表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
大坂の幻〜豊臣秀重伝〜  作者: ウツワ玉子
大坂編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

303/304

第302話 大坂にて

感想、評価、ブックマーク登録、いいね!を頂きありがとうございます。大変励みとなっています。


活動報告へのメッセージをいただきありがとうございました。個別返信は控えさせていただきますが、しっかりと目を通しております。改めて御礼申し上げます。

 天正十年(1582年)八月上旬。重秀は主だった家臣と愛妾の照、娘の桐を連れて、陸路で新しい領地である摂津国欠郡(東成郡、西成郡、住吉郡)に入った。

 重秀達はまず陸路を使って摂津西成郡にある野田城に入った。海路ではなく陸路を使ったのは、この時期は台風の季節であり、万が一に備えたものであった。


 野田城は大阪湾の沿岸にほど近い城で、古くは享禄四年(1531年)に細川高国と三好元長が争った際に築かれた砦が元になった、と言われている。

 その後、三好三人衆によって改築され、本格的な城となった後、石山本願寺の一向一揆勢や織田勢の城となっていた。


 そんな野田城に入った重秀は、すでに野田城を拠点として欠郡の検地を行っていた石田正澄、加藤清正、大谷吉隆、津田盛月と、検地の手伝いとして秀吉から派遣された石田三成等と合流した。更に数日後には、大坂に新たな城を造るために黒田孝隆、前野長康、加藤光泰等が秀吉の元から派遣されてきた。

 重秀は皆を集めると、今後のことについて話し合うための評定を開いた。


「さて、まずは検地の進み具合について聞こうか」


 野田城の決して広くない広間に集められた者達の前で重秀がそう言うと、正澄が答える。


「それぞれの村、寺社、そして寺社に付随する門前町は我等に抗することなく検地に従っております。やはり、我等が検地を行うことについて、益を示したのが良かったようでございます」


 正澄の言葉に、重秀が頷く。


「我等の検地に与力した者には三年間の年貢を免除したことが良かったのだろう。それに、同じく検地に与力した寺社には田畑を寄進する、とも伝えたからな。

 ・・・で、菜種油の件は伝えたのであろうな?」


「はっ。住吉は無論、東成でも西成でも皆喜んで菜種を植える、と申しておりました」


 正澄の返答に対し、重秀は満足するように頷く。


「それは良かった。菜種油の量が多くなれば、それだけ欠郡は豊かになれる」


「ただ・・・。全てを受け入れているわけではございませぬ」


 正澄がやや躊躇ためらいながらそう言うと、重秀が眉を顰める。


「・・・それはどういうことだ?」


「住吉の東側、平野と呼ばれるところがございます。そこには、平野七名家と呼ばれる七つの家が治める郷がございます。また、大念仏寺を中心とした町があり、そこは土居と堀に囲まれております」


「・・・なんだか堺みたいなところだな。で、そこが我等に逆らっていると?」


「全てについて逆らっているわけではございませぬ。あそこは元々上様(織田信長のこと)の治める場所でして、今まで通り平野七名家が代官として治めることを認めていただければ、羽柴に銭を上納する、と申しておりました」


 正澄の回答に、周囲の者達は首を傾げた。地元の自治団体が新たな支配者である羽柴に銭を上納する、と言ってきたのだ。この時代、よくある話であった。

 しかし、菅浦の乙名衆や塩飽の船方衆といった一癖も二癖もある自治団体と交渉してきた重秀には、ピンとくるものがあった。


「・・・なるほど。銭を上納する代わりに、何か言ってきたのだな?」


「はい。七名家が申しますには、平野の木綿については口出し無用、と申しておりました」


 正澄の言葉に、広間がざわついた。その場にいた福島正則が怒った顔をしながら声を上げる。


「口出し無用!?いくらなんでも無礼すぎやしないか!?」


 正則の言葉に、何人かが同意するように頷いた。一方、重秀は興味深そうな顔で正澄に尋ねる。


「木綿?平野では木綿が作られているのか?」


「はい。ただ、平野で採れる木綿は少ないです。その代わり、隣の河内国では綿花がよく作られており、河内国から木綿が平野に集まっているそうです」


 正澄の話を聞いた重秀の顔に、納得したような表情が浮かぶ。


「なるほど。平野の七名家は、木綿の売買で財を築いているんだな?」


 重秀の問いかけに、正澄は「御意」と答えた。重秀が話を続ける。


「いいだろう。木綿の売買については七名家に任せよう。ただし、こちらも条件を出す」


「条件、でございますか?」


 正澄がそう聞き返すと、重秀は頷く。


「そうだ。まあ、銭の上納は喜ばしいが、それよりも羽柴の船の帆として綿布を一定量納めてもらいたい」


 重秀がそう言うと、周囲の者達は感心したような声を出した。脇坂安治が言葉を発する。


「・・・なるほど。帆は風で傷みやすく、すぐに破れますからな。これの修理には結構な綿布が必要になります。意外にこれが銭を喰いますからな。しかし、平野が綿布を提供するのであれば、修理にかける銭を減らすことができます」


