第306話 信長・信忠の葬儀(その2)
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天正十年(1582年)十月初旬。越前国北ノ庄城本丸御殿。その広場では、柴田勝家が家臣や与力を集め、臨時の評定を開いていた。
「・・・京より、羽柴筑前(秀吉のこと)から文が来た。今月十五日に、上様(織田信長のこと)と殿様(織田信忠のこと)の葬儀を京の大徳寺で執り行いたい、と言ってきおった」
勝家が冷静にそう言うと、与力の一人である前田利家が「おおっ」と声を上げた。
「やっと上様と殿様の葬儀を行いまするか。これで、織田家の面目も立つ、というものでござるな」
利家が嬉しそうな声でそう言うと、勝家は渋い顔をしながら応える。
「又左(前田利家のこと)、事はそう単純な話ではない。文によれば、喪主は上様の五男であらせられる源四郎君(織田信吉のこと)らしい」
勝家の言葉に、その場が凍りついた。勝家の与力であり、甥にあたる佐久間盛政が声を上げる。
「馬鹿なっ!喪主は織田家当主である三法師様ではないのか!?」
「いや、三法師様はまだ三歳。喪主は難しいであろう・・・」
最近、病がちな柴田勝豊が青い顔をしながらそう言うと、今度は柴田勝政が声を上げる。
「三法師様が無理でも、その名代たる伊勢の中将様(織田信雄のこと)か岐阜の侍従様(織田信孝のこと)が喪主を務めるべきであろう!何故源四郎君なのか!」
勝政の言葉に、その場にいた者達が一斉に頷いた。そんな中、与力の佐々成政が口を開く。
「・・・これは恐らく筑前めの策略であろう。筑前めは源四郎君の烏帽子親。烏帽子子を喪主に仕立て上げ、己の力を天下に知らしめようとしているのであろう」
成政の発言に、盛政や勝政、そして毛受勝照をはじめとする勝家の直臣達が一斉に秀吉への反発を口に出す。
「おのれ、あの猿面冠者!何様のつもりだ!?」
「惟任日向守(明智光秀のこと)を討ったからといって図に乗りおって!」
「京の近くにいるからと言って、己が天下人だと勘違いしているのではないか!?」
そんな声が上がる中、勝豊が勝家に尋ねる。
「養父上。如何いたしまするか?」
勝豊がそう言うと、盛政が食って掛かる。
「伊賀(柴田勝豊のこと)!そんな事は聞くまでもないっ!親父様(柴田勝家のこと)は猿面冠者が行う葬儀なんぞには出ぬぞ!」
盛政がそう言うと、勝政も「そうだそうだ!」と同意の声を上げた。一方、天正八年(1580年)に、父である不破光治が亡くなり、その家督を継いだ不破直光が恐る恐る声を上げる。
「・・・しかしながら・・・、喪主は源四郎君です。一応、上様の御子息として喪主になれる立場ではあると思うのですが・・・」
直光の言葉に盛政が反発する。
「何を申すか!伊勢の中将様や岐阜の侍従様を差し置いて、源四郎君が喪主を務めるなど、筋が通らぬではないか!」
猛将である盛政の大声に、直光は萎縮して何も喋らなくなった。その様子を見ていた利家が口を開く。
「玄蕃(佐久間盛政のこと)、その様な大声で彦三(不破直光のこと)に言っても詮無きことであろう。・・・それよりも我等が聞くべきは、親父殿の決断であろう」
利家がそう言うと、皆は一斉に勝家の方を見た。勝家は利家の隣に座っている前田利勝(のちの前田利長)を見る。
「・・・孫四郎(前田利勝のこと)」
勝家に声をかけられた利勝が、緊張の面持ちで「ははっ」と返事をしながら頭を下げた。
「孫四郎は確か、羽柴の子息と文のやり取りをしていたな?この件について、何か言ってこなかったか?」
勝家がそう尋ねると、利勝が頭を上げて勝家に言う。
「恐れながら、近頃来た文には葬儀のことは書かれておりませんでした。ただ・・・、正室が男児を産んだものの、死産であったこと。そして、大坂に新たな城を造ることに忙しい、ということが書かれておりました」
利勝の言葉に、場の空気が微妙となった。重秀の嫡男が死産だったことに、その場にいた者達は若干の哀れみを感じたからであった。
そんな中、佐々成政が咳払いをした後に話し出す。
