第9章:東方の鋼鉄の盾
アイアンマーチ――弱者に居場所のない土地
ノーマン帝国、アイアンマーチ州東部国境地帯。
岩の裂け目を吹き抜ける風が、国境の向こうに広がる荒涼とした大地から冷気を運んでくる。
灰色の岩山の頂には、霧の中にイーストウォール要塞がそびえ立っていた。黒い石で築かれた巨大な城壁は山の斜面に沿って長く伸び、監視塔や防御陣地と連結している。各塔の頂上には兵士たちが配置され、東方に広がる広大な土地を絶えず監視していた。
ここがアイアンマーチだ。
ノーマン帝国でも、最も危険な地域の一つである。
司令部の内部には、誰も口を開けないほど重苦しい空気が漂っていた。
濃い灰色の軍服を着た兵士が、足早に部屋へ入ってきた。鎧にはまだ土埃が付着しており、その顔には長旅の疲労がはっきりと表れている。
彼は大きな木製の机の前で立ち止まり、窓際に立つ指揮官へ厳かに敬礼した。
「報告! 第七実習隊との連絡が途絶えました。巡回部隊からの情報によれば、ヴァルドレン王立大学の実習生十名が、新たにトロールの群れによって討伐されたとのことです!」
ドンッ!
指揮官は机を激しく叩いた。
「王都の連中はいったい何をやっている?!」
その怒声が部屋中に響き渡る。
「いったい何を育てているんだ? トロールの群れ一つまともに相手できないとは! これではノーマン帝国の未来はどうなる?!」
兵士はうつむき、返事をしなかった。
指揮官は深く息を吸い込み、怒りをどうにか抑えようとした。彼は二十年以上にわたってアイアンマーチに勤務し、数え切れないほどの戦いを目撃し、無数の戦友を失ってきた。戦場での一つの過ちが、どれほど大きな代償をもたらすかをよく理解している。
だからこそ、帝国で最も名高い学院で教育を受けた者たちが、あまりにも実戦経験に乏しいことを受け入れられなかった。
彼は振り返り、向かいの壁に掲げられたノーマン帝国の国旗を見つめた。
暗い色の旗には、王家の紋章が描かれている。鷲、獅子、竜の三つの頭が、一つの翼ある獅子の胴体を共有し、その上にはただ一つの王冠が掲げられていた。
その紋章は、帝国の権力と統一、そして全土の意志を象徴している。
それなのに、この地では帝国の未来を担うと称される者たちが、次々と倒れていく。
指揮官はそっと目を閉じた。
アイアンマーチの防衛責任を担うことは、決して容易ではない。毎日、食糧の備蓄を計算し、兵力を配分し、防衛線を点検し、いつ起きてもおかしくない奇襲に備えなければならない。
時には、巡回部隊がほんの数分遅れただけで、一つの前哨基地が包囲されることさえある。
王都では、こんな言葉がよく知られていた。
「アイアンマーチで実習を受け、無事に生きて帰ってこられた者なら、間違いなく実力者だ。」
それは決して誇張ではない。
アイアンマーチは、ノーマン帝国の東方を守る鋼鉄の盾であり、帝国の支配が行き届いた地域と、絶えず紛争が発生する辺境地帯との境界でもある。
ここでは、鬱蒼とした森がオークの軍勢を丸ごと隠してしまうこともある。山麓の深い洞窟にはトロールが棲みつき、ゴブリンは輸送路の近くに頻繁に現れる。そして、魔術を操る獣たちは、相手が防御結界を張った後でさえ獲物を狩ることができる。
内陸部の兵士たちにとって、本の中でしか見たことのない生物もいる。
だが、アイアンマーチの住民にとって、それらは日常の一部にすぎなかった。
この地で何年も戦い続けた熟練の魔法兵は、学院での試験にしか慣れていない魔法使いをはるかに上回る実戦経験を身につけることができる。
アイアンマーチの人間が、生まれつき強いからではない。
この土地が、何度も過ちを犯すことを許さないからだ。
「司令官!」
別の兵士が突然、部屋の入り口に姿を現した。
彼の手には、王室の封印が施された一通の書簡があった。
「王都から通達が届きました!」
指揮官はすぐに振り返った。
「こちらへ!」
兵士は素早く歩み寄り、両手で書簡を差し出した。
赤い封蝋にはノーマン王家の紋章が刻まれ、その下には銀色に輝く魔術文字が一列に並んでいた。指揮官は封印を確認してから、ナイフで封筒の端を切り開いた。
その瞬間、光が弾けた。
中から文字が飛び出し、空中で旋回しながら結びついて、楕円形の鏡を形作った。鏡面がかすかに揺れた後、濃紺のローブをまとった男の顔が映し出された。
彼は皇帝の代理として書簡を伝える大魔法使いだった。
「司令官殿、こんにちは。」
鏡から男の声がはっきりと響いた。
「アルドリック四世皇帝陛下のご命令により、この通達をお届けします。まず、引き続き国境防衛の任務にあたってください。王室は、これまでのアイアンマーチ軍の貢献を高く評価しております。」
指揮官は背筋を伸ばした。
「我々は常に王室に忠誠を尽くす所存です。」
大魔法使いは軽くうなずいた。
「近いうちに、ヴァルドレン王立大学から大規模な実習生の派遣が行われる予定です。現在の計画では、少なくとも千名の生徒がこちらへ送られることになります。」
指揮官はわずかに眉をひそめた。
千名?
