第四章 『たどり着け』
機会仕掛けのように連続に生成される空気の階段。
それを迷焦と爆音寺は駆け足で登っていく。
なにぶんゴールの天界は雲の上であるために生成する石板の量は計り知れない。
だから一つ一つのクオリティーを極限まで落とし、二人が踏めばそれだけで壊れてしまう。
休憩無しで上空三百メートルまで登った頃には走りながらも爆音寺が先に息をあげた。
「長げー。そして、どこまで続くのこれって思えるほどだ」
「なら下の景色でも見ておけば。少しでも足を止めると落下だけど」
「だー! 戦いてー」
「あんま大声出さない。こんなとこで気づかれたらしゃれになんないから」
迷焦たちはその後、雲海に突入する。
張り付く寒さに見えぬ視界に苦難しながらもなんとか脱出。
雲の上から眺めるハルシオンの光景がまたなんとも言えない贅沢なものであった。
だが迷焦が目ざすのは下では無く更に上。
見えてきた浮遊城のような島だ。
雲によって全体像は見えないが、それでも一つの大陸のように大きく、ちらりと覗かせるギリシャ神殿ような物が地上とは違う世界だという事を物語る。
それが敵の居城だとしても迷焦は感嘆する心を抑えきれないでいた。
「ここが、天界」
迷焦は息を飲み込んで魅入ってしまう。
子供なら一度は憧れるであろう雲の上の城。
そこに足を踏み入れるのだ。
そんな好奇心が迷焦の足を軽くする。
速くあの場所に行きたいと。
しかし、そんな迷焦の思いを踏みにじるように天界から無数の光が星屑のように煌めく。
今なくてもあの光がなんなのか、二人は理解していた。
「おい、兄貴あれ!」
「わかってる。突っ込むよ」
二人が足の速度を上げると同時、幾重にも織りなす光の雨が二人に降り注ぐ。
脆い石板はあっという間に消し炭となり、迷焦はすかさず生成する石板を連なる橋とし、降り続くガブリエルたちの歓迎の光をアーチのようにくぐり抜ける。
爆発する光量から視界を守るため、片腕で覆う迷焦。
それに対して爆音寺は怒りを通り越しての驚きと表現出来る声を上げていた。
それを確かめるために迷焦もしぶしぶ空を見上げる。
すると、
「あんなのありかよ」
爆音寺が呟くのも無理は無い。
今、迷焦たちの視界には散りばめられた星のようにガブリエルがわんさかといる。
そして、例外無くガブリエルたちは全員、鎧の上から翼を生やしていたのだ。
ガブリエルという名の由来から考えれば当然と言えなくもないが今の迷焦たちにとって喉から手がでるほど欲しいものであり、まさにチートである。
連続的な遠距離攻撃に止まらず、翼を巧みに操り、こちらに飛翔してくる。
それを迷焦が見た途端。
迷焦は栞が連れて行かれた時の事を鮮明に思い出し、そして、憎しみを余すことなく力に変える。
こいつらのせいで栞が。
迷焦は二本の剣を取り出し、それを槍へと変化させる。
迷焦は迫り来るガブリエルの剣に槍の一つを衝突させる。
その一瞬のみに膨れ上がった感情粒子を爆発させ、一人目のガブリエルを消し飛ばす。
でもそれだけ。
砂を一粒消しただけだ。
盛り上がる砂山のようになだれ込んでくるガブリエルと土砂物。
天界まで後一歩。
栞は今もガブリエルたちにボルス召喚の触媒として不当な扱いを受けているかもしれないのだ。
だからこそ、迷焦は前だけを進む。
絶望の嵐の中に自ら挑む。
空中なんて関係無かった。
氷が空を覆い、新たな大地として産声を上げる。
「そこをどけっ!!」
迷焦の咆哮で大地が騒ぎ出し、氷の柱が空中で待ち構えるガブリエルたちを突き刺さんよう牙をむく。
それを階段変わりに迷焦は走る。
迷焦の願いはただ一つ。触媒になろうとしている栞を救う事だけだ。
試練の中で迷焦は栞がどれほど大切な存在かを身を持ってしった。
出会いから今日までの期間はまだ半年ほどなのかもしれない。
しかし、その間培ってきた思い出は迷焦の中に色濃く存在している。
喜び、嫉妬、憤怒に哀愁、呆れに戸惑い、淡い熱を帯びたもの。
その他思い出される様々な感情が迷焦に敵を穿てと突き動かさせる。
天界を侵食する氷は世界の天災の如くガブリエルたちを飲み込み、あるいは貫く。
ガブリエルたちは一人一人が規格外だ。今の迷焦はガブリエルなど簡単に倒せるが数が数だ。だからガブリエルと武器を交える瞬間、感情粒子を爆発、己の最大出力を出して敵のイメージに押し勝つ。
一人、また一人と撃ち落とした敵がパズルピースのように砕けていく。
飛べない迷焦は空中で格好の的に思われたがそれすらも彼は利用する。
時に爆発の衝撃を。
時にガブリエルの翼の根元に槍を突き刺し、それを支えにロッククライミングのように次のガブリエルへと飛び移る。
