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第四章 『新たなる世界』

************


 地上と変わらない青い空を小鳥が二羽、迷焦たちの上を飛んでいく。

 小鳥は入り組んだ建物の路地裏にある水路へと着陸するやその小さな口で喉を潤し始める。

 飲める事を確認した黒い方の迷焦が、輝かしい水の煌めきに体が薄暗い路地裏はふと引き寄せられ、水を飲もうと顔を近づけるが、それを迷焦が止める。


「よそうよ。僕らには害があるかもしれない」


「毒味だ。心配せずともこの手の作業は慣ている」


 そう言って水を含み出す黒い迷焦。

 迷焦は「心配なんてしてないし」と顔を逸らし、ツンデレ的発言をするがデレは無い。はずだ。

  黒い方の迷焦からOKサインが出ると、迷焦は水を汲む水筒を作ろうと手のひらに力を込める。

 しかし、そこで黒い方の迷焦が怪訝な顔で襟首を掴む。


「止めろ。感情粒子の量で奴らにばれる。これを使え。水を汲んだらすぐに移動する。今すぐ栞を助けに行こうとは思うな。後で説明してやるがまだ時間はある。体力回復に専念しろ」


 黒い方の迷焦は腰にぶら下げていた手のひらサイズの黒革の袋を丁重に外し、それを迷焦に放り投げる。

 迷焦が水を汲み終える頃には気絶したままの爆発寺は黒い方の迷焦に背負われていた。

 人の接近に気を配りながら路地裏を駆けていく。

 

「やはり華が欲しくなるな」


「今そんな話する事か、黒ムッツリ」


「しゃーねえーだろ。だってむせぇ男三人の逃走とか誰特だよ!!」


 と、愚痴りを零す黒い迷焦の性格が少しわかると、奥に廃墟らしき植物びっしりの建物が現れる。

 白い石作りのそれはどうやら教会だったらしいが今は崩れ落ちており、見る影もない。

 エンブレムも欠けており、一匹の竜がぎりぎりわかる程度と化していた。


「ここを拝借するぞ。ひとまずアジトだ」


 だからと、期待に満ちた声音と共に黒い迷焦は颯爽と教会の二階へと姿を消し、


「はい、この部屋僕んのな! 早いもん勝ちだからとっとと選べよ」


「ちょっ、ずるッ! せめてスタートの合図くらい言おうよ」


 まるで秘密基地を見つけた子供のようには二人は騒ぐ。

 はなから奇襲の事を考えていない。

 ましてやここは敵の陣地。

 数分の末、落ち着いた二人は教会の探索を開始する。


「隠し扉あんじゃん。まあ今はいいや。そっちは何かあったか迷焦(弱)」

 

「誰が迷焦(弱)だ! いい加減呼び名決めよう」


「それには激しく同意だ。ならお前が迷焦で僕は、そうだなぁ。なら夜を合わせてメイヤで」


 あっさりと自分の名前を捨てた黒い迷焦に迷焦が驚く。


「いいのか名前を譲って?」


「元々未練なんてねえし。それよりこのボロ屋には植物が絡まっていた。なら水があるかも知んねえ。手伝え迷焦」


「う、うん。メイヤ。何かゲームでよくありがちなプレイヤーネームみたい」


「お前は思いっきり職業名だけどな。お、源泉発見。意外に広いんだなここ」


 教会の裏庭。

 そこには池が出来ており、これで水の心配はいらなくなった。「後は~」とメイヤがちらちらと周囲を確認する。

 お腹から何ともいえない悲痛の叫びが聞こえてくる。

 それを見た迷焦も自分のお腹をさする。

 彼も朝ご飯から何も食べていない。

 なのにディオロスとの決勝、メイヤとの戦闘、試練、ダストレーヴの者たちにガブリエルの大軍勢。

 

 これはさすがにきつい。

 迷焦は自分が探してくると告げ、投げ捨ててあったボロボロのローブを羽織り、隠れながら進んでいった。



************


 迷焦は身体能力が高いだけではない。

 気配を消す事も何かと上手い。

 路地裏を抜けた先には広場にあり、木々が生い茂っている。天界では緑化活動が流行っているのか。

 とにかく木々には実らしき物がなっているのを発見した。

 木の実を取ろうと迷焦が腕を伸ばすと、近づいてくる複数人の足音を聞き取る。

 近くにある木に登り、出来る限り息を殺す。

 すると、やってきたのは二人の少年と少女だった。

 まだ十代に達していないだろう幼さの残る二人は手慣れた手つきで木々から実をとり、不格好な籠に入れていく。

 

「今日も“イミネート”が大量にあったね。これだけあれば数週間は延命出来るよ」

 

「だー。いつになったら知恵の実の方も食べさしてもらえるんだよ」


「それはまだ先だって天使様が言っていたじゃない。「あなたたちが天使になるためにはまだ修練が足りないのです」って。ほら、手を動かす。みんな待ってるんだから」


「だー早く本物の騎士になりてぇ」


 なにやら怪しげなキーワード満載なのだが、木の実が食べれるという事はわかった。

 少年と少女が去るのを確かめ、迷焦が降りようと枝に手をかけたその時、

 

