第298話 清洲会議(後編)
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織田家の新しい体制について話した秀吉は、重秀に別の話をする。
「次に上様(織田信長のこと)と殿様(織田信忠のこと)、そして肥前守殿(河尻秀隆のこと)と日向守(明智光秀のこと)の遺領の分配と、信濃の領地についてじゃ」
「信濃の領地?確か、北信濃は武蔵様(森長可のこと)、南信濃は毛利河内守様(毛利長秀のこと)が武田攻めの恩賞として与えられていたのでは?」
重秀の質問に、秀吉が答える。
「二人はすでに信濃を放棄して美濃と尾張に戻ってきておるわ。まあ、信濃と甲斐は三河守様(徳川家康のこと)がすでに兵を出して鎮めておる。そのまま三河守様の領地となるじゃろうな」
「三河守様が・・・」
重秀はそう呟くと、右拳を口元に持ってきて考えた。そして、自分の考えを秀吉に言う。
「・・・よろしいのですか?三河守様はすでに三河遠江駿河の三カ国を有する大大名。それに甲斐と信濃の領有を認めたら、三河守様は強大な力を持つことになりますが」
「とはいえ、すでに伊予守(滝川一益のこと)は上野国から北条によって叩き出されたらしい。しかも、北条は上野から甲斐や信濃を狙っちょる。儂等は甲斐と信濃を守ることはできん。ならば、三河守様に防いでもらうしかにゃーで」
秀吉がそう言うと、小一郎や孝隆も同意するように頷いた。それを見た重秀は、それ以上何も言わなかった。
秀吉が再び口を開く。
「話を続けるぞ。殿様が治められていた尾張と美濃は、それぞれ中将様と侍従様に与えられる。五郎左様(丹羽長秀のこと)には坂本城と滋賀郡、高島郡が与えられる代わりに、佐和山城とその周辺の領地が召し上げられる。佐和山城とその周辺は堀秀政に与えられる。長浜城と処刑された阿閉淡路守(阿閉貞征のこと)の領地の北近江は、源四郎様(織田信吉のこと。織田信長の五男)に与えられることになった」
「な、長浜城と北近江は源四郎様のものになったのですか!?」
重秀が驚いてそう言うと、秀吉は「ああ」と、さも当然のことのように答えた。
「源四郎様も山崎の合戦で儂等と共に戦ったからのう。その褒美が与えられるのは当然じゃ。・・・まあ、北近江については修理亮殿(柴田勝家のこと)がやいのやいの言っておったがのう」
秀吉が言うには、柴田勝家は北近江を長浜城を欲していた。しかし、実際に明智光秀を討っていないことと、上杉との戦を放りだした結果、魚津城をはじめ越中国東半分を上杉に取られたことが問題視され、秀吉だけでなく丹羽長秀、池田恒興からも反対されたのであった。
「それに、元々上様は織田の一門衆や奉行衆を安土城周辺、特に近江に配置したいと思っておられたんじゃ。長浜城に上様の御子息たる源四郎様を入れるのは、上様の御遺志にも叶うと思うんじゃがのう」
秀吉がそう言うと、重秀が「確かに」と頷いた。秀吉が口角を上げて話す。
「それに、北近江は未だ羽柴の息がかかった場所じゃ。そこに、儂を烏帽子親とする源四郎様を送り込むのは当たり前じゃろう?」
秀吉がそう言うと、重秀は秀吉の深慮遠謀に改めて驚く。
「・・・そこまでお考えでしたか、父上」
「儂が天下を取るかどうかはともかく、これ以上羽柴の銭は減らしたくないからのう」
秀吉はそう言って笑った。そして、一頻り笑った秀吉が、思い出したかのように言う。
「ああ、そうじゃ。羽柴の加増も決まった。丹波一国に山城国にあった日向守の知行、そして摂津国の欠郡三郡(東成郡、西成郡、住吉郡のこと)じゃ。前に話していたとおり、お主を欠郡に移す。そして兵庫津をはじめとする摂津国八部郡と有馬郡は紀伊守殿(池田恒興のこと)に加増される。良いな?」
秀吉がそう言うと、重秀が頭を下げる。
「承知いたしました。心して治めまする」
「後、河内国の日向守の知行は紀伊守殿や瀬兵衛(中川清秀のこと)や右近(高山重友のこと)のものになった。さすがに河内国の日向守の知行まで羽柴のものにしては、せっかく羽柴に靡いた紀伊守殿達が、へそを曲げることになるからのう。まあ、河内国については儂に考えがある。いづれあそこも羽柴のものにしてくれるわ」
