第四章 『それでも僕は』
「なぜ貴様がここに?」
今度は抑制の聞いた声でディオロスが言う。
それに反応したのは僕では無くマールだった。
「おじさんお帰りなさい。この方は新しくガブリエル様になった迷焦さんって言ってね......もしかしてお知り合い? とにかく練習に付き合って頂いたところなの」
「この負け犬野郎。よくもまあ俺のもとに顔を出せたな」
新規ガブリエルと言う言葉に僕は体をビクンと反応させてしまう。
追加でイラがなにやら怒るが今はそれどころでは無い。
ディオロスの方はこちらをしばし見つめ、ニヤリと不気味に微笑む。
怖い。
「新参者。まだ知恵の実は授かっていない貴様にガブリエルが何たるかを教えてやる。マール、リビングを借りる」
ゴツゴツとした巨腕に襟首を掴まれ、リビングまで引きずられてしまう。
乱暴に座らされた僕はディオロスと隔離される。正確には扉が閉まっているだけなのだが、唯一の出口には子供たちが盗み聞きしようと外からバリケードが作られてしまっている。
これから始まるのは処刑か。
と、握りしめた拳に力を入れる僕にディオロスは頬の筋肉を緩める。
「ガキ共が世話になった。礼を言う」
「えっ」
「お前ならば殺して逃げることも出来ただろうに」
「いや、騒ぎは起こしたくなかっただけだし。それに楽しかったから」
照れくさそうな僕の言葉にディオロスは「そうか」と告げたのち、辛辣そうな色をする。
「聞こえるだろうガキ共の話し声。皆楽しそうだ」
扉から漏れ出る声の多くは楽しげで、中には「あれでまだテンシサマじゃないとか強すぎだろ」という言葉すら聞こえる。イラだろう。
耳を傾けるといろいろ聞こえてくる。
逆にディオロスから発せられる空気は暗い。
「ならなおさら聞かなくてはな」
そして、ガブリエルであり、子供たちのヒーローは偽者の僕に向けて言う。
「ガキ共の笑顔を奪う覚悟はあるのか」
鈍い感情が、心に泥を塗られるような気色の悪い感覚が僕を襲う。
僕がこのまま栞を救出するということはガブリエルを慕う子供たちを裏切り、悲しませる事と直列とも言えるだろう。
たった二時間の関係だったが、それでも僕の心に何かが響いた。
その気持ちに偽りは無い。
だけど、
「僕は......それでも......」
栞を選びたい。
そこから先は言えなかった。
近くの感情粒子が急速に溢れ出すのだけが視界をちらつかせる。
と、一瞬の間、視界から色が消える。
過程よりもまず結果から先に理解する。
僕は腹にもの凄い衝撃を受け、壁を巻き添えに別の建物に激突していた。
「がはっ......」
それがディオロスの攻撃だった事は明白であり、最後の情けであると同時、これが最善策だと僕は苦しげに悟る。
崩落した壁の中、折れた巨剣を片手にどこか辛そうな顔のディオロスがこちらを睨んでいた。
何事かと駆けつける子供たちにディオロスは剣を僕に突きつけて言うのだ。
「こやつはガブリエルなどでは無い。卑しい下界の能力者だ! ガブリエルを根絶やしにするために送られた敵だ!」
子供たちは最初戸惑う様子を見せるがガブリエルの敵という言葉が並べられると次第に僕の見る目が侮蔑と非難、それから裏切られた事への憤りに変わる。
これでいい。
後になってからよりはずっと良いだろう。
「罪人よ。ガキ共の命を奪わなかった事だけは礼を言う。それに免じてこの場を去るなら生かしてやろう」
ディオロスの言葉は凄くとげとげしいが顔は「早く立ち去れ」と別の意味で苛立っている。
ここで逃げたなら僕はまだ他のガブリエルに察知される事も無く、子供たちも被害者とできる。
僕は口を開き悪党の如く捨て台詞でも吐いて逃げよう。
そう思った矢先、
「ふざけんな負け犬! あいつがそんなおおそれた事するわけないだろっ!」
イラの声だった。
喉が張り裂けんとばかりに声を出してディオロスを非難している。
「だいたい、お前は弱いから自分よりも強い奴が現れるのを避けたいだけだろ。あの時だってそうだ。お前は戦いもせず逃げたじゃんかよ!」
まずい。
イラがこのまま僕を庇ってしまったら他のガブリエルに殺されるかもしれない。
イラに根付いているディオロスへの怒りは想像以上だ。
ディオロスが弱いというイラの考えを崩す事が出来れば......