 水軍の指揮を執ることが多い安治がそう言って頷いた。他にも水軍の指揮を執っている者達も頷いていた。

 重秀が更に話を続ける。


「ただし、七名家には帆に使える丈夫な綿布を作って貰う必要がある。とりあえず水軍の水夫かこ達が望む綿布を作ってもらうが、作れなかったら七名家には相応の報いを受けてもらう」


「相応、でございますか?」


 正澄がそう言うと、重秀が頷く。


「うん。今まで織田家に納めていた銭の倍の額を出してもらう」


 重秀の言葉に、正澄が息を呑む。


「そ、それでは向こうが反発すると思われますが」


「反発したならこう言ってやれ。『平野の帆布は塩飽と村上が使うことになる』とな」


 重秀の言葉に、正澄はきょとんとした顔になった。その様子を見ていた加藤茂勝が横から口を挟む。


「・・・なるほど。瀬戸内でも名の知られた塩飽の船方衆や村上水軍が平野の帆布を使う。これが評判になれば、他の舟手衆も使うかも知れないっす・・・いや、使うかも知れませぬ」


 茂勝が普段通りの言葉使いを改めつつ、そう言った。重秀が微笑みながら頷く。


「うん。そうなれば平野の帆布は瀬戸内の船手衆に多く売れ、平野も儲かるというわけだ。しかも今後は琵琶湖の舟手衆も我等の手にある。菅浦はもちろん、堅田衆もだ。これらに平野の帆布が売れれば、平野の七名家もだいぶ儲かるだろう。

 ・・・つまり、我等の水軍が平野の帆布の良さを琵琶湖から瀬戸内の海まで教えてやろう、というわけだ。真に良ければ、の話だが」


 水軍の帆布に平野の綿布を使うことで、宣伝効果を狙おうとした重秀の考えに、その場にいた者達は舌を巻いた。しかし、そんな中、加藤清正が疑問を呈する。


「しかし長兄。我等は大坂の地でも養蚕を行う、と兵庫を出る前に決めていたはず。大坂の新しき城やその周辺に桑を植えることまで決めていたはずです。綿布に手を出すのであれば、絹布は疎かになるのではありませぬか?」


「いや、養蚕については決めたとおりに大坂の地にて行うつもりだ。しかし、武家の手にやらせようと思う」


「武家、でございますか?百姓ではなく?」


「百姓には米作りだけではなく、裏作で油菜も作らせるのだ。とても養蚕にまで手は回るまい。一方、武家ならば戦がなければ時は空くし、蚕を育てるのに、女子供でもさほど苦にはなるまい。武家にやらせた方が良いであろう。当然、売った銭は武家の手に入るのだから、良い銭稼ぎになるだろう。

 実際、千代殿(山内一豊の正室)は自らだけでなく、山内家中の女子供に養蚕を教えている、と聞いたぞ」


 重秀がそう言うと、一部の者達が笑い出した。


「若殿の申すとおりですな。兵庫での噂には、山内殿の屋敷では蚕が桑を食す音が鳴り響き、外にまで聞こえる、と言われておったとか。お陰で化け物屋敷だと噂されたことがありましたな」


「あまりのうるささに、女中や下人が眠れずに逃げ出した、っていう話も聞いたことあったぜ」


 尾藤知宣と福島正則がそう言うと、その場に再び笑い声が上がった。そんな中、重秀が声を出す。


「・・・しかし、そのおかげで千代殿には多くの銭が集まったそうだ。千代殿はその銭で伊右衛門(山内一豊のこと)に立派な着物や馬具を買い、羽柴の重臣である、という面目を施したし、亡くなった山内家臣の遺族を養っているそうだ。実に素晴らしいふるまいである」


 重秀の言葉に、皆が一斉に頷いた。重秀が話を続ける。


「まあ、大坂の新しき城の話が出たから、今後は城の話をしよう。弥三郎(石田正澄のこと)は引き続き検地と村の惣(村の自治組織)との話し合いに注力するように。四郎左衛門・・・じゃなかった、左馬允(津田盛月のこと)と与左衛門(津田信任のこと)、虎(加藤清正のこと)、紀之介(大谷吉隆のこと)、そして佐吉(石田三成のこと)も弥三郎をよく助けるように」