そう言って意味深な笑みを浮かべる秀吉。そんな秀吉を見て疑問符を頭に浮かべる重秀であったが、その疑問を脇において秀吉に話しかける。
「それで、丹波はどうなるのですか?家臣の皆に分け与えるのですか?」
「いや、小一郎に丹波一国与える」
秀吉の発言に、重秀だけでなく小一郎や孝隆も驚きの声を上げる。
「あ、兄者!?そんな話は聞いておらんぞ!?」
小一郎がそう言うと、秀吉は何でもないかのように答える。
「そりゃそうだ。今話したからのう」
「兄者待ってくれ!儂に丹波一国は過分すぎる!儂は但馬だけで十分じゃ!」
「そう言うと思った。しかしな、小一郎。丹波は京を有する山城国の隣国。そして丹波の亀山城は京を守る重要な拠点じゃ。そこを任せることができるのは、儂の弟しかおらん。それに、丹波は日向守の領地だったところ。日向守は領内に善政を行っていたと聞く。恐らく民百姓は日向守を慕っておったじゃろう。そんな地を治められるのは、人当たりの良いお主しかおらんのじゃ」
秀吉がそう言うと、重秀「確かに」と言って納得し、孝隆が黙って頷いた。秀吉が更に言う。
「それにのう、小一郎。丹波一国全てをお主に与えるわけではにゃーで。だからそんなに身構えんでもええじゃろう。頼む。お主にとって丹波一国は重荷かも知れぬが、他に頼れるものがおらん。この通りじゃ!」
秀吉がそう言って両手を合わせつつ小一郎に頼んだ。その様子を見ていた小一郎は溜息をつきながら言う。
「・・・兄者の無茶振りは相変わらずじゃのう。分かった。儂も儂について来てくれた者達に報いたい。じゃから、丹波一国預かることにする」
小一郎が決心したように言うと、秀吉は嬉しそうに「助かる!」と言って小一郎に頭を下げた。一方、小一郎は何かに気がついたかのような顔をする。
「ときに兄者。但馬はどうするんじゃ?」
「お主の知行は善祥坊(宮部継潤のこと)に加増しようと思っておる。無論、生野銀山を始めとする但馬の金銀銅山はすべて羽柴の代官が治めるようにするが」
「ああ、それがええ。善祥坊殿は羽柴のためによく働いてくれたしのう。一国与えるのは当然じゃ。それに、兄者のせいで姫路の金蔵米倉は空っぽじゃ。但馬の鉱山を抑えんと、羽柴はやっていけんからのう」
小一郎が但馬の鉱山に執着している様子を見ていた重秀が、ふと思い出したかのように秀吉に尋ねる。
「・・・父上。父上はそのまま姫路城に留まるのでございますか?」
「んなわけなかろう。儂は織田の四宿老の一人として、織田の政に関わらなきゃならんのじゃからのう。姫路城では遠いわ」
秀吉がそう答えると、今度は小一郎が尋ねる。
「じゃあ、どうするんじゃ?」
「うむ。実は山城か丹波に儂の城を築きたいと思っておった。ちょうど山崎の地に城を建てようか?とも思っておったのじゃが・・・。藤十郎が欠郡を手に入れ、大坂に巨大な城を造れるようになったのじゃ。そこが儂等の居城となるならば、山崎に城を造るのがもったいなくなってのう。それならば、勝龍寺城か淀城(淀古城のこと)を仮の居城にしようか、とも考えておる」
「勝龍寺城に淀城ですか・・・。どちらも小さいですね」
重秀がそう言うと、秀吉が口を尖らせて言う。
「そう言われても仕方ないじゃろう。大坂に大きな城を建て、尚且つ山崎に城を建てるのでは、銭がもったいないからのう」
秀吉はそう言うと、視線を重秀から孝隆に向ける。
「官兵衛、お主に聞きたいのじゃが・・・」
「淀城がよろしいかと」
孝隆がそう言うと、秀吉は両目を見開きながら言う。
「・・・まだ何も言っておらんのだが?」
「筑前様がお聞きしたかったのは、勝龍寺城と淀城、どちらを筑前様の居城にするか?ということにございましょう?」
孝隆がそう言うと、秀吉は苦笑しながら頷いた。孝隆が話を続ける。
