第四章 『罪悪感』
年期の入ったであろう木材のテーブルには先ほど採れた木の実が籠に入ったまま置かれている。
迷焦が座席に座るのを確認して、おさげの少女が籠にある実を二つとって、一つを迷焦に手渡した。
蜂蜜をそのまま固めたような綺麗な琥珀色の果実である。
しかし、手触りは林檎のそれであり、迷焦は戸惑いながらも少女に続く。
「いただきます」
「い、いただきます」
迷焦が黄金の林檎をかじる。
林檎と同じ要領で咀嚼を繰り返す。
すると、迷焦の顔が自然と綻ぶ。
実にわかりやすい表現だ。
それほど美味しいらしい。
空腹によって味覚がフルに使われているため、今の幸福感は迷焦に極楽を及ぼすほどになっているのかもしれない。
無我夢中でかじりつく迷焦をおさげの少女はしばし見つめ、そして笑った。
「そんなにイミネートを美味しそうに食べる人久しぶりに見ました」
「イミネート? その実の名前なの? 凄い美味しい......噛み砕いていくと水飴みたいに甘さが染み出して口を包むみたいな。で、それがしつこくなくて絶妙なんだよ。優しいっていうか。これなら毎日食べれるよ。まさか美味しい食べ物に出会えた事がこんなに嬉しいなんて」
「私も本当に美味しそうに食べてもらえて嬉しいです。これはイミネート、あるいは生命の実とも呼ばれていて食べると寿命が伸びるんです。私たちは普通に食べてるんですけど......もしかして初めてでしたか?」
「うん。ここにはついさっき来たから。あ、僕は無道迷焦。食べ物を分けてくれてありがとう 」
本来敵陣で名乗るのもどうかと思うのだが、迷焦は一切気にする素振りを見せない。
イミネートの効力が迷焦の警戒心を解いてしまったらしい。
少女は迷焦の名前を数度口にし、その後に自分の名前を名乗る。
「私はマールです。で、あっちのツンツンがイラ。ここの院の年長組です」
「おい! 勝手に名前を口外すんなよ」
少年が苛立ちと恥ずかしさを足して二で割ったみたいな顔で叫ぶ。
と、またも二人で口論を始める。
そこへ迷焦にとって懐かしいとさえ思えてしまう声が脳に直接送られる。
『やれやれ、めんどくさそうだからボクが直接出るか』
アクウィールの声はすぐに光に変わり、迷焦の腰から剣が抜き出て形が子供のそれになる。
突如現れた子供が迷焦の膝に乗っているのを見て、二人の争いはどこかに消える。
「ボクはアクウィール。よろしくね」
「「............」」
しばしの沈黙。
そして、
「うおー! どっから出たんだこのガキ」
「それよりこじんまりしててこの子可愛いよ!!」
「おい、アクウィール。なんでこのタイミングで出てきたッ!」
マールとイラはそれぞれ騒ぎ、アクウィールはというと迷焦に対し、何となくの一言で片付けるのだった。
また、自分は剣でもあるとアクウィールが告げると二人は再び騒ぎ出し、収拾するのに時間がかかったと後に迷焦は語る。
ともかくアクウィールはマールに質問をする。
「ボクらここでの生活わかんないから街の仕組みや君たちがどういう生活を送り、大人になっていくのかが知りたいな」
「いいわよ。まず私たち子供はそれぞれの院で生活してるの。ガブリエル様になるために修練に励むの」
「なら、さっきの知恵の実ってのは何だい?」
「それはガブリエルになる方だけが食べれる特別な物だそうよ。ちなみに場所はあそこ、“聖母マーデラス神殿”にあるとされているわ。迷焦さんも近い内に必ず行きますよ」
マールは窓の外、都市の中央にそびえ立つ青いガラス張りの巨塔を指差す。
着陸する前に見たあれだ。
それを見てアクウィールはなるほどと頷く。
(知恵の実に生命の実。ボルス。新約聖書になぞるなら正しくなぞってよ)
心の中で悪態をつきまくるアクウィールも表面は笑顔。
無知な子供路線で攻めるアクウィールにマールはすっかり気を許しているのか、ペラペラと話す。
子供ってずるい。
迷焦はそう思ってしまう気持ちを奥歯を噛み締める事で堪える。
アクウィールは笑顔を絶やさずどこまでがホットラインかを見極めながら話を進めていく。
「ガブリエルの方って本当に凄いんだね。ボクらのとこでも英雄的扱いだったし」
と、ちょっと大げさに言うアクウィールだったが、それが幸をそしたらしい。
マールの顔に拍車がかかる。
「そうなの。天使様になることはこの天界で最も名誉なことなの。天界中の子供が目指しているの」
「もちろん本物に限るけどな!」
イラが横から口を挟む。
それをマールが頭を叩いて黙らせる。
「すみません。どうもイラは下界出身のガブリエル様を認めないようで。気を悪くしないでください」
