第305話 信長・信忠の葬儀(その1)
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天正十年(1582年)九月中旬。重秀は黒田孝隆と共に再び山城国淀城に来ていた。
淀城本丸屋敷の書院で秀吉と面会した重秀と孝隆は、上座に座る秀吉に対し、平伏し、挨拶の口上を述べた。そして、重秀が更に言う。
「父上。縄張図が完成いたしました故、お持ちいたしました。どうぞ、ご検分下さい」
重秀がそう言うと、孝隆が自ら手に持っていた大きな紙を数枚、秀吉の眼の前に広げた。上座に座っている秀吉が身を乗り出して絵図を覗き込む中、孝隆が説明をし始める。
「本丸曲輪を中心に、北に北の丸曲輪を、南に二の丸曲輪を、二の丸曲輪の西側に西の丸曲輪を造り、その周りを堀で囲みまする」
そう言いながら具体的な長さを説明する孝隆。秀吉をはじめ、傍に侍っていた小一郎や増田長盛、片桐且盛(のちの片桐且元)等は孝隆の説明を真剣に聞き入っていた。
重秀が総奉行として築城した大坂城は、後に何度も大規模に作り直されてきた。そのため、最初期の大坂城の姿については、重秀が書いた「大坂日記」を始めとする文献から想像するしかない。
これらの文献によれば、のちに本丸とされている部分は、当時は本丸と二の丸、北の丸と西の丸とに分かれていた。
すなわち、のちに山里丸と芦田曲輪と呼ばれる場所が北の丸曲輪であり、本丸奥御殿地区と呼ばれる場所が本丸曲輪であり、本丸表御殿地区と呼ばれる場所が二の丸であり、米蔵地区と呼ばれる場所が西の丸であった、というのが通説である。
また、二の丸の南側には三の丸があった。のちに大坂城をぐるりと取り囲む輪郭式の二の丸となるのだが、当時の三の丸は南側を守るための連郭式となっていた。
更に、北と西には馬出しがあり、北側の馬出しは淀川と接続していた。北側の馬出しは港を兼ねていたのだった。
「・・・官兵衛(黒田孝隆のこと)、何故二の丸の南側と西の丸の周囲は空堀なのじゃ?」
秀吉が縄張の絵図を見ながらそう尋ねた。孝隆がそれに答える。
「地面の高低差でそうなっておりまする。堀になりそうな所を何箇所か井戸を掘って探ったところ、北と東、西は深く掘らなければなりませぬが、それでも水が出ました。一方、南側は掘っても掘っても水が出ませんでした。労力と銭を考えれば、水が出るまで掘るのは無理と判断し、南側は空堀にすることにいたしました」
孝隆がそう言うと、秀吉は「なるほど」と言って頷いた。が、すぐに別の質問をする。
「帯曲輪が多いように見えるが、これは何故じゃ?」
「理由は二つございます。一つは今ある地の形をそのまま利用するが故。地の形に沿って石垣を積むことになりまする。もう一つは、全ての地を平らにするには、低い部分を土で埋めなければなりませぬ。しかし、そうなると地が高くなり、石垣も高く積む必要がございます。それは難しゅうございます故に、帯曲輪を造ることで石垣を低く積みながらも守りを高めようとしたのでございます」
孝隆がそう答えると、秀吉は「ふむ」と言って顎を右手で撫でる。
「・・・さすがは官兵衛じゃ。よくぞここまでの縄張図を作った。特に、本丸と二の丸、西の丸を堀で切らなかったのは賢明じゃ。後々の改築で内堀の中をすべて本丸とし、三の丸を二の丸として、その更に堀の外側に三の丸を築くことができる」
秀吉が満足げにそう言うと、孝隆が我が意を得たり、という顔をしながら秀吉に言う。
「現時点では織田家中の目がございます故、この程度の大きさと相成りましたが、これから羽柴が大きくなれば、より大きな城になるよう、余裕を持たせております」
「うんうん。官兵衛に縄張を任せて真に良かったわ」
秀吉がそう言うと、視線を孝隆から重秀に移す。
「藤十郎も総奉行としてようまとめてくれた。今後はいよいよ普請じゃ。今度は将右衛門(前野長康のこと)と共に普請に努めてくれ」
そう言うと、重秀は短く「ははっ」と言って頭を下げた。その直後、孝隆が秀吉に話しかける。
「・・・大殿。実は、大坂の城について、若殿より申し上げたき儀がございます」
「うん?藤十郎がか?何じゃ?」
秀吉がそう言うと、重秀は座りながら秀吉の方へとにじり寄った。そして、改めて頭を下げながら話をし始める。
