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大坂の幻〜豊臣秀重伝〜  作者: ウツワ玉子
兵庫編

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第276話 本能寺の後(その7)

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 天正十年(1582年)六月三日の未明。重秀は長谷川秀一と松井友閑、そして今井宗久と共に妙国寺へと向かった。

 妙国寺に着いた重秀は、そこで徳川家臣達があたふたしているのを目撃した。


「・・・如何なされた?兵部殿(井伊直政のこと)」


 秀一があたふたしていた家臣の一人である井伊直政に声をかけると、井伊直政は秀一達に気がつく。


「ああ、長谷川様。お見苦しいところをお見せして申し訳ございませぬ」


「いえ、それよりも如何なされたのですかな?」


「はぁ・・・。実は、梅雪様(穴山信君のこと)とその家臣の方々がいなくなりまして」


 直政がそう言うと、秀一だけでなく重秀達も「ええっ!?」と驚きの声を上げた。


 直政の話によれば、穴山信君とその家臣達は六月二日から三日へと日付が変わる真夜中に妙国寺を脱したらしい。当然、徳川家康に一言も告げずに、である。


「・・・状況は分かりもうした。とりあえず、三河守様(徳川家康のこと)にお取次ぎ願いたい」


 話を聞いた秀一がそう言うと、直政が秀一達を家康の前に案内した。


「・・・これは長谷川殿。ご足労をおかけする・・・」


 妙国寺の一室に秀一等が入ってきたのを見た徳川家康が、疲れ切った表情でそう言った。そんな徳川家康に秀一が話しかける。


「先ほど兵部殿より聞いたのでございますが、梅雪様がいなくなったのは真でございますか?」


 秀一の質問に、家康が「うむ」と答えた。


「梅雪殿の直前の様子を知る家臣から聞いたのだが、どうも伊賀を通る経路を嫌がっていたようだ。梅雪殿は病を得ていたようだが、恐らく病の身で山道を往くことに不安を覚えたのであろう」


 一説によれば、この頃穴山信君は痔を患っていた、と言われている。しかも、だいぶ激しい痔であったらしく、馬に乗ることもできなかった、と言われている。このような状況で、伊賀の険しい山道を往くのは難しかったのだろう。信君は徳川一行と一緒に伊賀の山道を往くルートを回避し、別ルートで領地に帰ろうとしたのだった。


「・・・病の身故、平坦な道を歩きたい、と思うことは致し方ない。然れども、せめて一言断りがあっても良かったのではなかろうか」


 家康がそう言うと、周囲にいた徳川家臣達は怒りの表情で頷いた。そんな中、本多正信がのほほんとした口調で言う。


「まあ、平坦な道を往くのであれば、惟任日向守(明智光秀のこと)に媚を売ろうとする地侍や落武者狩りに狙われますから、我等から目を逸らす囮として利用できまする。我等が三河へ帰れる確率が高くなった、と考えましょう」


 正信の言葉に、徳川家臣達だけでなく家康自身も唖然とした表情となった。そんな様子を見ていた秀一が話を変えるべく家康に話しかける。


「み、三河守様。拙者は伊賀までの道を案内いたします。なるべく目立たぬ道をお教えいたします故、どうか案じられませぬよう」


 秀一の言葉に我に返った家康は、「あ、ああ。かたじけない」と言って頷いた。そして家康は秀一の後ろにいた重秀に視線を移す。


「して、羽柴殿はどうしてここに?確か、兵庫に戻られるはずでは?」


「あ、はい。すぐに湊へ引き返し、日の出と同時に出帆いたします。その前に三河守様にお渡ししたいものがございまして」


 重秀がそう言うと、懐から一通の書状と巾着を取り出した。


「こちらの書状は昨晩申し上げた上総介様(織田信包のこと)への文でございます。安濃津城に着きましたら上総介様にお渡しください。三河守様への便宜を図っていただけるかと存じます」


 そう言うと重秀は傍にいた正信に書状を渡した。更に重秀は巾着を見せる。


「そしてこの巾着は私の銀子が入っております。数は少ないですが、何かのお役に立てるかと思い持ってきました。お貸しいたします故、道中にてお使いください」


 重秀がそう言った瞬間、家康の傍にいた酒井忠次が「無礼な!」と声を上げた。


「路銀なら徳川も持っておる!それに、茶屋四郎次郎殿(茶屋清延のこと)も此度の伊賀越えに加わり、金子の面倒を見てもらう事になっておる!他家より金子を受けるほど困窮しておらぬ!

