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2話 わたしがお姫様?

 目を覚ます前の暗闇の中で感じたのは、背中の冷たさだった。


 わたしは目を覚ます。暗い天井はよく見えない。周囲のむき出しの石の壁が見えた。


(あれっ? ここは?)


「あーっ! うー!」


(えっ?)


 自分の言葉に驚いてとっさに身体を動かすと、小さなまるまるとした手が視界に入る。


 わたしはさらに驚いた。すると、手足が動き、体がよじれる。わたしはすっかり混乱してしまった。あたまがころんと左を向いた。


 銀色で縁どった黒い服を着たおじさんが、わたしの近くに立っていた。


(えーと、誰ですか!? ていうか、わたし今どうなってるの!?)


 そして気がついた。男は薄闇の中にいたのだが、その背後には男とは少し違う感じの黒い服を着た人たちが何人も佇んでこちらを見ていた。


 おじさんは四十後半くらい。短いひげを生やした、かっこいい人だった。その人が何も言わずにわたしの側に寄ると、同じく何も言わずにわたしを抱き上げた。


「あっ、うう!」


(わたし、持ち上げられてる!? 嘘っ!)


「おぎゃあ! ああっ! あー!」


 おじさんはわたしを柔らかい表情で見下ろしている。わたしたちの左右には真っ赤な炎が石の台の上でともされていた。その炎はまるで踊っているようで、怖い感じで燃えている。


(ここなにー!? てかわたし、本当に今どうなってるの? 全然わかんないよー!)


 わたしはいろんなことを口にしたが、全部、おぎゃあ、おぎゃあ、と赤ちゃんの声となって響いた。


★


 それから一か月くらいの月日が流れた。よくわからないけれど、そのくらいだと思う。


 なんと、わたしは赤ちゃんだったのだ! もう本当に意味わかんない! 身体は感情のまま勝手に動くし、言葉はなにを言っても泣き声になる。しかも、頭は持ち上がらない!


 自分はどうやら生まれ変わったらしい。理由はよくわからない。わたしには前世の記憶があるけれど(ちょっと思い出すとつらい感じになっちゃう……)、名前だけは思い出せなかった。


 わたしの身の回りの世話をしてくれる人はたくさんいた。わたしは彼らから「姫さま」って呼ばれている。


(わたしはお姫様ってこと――!? え、まじ??)


 わたしにお乳をくれる人はいつも同じ人だった。お乳を飲むのは、正直、すごく恥ずかしい。でもお腹がすくから仕方ないよね。その人はきれいな人で、まだとても若いと思う。鼻はつんと立っていて、眉は細い。少し青い感じの黒髪を伸ばしている。髪の毛が柔らかいらしい。それがウルフカットぽくてかっこいい。でも、彼女は黒い帯でいつも目を隠していた。


(これでどうやってわたしを抱っこしたり、一緒に遊んでくれたりするんだろう?)


 そういつも思っている。


 みんながわたしを大切に扱ってくれた。姫さまって呼ばれるのは、正直かなり嬉しい。めっちゃ恥ずかしいけど――!


(わたしって実は結構えらいのかな。お姫さま、えへへ、良い感じかも……)


 初めにわたしを抱き上げたおじさんも、なんども顔を見せてくれた。おじさんは私によく話しかけてくれる。それだけじゃなくて、おじさんは他の人によく指示をしたりお願いをしたりしているようだった。でもわたしは、おじさんの言ってることを一つも理解できなかった。


(わたしが今赤ちゃんだからだよね? この後も全然わかんなかったらどうしよう……)


 なんて考えたりもした。もし頭の悪い子だって言われたらすごく悲しいじゃん!? だから、めっちゃ頑張って、おじさんとか、お乳をくれる女の人(でもめっちゃ若いと思う!)とかの言葉を聞いてた。赤ちゃんのうちなら、スピードラーニングできると思う。英語脳? 的な感じのを作る感じで、みんなの言葉をがんばって聞いた!


★


 そして、さらに半年の月日が流れた。


 わたしはハイハイができるようになった。初めてハイハイしたときは、いつもお乳をくれるあのお姉さんがものすごく喜んでくれて、すごくうれしかった。お姉さんは部屋の扉を開けて、他のメイドさん(わかんないけど、たぶんそう!)みたいな人たちを呼んでくれた!このころになると言葉を少しずつ分かるようになっていたから、みんながわたしを「すごい!」って褒めてくれるのが嬉しすぎた。それでわたしは、顔が真っ赤になっちゃって(自分の顔なんて見えないけど!)、恥ずかしくてハイハイを止めちゃった。それでもみんなわたしを囲みながら、めっちゃ褒めてくれた。――ああ、人生ってこんなに優しさに満ちたものだったんですか!?