「はっ、俺の父上、母上、兄上もみんなガブリエルなんだ。本物のな。そんな門家と汚れた心の下界風情が一緒だと? わらわせんな」
「こら、イラの馬鹿。帰っちゃったらどうすんのよ」
再びマールに叩かれるイラ。
懲りないとはよほどどMか下界への軽蔑感があるらしい。
ひとまず迷焦がフォローを入れる。
「まだ恩を返してないから大丈夫だよ。だよねアクウィール?」
「まあそうだね。下界の腕前を見せるいい機会だし。その天界至上主義を覆して上げようか」
アクウィールが小さい体で胸を張るとイラも負けじと張り合い始める。
「おー負けねえし。負け犬のあいつと同じ下界出なんぞに負けねえし。ガキなんかに負けねえし」
「あはっ、これだから子供は。新規ガブリエルに勝てるわけないでしょ。大人しく負けを認めたら?」
「おい、アクウィール。戦うの僕なんだけど。あと、アクウィール藻イラも両方子供だから」
迷焦が指摘してやると、
「言ってはいけない事を言ったな下界人ッ! 俺の方が背も年も上だし。もちろん技術も!」
「ち、ち、ち。新世代が古きを淘汰する。これこそが自然の定理なのだよ。天界至上主義者ッ!」
と、逆に燃えてしまった。
神経回路はお互い子供のそれであり、当然と言えば当然なのだが、アクウィールも意外に子供っぽいらしい。
迷焦はそれに驚いていた。
「まさかアクウィールが負けず嫌いとは......」
「あはは......すみませんイラがまた」
「イラの天界至上主義って一般的なの?」
「まあそれなりには。イラの場合は院の世話をしてくれる方を嫌っていて、その方が下界出身だからだと思います」
「つまり、その人が来る度に宥めなきゃいけないのか。苦労しているんだね」
「まあ......そうですね、はい。ガブリエルになる志は高いんですけどね」
迷焦とマールは早々と修練場に走り去っていく二人のガキを遠い目で追いかけていった。
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「えーと、本当に戦わなければいけないの? 練習の手伝いだけじゃなくて?」
僕は石造りの開けた部屋、修練場と呼ばれるそこでイラと対峙している。
イラは鞘に収めた剣をこちらに向け、自信に満ち溢れた顔で叫ぶ。
「最大の練習ってのは実戦なんだぜ偽者!」
「本当にイラがすみません。大人気ないと言わず軽くへし折っちゃってください迷焦さん」
「それはほんとに大人気ないなッ!」
「なんだと! まるで俺の方が弱いみたいじゃないか」
イラは頬を引きつらせ、剣を鞘から抜きはなった。
もちろん真剣だ。木刀とかでは無い。
刀身に感情粒子を纏わせる。
本気だ。
気が乗らない僕も命は惜しいのでひとまず愛剣を欲する。
「アクウィール。とりあえず貸して」
「やったれ。あの子供をフルボッコにするんだよ迷焦」
「アクウィールも便乗しない」
渋々と剣の姿となり、アクウィールは僕の腕に戻る。
そこで修練場の端にいる子供たちから騒がしく歓声が響く。
イラの武器は曲刀。
三日月のように湾曲した刃が血に飢えた獣の瞳の如く光る。
中段でスキの無い構えをイラはとる。
僕も剣を構え、と、イラの攻撃が速くも始まった。
スムーズな動作から繰り出される突き。
それは清らかな水流のように真っ直ぐと伸ばされるそれは心臓を狙ってくる。
僕はそれを右に逸れる事で回避。
イラは伸ばした腕を引っ込めるのでは無く、敢えて地面を蹴って距離を素早く縮める。
そこからの回転切り。
更に切り上げ、フェイントからの突き。
流れるように繰り出される技を僕は反射神経を頼りにかわしていく。
イラは動きも対応速度も良い。
無駄の無い動きは彼が今まで努力した成果なのだろう。
ガブリエルに本気でなろうとしている証だ。
だが、足りない。
それだけじゃ足りないのだ。
「今度は僕の番」
ぼそりと呟いたそれと同時に僕は動きのギアを上げる。
加速された僕の体は心の思い通りに動くといっても過言では無い。
曲刀の残光の下をくぐり、僕はイラの接近する。
引き戻そうとする曲刀の手を足で弾く。
イラの手から曲刀は零れ落ち、僕はその一瞬だけ殺意をの感情を彼だけに放ち、剣の速度を当たるギリギリまで最大に高めた。
風を切り裂く無音の太刀。
もちろん当てはしない。
イラの喉元で紺碧の剣は光を消す。
しかし、死を体感するのには充分過ぎる。
殺される。
そう思ったであろうイラは自分の喉元に突き付けられた命を奪える道具を見て、戦意を失う。
多分彼が初めて味わうであろう恐怖の種類だ。
へなりと座り込むイラを合図に普段から娯楽が無いであろう子供たちは興奮気味になる。