「恐れながら申し上げます。大坂に築く城は、北、西、東に低所を抱える高台に位置しており、しかも、北には淀川が、西には湿地が広がる所にて、攻めにくくなっております。
しかしながら、南には丘がいくつかあるのみで、ほぼ平地にございます」
「らしいのう。儂も実際に見に行くのは明日になるが、官兵衛の文や先に淀城に戻ってきた佐吉(石田三成のこと)から聞いた話では、大坂の南には大軍が展開するだけの平野があるらしいのう。まあ、そのために更に三の丸を作っておるのだが」
「はい。ですが三の丸だけではいささか不安が残ります」
重秀の言葉に、秀吉は「ふむ」と呟いた。
「して、藤十郎の言いたいことは何じゃ?恐らく、大坂の南側を何とかするのであろうが・・・。確か、前に受け取った文によれば、昔、上様(織田信長のこと)が石山本願寺を攻めた際、修理亮(柴田勝家のこと)が本陣を置いた天王寺城に伊右衛門(山内一豊のこと)を置く、と書いてあったが?」
「天王寺城は修理亮様によって築かれた砦でございましたが、その後拡張されて城となりました。修理亮様の築城は、さすがだと言わざるを得ません」
重秀がそう言うと、秀吉は少しへそを曲げたような顔をした。が、すぐにその顔をやめると、真剣な眼差しで重秀に言う。
「・・・では、南は特に案ずることはないではないか。天王寺城を支城とすれば、天王寺城で南を守れるのではないか?」
「私もそう考えておりました。しかし、実際のところ、天王寺城は大坂の真南ではなく、やや西に寄っております。これでは、南東に敵が集まれば大坂からも天王寺城からも離れており、敵を攻めづらくなりまする」
「・・・とすると、お主の考えは南東に陣取った敵から城を守るための城を造りたい、ということか?」
秀吉がそう言うと、重秀は首を横に振る。
「いえ、城ではなく寺を建てとうございます」
重秀の答えに対し、秀吉は目を大きく見開いた。
「なんじゃと?寺だと?」
秀吉が重秀にそう尋ねると、重秀は「はい」と答えた。
「大坂城の本丸より南、約十四町(約1.5キロメートル)の所に、篠山と呼ばれる場所があります。山とは言っておりますが、実際は丘です。で、その丘の上に寺を建てたいのでございます」
重秀の話を聞いた秀吉は、顎をさすりながら重秀に尋ねる。
「お主のことよ・・・。ただの寺ではないのであろう?」
秀吉の問いに、重秀が頷く。
「はい。・・・父上。私は母上を弔う寺を建てとうございます」
重秀の言葉に、秀吉は目を大きく見開いた。そして、確かめるように重秀に尋ねる。
「母上・・・。ということは、ねねの寺、か?」
「はい。・・・実は父上が継室を迎える、という話を聞いてから、私はふと思ったのです。『私は父上に継室を持ってもらいたいのか?』と。お福殿の時といい、竜子殿の時といい、私は反対の意見を述べてきました。しかし、『では他の女性が継室になるのは良いのか?』と思った時、私は『はい』とも『いいえ』とも答えることができませんでした」
重秀がそう話している間、秀吉だけでなく周囲の者達も重秀の言葉に耳を傾けていた。重秀が話を続ける。
「私は父上が継室を持つと聞き、我が身に躊躇いが生じている、と気付きました。それは何故か?とも思いました。色々考えた結果、私は母上に対する未練・・・というより後ろめたさがあるのではないか?と思うようになりました。
・・・しかしながら、父上のお立場を考えれば、このまま継室を迎えないというわけには参りません。特に、竜子殿のような名家の女性を継室として迎え入れることで、父上の名が上がるのであれば、私は反対することはできません。
ならば、せめて母上へのけじめとして、しっかりと弔いとうございます。そのための寺にございます」
重秀がそう言い終わると、秀吉は両腕を組んで両目を瞑った。そして、何も言わずに身動きすらしなかった。皆が見つめる中、しばらくそのままの状態だった秀吉が、ゆっくりと目と口を開く。
「・・・藤十郎。お主は儂には過ぎたる息子よ。お主のことをあまり考えずに継室を決めようとした儂は、実に恥ずかしい。しかし、お主はそんな儂が継室を持つことに反対しないと言うではないか。これほどの親孝行が他にあろうか。