「勝龍寺城も淀城も小さき城、そして守りも城としてはさほど固くはございません。しかしながら、淀城は四方を川と巨椋池に囲まれた水城。勝龍寺城よりは攻めにくい城にございます。そしてなんといっても、淀城は川を通じて大坂と通じております。大坂に羽柴水軍の総大将たる若君がおわすのであれば、淀城は羽柴水軍によって援軍を受けやすい城にございます。万が一の場合、筑前様は船一隻で大坂に逃れることができます。
一方、勝龍寺城はそうは参りません。勝龍寺城から見て、近場で援軍が出せる城は小一郎殿の亀山城のみ。その亀山城からは、一旦京に出てからでないと勝龍寺城に援軍を出せませぬ。これでは筑前様は孤立する恐れがございます」
孝隆の説明に、秀吉は頷く。
「なるほど。確かに勝龍寺城が攻められたら、逃げる場所はないが、淀城ならば、川を下って大坂に逃げればよいし、その気になれば船に乗って海に逃げればよいわけじゃな」
秀吉がそう言うと、孝隆は「御意」と言って頷いた。秀吉が膝をポンッと打つ。
「相分かった。では淀城を仮の拠点としようぞ。日向守めが淀城を修復しておったし、ちょうどええしな」
秀吉がそう言うと、皆が頷いた。そして小一郎が秀吉に尋ねる。
「それで・・・。姫路城はどうするんじゃ?」
「当面は儂の城じゃ。城代として孫兵衛(木下家定のこと)か弥七郎(杉原家次のこと)を置くつもりじゃが?」
秀吉がそう言うと、小一郎は納得したように頷いた。しかし、傍らにいた重秀は納得できない、といった顔つきで首を傾げていた。秀吉が重秀に尋ねる。
「なんじゃ、藤十郎。何か不満か?」
「いえ、そういうわけでは・・・。ただ、姫路城は元々官兵衛殿(黒田孝隆のこと)の城でしたが、それを官兵衛殿のご厚意で譲り受けたもの。これを機に返しては如何かと」
重秀の言葉に、孝隆が思わず「えっ?」と声を上げた。秀吉が顎を撫でながら重秀を見つめる。
「ふむ・・・。それは悪くないのう。天正八年(1580年)以来、姫路城は儂の城となっておったが、元々は官兵衛の城。そろそろ返すか」
秀吉がそう言うと、孝隆は「お待ち下さい」と言って秀吉の発言を止めた。
「お言葉は嬉しゅうございますが、あそこは元々小寺家の城。黒田は小寺から城番を任されていただけで、黒田の城とは申せませぬ。それに、拙者と致しましては、筑前様のお傍にいた方が楽し・・・いえ、微力を尽くせると存じまする」
孝隆にそう言われた秀吉は、両腕を組んで「う〜む」と唸った。そしてしばらく考えた後、孝隆に言う。
「・・・有り体に申さば、儂も官兵衛を頼りにしておる故、傍にいて欲しい。じゃが、藤十郎の言う事も一理ある。長年の功をそろそろねぎらってやりたいからのう・・・。よし、決めたぞ。今すぐ、というわけには行かぬが、近い内に官兵衛には姫路城を返し、その周辺を加増してやろうぞ」
秀吉がそう言うと、孝隆は「有難き幸せ」と言って平伏した。それを見ていた秀吉は、次に視線を重秀に移す。
「よし、次は藤十郎に役目を与える。実はお主を岐阜城に呼び出したのはこのためじゃ」
「承ります」
そう言うと重秀は畏まって頭を下げた。そんな重秀に秀吉は役目を命じるのであった。
次の日。重秀は秀吉と共に岐阜城本丸御殿に向かった。三法師とその母である鈴に拝謁するためである。
久々の岐阜城本丸表御殿内の広間にて、重秀は上段の間に座っている鈴と、その腕に抱かれている三法師に挨拶をした。すると、上段の間にいた鈴から声を掛けられる。
「藤十郎殿。久しいのう」
そう声を掛けられた重秀は、普通に「ははっ」と返事を返して頭を下げた。その重秀の耳に、周囲のざわめきが入ってきた。
「・・・御袋様(鈴のこと)。羽柴藤十郎めをご存知なのですか?」
下段の間で一番上段の間に近い場所に座っていた神戸信孝改め織田信孝が鈴にそう声を掛けた。鈴が「はい」と答える。
「妾と殿様(織田信忠のこと)を引き合わせてくれたのは、藤十郎殿じゃからのう」
三法師の母である鈴は、北摂津の国衆である塩川家の出である。天正五年(1577年)に摂津の守護であった荒木村重が織田信長に対して反旗を翻した時、当初は村重に従っていたものの、すぐに織田家に寝返っていた。そして、人質として鈴を信忠に差し出したのだが、この時の取次をしていたのが、信忠に命じられて北摂津の国衆を調略していた重秀であった。