 重秀がそう言うと、名を呼ばれた者達は一斉に「ははぁっ」と言って平伏した。





「大坂の新しき城については、父上から遣わされた官兵衛殿(黒田孝隆のこと)から話をしてもらう」


 重秀がそう言うと、孝隆が「あいやしばらく」と声を上げた。重秀が訝しむ中、孝隆が話し始める。


「恐れながら申し上げます。今後、公の場にて『官兵衛殿』と申されるのは控えるべきと存じまする。これまで拙者は織田の臣として筑前様の傍におりました。しかし、これからは羽柴の臣として筑前様、いや大殿の傍にお仕えする所存でございます。しかれば、若君、いえ若殿におかれましても、他の方々同様、『官兵衛』と呼び捨てていただきとう存じます」


 孝隆の言葉に、周囲から驚きの言葉が上がった。そんな中、重秀が落ち着いた様子で話しかける。


「・・・相分かった。確かに官兵衛殿だけ殿をつけるのは他の者達への示しもつかない。よって、今後は呼び捨てとする」


 重秀がそう言うと、孝隆は黙って頭を下げた。重秀が咳払いをすると、再び話し始める。


「では官兵衛、大坂の新しき城について、皆に述べよ」


 そう言われた孝隆は、「ははぁっ!」と力強く声を上げると、大坂に築く城について話し始めた。


 孝隆の話によれば、大坂城築城の総奉行は重秀とし、縄張奉行に黒田孝隆、普請奉行に前野長康、作事奉行には加藤光泰がなることになっていた。


「・・・私が総奉行か。官兵衛が総奉行なのではなくていいのか?」


 重秀がそう疑問を呈すると、孝隆が「はい」と頷いた。


「拙者は大殿の傍に侍り、色々とご相談に乗らなければなりませぬ。いくら淀城から近いとはいえ、大坂の地に付きっきり、というわけには参らぬのでございます」


 孝隆がそう言うと、重秀は「なるほど」と言って頷く。


「それなら仕方がない。まあ、縄張が終わった後は将右衛門(前野長康のこと)と作内(加藤光泰のこと)に任せておけばいいか。将右衛門は兵庫城で普請の経験があるし、作内は日原衆(三木城からほど近い場所に拠点を持つ大工集団)を抱えているからな」


「また、近江の穴太衆(近江国坂本を拠点に置く石工集団。石垣の作成に長けていた)もこちらに向かわせるとのことにございます」


「穴太衆もか。これなら頑丈な石垣が作れそうだな」


 重秀が嬉しそうにそう言うと、孝隆は更に話を続ける。


「それと・・・。大殿は、大坂の城を大きくしろと言われました。特に、天守は九層とし、安土の天主と同じくらいにしろ、と申されておりました。そして、真っ先に作れと申されておりました」


 孝隆の言葉に、重秀が思わず声を上げる。


「九層・・・?九層だって!?・・・先日、勝竜寺城で話し合った際、大坂の城はあまり大きく作らない、と決めたではないか!」


「若殿のおっしゃるとおりなのですが・・・。実は大殿が『修理亮(柴田勝家のこと)の天守は九重の高さなんじゃ!儂の住む城の天守もそれくらいの大きさを建てても良いじゃろうが!』と申されまして・・・」


 孝隆の言葉に、重秀は口元に右拳を当てて考え込んだ。そして作事奉行となった加藤光泰に尋ねる。


「・・・九層の天守なんて造れるの?」


 重秀の質問に、光泰は「いや無理でしょう」と即答した。


「九層の高さとなれば、その高さは天守台を含めたとしても、およそ二百尺(約60メートル)です。それだけ大きいと、地震や大嵐(台風のこと)で倒壊いたします。そもそも、銭がかかりすぎまする」


「・・・確か、安土の天主でも百尺(約30メートル)だったはず。それよりも大きくしたら、それこそ織田家中から批難を浴びることになる。それは受け入れられないだろう」


 重秀が苦虫を噛み潰したような表情でそう言うと、光泰が頷く。


「そうでしょうな。よくて安土城と同等の高さが限度かと」


「それでも大きすぎるような・・・」


 重秀がそう言って渋ると、今度は孝隆が口を開く。


「若殿。若殿が織田家中に気を使わおうとしているのは分かります。古来より『出る杭は打たれる』と申します故。しかしながら、羽柴は畿内を治める太守なのです。それなりの城を築かなければ、周囲からは侮られまするぞ」


 孝隆からそう言われた重秀は、両腕を組んで考え込んだ。そして自分の考えを口に出す。


「・・・確かに、大坂は南の紀州や海を隔てた四国から安土や京を守る重要な場所。大坂に築く城は四国や紀州の敵を圧倒できる大きな城でなければならない、ということは分かる」


