第301話 大坂へ
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天正十年(1582年)七月下旬。兵庫城へ戻った重秀は、軍勢を解散させた後、兵庫城本丸御殿の『表』と『奥』を繋ぐ廊下を渡り、『奥』の入口に当たる部屋に入った。そこでは、正室の縁を始め、側室のとら、愛妾の照、娘である藤、そして縁の乳母である夏と七、藤の乳母である牧が座って待っていた。
「御前様。お戻りなさいませ」
縁の可愛らしい、それでいて少し弱い声に、重秀が頷く。
「今戻った。留守中、大事なかったか?」
重秀の問いかけに、縁が答える。
「・・・はい。まったく」
縁の回答に少し引っかかった重秀は、縁の身体を思いやって言う。
「ああ、縁、すまぬ。そんなに畏まってはお腹が苦しいだろう。ささ、楽にして。とらもだ」
重秀の言葉に、縁は「・・・はい」と答え、とらも「はい」と答えた。縁に寄り添っていた夏が重秀に言う。
「若殿様。ここでは狭うございます。書院にて詳しい話をいたしましょう」
夏の言葉に、重秀は「ああ、そうだな」と言うと、そのまま書院へ向かおうとした。すると、牧の隣に座っていた藤がいきなり立ち上がって重秀の足元に抱きついてきた。
「ちーちーうーえー」
「おお!藤!見ないうちに大きくなったなぁ!」
重秀がそう言うと、藤を抱きかかえて持ち上げた。藤が両腕を伸ばして重秀の首元にしがみつく。
「・・・だいぶ重くなったな。それに、力が強くなったのではないか?」
重秀が藤に首を絞められて息苦しく感じながらそう言うと、縁が薄い笑顔で応える。
「はい。とても丈夫に育ちました。病もせずに走り回っておりました」
「そうかそうか。それは良かった」
そう言うと、重秀は何かを思い出したかのような表情を浮かべる。
「・・・そういえば、桐はどうした?」
重秀の質問に、照が答える。
「桐姫様は今眠っておられます」
自分が侍女の一人である、という立場を崩さない照は、実の娘であっても桐を「桐姫様」と呼んでいた。
「・・・病か?」
重秀が眉をひそめながら尋ねると、照は首を横に振る。
「いえ。桐姫様はよくお眠りになられますが、医者の話では身体に病の気はないとのことにございます」
「そうか。それなら良い」
そう言って重秀は藤を抱きかかえながら、歩き出した。そして、縁達も重秀の後をついていった。
書院についた重秀は、上座に座った。そして、縁達が下座にて並んで座ると、重秀は口を開く。
「此度は皆、骨折りであった。上様(織田信長のこと)と殿様(織田信忠のこと)が日向守(明智光秀のこと)に討たれ、一時はどうなるかと思ったが、父上を始め、織田の諸将が力を合わせて日向守を討ち取り、上様と殿様の仇を討つことができた。また、皆が城を守ってくれたお陰で、私も心置きなく戦に臨むことができた。礼を申す」
重秀がそう言うと、縁達は一斉に平伏した。ただし、お腹の大きな縁ととらは軽く頭を下げるにとどめた。
「日向守を討ったことで、羽柴は丹波、山城といった多くの知行を加増された。そして、私には摂津の欠郡(東成郡、西成郡、住吉郡のこと)と大坂城をいただくことになった」
重秀がそう言うと、縁達が一斉に「おめでとうございまする」と言った。重秀が話を続ける。
「その代わり、これまでの知行であった八部郡、有馬郡は池田様に加増されることになった。我等は今年中に大坂に移らなければならない」
重秀の言葉に、縁達は顔を見合わせた。そんな中、夏が尋ねる。
「恐れながら・・・。大坂に城があるのでございまするか?」
「一応、石山本願寺の跡地に大坂城を築いているが・・・」
天正八年(1580年)三月。顕如等が立ち退いた石山本願寺跡に入った津田信澄は、織田信長の命令でとりあえずの城を築いた。これが重秀の言っている『石山本願寺の跡地に築かれた城』、いわゆる大坂城であった。この城がどの様な城かは、現代には伝わっていないのだが、いわゆる野戦築城で築かれた仮の城ではないようである。
「しかし、大坂城を預かっていた七兵衛様(津田信澄のこと)は侍従様(織田信孝のこと)と惟住様(丹羽長秀のこと)に攻められ亡くなられた。その際に大坂城も破損したそうだ。まあ、父上より大坂城を作り直すよう命じられているから、結局は一から作り直すことになるだろうな」