藤十郎よ。お主がねねを弔いたいという気持ち、どうして儂が拒めようか。寺を造り、母を弔ってやれ」
秀吉が優しい口調でそう言うと、重秀は「はっ、有難き幸せ」と言って平伏した。そんな重秀を見ながら、秀吉は声をかける。
「しかしまあ、ねねの寺を支城代わりに築きたいとは。そこまでのことをよく思いついたのう」
「数年前、我らが播磨平定に赴いた時、野口城を攻めたことがございました。その際、野口城は近くにあった教信寺を支城代わりに使っていたのを覚えておりました故」
重秀がそう言うと、秀吉が思い出したかのような顔をする。
「ああ、そういえばそんな事があったのう。しかし、野口城攻めの時にはお主、いなかったであろう?」
「あの時は父上の命で阿閇城へと向かっておりました。しかしながら、野口城攻めの前に行われた軍議にはちゃんとおりましたよ」
重秀がそう言うと、秀吉は「ああ」と声を上げた。
「確かにいたのう。・・・そうそう、思い出したわ。あの時は阿閇城に向かうのを躊躇ったお主を叱り飛ばしていたわ」
秀吉が笑いながらそう言うと、重秀は苦虫を噛み潰したような顔をする。
「父上・・・。それは思い出さないでいただきたかったのですが・・・」
「何を言っとるんじゃ。まあ、あそこで叱り飛ばしたおかげで、お主は役目を選ぶことなく務めるようになった。その結果、何でもできるようになったではないか。儂の教えの賜物じゃな」
「どちらかと言うと、半兵衛殿(竹中重治のこと)の薫陶のおかげだと思うのですが・・・」
重秀がそう言うと、秀吉は「お主も言うようになったのう」と言って笑った。それに釣られるようにして皆も笑い出した。
一頻り笑った後、秀吉が重秀に言う。
「寺の件はお主に任せる。ねねのために、立派な寺を建ててやるが良い」
秀吉の言葉に、重秀は「ははぁ」と言って平伏するのであった。
「さて、大坂の城についてはこの辺にしよう。せっかく藤十郎や官兵衛、それにわざわざ丹波の亀山城から小一郎も来ておるんじゃ。皆に諮りたき儀があるんじゃ」
縄張図が孝隆によって回収された後、秀吉は改まってそう言った。重秀達が一斉に平伏すると、秀吉が話し始める。
「実は上様(織田信長のこと)と殿様(織田信忠のこと)の葬儀について、先月から侍従様(織田信孝のこと)と話し合っておってのう。まあ、実際は文や使者のやり取りなんじゃが、どうも上手くいかん」
「上手くいかん・・・って、どういうことじゃ?兄者」
小一郎がそう尋ねると、秀吉が溜息をつきながら答える。
「侍従様が『それどころではない』と言ってきおった。なんでも、伊勢の中将様(織田信雄のこと)と、国境のことで揉めていて、とても葬儀まで手が回らんらしい」
そんな秀吉の話に、重秀達は一斉に「はぁ?」と声を上げた。
「『それどころではない』・・・って、上様や殿様の葬儀以上に大事な話ですか?それ」
重秀が呆れたように言うと、孝隆が難しそうな顔をしながら答える。
「・・・まあ、武士にとって領地の揉め事は命に関わることでございますからな。最優先すべき事柄ではございまする。・・・して、大殿(秀吉のこと)。国境とはどこのことで?」
孝隆が秀吉にそう尋ねると、秀吉は即座に「木曽川」と答えた。それを聞いた小一郎が納得の声を上げる。
「ああ。あの川は暴れ川じゃ。毎年流れが変わるからのう。それで田んぼが増えたり減ったりするんじゃ。昔からあそこはよう揉める地じゃった」
「小一郎の言う通りじゃ。侍従様は『今の川の流れを国境にすべき』と言って、中将様は『昔からの国境でいくべき』と言っているらしい。お互いに、自分の領地を減らしたくない、と思っておるのじゃ」
秀吉がそう言って溜息をついた。そんな秀吉を見て、重秀が尋ねる。
「・・・それで、父上は如何なされるのですか?まさか、このまま上様や殿様の葬儀を行わないつもりでございますか?」
「あの二人が争うままではそうなるじゃろう・・・、と思っておったが、そうも言ってられなくなった。故に、お主等の考えを聞きたいのじゃ」
秀吉がそう言うと、孝隆が訝しりながら尋ねる。
「・・・何かありましたか?」
「八月の・・・いつだったか忘れたが、修理亮(柴田勝家のこと)とお市の方様が京にて上様の百日法要をやりおった」