 重秀がそう言うと、孝隆は「御意にございます」と言って頷いた。重秀が話を続ける。


「分かった。父上の言うとおり、天守は大きく造ることにする。が、さすがに安土の天主のように漆や金箔で飾り付けることは無理だ。なので、大きく造るだけとする」


「それでよろしいかと存じまする。飾りつけはまあ、いつでもできますしなぁ」


 孝隆がそう言うと、重秀も頷いた。が、そこで正澄が懸念を述べる。


「しかし・・・。巨大な城となれば、銭もかかりますし人出も要りまする。どうやって集めればよいのやら・・・」


 正澄の言葉に、皆が一斉に「う〜ん」と唸り声を上げた。尾藤知宣が発言する。


「確かに。前の日向守(明智光秀のこと)との戦で、姫路城と兵庫城の金銀銭や米をばら撒きましたからなぁ。羽柴に巨大な城を作る財はもう無いのでは・・・?」


 知宣がそう言うと、重秀が呟く。


「・・・果たしてそうだろうか?父上が銭のことを考えずに大坂に城を築くことを私に命ずるだろうか?そもそも、父上の傍にいる小一郎の叔父上が、そんな無謀なことを諌めないわけがない」


 重秀がそう言うと、それまで黙っていた三成が「若殿様の言うとおりにございます」と声を上げた。皆が一斉に三成の方を見ると、三成がそのまま話を続ける。


「大殿様が申されておりました。『築城の銭と人手は堺に頼めば良い』と。拙者は大殿から、若殿がもし銭や人手が足りない時は、そのように申せ、と言われて来ました」


 三成がそう言うと、孝隆が冷ややかな目で三成を見る。


「・・・それがしには、その様なことは申されていなかったが?」


 孝隆の言葉に対し、三成は何も言わずに孝隆の目を見返した。二人の間に冷たい空気が流れる中、重秀が口を開く。


「・・・恐らく父上は官兵衛に銭のことで案じないよう、言わなかったのだろう。それに、私の知行での銭や米に関することは全て弥三郎が行っていた。弥三郎の弟である佐吉(石田三成のこと)なら、兄である弥三郎にそのことを話すだろう、と期待していたのだろう。父上は別に官兵衛を排しようとか、考えてもいないと思う。だから、ここであまり剣呑になるな。これから築城という大事な役目があるのだから」


 重秀の言葉に、孝隆と三成は顔を重秀の方に向けて頭を下げる。


「・・・若殿のおっしゃるとおりでございます。申し訳ございませぬ」


 孝隆がそう言うと、三成も「ご無礼仕りました」と言った。重秀が話を続ける。


「分かればいい。では、築城について、更に話を進めよう」


 そう言うと、大阪城築城についての話し合いが続けられるのであった。





 次の日、重秀を始めとする羽柴の諸将が大坂城に移動した。 ここで実地調査と周辺の調査を行ったのである。

 大坂城は本能寺の変直後の混乱で荒れていたものの、その周辺の町にはさほど被害は及んでいなかった。元々、石山本願寺の寺内町であったこの町は、顕如等本願寺の中枢が鷺ノ森御坊に移った後は一向門徒のほとんどがいなくなり、残っていたのは一向門徒を相手に商売をしていた者だけであった。

 重秀がこれらの者に十年の年貢免除と居住の優先権を条件として、築城の人夫とすることに成功した。また、彼等を使って、今後来るであろう羽柴家臣や築城の人夫のための居住区の建築もし始めた。


 黒田孝隆が縄張を始めた頃、重秀は大坂と堺を往復するようになった。大坂では孝隆と縄張について話し合い、堺では千宗易、小西隆佐、今井宗久、津田宗及などの有力な商人達と会談を行った。堺の商人達には色々な利益を提供することを約束する代わりに、莫大な資金援助を受けることに成功した。

 重秀は堺の商人達からも『羽柴が次の天下人』と見られていることを感じた。そんな感じに違和感を覚えながら、資金を確保するのであった。


 重秀が大坂で忙しくしている中、兵庫で残務処理の責任者として残っていた山内一豊から連絡が来た。その連絡に、重秀は衝撃を受けるのであった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
あ、500話行っても天下平定出来ないわ ギブ さようなら
面白い! 平野七名家などというあまりにマイナーな土豪が出てくるところがこの作品の面白いところ。 そういうところが物語のリアリティを高めてくれる。 大阪統治も楽しみすぎる! あとは縁が死んで茶々が正室…
現在だと大阪市南東部 当時なら上町台地の東側一体で摂津では南部の河内側 石高だと6万石・・・いや5万石くらいかな? かなり良い土地ではあります
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