彼が口を開く前に、鏡の中の男は続けた。
「陛下のご命令により、実習終了後、王都へ戻って特別訓練課程を続けることが許されるのは、最も優秀な二十名のみとなります。」
部屋はたちまち静まり返った。
指揮官は鏡の中の男を見つめた。自分の聞き間違いではないか、確かめるように。
「今……千名の生徒とおっしゃいましたか?」
「その通りです。」
「そして、帰還できるのは二十名だけ?」
「陛下のご命令です。」
指揮官はゆっくりと息を吐いた。
理解した。
これは単なる通常の実習計画ではない。皇帝自らが帰還者の選抜に介入するというのなら、この派遣の目的は戦闘経験を積ませることだけではないはずだ。
王室は、帝国に真に貢献できる能力を持った人材を探しているのかもしれない。
あるいは、近頃の情勢の変化を受けて、王都の人々がまだ公表したくない何かに備えているのかもしれない。
「閣下。」指揮官は低い声で尋ねた。「具体的な評価基準について、お伺いしてもよろしいでしょうか? アイアンマーチは、経験の浅い生徒を千名も一度に受け入れるのに適した場所ではありません。」
大魔法使いは一瞬、沈黙した。
「生徒たちはそれぞれの部隊に配属され、現地に駐屯する軍の部隊と協力して任務にあたることになります。任務の詳細については、後日、別の文書でお送りします。」
「では、死傷者の問題については?」
「可能な範囲で安全規定を遵守してください。しかし、この計画の目的は、生徒たちの真の能力を評価することにあります。環境に適応できない者を、ここに残しておくことはできません。」
指揮官は拳を強く握りしめた。
その言い方は気に入らなかった。
王都の人々にとって、これは必要な試練なのかもしれない。だが、アイアンマーチで責任を負う者にとって、戦死者名簿に記される名前は、家族も故郷も、帰りを待つ人々もいる、一人の人間なのだ。
「承知しました。」長い沈黙の後、彼は答えた。「受け入れ部隊の準備を進めます。」
大魔法使いはうなずいた。
「ご協力に感謝します。ノーマンの未来のためにも、名声だけで実力の伴わない者たちに頼り続けるわけにはいきません。」
鏡が閃いた。
男の姿は徐々に薄れ、部屋の中にきらめく光の粒を残して完全に消え去った。
指揮官はしばらくその場に立ち尽くした後、まだ命令を待っていた兵士へと振り返った。
「すべての前哨基地に通達を出せ。実習生を受け入れる予定の輸送路周辺で、巡回を強化しろ。それから各部隊に装備と医薬品の備蓄を再点検させるんだ。」
「了解!」
兵士はすぐさま踵を返し、部屋を出ていった。
指揮官はもう一度、王室の旗を見つめた。
千名の生徒。
帰還できるのは二十名。
皇帝が若者たちの中に何を見出そうとしているのか、彼にはわからなかった。
だが、彼らがアイアンマーチで自らの能力を証明しなければならないのなら、全員に伝えておきたい忠告が一つだけあった。
この土地を、決して侮るな。
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クラウンフェルの森に夜の帳が下りていた。
銀の滝からさほど離れていない、比較的平坦な地形の一角。そこに、二つの人影が茂みの陰に身を潜めていた。
周囲には木々が立ち並び、蔓が複雑に絡み合い、苔に覆われた岩が点在している。注意深く観察しなければ、通りすがりの者がこの場所で休んでいる二人に気づくことは難しいだろう。
シラスは周辺に複数の迷踪符を設置していた。
黄色い符は、木の根元や岩の隙間、近くの草むらなど、さまざまな場所に隠されている。それらは小規模な認識の乱れを生み出し、この一帯を通りかかった者が、二人の存在に気づかないまま通り過ぎるようにしていた。
しかし、シラスはそれを絶対的な結界だとは考えていなかった。
キングスフィールドの二人との戦いを経て、彼はクラウンフェルには自分の予想を超えるものが数多く存在すると理解していた。十分な技量を持つ魔法使いや、特殊な感知能力を備えた生物が近づけば、迷踪符の効果が通用しなくなる可能性もある。
そのため、彼は定期的に周囲を確認していた。
カラムは木の幹にもたれ、手に燻製肉を持って座っていた。
彼はゆっくりと噛みながら、銀の滝での一件による疲労がまだ残っているような顔をしていた。
「正直に言うと、今回は運がよかったと思う。」
シラスは残りの符を確認していた手を止め、顔を上げた。
「運?」
「ああ。ボーの作戦がなかったら、僕たちはとっくに逃げ回っていたと思う。」
カラムは手に持った肉を掲げ、まるで自分の主張を説明するための小道具のように振った。
「あのルシアンって奴の指輪は、本当に強力だった。あいつが自惚れていなかったら、僕たちにあんな隙はなかったかもしれない。」