 まわりの人の言葉が少しずつ分かるようになってくると、いろいろなことが何となくわかるようになってきた。


 まずここは日本ではない。それはもっと前からちょっとだけわかってた。だって、周りの人が明らかに日本人じゃないし。かといってヨーロッパの人って感じでもない。みんなきれいで、あと、髪の毛の色がめっちゃカラフルだった。髪の毛が青い人とか赤い人とかもいた。だから地球じゃないっぽい。なんとなくわかっていたけれど、最近はだんだんと確信を持ってそう思えるようになってきた。


(だって、生まれ変わるにしても、地球じゃなよーって普通おもいつく?)


 そう思うと、口から赤ちゃんの声がもれた。


「あー、あぅ」


 わたしはいつもお姉さんに甘やかされている。――乳母さん、っていうのかな? お姫さまとか、昔の偉い人にはこういう人がいるんだってなんとなく知っているけど――。


「よしよーし」


 お姉さんはいつもわたしの側にいてくれる。お姉さんの声は女の人にしては少し低めで、すごく落ち着いた声だった。わたしは赤ちゃんで、何かあるとすぐに泣いちゃうから、この声がとっても落ち着いた感じがして好きだった。


 お姉さんはわたしを腕に抱いて部屋を歩いたり、膝にのせて本を読ませてくれたりした。それは絵本じゃなかったから、わたしは本の意味がよくわからなかった。だから本の時間が好きじゃない。わたしはハイハイでお姉さんからよく逃げようとした。


 家はかなり広かった。お貴族さまのお屋敷、といった感じで、家の前と後ろに庭があるようだ。電気やガス、水道はない。みんなの服装も、なんていうか、中世みたいな感じ。でも家の中はすごくきれい。

 お姉さんはわたしを楽しませようとして、たまに変な手品を魅せてくれた。例えば、お姉さんが何かを言うと、お姉さんの指先に小さな炎がついたり。指の先から小さなしずくがぽつんと落ちたりする。


(やったー! 絶対に魔法じゃんこれ!)


 わたしはこれを見せてもらった時、一目でこれが魔法だとわかった。


(すごい、絶対ここファンタジーの世界だよ! わたしも魔法つかいたいよー!)


 わたしは、おぎゃあ、おぎゃあ、と嬉しそうに手をバンバンさせていた。


 部屋の中で、おじさんとお姉さんがわたしを見ながらお話している。


「姫さまはすこぶる健康です。弱いところは少しもないようで、いつも部屋を元気這い回りたがるんです」


 おじさんはわたしを見ながら、感動したような眼をしている。


「ああ、本当によかったよ……。いいか、姫さまにはケガの一つもさせてはいけないぞ」


「わかっております」


 おじさんはわたしを見て、やわらかく笑った。お姉さんもわたしをいながら笑ってくれた。


「この方がわたしの腕の内で、いつも元気に笑ってくれるんです。本当に、夢のよう――」


★


 それから、わたしの心はこの世界を見て回りたいという欲求であふれている。わたしはハイハイをして、できる限りいろいろなところを移動しようとした。でもお姉さんや周りの女の人たちが、わたしを微笑みながら抱き上げて、それを止めるのだった。


(箱入り娘って、やつなのかなー?)


 この屋敷は街の中にあった。わたしの抑えきれない好奇心を察してか、お姉さんはわたしをよく窓辺へ連れて行ってくれた。窓の側の椅子に、わたしはお姉さんに抱かれながらよく一緒に座った。


 お家は高台の上にあるようで、窓からは街並みがよく見えた。街はかなり栄えているようで、レンガ造りの家がたくさんある。めっちゃファンタジーっぽい! 家と家の隙間から、街の大通りと、その側に建っている商店とかが見えた。どんなものを売っているんだろう?


 でも一番目を引いたのは、街の真ん中にある大きな穴だった。それはとても、とても大きい穴だった。この街はそれを取り囲んでいる。


 初めて街の光景を見た時、わたしはめっちゃわくわくした。


(まって、これは冒険の予感!)


 わたしはおねえさんのことをばんばん叩いた。赤ちゃんだから、うれしくなるとつい身体が動いちゃう。許して!


(すごい! 早く街に行きたいな。いろんなものを買いたいな!)


 わたしは周りの人たちがドレスを着ているのを見ている。ここではドレスは普段着なのだ。お姉さんは、黒いドレスを着ている。でも、パーティで着るような派手なものじゃなくて、もっと動きやすい感じだと思う。でもお姉さんのドレスだけは、すごく上品で、普段着って感じもしない。(でも普段からこの格好をしてる!)


 わたしの家はお金に困っているようには見えなかった。それどころか、すごくお金持ちみたいだった。


(もしかしたら、だからみんなわたしのことお姫さまって呼ぶのかも――? ああ、早くもっと大人になりたいな! 生まれ変わりさいこうー!)


「ばぶっ、ばっあっあー」


 部屋で、わたしはそう思いながら手足をばたばたさせた。


 くすり、とお姉さんが笑ってくれる。わたしはついお姉さんの膝から転がり落ちた。痛くはなかったけど、お姉さんが慌ててわたしの頭の下にやわらかい手の平を入れてくれる。すごくやさしい。


 でも、お父さんとかお母さんの姿はどこにも見えなかった。わたしの両親はどこにいるんだろう?

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