つまりはディオロスが強い事を証明出来ればいいわけか。
僕は剣を引き抜き、イラを押さえつけるのに躍起になるディオロスに刃を向ける。
「なあイラ。君がディオロスを憎む理由はマールから聞いたよ。辛かったと思う」
イラはディオロスを尊敬していたらしい。何でも結果主義の家族とは違い、ディオロスは努力すれば結果などなくても褒めてくれたらしい。
イラは家族よりもディオロスの教えを習い、それをよくも思わなかったイラの両親がディオロスを痛めつけたらしい。
イラの目の前で。どちらが上かを見せつけるために。
ディオロスは最後まで手を出さなかったそうだ。ディオロスは強い。力を振るえばイラを巻き込んでしまうほどに。
結果として話は収束したのだが同時のイラには辛かっただろう。
憧れたヒーローが自分を守るために一方的に殴られる。
お節介なのはわかってる。
空回りするのかもしれない。
だからこれは僕のわがままだ。
「でもな。だからこそ教えてやる。ディオロスっていう僕が一度も敵わなかった奴の強さを」
ディオロスの瞳孔が見開かれる。
ごめん。ディオロス。
僕に恩返しをさせてくれ。
わがままで身勝手なプレゼントを。
お構いなしだった。
疾風と化した僕は愚直に突進する。
ディオロスは遅れて防御するが、さすが怪力。
こちらの腕に痛みが走る。
後退すると、ディオロスが前に出てきたので舞台は整った。
「後悔はするなよ。罪人」
「今日は恩を徒で返したい気分だからね。後悔はしないさ」
僕らはぶつかり合う。
火花が放射状に拡散し空気を焦がす匂いが僕を戦いへと導く。
重く、力強い一撃一撃が子供を守るためとディオロスに力を与える。
衝突の威力を削ごうと僕は足を止める無く次の攻撃に入る。
螺旋を描きながら僕らはしのぎを削りあう。
魔法も能力も使わない。
単純なぶつかり合いだ。
幾つもの建物が巻き添えとなり、僕は何度も弾き飛ばされる。
アレスの力を使っていないから被害は少なく済んでいるのだが、怪物は怪物。
根本的に馬鹿力が度を超えていた。
剣が呼応する度、僕はガブリエルとかここが天界だと言うことを忘れ、真剣に打ち合っていた。
「セアアアッッ!」
僕はディオロスの刃折れの剣に自身の剣を滑らせ、次の攻撃に転じる。
子供たちに教えた事だ。
タイミング良く、体に叩き込んだ動きが完璧な技を生む。
刃を混じらせる気持ちのよい金属音が都市の一角で奏鳴する。
だが、ディオロスはそれを堪える。
徐々に鍔迫り合いの形へと剣を強引に誘導させる。
潮時だ。
僕は小声でディオロスに告げる。
「派手にどかんと頼むね。後はディオロス次第だから」
「全く。早々と立ち去ればいいものを」
直後、僕の体はディオロスの一撃によって建物三つをぶち抜き、盛大に吹っ飛ばされる。
その際、「ありがとうな」と聞こえた気がしたので体を壊された恨みはチャラにしよう。
ただし、
「ゴホッ、まずい。もろに喰らいすぎた。体バッキバキだよ全く」
『君が馬鹿な事するからだろ』
「確かに。それで? 他のガブリエルにはバレた?」
『駆けつけるまでには時間がかかると思うよ。まあ、でも戦わないでよね』
「戦わないよ。援軍呼ばれるときりがないし」
『そうじゃなくてだね、君はガブリエル一人にも勝てるかわかんないんだよ』
「えっ? いやだって、あの時バサバサと」
「あれは外だからね。天界でガブリエルは真価を発揮するんだ。神の加護的な奴によって』
アクウィールは気軽に、恐ろしい事を口にした。
剣帝試練の際のディルムやラズワイト。
彼らの実力はあれで終わりでは無いと言うのか。
だとすると、これから待ち受けるのは皿に厳しい戦いと言う風になる。
「んな馬鹿な」
どっと疲れが湧き出る僕はその場で寝そべってしまった。
それからすぐに阿修羅のような怒り顔で黒い炎をメラメラと燃やす少年に連行されてしまった。
それがさんざん飯を待たされたメイヤだと言う事は察してほしい。
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廃墟に差し込む光は赤く染まり、太陽の別れを告げている。
徐々に静まる世界の中、活動停止状態だった男が目覚め、叫び散らす。
「兄貴が二人!? どうなってんだよこの世界はっ!!」
爆音寺は起きてそうそう二人の迷焦を確認するとわけがわからないと目を回す。
「えっとね。どう説明しよう......」
中身の無いインデックスから説明の言葉を探す迷焦。
そこでメイヤが二人の間に割り込む。
「双子の兄だ」
「ナイスメイヤ!」