 それに、仮にも三駿遠を有する太守である我が殿に銀子を貸すとは何事か!舐めるのも大概にしろ!」


「いえ、これは願掛けなのです」


 怒っている忠次に、重秀がそう応えた。家康が思わず「願掛け?」と声を出した。


「それは、どのような願掛けなのか?」


「はい。実は兵庫の水夫達の縁起担ぎなのです。というのも、水夫達の間では昔から『借金を返した者から死んでいく』という言い伝えがありました。そこから『借金すれば金を返すまで死なない』という言い伝えになり、水夫達は出帆前にわざと借金をするようになりました。

 なので、三河守様の御一行が無事に三河まで戻るまでの願掛けとして、銀子をお貸しするのでございます」


 重秀の説明に家康は「なるほど」と頷いた。重秀が更に話す。


「それに・・・。そこの弥八郎(本多正信のこと)に初めて会った時に、彼は『三河者は律義者』と申しておりました。律義者が銀子を返さずに死ぬってのはどうなんでしょう?」


 重秀が含みを持たせてそう言うと、家康を始め徳川家臣達は唖然とした顔になった。直後、家康が大笑いする。


「あっはっはっはっ!律儀で通す三河者が、銀子も返さずに死ねば世間の笑い者になるな!面白い!実に面白いっ!これでは死ねぬではないかっ!」


 目尻に涙をためながら笑う家康。一頻ひとしきり笑った家康は指で涙を拭いながら重秀に言う。


「羽柴殿。昨日のことで儂の気分は雨雲に覆われたようなものであった。しかし、貴殿の面白き言葉で雨雲が晴れたようだ。これほど気分が良くなったのは久方ぶりだ」


 そう言うと家康は重秀に近寄り、重秀の手を両手で握る。


「羽柴殿。いや藤十郎殿。徳川は貴殿のような有能な若人を欲していた。どうだ?儂と共に三河に来ぬか?」


 家康の提案に、重秀だけでなく周囲にいた者達が一斉に「えっ!?」と声を上げた。重秀が即座に断る。


「お言葉は嬉しいのでございますが、兵庫城には妻子がおりますし、そもそも父筑前が備中にて毛利と戦っております。羽柴の嫡男として父を置いて三河へ向かうことはできません」


「・・・それもそうか。いや、儂も無理を申したな。しかし、羽柴はこれからが正念場。恐らく徳川よりも困難を極めると思うが・・・」


 家康は羽柴が苦境に立たされていることを理解していた。織田信長と織田信忠が亡くなり、織田の中枢が壊滅している。これで明智光秀が畿内を掌握すれば、羽柴は前面の毛利、後背の明智と二方面で敵を抱えることになる。当然光秀は織田の敵であり、足利義昭を抱える毛利を味方に付けようと外交を仕掛けるだろう。そうなれば羽柴は挟み撃ちにされるのである。

 そして、織田信長という強大な力を持った天下人がいなくなれば、宇喜多を始めとする親織田派の大名がどう動くかも分からない。下手したらそれらが明智や毛利に寝返る可能性もあるのだ。

 家康にとって、羽柴の滅亡は現実的な出来事に思えた。そんな事を考えている家康に、重秀が話しかける。


「・・・父上なら、羽柴筑前守なら、この困難を乗り越えられるような気がします。私は、父がこの困難を乗り越えられる、と信じております。

 それに、叔父の羽柴小一郎を始め、黒田官兵衛(黒田孝隆のこと)や蜂須賀小六(蜂須賀正勝のこと)、前野将右衛門(前野長康のこと)といった有能な方々が父の傍におります。必ずや、知恵を絞り出してこの困難を乗り越えるでしょう」


「・・・この乱世、親と子で互いに裏切られるのが常なのに、こうも親を信じてくれる子息がいるとは。筑前殿は果報者じゃ。

 ・・・藤十郎殿。この三河守、羽柴の武運を心より祈っている。そしてもしものときは、この三河守を頼ってこられるがよい。徳川は、藤十郎殿のためにいつでも門戸を開いておるぞ」


 家康の言葉に、重秀は「かたじけのうございます」と言って頭を下げた。


「私めも三河守様がご無事に三河まで戻られることをお祈りいたします。そろそろ出帆いたします故、ここで失礼いたします」


 重秀は家康にそう言うと、手に持っていた巾着を傍にいた正信に手渡した。そして家康に一礼すると、家康の元から去っていった。

 家康が正信に言う。


「・・・ああいう気持ちの良い若人には死んでほしくないな・・・」


「左様ですなぁ」


 軽い口調でそう応えた正信が、重秀から渡された巾着の口を何気なく広げた。そして中を見た正信が絶句した。


「・・・どうした?弥八郎」


 家康がそう尋ねると、正信は巾着の中身を自分の手に乗せる。


「・・・あの若君はどれだけ稼いでいるんですかねぇ」


 正信がそう言いながら手の上のものを家康に見せた。そこには、丁銀だけでなく豆板銀や南蛮の金貨や銀貨が乗せられていた。





 湊に戻った重秀は、即座に『村雨丸』に乗り込むと、羽柴の船団を引き連れて兵庫に向けて出帆した。

 巳の刻(午前7時半頃から午前10時半頃)には引き潮になり、瀬戸内の海水が太平洋側に流れるため、それまでに兵庫に着くべく、羽柴の船団は帆走と人力による推進力を併用して全速力で兵庫へと戻っていった。おかげで日の出と同時に堺を出た羽柴の船団は、現代の午前9時頃には兵庫津に到着した。