しかし、それにすら反応出来ないといった様子のイラに僕は同じ目線となって声をかける。
「怖いと感じた?」
「......」
「死の恐怖と渡り合う。それがガブリエルに必要な事の一つだよ。殺し合いなら相手も必死だ。背後にはいつも死が付いて回る。ガブリエルを諦めたくなった?」
「なわけ......あるか。俺はガブリエルになるんだ。あんな負け犬とは違う。俺は家族の誰よりも強くなってやる!」
「そっか。なら君はまた一つ強くなった。死の恐怖に打ち勝ったんだ。それはとても凄い事だよ。僕なんかよりもだ」
僕はイラの頭を軽く叩く。
邪険にされるのではと心配したがイラはむしろ嬉しそうだった。
「そうか。お前よりも、か」
誰かに認めてもらえた。それがとてつもなく嬉しいのだろう。
余韻を味わうように何度も呟く。
それが段々と上から目線の笑みに変わるのがイラなのだろう。
「まあ下界出にしてはなかなか強かったぞ。まあ新規とはいえ騎士だから当然だな」
彼なりのお礼なのだろう。
ただし、ずきりと胸が痛むのは僕は騎士では無く、嘘をついていることからだろう。
これから僕が栞を救おうとして、暴れまわれば都市は傷つき、ガブリエルが死ぬかもしれない。
最悪は天界ごと神との戦いで消える。なんてことも考えられる。
そうなると、この子たちの夢を壊すことに他ならないのだ。
それがどうしようも無く苦しい。
ただ、その気持ちを悟られないよう平常心を保つ。
どうもと返し、先ほどの反省点を述べてみる。
「凪払いの後の防御は勢いをそのまま、一回転した方が速くなるよ。後イラに必要なのは知識と経験。それから体格だね」
と、僕は後半の一言をどことなくあざ笑う。
何となくの気分なのだ。
こう、誰かを弄りたいっていうあれが疼く。
なんかそうすることで気を紛らわせる気がするのだ。
イラはさすがの食いつきで、奥歯をギリギリとこすりあわせている。
「やっぱ下界の奴は嫌いだー!」
溜めに溜め込んだ怒りを叫びで発散する。
その後も僕は子供たちに指導をした。
といっても教えたのはわざと攻撃を剣で受け、いなして次の一撃に繋げるといったことくらいでなんか申し訳無い気持ちになった。
幸いにも二時間ほどの練習は好評に終わり、年少組とチャンバラをしていたアクウィールはふと、僕に恐るべきことを告げる。
「ねえ迷焦。メイヤたちの事はいつまで放っておくの?」
忘れていた。メイヤに食料を取ってくると約束してすでに二時間とちょっと。
今頃、激おこなんちゃら丸になっているであろうメイヤの顔を思い浮かべる。
それから動くのに数秒とかかりはしなかった。
マールに断りを入れると寂しそうな表情を浮かべるが、「僕で良かったらまた来るよ」と言うと嬉しそうに微笑んでくれた。
ひっつく子供たちに相変わらずツンしかないイラを引き連れる形で玄関まで歩いていく。
思えば短い間だけど楽しかった。
ガブリエルの本拠地だと聞いて最初は見知らぬ人=排除だと思ったけど、僕らのとこと変わらず笑顔があり、いい場所。
むしろ罪悪感を抱くほどだった。
あの笑顔を僕は奪うのかもしれないのだから。
それを思い浮かべながら僕が玄関の扉に手をかける。
ちょうどその一歩前、
ガチャリ。
先に開かれた扉からは骨太で巨大な体躯が顔を覗かせる。
「えっ」
二メートルは越えるであろう背丈の後ろになぜか見たことのあるような巨剣の残骸が。
更に図太く、いかつい男の声がなぜかどこかで聞いたと思えて仕方がなかった。
後ろにいる子供たちが口々に男を「おじさん帰ってきた」「どんな仕事をしてきたの?)
と、尋ねていく。
迷焦は知っている。
この男はおじさんという可愛らしい言葉で言い表していい存在では無いと。
同時にうかつだった。
マールは言っていたではないか。
この院にはお世話にくるガブリエルがいると。
でも、まさか。
「なぁっ! 貴様が何故ここに......」
男の方も気づいたらしく、驚きを隠せていなかった。
当然だ。
天界広しといえどなぜここにこやつと出会うのだと運命を呪ってしまう。
そう、破格の怪力ガブリエルにして、迷焦が一度も勝てたことの無い相手。
“ディオロス”が扉の先に突っ立っていたのだ。
どうも。
栞救出作戦が一時ストップ中ですがこの場面の意味はあります。
悪役と描かれているガブリエルですが、多くの人から見れば正義の味方なのです。
それを慕う子供たちも出てきます。
迷焦は己の欲のために奪うのは正しいのかと考えていただければいいかなと思います。
注意点・作者の文章力のカスさで分かりにくいと思います。
ごめんなさい、ほんと。