「藤十郎殿」
鈴が再び重秀に声を掛けた。「はっ!」と言って畏まった重秀に、鈴が話しかける。
「殿様は常日頃から藤十郎殿の才を高く評価しておりました。今後も、その才を以て三法師をお助け下さい」
そう言われた重秀は、「ははぁっ!」と言って平伏した。重秀は鈴の期待を込めた熱い視線を感じていた。しかし、それと同時に、彼女の傍にいた信孝と北畠信雄改め織田信雄の冷たい視線も感じていた。
そんな中、信孝が口を開く。
「・・・藤十郎。三法師の名代として、儂はお主の働きに期待しておる。そのこと、ゆめゆめ忘れるな」
冷たい声でそう言う信孝に続いて、信雄ものんびりとした口調で重秀に言う。
「藤十郎。織田のために働くということは、三法師と名代である儂のために働く、ということです。それはつまり、藤十郎が儂のために働く、ということです。そのことを忘れてはならない。そういうことです」
信孝と信雄からそう言われた重秀は、再び「ははぁっ!」と声を上げて平伏した。信孝と信雄の発言に危険な香りを感じながら。
天正十年(1582年)七月四日。重秀は早朝から岐阜城下の羽柴屋敷を出た。茂勝と吉隆を連れて向かったのは、美濃兼山城であった。
当時、兼山城には北信濃から引き上げてきた森長可が入っていた。彼は武田攻めで武功を挙げたため、その褒賞として北信濃が与えられていた。そして兼山城は弟の森成利(森乱丸のこと)に与えられていた。
しかし、本能寺の変で成利が戦死し、長可も北信濃の国衆に裏切られたことから美濃に帰還。そのまま兼山城に入った。
ところが、本能寺の変の混乱と、森成利が亡くなったことから、それまで森家に従っていた東美濃の国衆達が離反。さらに森家の領地を狙うようになった。
しかし、織田家随一の闘将である『鬼武蔵』こと長可である。周辺の国衆の動きがきな臭いと分かると、なんと先制攻撃を仕掛けたのであった。
七月二日には近所の米田城を攻め落とし、次の日には加治田城を攻めた。しかし、攻略に失敗したため、長可は一旦兼山城へ帰還した。そんな事があった次の日に、重秀が訪れたのであった。
「おう、猿若子か。久しいな」
兼山城本丸御殿の表書院で重秀と面会した長可が、疲れた様な顔つきで重秀に言った。重秀が平伏した後、長可の顔を見て言う。
「武蔵守様におかれましては、ご壮健で何よりでございます」
「ふん、ご壮健なだけが取り柄だからな」
そう言うと、長可は小具足姿の身体を少し揺らした。そして重秀に話しかける。
「猿若子の武功は聞いている。毛利相手に随分と暴れてたらしいな」
「私も、武蔵守様の武功は殿様よりお伺いしておりました。高遠城では多大なる武功を挙げたようで」
「単独ではなかったけどな」
そう言って笑う長可であったが、その笑みはどことなく弱々しかった。重秀が懐から一通の書状を出す。
「・・・羽柴筑前守よりの書状にございます。どうぞお改め下さい」
そう言って重秀は、長可の傍に控えていた森家の重臣である各務元正に書状を渡した。元正がその書状を長可に渡し、長可が書状を読む。
「・・・よし、これで東濃は俺のものだな」
長可が読んでいた書状には、長可による東美濃の平定の命令が書かれていた。そして、そこには信雄、信孝、秀吉、長秀、恒興の連署がなされていた。
「三介(織田信雄のこと)と三七(織田信孝のこと)の命令、ってのは気に入らねぇが、とりあえず大義は得た。あとは暴れるだけだな」
長可の発言に、重秀だけでなく元正等森の家臣達も唖然とした。織田家当主の名代である信雄と信孝を呼び捨てにしたのだ。元正がそれとなく注意する。
「殿。織田家当主の名代に対してのその様な物言いは・・・」
「ふざけるな。俺は殿様の家臣だぞ。北畠や神戸からの出戻りの家臣になった覚えはないっ!」
強く言った長可の言葉に、元正だけでなく重秀すらも息を呑んだ。そんな重秀に、長可が話しかける。
「お前もそう思うよな?猿若子よ」
その言葉に、重秀の両目が見開いた。




