕事をしないといけないので、大変です。
アリアたちが、楽に勤務をしているだろうなと考えると、少しイライラしてしまいます。
知っていると思いますが、ストレスがたまった時は、先輩方三人組とよく飲みに出かけます。
お酒を飲むと、嫌なことも一時的に忘れることができるので、中々、有用です。
さて、季節は移り変わり、もう夏ですね。
知っての通り、近衛騎士団は、毎年、この季節になると、100kmの行進訓練を行います。
もう数字を聞いただけで、頭が痛くなってきます。
ただ、中隊長として、部下の手前、弱音を吐くことはできません。
頑張って歩こうと思います。
とはいえ、アリア、サラ、ステラ、エレノアは、いずれ近衛騎士団に帰ってくるでしょう。
その時に、100kmの行進訓練で脱落しましたとかいう話になるのは、困ります。
なので、山の高低差を踏まえて、120kmの行進訓練をそっちでやってもらいたいと考えています。
企画は、私と先輩方三人組で考えました。
団長にも頼んであるので、頑張ってください。
もちろん、普段から鍛えていると思うので、大丈夫なハズです。
もし、脱落しようものなら、帰った後が楽しみですね。
暑いとは思いますが、元気でお過ごしください。
中隊長より。
「…………」
アリアは読み終わった後、黙ってしまう。
「あ! 背負うリュックに関してですが、今、持ってきます!」
読み終わったのを確認したブルーノは、近くに停めてある馬車に向かった。
到着すると、バリフェスと協力して、アリアたちの目の前に、リュックを置いていく。
(……もう見るからに、重そうなのだけど。とりあえず、背負ってみるか)
アリアは、立ったまま、リュックを持ち上げようとする。
だが、どれだけ力を入れても、持ち上がらない。
(あ。これ、寝転がって背負った後、腕立てをして、起き上がらないといけないやつだ)
アリアは、なんとかリュックを背負うことができた。
「……こんなのを背負って、120kmは無理ですわよ。はぁ……今から、疲れてきましたの」
リュックを背負ったサラからは、ため息が出てしまう。
「結構、重いですね。これは、しっかりとしないとマズそうです」
ステラは、体を左右に揺らして、リュックの重さを確認している。
「ああああああ! このリュックを背負って、120kmは無理ですの!! 絶対、腰が砕けますわ! 一生ものの後遺症ができるに決まっていますの!」
リュックのあまりの重さに、エレノアは発狂してしまっていた。
そんなアリアたちの近くでは、エドワードたちも、似たようなリュックを背負っている。
どうやら、120kmを歩かされるのは、アリアたち四人だけではないようだ。
(……他の部隊に行きたい)
アリアの頭には、そんな言葉が浮かんでしまっていた。