秀吉が忌々しげにそう言うと、孝隆と重秀と小一郎が「えっ!?」と声を上げた。
「そんな話聞いていませんよ!?父上!」
重秀がそう声を上げると、秀吉は不貞腐れながら「儂もじゃ」と呟いた。
「修理亮のやつ、儂等に何の相談もなく百日法要を挙げたのじゃ。当然、四人の奉行(長谷川秀一、堀秀政、前田玄以、矢部家定の四人のこと)にも話はいっておらん」
秀吉がそう言うと、孝隆が難しい顔をしながら秀吉に言う。
「大殿。これは由々しき仕儀にございまする。先の清洲での話し合いでは、織田家の今後は四宿老(秀吉、勝家、丹羽長秀、池田恒興のこと)が相談の上、決めていくはずでございました。ところが、大殿を抜きにして百日法要が行われた。これは大殿を排除せんとする修理亮様の策謀に違いありません」
孝隆がそう言うと、小一郎が異議を唱える。
「・・・それは考えすぎじゃないのか?儂には修理亮様がそんな姑息な策を弄する方とは思えん」
「儂もそう思う。恐らくお市の方様のお考えじゃないかのう。しかも、お市の方様も儂を排除するという意図はなく、ただ単に兄である上様の法要がしたかっただけじゃないのか?と思うのじゃが」
小一郎に続いて秀吉がそう言った。しかし、孝隆が語気を強めて二人に言う。
「そういう話ではございませぬ。修理亮様が百日法要を行い、大殿が呼ばれなかった、という事が一大事なのでございます。これでは織田の外から『羽柴は柴田に織田家中での立場を追われた』と見られましょう。そうなれば、羽柴は他から見下される立場になりまするぞ」
孝隆がそう言うと、秀吉の表情が険しくなる。
「分かっておるわ。とりあえず、修理亮に対抗するように、源四郎君(織田信吉のこと。信長の五男)に京で百日法要をやらせたわ」
秀吉の言葉に、重秀が「えっ?」と声を上げた。
「父上、そんな話、聞いておりませぬが?」
「聞かせておらんからのう。縁の一件があったし、大坂城の縄張にも力を注いでほしかったのじゃ。それに、源四郎君は上様の御子息であり、殿様の弟じゃ。子や弟による父親と長兄への百日法要、としたかったのじゃ。儂も一応、烏帽子親として加わったが、あくまで源四郎君が法要主じゃ」
秀吉がそう言うと、孝隆が「なるほど」と頷いた。
「あくまで、お身内による百日法要にしたかった、と」
孝隆の言葉に、秀吉が頷く。
「うむ。儂が法要をしとったら、かえって儂がしゃしゃり出たとして外聞が悪くなるからのう」
秀吉がそう言うと、今度は重秀と小一郎が納得したように頷いた。
「で?兄者はこれからどうするんじゃ?葬儀のことについて、儂らと話し合いたいんじゃろう?葬儀を行うのか?」
小一郎がそう尋ねると、秀吉は「当然じゃ」と頷いた。
「このままでは、修理亮、いやそれ以外の者が葬儀を行うかもしれん。そうなれば、儂の面目は丸つぶれじゃ。そもそも、儂は中将様や侍従様の許しを得て、京中の寺という寺に銭をばら撒き、上様や殿様の葬式をする際に読経する大勢の坊主を確保してきたんじゃ。それに、龍山様(近衛前久のこと)や内府様(近衛信輔のこと。のちの近衛信尹)に頼み込んで、上様に従一位太政大臣を追贈していただくことになったんじゃ。ここまでしといて葬儀をやらん、というわけにはいかんっ
もはや時がないんじゃ。誰かが儂より先に葬儀を行う前に、儂が葬儀を行うんじゃ!」
秀吉が決意したように吠えると、小一郎が心配そうな顔つきで秀吉に言う。
「・・・良いのか?侍従様も中将様もほっといて葬儀を行っても」
「構わぬ。兄弟喧嘩しておる二人なんぞに構ってられるかっ。それに、上様の御子息は他にもおるっ。源四郎様を喪主にしてでも葬儀を行う!」
秀吉が熱くそう言うと、小一郎は溜息をついた。そんな中、重秀が秀吉に言う。
「・・・しかし父上。我等だけで葬儀を行うのは外聞が悪うございます。せめて、他の宿老の方々をお呼びになっては如何でございますか?」
重秀がそう言うと、秀吉は両目を瞑って両腕を組んだ。しばらくその状態で考え込んだ秀吉が、おもむろに両目と口を開く。
「・・・相分かった。儂とて一人だけで葬儀を行いとうない。宿老や奉行はもちろん、三法師様や中将様、侍従様にも来ていただけるよう、骨を折るつもりじゃ」
秀吉がそう言うと、重秀は思わずホッとするのであった。