「・・・死産のことはともかく、大坂の城については聞き捨てならんな。清洲での談合にて『新たな城は築くな』と四宿老(秀吉、勝家、丹羽長秀、池田恒興のこと)で決めたはず。筑前はそれを破るか」
「しかし、大坂には元々石山本願寺の跡に城が築かれていた。一応、藤十(重秀のこと)による改築、ということで、話が通っていた、と聞いたが?」
利家がそう言うと、勝家が怒りを含ませて発言する。
「又左の言うとおり、羽柴の子息の知行となった摂津欠郡(東成郡、西成郡、住吉郡)を治める城として、大坂城を改築することは儂も認めた。しかしながら、風説によればそれまでの城をただ改築するのではなく、拡張しているようだ、とも聞いておる。その実、新たに巨大な城を築城しているに等しい、とも聞いた」
「なんと!?それでは約定違反ではございませぬか!?」
盛政がそう声を荒げた。その傍で、勝豊が落ち着いた声で利勝に尋ねる。
「孫四郎殿。大坂城の拡張について、藤十郎から文で何か聞いておらぬのか?」
「文によれば、『城を大きく造るのは、織田に刃向かう四国や紀州に対する守りを固めるため』と書いておりました。長宗我部や雑賀衆に、城の大きさで圧倒する、とも書いておりました」
利勝の即答に、勝豊が納得したかのように頷く。
「それならば、多少は大きく造り直すことも有り得る話であろう」
勝豊の発言に、勝政が反発する。
「それは詭弁であろう!筑前は息子の名を騙って己の巨城を大坂に築いているのだ!新築にも等しい城を築いて、『はいそうですか』とやすやすと認められるか!」
勝政がそう言うと、盛政達が同意するように頷いた。そんな中、利家が声を発する。
「落ち着け。話が逸れておるぞ。此度の評定は、上様と殿様の葬儀に行くか否かを決めるためのものであろう」
利家がそう言うと、成政が声を上げる。
「儂は行くべきではないと思う。いくら源四郎君が喪主としても、取り仕切っているのは筑前でござる。もし親父殿が行けば、世間は親父殿が羽柴に降った、と受け取られかねぬ」
成政の意見に、盛政が「そうだ!」と声を上げた。
「内蔵助殿(佐々成政のこと)の言う通りにござる!それに、織田家の重臣で年長者である親父様を京まで呼びつけるのが腹立たしい!本来ならば、筑前めが北ノ庄まで来て『来て下さい』と礼を尽くして頭を下げに来るのが筋ではないか!」
盛政の発言に、勝政や他の柴田家家臣達が同意する声を上げた。そんな様子を見ていた利家が、身体を勝家の方に向ける。
「親父殿。ご決断を」
利家の発言に、皆が一斉に勝家の方を見た。勝家は鼻から息を大きく吸い込むと、吐き出すように言う。
「・・・まず、筑前の大坂での築城については、久太郎(堀秀政のこと)を通じて事の真相を確かめる。もし、巨大な城を造ろうとしているのであれば、それは城の改築ではなく新造として抗議する」
勝家がそう言うと、盛政と勝政が同意するかのように頷いた。一息置いた勝家が話を続ける。
「・・・そして、上様と殿様の葬儀についてだが、・・・しばらく考えさせてくれ」
勝家の言葉に、利家が「おや?」と内心で呟いた。
―――親父殿にしては珍しいな。ここで決断を先延ばしにするとは。いつもだったら即決なのに―――
利家がそう思っている間に、勝家は談合の終了を宣言するのであった。
その日の夜。北ノ庄城本丸御殿の『奥』の一室では、勝家が妻であるお市の方と酒を飲んでいた。
「・・・もう、初と江は寝たのか?」
「いえ、まだでございます。部屋に戻りましたが、まだ寝てはおりませぬ」
酒を飲みながら聞いてきた勝家に、お市の方がそう答えた。勝家が酒を飲み干す。
「あまり夜ふかしをしてはならぬと言うに・・・」
小言を言いながら、勝家は盃をお市の方に差し出した。お市の方が手に持っていた銚子を傾け、勝家の盃に酒を注ぐ。
「江としても、初とは離れたくないのでございましょう。茶々が嫁いで以降、急に初に甘え始めました故」
「・・・初と鍋丸(丹羽長重のこと)との婚儀は白紙に戻ったのだがなぁ・・・」