爆発寺の方も納得したようでうんうんと頷いている。
「つまり兄貴の兄貴。大兄貴だな」
「これで納得するとは......上があれだと家来もあれのようだな」
「さり気なくディスるの止めて!」
と、こちらは思いの外早く解決して、胸をなで下ろす迷焦だった。
ちなみに頬に痣がある事は隣の誰かさんにやられたものである。
光を漏らさぬようボロボロの教会の奥で焚き火をする三人。
ちなみに生命の実をたらふく食べた爆音寺はまたもや眠ってしまった。
惰眠の能力でももっているのではと、一瞬考えてしまう迷焦。
薪が燃える様を見つめる迷焦はふいに、過去の事を思い出した。
「ねえメイヤ。親父の事今でも憎んでる?」
「言ったろ。名前に未練はねえって。いきなりどうした?」
「家族っていいなぁって。僕、いや、僕らは十歳の頃から親とあんま口聞かなくなってわかんなくなってたんだけど天界でさ、子供を守る親の姿を見たんだ。それが何となく羨ましくなった。それだけ」
パチパチと弾ける焚き火はどこか儚いと迷焦は思えてしまう。
それでも懸命に命を燃やしているとも。
それがどうにも眩しくて、迷焦は焚き火から視線を外した。
「お前は栞の事だけ考えてりゃいいんだよ。向こうの事は向こうに帰ってから考えろ。それにあの中年は自分の息子を簡単に切り捨てるような奴じゃねえよ。誤ればなんとかなるんじゃねえのか」
「なぁメイヤって意外に良い人?」
「殺すぞ。協力関係はガブリエルを殲滅するまで終わらねえ。まあボルス出される前にアンゴルモア殺しゃ勝ったようなもんだけどな」
「すげー自信。本当に僕の半分なの? 真逆とかいう二人じゃないよね?」
「んならどっちが女になっちまうぞごら。うるさいからこれだけ言っておく。お前と僕は六対四。加えて共有している記憶もある。お前を殺すようアンゴルモアに言われたのが僕。多分、世界をより引っ掻き回すためじゃねえの、夢石だっけか? そのためかもな」
「なるほどねー。まあ僕はこの二年半くらいの異世界生活楽しかったからそこは私情抜きに感謝だね」
「ダストレーヴは楽しい、楽しくないじゃなかった」
うずくまって眠りにつこうとしていたメイヤはどこかくぐもった声で口にする。
「生きるか死ぬか。疫病に災害、神獣やドリム、破綻者の日常的な襲来にガブリエル。荒れた土地にまずい食い物。毎日血塗れで剣を降り続けた。生きるために破綻者の禁術を使用し、副作用の強い魔術を主力とした。当然使いすぎで暴走や死ぬ事はあった。でも、僕は今日......まで......がんばったん......」
一瞬、嫌な言葉の羅列が迷焦の頭を走るが、その後の寝息でそれは違うと安堵する。
メイヤも疲れていたのだろうと迷焦はまだ速い睡眠を見届ける。
と、
「やっぱり君たちは面白いな~」
アクウィールが子供の姿で焚き火で暖をとり、鼻歌混じりに呟いていた。
「まあボクは異常な強さの彼も興味深いけど君が栞のために先走らないのが不思議なんだよなぁ?」
「失敗例の記憶見せといて良く言うよ」
「そうだったね。試練に色々見せたから当然か」
あははと笑う姿は完全に子供のそれだが、迷焦はいまいちアクウィールが何者かわからなかった。
「アクウィールって何者? もしやアンゴルモアの手を放れた破壊兵器とか?」
「それは無いね。ハルシオンを一番良く知る者で旅人、かな。放浪者ともいいそうだね。でもあんまり詮索しない方がいいよ。どの世界でも知らない方がいい事はあるから」
アクウィールの口調が恐ろしく低い。
しかし、「伏線っぽくカッコつけない」と迷焦が言うとてへへと笑うのだった。
「君たちはどう思うんだい。ガブリエルたちが利用しようとしているこの状況をさ」
「それは怖いかな。でも片を付ければいい話なんでしょ。なら簡単」
「多分今夜から始まるよ。だから......あれ、もう寝てるし」
いつの間にか起きているのが外見年齢八歳のアクウィールのみという結果になってしまった。
話し相手のいなくなったアクウィールは誰にも聞こえない声で囁くのだ。
「......多分迷焦は選ばれないだろうね。現状もっともボルスに近いのは彼の方なのだから」
メイヤに視線を向け、それから再び剣に戻っていった。
それから数時間が経ち、辺りが完全に闇になる頃、メイヤがみんなを起こす。
「行くぞ。夜襲だ」
最近なんか話の展開が速くて着いていけないと書いてる自分でも思ってしまいます。
申し訳ない。
次からはちょっとゆっくりめで書いて暇があればこれまでのも修正していきたいです。
頑張れ僕。