重秀がそう説明すると、夏は困惑した表情を顔に浮かべる。
「恐れながら・・・。御姫様(縁のこと)と日野殿(とらのこと)は今年中には子が生まれる予定にございます。御姫様は九月でまだよろしいのですが、日野殿は十一月頃となりまする。そうなれば、冬の出産となりますれば、仮御殿での出産や、大坂に移る直前の兵庫城の出産は避けるべきと存じまする」
夏がそう言うと、重秀は両腕を組みながら唸る。
「うーん。そうなると、御殿とは別の産屋を早急に作る必要があるな・・・。相分かった。まずは産屋について考えよう」
重秀がそう言うと、夏は「よろしゅうお頼み申し上げまする」と言って平伏した。重秀がそのまま話を続ける。
「今後は大坂へ移るための準備を行う。奥向については夏と七に任せる故、上手く差配してくれ」
重秀がそう言うと、夏と七は「承知しました」と言って平伏した。重秀は頷くと、次に縁に顔を向ける。
「私は八月には大坂に入る。新しき城を造るためにな。奥向の移転については夏と七に委ねる故、縁は身体をいたわることのみ考えるように」
重秀の言葉に、縁は何も言わずに頭を下げた。その様子に、重秀は不思議そうに尋ねる。
「・・・如何した?元気がなさそうだが・・・?」
重秀の疑問に、縁ではなく夏が答える。
「恐れながら。御姫様はお疲れのご様子にて」
そう言われた重秀は、ピンとくるものがあった。
「・・・ああ、この一月、とんでもないことが起きたからな。縁にも心身に負担がかかったんだろう」
そう言うと、重秀は縁に優しく言う。
「縁、骨を折らせたな。しかし、日向守は討ち取られ、羽柴が滅ぼされることはもうなくなった。兵庫城を攻める者もいないし、兵庫城の引き渡しは年末だ。九月が産み月ならば、産んでからもしばらくは兵庫城で休むことができる。案ずることはない」
重秀がそう言うと、縁は疲れたような声で「・・・かたじけのうございます」と言って頭を下げた。
―――縁は真に疲れているのだな。まあ、養父たる上様(織田信長のこと)が討たれ、兵庫城も緊迫していたからな。身体に障るのも当たり前か。お腹の子にも何事もなければ良いのだが・・・―――
そう思った重秀。しかし、縁の不調の原因は、重秀が思っていたこととは異なっていた。それに気がつくのは、もう少し後になってからであった。
「・・・で、とらはどうなのだ?」
重秀が縁からとらに視線を移してそう言った。それまで心配そうに縁を見ていたとらが反応する。
「は、はい!?えーっと、わ、私はつつがのうございますが」
急に自分に話が振られたので、慌てて返事をしたとら。そんなとらに重秀が話しかける。
「うん。それなら良かった。・・・とらの産み月は十一月頃だって?」
重秀の問いかけに対し、とらではなく七が答える。
「正しく申せば、十月の末から十一月の上旬、と相成りまする」
「・・・では、大坂に移るのは早めのほうが良いな」
重秀の言葉に、とらと七が困惑する。
「・・・よろしいのでございますか?御方様(縁のこと)を兵庫に残して、側室の私めが先に大坂に行っても」
とらがそう言うと、重秀は「やむを得まい」と言った。
「腹の子を考えれば、そうなるだろう」
重秀の言葉にとらは困惑しつつも縁の方を見た。縁が落ち着いた声でとらに言う。
「とら殿。若殿様の言うとおりになさいませ」
縁の落ち着いた、それでいて反論を許さない様な言い方に、とらは「は、はい」と言って頭を下げた。縁が重秀の方を向き直して言う。
「御前様。照と桐も大坂に移していただけませぬか?」
縁の提案に、重秀が「照も?」と思わず口にした。
「・・・照は縁の傍に置いておいたほうが良いのではないか?」
「いえ。桐と共に新たな地にて慣れていただきます。それに、桐を産んで一年を過ぎました。そろそろ次の子を産んでもらわないといけません。その旨、照には御前様の傍にいてもらいます」
縁の訴えを聞いた重秀は、照の方を見た。照は「御方様のご存念どおりに」と言って頭を下げた。重秀は再び両腕を組んで考え込んだ。そして口を開く。