 ミシリというイレギュラーな音と共に迷焦の体が宙を泳いだ。

 いや、性格には落っこちたのだ。

 ドシンっと間抜けな尻餅をついてしまった迷焦。フードがとれて素顔丸出しである。

 当然、それは先ほどの二人にも聞こえているわけで、なんともまあ律儀に戻ってくる。

 

 少年の方は年のわりになかなかの美男子なのだが、しかめっ面なためにそれが崩れている。

 高圧的な態度の糞ガキと言われる分類に属されそうだ。

 少女の方はおさげにそばかすが特徴で少年とは逆にお淑やかで気の弱そうな感じが感じられる。

 

二人は迷焦を見ると何者かと議論しあう。


「知らない人だぞ。あれか、神様を殺しに来たのか! そういう輩は時々来るけどみんなガブリエル様方によって消し炭にされるんだ。ははは、罪深き下界の人間は皆殺しだ。マール、騎士様を呼べ」


「えっでもそうと決まったわけじゃ......あっ、もしかして新規ガブリエル候補の方かも。ほら、この時期下界で行われるじゃない。心を清めた者を選び、ガブリエル様とする特別枠が」


「はあ? あんなの偽もんだろ。俺は認めねえぞ」


 議題の中心なのに蚊帳の外の迷焦は二人の話がどこかで聞いたことのあるものだと考える。


(この時期に行われるガブリエル候補......剣帝試練の事か。天界では随分と侮蔑されてんだけど。何、心を清めた者が天界に上がれるとか。天界の住人そんなに偉いわけ! 凄い訳! 一体大人はどんな教育してんだよ)


 と、内心爆発させる母国愛好者(?)迷焦に少女の方が恐る恐る歩み寄る。


「あの、下界の大会で良い成績を収めたんでしか?」


「まあ......二年連続準優勝くらいは」


 ちなみに今回のは決勝が途中で止められたために準優勝としているが。

 

「やっぱり。あの、ぜひ私たちの院に来てくれませんか? みんなに稽古をつけて欲しいんです」


 少女が迷焦に頭を下げると少年の方が眉間にしわを寄せる。


「ああん! マール、こいつら元下界の偽物だろ。なんで頭を下げなきゃいけないんだよ。逆だろ逆!」


「ガブリエル様はガブリエル様でしょう。それに院の指導者も下界出身でしょうイラ」


「俺はあいつを認めないかんな」


「でも早く強くなるには強い方と戦うのが一番じゃない?」


「ぐぬぬ......確かに」


 ややこしくなったと迷焦は素直に思う。

 なんか迷焦が新規のガブリエルと間違われてるし、人の多いとこ連れてこうとしてるし。

 ばれたら即モノホンのガブリエルが飛んでくるデッドパターンである。

 で、あると同時に逃げても怪しまれる。

 まさにどっちの不幸を選ぶか状態。

 選択肢に希望など欠片も無い。


 そんな悲劇の選択者迷焦に少年が露骨に嫌そうな態度で話しかける。


「仕方ない。おい、偽物騎士。案内してやる」


「嫌、僕は......」


 断ろうとした迷焦。

 だが運命の悪戯か、腹の虫が唸りを上げる。

 

「良かったら一緒に食べませんか?」


 少女の甘い言葉に迷焦は落ちてしまう。

 人間、食欲には抗えないらしい。

 そのままとある建物内にまで案内される。

 

 中に入ると十人ほどの子供たちは一斉に迷焦のもとに集まってくる。

 その眼差しは真新しいおもちゃを見る目だ。

 敵意は無いのだろう。一人の少年意外はだが。


「はいはい、みんな邪魔しちゃだめだよ。この人は新規ガブリエルの強い人で特別に練習してくれる事になったの。だから先に修練場に行って体を暖めるのよ」

 

 おさげの少女が手をたたいて子供たちを退かしていく。

 その言葉には魔法がかかっているのか、子供たちは瞬く間に走り去っていく。

 ガブリエルってすげーと改めて迷焦は痛感する。

 と、迷焦の耳元で少女が囁く。


「あの、すみません。みんな久しぶりのお客さんが嬉しくてはしゃいでいるんです。食事......といっても凄く簡単なものですがリビングにどうぞ」

 

 迷焦は案内されるがままに廊下を歩いていく。

ーー子供たちの笑顔は何よりの宝だ。

 

 ふと、ディオロスが言いそうな言葉が迷焦の頭を過ぎらせる。

 その通りなのかもしれない。

 自分の事とは別に子供たちの笑顔も守りたいと思えてしまう。


 (とにかく僕はここで新規ガブリエルとして振る舞うしかない。実力ならガブリエルと同じくらいある(?)わけだしまあなんとかなるさ)


 




 いよいよガブリエルとの決戦かと思いきや謎の展開が。

 迷焦は無事にこの場を切り抜けられるのか?

 そして、メイヤたちの胃袋は持つのか?


 的な感じで頑張ります。

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