その際するりと抜かれた槍の穴からは大量の鮮血がほとばしり、翼を使えなくなった呆気なくガブリエルは地に落とされていく。
避ける時と攻める時を一秒たりとも気の抜けない戦いの中で判断し、実行する。
それはまるで獣になったかのように独奏的に見える。
かつてないほどに研ぎ澄まされた殺意が迷焦に限界以上の戦いを可能とさせる。
「邪魔だ!!」
しかしそれも何度は通じない。
最大出力のイメージを放った瞬間、敵の武器がいなすようにして迷焦の攻撃を避けたのだ。
相手は考える人間。空を切った迷焦はその認識と共に背中に強い衝撃を浴びる。
瞬く間に迷焦は群がる鳥の集団から弾かれ、氷の大地へとたたき落とされる。
呻く迷焦にガブリエルたちは各々が空中で攻撃態勢をとる。
「奴を殺せ!」
「邪魔者は排除だ!」
ガブリエルたちが一斉に能力を解放させ技を放つ。
その様はオーロラのように美しく、圧巻としかいいようの無い力だ。
それでも迷焦は臆すること無く、不愉快そうにその光のアーチを睨みつける。
「諦められるかよ......返せ、返しやがれ糞天使共。僕からまた身内を奪うのかよ。させるかよ......生け贄? 触媒? ふざけんなよ。眠れよ。永久凍土の底で」
迷焦は立ち上がり、よろけそうになる体を押し止めながら絶望の雲を見上げる。
その手に収まる疑似創造書庫の姿を変える。
それはナイフのように先端の尖った白銀の武器。
それを迷焦は杖のように振る舞う。
「眠れ。フィンブルの冬の名の下に」
そこにいたのは迷焦にして迷焦では無かった。
何かに取り付かれたよう瞳の色が変わり、発せられる雰囲気すらも変わる。
重く静かで、なおかつ冷気を肌に纏わせている。
氷を擬人化したらこうなるのではと思えるほど冷徹な表情になる迷焦。
まるで心の熱が完全に消えてしまったかのように。
そして、変わったのは迷焦だけでは無かった。
まだ秋の穏やかさが抜け出ていない季節。
なのに、
なのに雪が降る。
突如として猛吹雪と化してしまう。
無情なまでの極寒が吹き荒れる。
それは氷の大地だけに止まる話では無く、世界までもがその色を白く染め始めた。
ものの数秒で世界という色とりどりのキャンパスが白く塗りつぶされる。
突然の環境の変化に適応出来ずに動植物が死滅してしまう。
しかし、死体すらも一瞬の間に降り積もる積雪に埋もれてしまう始末。
大寒波では生温いとさえ思えるその異常さは文字通り世界の終わりのようだった。
誰もが平常を保てぬ場で迷焦一人が薄く微笑んだ。
************
僕は凍結したように自身の感情が、色が褪せていくのを感じる。
それでも不思議と違和感が無い。こちらの方が自分らしいと思えるくらいだ。
それは多分、僕を突き動かす感情が栞への執着だけになったからではないだろうか。
ともかく空に群がるガブリエルたちを邪魔に思い、僕はアクウィールをしまい、その手に握られた槍を魔法の杖のように振るう。
「僕が命じる。死に行く物に器を与えよ! 氷の世界の住人よ。今一度氷の乱世を咲き乱せ!」
氷は魔法。疑似魂は魔術。本来使えるはずのない力を呼び起こす。
槍の形のロッドを振るい、僕は叫んだ。
氷の大地からはいくつもの突起物が姿を露わにする。
それはすぐにゴーレムの姿となり、ガブリエルへと進軍する。
道は僕が氷で作る。
まだ終わらない。
「アクウィール。僕らを天界へと連れていけ。その盟約を解放する。汝、誠の姿を現せ!」
アクウィールを空高く投げ、制御していたその姿を解き放つ。
猛吹雪の中に一瞬の閃光がほとばしるとそこには水晶の鱗を煌めかせ、硬質な翼を羽ばたかせる巨大な氷竜が、氷の世界の主が咆哮を天空に染み渡らせていく。
美しき銀の竜はガブリエルを小虫とあざ笑うかのように見下ろす。
そんな銀竜は猛吹雪をものともせず、一筋の光となって氷の大地へと着地した。
更に雪原となったこの地を掻き漁り、気絶していた爆音寺を拾い上げ、僕に乗れと背を見せる。
乗り込むと銀翼がバザッと滑らかな動きで周囲の積雪を蹴散らし、その巨体が空を翔る。
雪が支配する世界の空を銀の矢が射抜いていく。
まさに疾風迅雷。
白銀の王が銀の残光を軌跡として、ガブリエルの集団を内側から破裂させる。
銀世界でも存在を主張するアクウィールの白いブレスは瞬時に空気を凍結させ、氷の結晶と化させる。
旧世界の生命を容赦なく滅する白銀の息吹。
それはガブリエルも例外では無かった。
崩れ落ちる旧世界の守護者を確認せず、白銀の巨竜が空を行く。
勢いを増し、この世界から脱出、天界へと侵入する。
と、そこで落雷に撃たれよう衝撃が銀竜を襲う。突如として攻撃された銀竜はその道筋を大きく逸らし、天界から離される。
何が?