勝家がそう言うと、盃を口元に持っていき、酒を飲み始めた。
勝家の言う通り、初と鍋丸の婚儀は白紙に戻った。本能寺の変の前、織田信長に両名の婚姻を願い出ていたのだが、本能寺の変が起きたために願い出は有耶無耶にされてしまった。
その後、改めて柴田家と丹羽家との間で婚姻に関する話し合いがなされていたが、丹羽家はのらりくらりと返事を先延ばししていた。
実は、勝家もお市の方も知らなかったのだが、この時、秀吉の仲介で鍋丸と織田信長の五女との婚姻が話し合われていた。
これを秀吉による丹羽家への調略、とする説もあるが、
「だったら重秀の娘を嫁がせるだろう」
という反論があることと、近年になって織田信長が丹羽長秀に鍋丸と信長の娘との縁組を命じていた、という史料が見つかったことから、元々決まっていたことを秀吉が進めていた、という説が有力視されている。
なお、羽柴家と丹羽家との結びつき強化については、別の手段が取られることになるのだが、それは別の話である。
なにはともあれ、柴田家と丹羽家との婚姻は、遅々として進んでいなかった。
「初が惟住家(丹羽家のこと)にいつ嫁ぐか分からぬ昨今、江は初がいなくなることに不安を覚えておるのでしょう。茶々も嫁いでしまいましたし」
「茶々は権六(柴田勝敏のこと)の妻になったが、二人はこの城の二の丸御殿で暮らしておる。会おうと思えばいつでも会えるではないか」
柴田勝家の実子(養子という説もある)である柴田勝敏は、八月にお市の方の長女である茶々と婚儀を挙げた。二人はその後、二の丸御殿に移り、新婚生活を送っていた。
「権六殿の妻になったからこそ、江は近づかぬのでございます。婚姻したての二人に遠慮をしているのでございます。いくら江とて、そのくらいは弁えておりまする」
お市の方がそう言うと、勝家が「それもそうか」と相好を崩した。そんな勝家にお市の方が尋ねる。
「・・・ところで、御前様(柴田勝家のこと)。如何なされましたか?あまり気分が浮かぬご様子でございますが」
そう聞かれた勝家は、自ら銚子を取って腕を伸ばしてきた。お市の方が慌てて自分の膳の上に置かれた盃を取ると、勝家はお市の方の盃に酒を注ぐ。
「・・・源四郎君が京の大徳寺にて上様と殿様の葬儀を執り行うらしい。それに参列せよ、と言ってきおった」
勝家がそう言うと、お市の方の眉間にしわが寄る。
「・・・どなたが、言ってこられたのでございまするか?」
織田信吉のような若造が、そのようなことを言ってくるはずがない。そんな想いを顔に出しながらお市の方は勝家に聞いた。勝家が苦笑しながら言う。
「その様子だと、源四郎君の裏を感じたか。・・・言ってきたのは筑前よ」
勝家がそう言うと、お市の方はますます顔を険しくする。
「筑前でございますか・・・。あの者、源四郎の烏帽子親であることを良いことに、己の都合ばかり通しまするな」
そう言うと、お市の方は自ら銚子を手に取り、自分の盃に酒を注ごうとした。しかし、すでに銚子には酒が入っておらず、お市の方は傍に控えていた侍女に酒を持ってくるように命じた。それを見ながら勝家がお市の方に言う。
「昼に皆を集めてその事を話したら、玄蕃や三左衛門(柴田勝政のこと)、勝介(毛受勝照のこと)が反対しおったわ。儂が参列することで、羽柴の下に降ったと見られるのが嫌らしいな」
「当然でございましょう。妾も柴田の家があの猿面冠者の風下に立たされるのは嫌でございまする・・・」
お市の方はそう言うと、ふと勝家の顔を見た。その顔の表情から、お市の方は勝家の想いを感じ取ってしまう。
「御前様・・・。まさか、大徳寺に行って参列しようと考えておられるのではございませぬな!?」
お市の方がそう声を上げると、勝家は「さすがは上様の妹君」と言って笑った。
「勘が鋭いな。上様に、いや、萬松寺様(織田信秀のこと)に似ておられる」
そう言った勝家に、お市の方が詰め寄る。
「御前様。一体何をお考えなのでございまするか!?柴田を羽柴の風下に置かれるのを是となさるおつもりでございまするか!?」
