256 気がつかなかった
――エレノアが先導すること、数分後。
先ほど、エレノアがボコされた場所に、アリアたち一行は到着していた。
「カレンさん! ここですの! 相手は、あの人ですわ!」
上機嫌なエレノア。
アリアたち一行の眼前には、仮面の女性剣士がいる。
ただ、周囲には、先ほどいた野次馬がいない。
それを示すかのように、立て札には、
今日は終わり!
また、今度!
と書かれていた。
(今日は終わりみたいだな。というか、元通りになっている。まぁ、一振り当てるだけだからな。チャンスがあると思って、挑戦する人は多いみたいだ)
アリアは、それとなく箱の中身を確認する。
先ほど、露店の修理費として出した金額は、すでに回収しているようだ。
「もう終わりみたいですよ? それに、あの方ですか、相手は?」
カレンは、珍しく驚いている。
「そうですの! カレンさんなら、瞬殺ですわ! ワタクシの5千ゴールドの仇をとってくださいまし!」
エレノアは、ニヤニヤしながら、仮面の女性剣士を見ていた。
勝利を確信して疑わない。
余裕の現れのようだ。
「いえ、やはり、お断りします。私では、厳しいです。というか、よく、挑戦しようなんて思いましたね? お嬢様方が、まとめてかかっても、瞬殺されますよ」
「カレンさん! どうしましたの!? もしかして、カレンさんでも、勝てない相手ということですの!?」
エレノアの余裕は消え失せていた。
当然である。
アリア、サラ、ステラにお願いしても、仮面の女性剣士には勝てないからだ。
「勝てませんね。少なくとも、今の装備ですと。5千ゴールドは諦めたほうが良いでしょう。店仕舞いもしているみたいなので」
「くっ! カレンさんでも駄目だなんて! こうなったら、もう一度、挑戦ですの! アリア、サラ! 5千ゴールドを貸してくださいまし! 倍にして返しますわ!」
「嫌ですよ! また、無駄にして終わりですって!」
「大人しく、諦めますの!」
アリアとサラは、即座に言い返す。
そんなやり取りを、アリアたち一行がしていると、仮面の女性剣士が近づいてきた。
「あら? メイドのあなた。どこかで会ったことがあるのかしら?」
さすがに、仮面は外さないらしい。
だが、話しかけてくるとは思っていなかったので、カレンとステラ以外は驚いていた。
(うわ! この人、普通に話しかけてきた! もう、素性がバレたとでも思っているのかな? というか、もしかすると、私たちが知っている人か?)
アリアは、仮面の女性剣士を凝視する。
ただ、サッパリ心当たりはなかった。
声色も、聞き覚えがない。
「いえ、今回が初めてです。ただ、雰囲気で分かりました。お名前は呼ばないほうがよろしいでしょうか?」
「そうね。今はお忍びの身ですもの。あまり素性が広まるのは、よろしくないわね」
「承知しました。それでは、失礼させていただきます」
カレンはそう言うと、そそくさと撤退を開始する。
だが、上手くはいかないようだ。
「ちょっと、待ちなさい。私に挑戦をしに来たのでしょう? もう終わりだけど、泣きの一回で受けてあげても良いわよ? というか、受けなさい」
仮面の女性剣士は、いつの間にか、行く手に立ち塞がっていた。
カレンに興味を持ってしまったようだ。
「チッ! 勘弁してもらえないでしょうか? 次の仕事も差し迫っていますので。今度、機会がありましたら、お手合わせをお願いします」
「私に舌打ちをするとか、良い度胸をしているわ。それほど、自分に自信があるのかしら?」
「いえいえ、今のは、舌打ちではありません。私の癖のようなものです。不快にさせてしまったのであれば、謝罪をします」
カレンはそう言った後、ペコリと頭を下げる。
「謝罪なんていらないわ。そうね。あなたが私と手合わせをしてくれたら、勝ったにせよ負けたにせよ、5千ゴールドを、あの赤髪の子にあげるわ。それなら、悪くないでしょう?」
エレノアにとっては、願ってもない話であった。
ただ、カレンには、嬉しくない提案である。
「ご遠慮させていただきます。割りに合いません。今後に差し支えがあるので、お手合わせはナシの方向になりませんかね?」
カレンにしては、珍しかった。
(大体、カレンさんなら、一撃で倒せるからな。それが、こうも譲歩を引き出そうとするなんて。相当、ヤバい人なのだろうな)
アリアは、二人のやり取りを黙って見ていた。
他の三人も一緒である。
今回ばかりは、エレノアも空気を読んでいるようだ。
カレンの機嫌を損ねると、普通にボコられてしまう。
トランタ山で、顔面を削られたため、学習済みである。
「中々、強情ね。分かったわ。なら、木剣を一振りしてくれるかしら? それで、我慢してあげる」
仮面の女性剣士はそう言うと、木剣をカレンに向かって投げる。
受け取ったカレンはというと、そのまま、無造作に一振りをした。
(相変わらず、カレンさんの振りは冷たいな。無駄がないのもそうだけど、絶対殺すという意思が伝わってくる。ステラさんも極めたら、こんな感じになるのだろうな)
アリアは、しみじみと、そんなことを思ってしまう。
「これで、よろしいでしょうか?」
「ええ、十分過ぎるほど分かったわ。ハイ、これ。そこの赤髪の子に渡すもよし。自分のお財布に入れるのもよし。好きにすると良いわ」
仮面の女性剣士は、カレンから木剣を受けとる。
その代わりに、箱から出した5千ゴールド紙幣を渡す。
「ありがたく、頂戴いたします。それでは、失礼します」
カレンは受けとると、さっさと撤退を開始する。
アリアたち四人も、黙って、後ろをついていく。
その姿を、仮面の女性剣士は、静かに見ていた。
(結局、何者だったのだろう。多分、カレンさんに聞いても、教えてくれないだろうしな。まぁ、普通の人ではないだろう)
アリアは、帝国通りを歩きながら、そんなことを思う。
眼前では、『カレンさん! ありがとうですの! この五千ゴールドの恩は忘れませんわ!』などと、エレノアが感激している。
対して、カレンの表情は、特に変化がなかった。