 そして兵庫津に着いた重秀がまず行ったことは、能島村上家と来島村上家から人質として出された村上景親と村上通清を拘束することであった。


「加藤殿!これは一体どういうことか!?」


 加藤清正の兵達に抑え込まれた景親が抗議すると、指揮を執った清正が六月二日に起きた本能寺の変の事を伝えた。


「・・・というわけで、この事を村上に伝えるわけにはいかないのでござる。誠に申し訳ござらぬが、貴殿等の水夫達も拘束し、別々の場所に拘禁いたします。なお、抵抗しなければ生命は保証する故、大人しくしていただきたい」


 重秀からそう言われた景親と通清は、武装解除された後、配下の水夫達と共に兵庫城内にて監禁されることとなった。


 一方、小西行長率いる宇喜多水軍から派遣された関船には、重秀が直接乗り込んだ。そして小西の将兵に本能寺の変を伝えると同時に、協力を要請した。


「此度の異変は羽柴にとって存亡の危機である。そして、羽柴の盟友である宇喜多にとっても存亡の危機である。共にこの危機を乗り越えるべく、お力をお借り願いたい」


 重秀の説得によって、宇喜多の関船の将兵は重秀に協力することに同意した。重秀はとりあえず兵庫津の警備を宇喜多の将兵に託した。と同時に、三浦義知にも兵庫津の警備を命じた。


 その後、重秀は加藤茂勝、寺沢広高を連れて兵庫城へ入った。すでに重秀から本能寺の変を報せる伝令を受け取っていた留守居役の寺沢広政と、広政と一緒に留守を預かっていた木下大蔵(のちの木下勝俊)と前野小二郎(のちの前野景定)が城門で重秀達を出迎えていた。


「若殿。ご無事のご帰還、重畳至極にございます」


 広政がそう言うと、重秀は「うん」と頷いた。そして広政の隣にいた小二郎に話しかける。


「小二郎。確か兵庫の前野屋敷には、小二郎の他に前野家の家臣がいたな?」


「御意にございます。私めの警固のための家臣がおりますが」


「それらの者を連れてすぐに三田城へ行ってもらいたい。そこで、三田城の守りに入ってもらう」


 重秀の命令に、小二郎が困惑の表情を顔に浮かべる。


「・・・よろしいのでしょうか?私が若殿の傍から離れても。父上に叱られないでしょうか?」


「三田城は兵庫城と同じく摂津と播磨を結ぶ要所の城。そこの守りは城主の将右衛門(前野長康のこと)の嫡男たる小二郎が相応しい。三田城を抑え、日向守様(明智光秀のこと)謀反の報せが京から毛利や公方様(足利義昭のこと)へ行かぬようにしてほしいのだ」


 重秀がそう言うと、小二郎は息を呑んだ。あまりにも重要な役目を命じられた、と思ったからであった。しかし、小二郎はすぐに決心した顔つきになると、その場で片膝をついて跪く。


「しょ、承知いたしました!この小二郎、三田城を守り、街道筋を閉鎖して京での出来事が毛利に届かぬようにいたします!急ぎ三田城に戻ります故、御免!」


 そう言って小二郎は駆け出した。それを見ていた重秀が広政に話しかける。


「・・・城内に留守の者達は集めているのか?」


「はい。皆、天守の広間に集まっております」


 広政がそう答えると、重秀は頷いた。そして兵庫城の本丸天守へ歩き出すのだった。





 兵庫城天守内の広間に姿を見せた重秀は、そこに集まっていた留守居の家臣たちに、本能寺の変の報を伝えた。織田家重臣である明智光秀の謀反、そして織田信長と信忠の親子が一度に亡くなるという話は、あまりに衝撃的であった。そのため、話を聞いていた家臣達のほとんどは動揺し、広間にざわめきが広がった。


「静かに!若殿の話は終わっておらぬ!」


 広政の一喝で広間がしんと静まり返った。そんな中、重秀が話を続ける。


「我等のなすべきことは兵庫を守ることはもちろん、京や安土、大坂や堺の様子を探り、備中の父上にお報せすることである。それと京の状況を毛利や公方様に気取られぬよう、西へ向かう人の流れを断ち切らなければならぬ。皆には心して役目を果たすよう望む」