お市の方の批難めいた発言に、勝家は首を横に振って返す。
「まさか。儂とて筑前の風下に立つのはお断りだ」
「ならば何故!?」
お市の方が大声でそう尋ねたが、勝家は落ち着いた声で答える。
「上様への忠節よ。儂にとって上様はかけがえのない恩人。その供養を行いたいと思うのは、当然であろう。それに、喪主は曲がりなりにも上様の御子息。これに参列しないのは、上様に対する不忠ではないだろうか?」
勝家がそう言うと、お市の方が反論する。
「・・・御前様。兄上への忠節、妾も良く存じておりまする。兄上を弔いたい、という想いは、この市とて持っておりまする。
しかしながら、柴田の家に対する世間の目をお考えくださいまし。源四郎君の後ろには、あの猿面冠者がいるのでございまする。あの者が差配する葬儀に出れば、あの『瓶割り柴田』が筑前に降ったと思われましょう。そうなれば、御前様を慕ってくれた家臣や与力が、どう思うでしょうか?世間は柴田をどう見ましょうか?」
お市の方の言葉を、勝家は真剣な表情で聞いていた。お市の方が更に言う。
「御前様。何卒、何卒、柴田の家のことをお考えくださいまし。織田家の譜代として、あの成り上がり者の羽柴の風下に立つことは、御前様だけでなく権六殿にとっても良いことではありますまい。妾は権六殿が、妾の息子があの猿面冠者に頭を垂れるのを見とうございませぬ」
勝家の実子である勝敏を挙げながら、そう言って頭を下げるお市の方。勝家はそんなお市の方を見つめていたが、おもむろに口を開く。
「・・・市。そなたが権六のことを想うてくれるのは嬉しい。もう、市は十分に柴田の嫁であるな」
勝家の言葉に対し、お市の方は少し怒ったような顔をする。
「当然でございましょう!・・・確かに、柴田の家に入った後は、浅井の嫁であるということにこだわっていた時もございました。しかしながら、御前様が娘達に父として接していただいているのを見て、妾も柴田の母になろうとしたのでございまする。妾は、もう柴田の家の者である、と思っておりまする」
お市の方の言葉に、勝家は嬉しそうに頷いた。しかし、すぐに真面目な顔に戻る。
「・・・かたじけない、市。そなたの気持ち、儂は嬉しく思うぞ。だが、儂には儂の権六への想いというものがある」
勝家がそう言うと、お市の方は頭を上げて勝家を見た。そこにあったのは、真剣な眼差しでお市の方を見てくる勝家の顔であった。
「儂はな、権六には己の力で柴田の家を引っ張ってもらいたいのよ。己の才覚で、織田家に忠誠を尽くしてもらいたいのよ。市は娘達を惟任や惟住に嫁がせて柴田の味方を増やしたかったのであろうが、儂は権六には縁戚に頼らずにいて欲しかった」
勝家の本音を聞いたお市の方は目を丸くした。そして勝家に言う。
「・・・恐れながら御前様。それはこの乱世では難しいことなれば・・・」
「しかしな、筑前めはそれをやってのけた。いや、筑前だけではない。惟任日向も滝川伊予守(滝川一益のこと)も、そして儂だって勘十郎様(織田信行のこと)の謀反に加わった故、上様に遠ざけられておった。しかし、それをはね退けてここまで来たのだ。儂は、権六を甘やかしとうない」
「・・・子に苦労させぬのが親でございましょう」
お市の方が批難めいた口調でそう言うと、勝家ははっきりとした口調で言い返す。
「子に苦労させるのが親の務めじゃ。権六はもう元服を済ませ、妻を娶った。もう親に頼る歳ではないわ」
勝家の言葉に、お市の方は黙り込んだ。しかし、お市の方の頭はフル回転していた。
―――修理亮殿のお気持ちは分かりました。しかし、ここで考えなければ、柴田の家は没落します。どうすれば、兄上の葬儀で柴田の名を天下に知らしめることができるか・・・―――
そう思いながら頭を働かせるお市の方。信長から「男ならば名将になれたのに」と言われるほどの明晰な頭を働かせたお市の方が、勝家に向かって口を開く。
「・・・分かりました、御前様。権六殿を連れて葬儀に参列なさいまし。その際、妾と茶々も参りまする」
お市の方の言葉に、勝家は両目を大きく開くのであった。