「・・・縁が良いというのであれば、そうしよう。しかし、そうなると風呂を作らねばならぬな・・・」
「何故そうなるのですか。別に子を成すのに風呂はいらないでしょうに」
七が呆れたようにそう言うと、皆が思わず笑い出した。それまで疲れたような表情をしていた縁が口元を隠しながら笑ったのを見て、重秀も思わず笑い出すのであった。
次の日、兵庫城はにわかに忙しくなった。大坂への移転と池田恒興への八部郡、有馬郡の引き渡しという作業を、両方こなさなければならないからだ。
長浜城から兵庫城へ移った際にも行われた、引き渡しの際に必要な書類の作成や確認を年末までに行わなければならないのである。しかも、それは兵庫城だけではなく、有馬郡の三田城を始め、重秀の家臣や与力が住んでいた城でも行う必要があった。
一方、新しい重秀の領地となる摂津欠郡の調査もしなければならなかった。そもそも、代官であった津田信澄が死んでしまい、その家臣達も離散してしまったため、欠郡の資料がほぼないのである。なので、欠郡全土で検地をし直す必要があった。
そこで重秀は調査団を派遣することにした。山崎の戦い時には備前児島の下津井城(下津井古城のこと)に滞在していたが、山崎の戦いが終わった直後に兵庫に帰還した石田正澄を筆頭に、大谷吉隆(のちの大谷吉継)、津田盛月、加藤清正等が派遣され、検地を行うこととなった。しかし、それだけでは足りないため、父秀吉から手伝いとして、石田三成が派遣されることになった。
「兄上。少しよろしいですか?」
欠郡のとある村の庄屋の屋敷内にて、検地帳の確認をしていた石田正澄に、石田三成が話しかけてきた。
「ん?どうした?」
そう言って検地帳から顔を上げた正澄。その目には、渋い顔をして立っている三成が映っていた。三成が正澄に言う。
「・・・兄上に申し上げるのは如何かと思ったのですが・・・。虎之助(加藤清正のこと)のことでちょっと」
そう言うと三成は正澄の前に座った。正澄が三成に尋ねる。
「虎之助のこと?どうかしたのか?確か、紀之介(大谷吉隆のこと。のちの大谷吉継)と共に田畑の様子を見に行っているはずだが?」
「兄上の仰るとおり、虎之助は田畑を見てきております。しかしながら、彼の報せは尽く帳簿と異なっております。そして、そのことでそれがしが咎めると、『検地帳しか見ておらぬお主に何が分かる!』と言って聞いてはくれませぬ。
・・・兄上。兄上からも虎之助に言ってやってくれませぬか?」
三成がそう言うと、正澄は顎をさすりながら「ふむ・・・」と呟いた。
「・・・佐吉(石田三成のこと)よ。虎之助や紀之介からの報せは儂も聞いておる。思うに、二人は田畑のみならず、田畑を耕す者や周辺の水路や肥溜めについても報せてきておる。そういった物々を鑑みたからこそ、検地帳とは異なる報せを送ってくるのであろう。実際、検地帳と異なる収穫見込みだった事があったことも、佐吉は確かめておっただろうに」
「確かに、検地帳よりも多く穫れる見込みのある田畑もあり、逆に少ない見積の田畑もございました。しかしながら、虎之助はあまりにも検地帳を無視している、と思いまする。そして、拙者に対する態度もまた、見過ごすことができませぬ。拙者は、大殿(秀吉のこと)の命を受けてこちらに来ておるのですぞ」
三成が落ち着いた口調ながらも不満を口にした。正澄が苦笑しながら三成に言う。
「態度云々については儂から虎之助にも言っておこう。しかしながら、検地帳を無視するのは致し方ないであろう。本来、検地帳は庄屋が持つべきものと領主が城内で持つべきもの。それを読み合わせるのが検地なのだが、大坂の城は燃えてしまい、一緒に城内の検地帳も失われた。読み合わせができぬ以上、庄屋の持つ検地帳が正しいか否かは、実際の田畑を見る必要がある。そして、虎之助は兵庫だけでなく、北播(播磨北部のこと)での検地で田畑を多く見てきた。虎之助のやっていることは大切なことだと思うぞ」
「そんなことは配下の者共に任せれば良いのです。虎之助が自ら行うことはないのです。それに、庄屋をはじめとする百姓は田畑を毎年見ております。田畑の収穫高を一番に知っているのは百姓共なのです」