 重秀がそう言うと、家臣達は一斉に「ははぁっ!」と言って平伏した。その後、重秀が具体的な指示を出すと、家臣達は一斉に広間から出ていった。


 次に重秀は本丸御殿の表書院へ向かった。ここには事前に呼び出していた兵庫津の惣会(兵庫津の自治組織のこと)の代表者を呼び出していた。すなわち、北浜方の惣会のまとめ役である素直屋与兵衛と、岡方の惣会のまとめ役である河田屋嘉兵衛、そして最近できた南浜方の惣会のまとめ役である松田屋兵右衛門の3人である。

 重秀は惣会のまとめ役の三人に本能寺の変を伝えた。


「・・・というわけで、今の京は混乱の極みにあるんだ」


 重秀の説明を聞いた3人は、息を呑みつつ互いの顔を見合わせた。そして与兵衛が重秀に尋ねる。


「・・・それで、若殿様(重秀のこと)はどないしなさるので?」


「兵庫城には上様(織田信長のこと)の御子息である源四郎君(織田信吉のこと)がおわす。当然、逆徒惟任日向守より源四郎君をお守りいたす。そして、父筑前との繋がりを密にし、今後の対応を行う」


「では、若殿様は日向守様と戦うおつもりでっか?勝てる見込みは・・・?」


 嘉兵衛がそう尋ねると、重秀は「策はある」と力強く言った。


「上様の御子息を担いでいる我等に大儀がある。この事を摂津尼崎城におられる紀伊守様(池田恒興のこと)にお報せし、ご助力を願うつもりだ。あの方は織田家の譜代にして上様の乳兄弟。惟任日向守に靡かないと考えている」


 重秀がそう言うと、三人は納得したような顔つきで頷いた。そして与兵衛が重秀に尋ねる。


「それで、若殿様はわて等にどないせぇと?」


「兵庫を見廻った家臣達の話によれば、市井に京の異変はまだ伝わっていない、と聞いた」


「確かに。わて等も若殿様から初めて聞きましたからなぁ」


「何とか京での異変を城下に知られないようにしたいのだが」


 重秀がそう言うと、与兵衛と嘉兵衛は難しそうな顔をする。


「・・・若殿様。人の口に戸を立てることはできまへんで?」


 与兵衛がそう言うと、重秀は「分かっている」と言って頷いた。


「そこで、もし京での異変の噂が流れたら、こちらが作った噂を流してほしい。つまり、京にて惟任日向守が謀反を起こしたが、上様と殿様(織田信忠のこと)は京を脱して安土に戻られた、という噂を流すのだ。そして、上様の命により、大坂にいる織田勢が京に向けて進撃している、という噂も流すのだ」


 重秀の話に、与兵衛と嘉兵衛は唖然とした。重秀が話を続ける。


「上様と殿様の首級も亡骸も未だ見つかっていない。ならば、上様も殿様もまだ生きている、と思わせることはできるはずだ。お二方が生きていると分かれば、兵庫の民も落ち着いて過ごすことができるだろう」


 重秀がそう言うと、兵右衛門が「承知しました」と言って平伏した。兵右衛門に続き、与兵衛も嘉兵衛もつられて平伏する。


「それと、兵庫を封鎖する。東西の往来を止めて京での異変を西に悟らせないようにするのだ。兵庫へ出入りする惣門は全て閉鎖するように。また、兵庫内に滞在している旅人は全て足止めし、その身を改めさせる。怪しい者がいたら拘束し、城まで連れてきてほしい」


 兵庫津の惣会はただの商人の集まりではない。徴税や治安維持といった行政の一部を請け負う仕事も行っていた。


「承知しました。それも私共にお任せください」


 兵右衛門がそう言うと、与兵衛も嘉兵衛も同意するように頷くのであった。





 惣会のまとめ役が重秀の元から下がると、傍にいた寺沢広高が重秀に話しかける。


「南浜方のまとめ役を兵右衛門に任せたのは正しかったですな」


「ああ。あいつは松田利助の縁者で菅浦の出だからな。羽柴の息がかかった者だから、私の言うことは必ず聞いてくれる。南浜方が私の言うことを聞けば、北浜方や岡方も私の言うことを聞かざるを得なくなるからな」


 重秀がそう言いながら立ち上がった。重秀が広政を見下ろしながら言う。


「これより『奥』に入ってゆかり達に此度の件を伝えてくる。何かあれば遠慮なく『奥』から呼び出してくれ」


 重秀がそう言うと、広高は「畏まりました」と言って平伏するのであった。


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― 新着の感想 ―
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