僕が確認を行うために周囲を見渡すがガブリエルの姿は見当たらない。
ならば今のは一体なんだというのだ。
見えざる攻撃?
防御壁?
僕の思考が纏まる前に次のそれが起こる。
「がはぁっ......何だよこの重さは」
まるで巨人の腕が銀竜を小鳥のように握り潰そうとするような強烈な重圧。
僕は抗うも抵抗出来ずにアクウィールの背で倒れ伏す事しか出来なかった。
銀竜としてのアクウィールは懸命に前に進もうとするが圧倒的な力の前には為すすべもない。
こんな事が出来るとすればまさしく神だろう。
「あのピエロ......邪魔すんな。僕は......お前を殺して......栞を絶対......」
全身の骨がみしみしと悲鳴を上げる。
肺が圧迫されているのか呼吸すら苦しい。
このまま終わってしまうのか。
結局神の一部でしか無いあいつにも負けるのか。
そんなのは嫌だ。
僕は栞を取り戻す。
そう決意はするも体は全く動こうとしない。
更に強まる重力のさがに意識が遠のき始める。
と、
「ーったく。言葉と姿があってなさ過ぎだぞ。昔の僕はもう少し強かったぞ」
ここは上空すでにセ千メートルを越えている。だから僕ら以外には誰もいないはず、そもそもこの声の主を知っている。
しかし、何故?
嫌悪感しか沸かない声と共に何かを切り裂くような音が耳の穴を駆け回る。
とれる重圧。
何事かと見上げると、黒剣が描く軌跡が僕の頭上を掠めるのがわかった。
白銀の竜の背に仁王立ちする黒髪赤眼の少年が腰を折り、僕の目線で口を開く。
「ガブリエルを殲滅するまでは手を貸してやる。だから協力しろ」
そいつは僕と同じくして違うもう一人の無毒迷焦であり、ヒサミを殺したであろう仇だ。
しかし、今はそんな事を言っている場合では無かった。
それになぜか頼もしいと思えてしまう。
だからかもしれない。
僕はこくこくと頷き、もう一人の自分の指示に従った。
猛吹雪の中、アクウィールは力を振り絞るようにして前進し、赤眼の少年は見えないはずの力を切り裂く。
トドメとばかりに少年は剣に黒い炎を宿し、それを周囲に振りまいた。
それは猛吹雪を燃やし尽くすに止まらず、煙幕の役割も果たす。
「行ける」
いや、行け。
希望論を信じないはずの僕もこの時ばかりは必死に祈る。
ここで止まるわけにはいかない。
ここで止まったならもう栞に触れられなくなる。
そんな気さえした。
だから有らん限りの叫びを上げる。
「一歩前に、踏み出せアクウィールー!!」
それに呼応するよう友であり、謎に満ちた銀竜は銀の光に覆われ、更にギアを上げる。
一秒で永遠とも思える距離を縮めたような。
光速に駆け巡る銃弾のように僕らは世界の境界を越える。
と、そこで寒さが消える。
世界が境界線で分かたれたように天界には春のような暖かさがあり、今の僕らには文字通りの天国に思える。
空に浮上するこの大陸はギリシャ神殿などの古い神話的な匂いを出しながらも都市を含む全てがどこか未来的であった。
水路に所々に生える木々。
それからアクアマリンの如く薄い色合いを見せる石畳。
なにより目を見張るのは中心にそびえる巨大な建造物。
透明感を残した青いガラス張りのような外壁。
外側に寄り添うようドリルの先端にも似た交差する文様。
頂上は更に上に伸びており、こちらからでは覗けない。
覆い被さる銀世界の産物を払い、アクウィールは低空滑空を行って着地する。
僕が爆音寺を背負うとアクウィールは力を使い果たしたとばかりに剣の姿に戻り、鞘へと戻っていく。
僕はまだしこりのとれないためにもう一人の自分に対して警戒的な態度をとる。
「背後から一刺しとかは無いよね」
「背後からじゃなくてもも殺せるぞ。ちなみに今は殺す気は無い。言ったろ。僕の狙いはガブリエルの殲滅と......だ」
「後半怪しすぎる。小説だと全く同じ人間二人の内、どっちかしか生き残れないってのが通なんだけど。今は協定でいいんだよね?」
「栞を救出するまではな。とにかく移動するぞ。ここが奴らの本拠地だと言うことを忘れるなよ。アンゴルモアの野郎の監視が行き届いていない内に」
颯爽と走り出すもう一人の自分。
向こうの方が筋力あるんだから爆音寺を負ぶってくれないものかと考えてしまう。
ともかく初っ端から激戦に見まわれ、ぎりぎり切り抜ける事に成功。
そして、敵の本拠地へと到着。
身内を殺したと思われる者と協力する。
何がおこるかわからないとはこの事らしい。
でも構わない。栞を救うためなら何でも使ってやる。
こうして僕の長い一日は再び物語を紡ぎ出す。
これから天界だと言うことで第四章になります。