「それを言うなら、虎之助が加わった検地には、若殿(重秀のこと)とそれがしが必ず検地帳を確かめていた。虎之助から見たら若殿が佐吉の言う『配下の者共』に当たるのだからな。虎之助が間違ったことをしているわけではない。それと、水路が壊れていたり間違った造りをしていたといった事もあった。百姓共はそれに気が付かぬ事も多い。虎之助はそういった事も指摘できるから、百姓共に修繕や改良ができるよう、若殿も心配りを行っていたし、結果、検地帳よりも収穫が増えたこともあったのだぞ」
正澄がそう諭すと、三成は黙り込んでしまった。三成は考え込むように黙り込み、しばらくして再び口を開く。
「・・・兄上の言うことももっともでございます。しかしながら、拙者に対するあの態度はいただけませぬ」
三成がそう言うと、正澄は「相分かった」と頷いた。
「欠郡という新たな知行にて我等が諍いを起こしては若殿のみならず大殿に対しても申し訳が立たない。虎之助にはそれがしから言っておこう」
正澄がそう言うと、三成は頭を下げた。そして、頭を上げながら正澄に言う。
「しかし・・・、虎之助は何故水路などの造りに詳しいのでしょうか?拙者の知らぬことまで知っているのです。あの、腕っぷし自慢しかできなかった虎之助が田畑・・・いえ、水路などにも詳しいのがどうしても考えられないのです」
三成の質問に、正澄は三成の心中を感じた。三成の言葉の中には驚きと、そして本人も気がついていないであろう若干の嫉妬が含まれていることに気がついたからであった。正澄が三成に優しく言う。
「佐吉は大殿の下からあまり離れたことがなかったから、虎之助とあまり会う機会がなかった。だから知らないのだろうが、虎之助だって若殿の下で色々学んできた。若殿自体が自ら学ぼうとしている中、義理の兄弟として付き従ってきたのだ。自ずと学んできたのであろう。昔の頃とは違うのだ。
・・・佐吉よ。昔に囚われるな。今を見よ。今の虎之助を見て受け入れれば、きっと虎之助にもそなたの気持ちが伝わるだろう」
正澄の言葉に、三成は黙って頷いた。
「紀之介。聞いてくれ」
欠郡のとある村で行われた縄打(田畑を実際に測量すること)が終わった帰り道。馬上の加藤清正が同じく馬上の大谷吉隆に声をかけてきた。
「何でしょうか?虎之助殿」
「佐吉のことだ。あやつは我等が縄打して得た田畑について、我等の報せを軽視しているように思う。そのことを佐吉に言ったら、『検地帳に書いていることが第一だ』と抜かしやがった。長兄はそんなことを仰られなかったのに。つくづく佐吉は現場を見ないと思わぬか?」
清正が不満げにそう言うと、吉隆は「確かに」と頷いた。
「しかし、石田殿は元々は大殿の傍にて検地を行っていたお方。検地帳を見るに長けているお方とお見受けいたします。石田殿が検地帳を重く見るのは当然なのでは?」
「検地帳を見るのは当然だ。しかし、百姓だって嘘はつくし、田畑や水路の作り方、肥やしの与え方を間違えていれば作物の収穫にだって差異は生じる。それを知らなければ、真の収穫高を見定めるのは難しいと思う」
「それは拙者も同じ考えでござる。しからば、そのこと石田殿に伝えてみればよろしいのでは?」
「伝えようとした。しかし、あやつは『忙しいのだ。見れば分かるだろう』と言って取り合ってくれぬのだ」
清正が不満たらたらな表情でそう言うと、吉隆は「はあ」と返事をした。清正が溜息をつきながら話を続ける。
「市(福島正則のこと)は『あいつは話せば分かってくれるぞ』と言ってくれたが、佐吉は儂と話をしたがらない。分かり合う以前の問題だ」
「お言葉ながら・・・。石田殿と我等は役目でしか顔を見合わせませぬ。それに、役目を果たすためにお互い時を費やす身なれば、腹を割って話し合う時がございませぬ。虎之助殿も石田殿もご多忙の身なれば、話し合えぬのは致し方ないことかと」
吉隆が清正に気を使いながらそう言うと、清正は「確かにな」と言って溜息をついた。続けて吉隆が言う。
「いづれ話し合う機会もございましょう。まずはお役目に向き合い、早く終わらせることを考えましょう。役目が早く終われば、必ずや話し合う時もございましょう」
吉隆の言葉に、清正は黙って頷いた。