シラスは手のひらに載せた指輪を見つめた。
指輪の表面に埋め込まれた宝石は、稲妻を吸収したときのような輝きを失い、元の状態に戻っていた。指輪の外側には精巧な細い刻印が走っており、それぞれの線が東方の符文とはまったく異なる規則に従ってつながっているように見えた。
彼は小さなランプの光にかざしながら、指輪を回した。
「この魔導具について、何か知っているか?」
カラムは肉を飲み込んでから、少し身を寄せた。
「もちろん。ただ、指輪の話をする前に、一つ聞きたいことがある。」
「何?」
カラムはシラスをまっすぐ見つめた。
「あの女の子が、本物の王族だって可能性を考えたことはあるか?」
シラスは手を止めた。
「ん? どういう意味?」
彼は首を傾げ、よくわからないといった表情を浮かべた。
「二人ともキングスフィールドの貴族の子弟だと思っていたけど。彼女はもっと特別な身分なのか?」
「まさに、その話だよ。」
カラムは肉を置き、説明を始めた。
「父さんに何度かキングスフィールドへ連れて行ってもらったことがあるんだ。知っているだろ? あそこは軍事上の重要拠点であるだけじゃなく、魔導具の工房や、ノーマン軍に武器を供給する冶金施設でも有名なんだ。」
シラスはうなずいた。
キングスフィールドの名高い工房については、彼も本で読んだことがあった。ここでは通常の武器だけでなく、杖や魔術の指輪、さらには戦場での魔法行使を補助する装備など、軍の各部隊に向けた多種多様な魔導具が製造されている。
カラムは続けた。
「キングスフィールドでは、魔導具は決して珍しいものじゃない。評判のいい店に入れば、アウレリアン・ポートの人間なら長い間お金を貯めなければ買えないような品物が見つかることもある。中には貴族の家や軍の部隊のために特注されたものもあるんだ。」
彼は一度言葉を切り、シラスの手にある指輪を指さした。
「でも、僕が一番気になったのは、その指輪じゃない。」
「じゃあ、ペンダントか?」
「その通り!」
カラムはすぐにうなずいた。
シラスは彼を見つめ、説明を待った。
「学園から支給された護身用ペンダントの仕組みは覚えているだろ? 生徒が自分で引きちぎると、魔法が発動して本部ホールへ転送され、試験から脱落する。」
「うん。でも、エヴリンは自分でペンダントを引きちぎったわけじゃない。」
「そう。それが不自然なんだ。」
カラムは背筋を伸ばした。いつもの軽い口調とは違い、表情も真剣になっていた。
「戦いが始まったときから、僕は彼女を観察していた。彼女のペンダントはとても細くて、見た目だけなら特に目立つものじゃなかった。でも、攻撃を受けて不利な状況に陥った瞬間、彼女は自分で外していないのに消えてしまった。」
シラスはあの瞬間を思い出した。
純白の光がエヴリンを包み込んだ。生徒が試験から脱落するときに現れる、いつもの銀色の光とはまったく違っていた。
他の生徒がペンダントを使うと、すぐに学園の本部ホールへ転送される。しかし、エヴリンはその場で姿を消し、縄だけを残した。二人には彼女がどこへ移動したのかさえわからなかった。
「彼女はまだクラウンフェルにいると思うか?」
「その可能性は高い。」
カラムはうなずいた。
「確かなことは言えないけど、彼女の魔導具は試験区域内の別の場所へ転送したんじゃないかな。単なる護身用ペンダントじゃない。持ち主が危険に陥ったことを自動で感知して、独自の転移機構を起動する仕組みを備えているのかもしれない。」
シラスは黙って考え込んだ。
もしカラムの推測が正しければ、あのペンダントは一般の生徒に支給される品物より、はるかに複雑な魔術構造を持っていることになる。
それどころか、ある種の意識、あるいは独立した反応機構を備えている可能性さえあった。
シラスはエヴリンが消えたときのことを思い返した。
あの光は、通常の転移魔法には見えなかった。純粋で、安定しており、周囲の環境からほとんど影響を受けていないようだった。
「それで、彼女が王族だと思ったのか?」
「ペンダントだけが理由じゃない。」
カラムは一本の指を立てた。
「一つ目。彼女が持っていたのは、キングスフィールドの普通の店では見たことがない魔導具だった。二つ目。彼女はそれを持っていることにまったく違和感がなかった。まるで、自分を守ってくれる道具があることに慣れきっているようだった。そして三つ目……。」
彼は言葉を切り、シラスを見た。
「彼女は、自分の身に本当に危険が及ぶことなどないと、完全に信じているように見えた。」
シラスは眉をひそめた。
「その自信は、身分から来ていると思うのか?」
「その可能性はある。普通の貴族の家に生まれた人間でも強力な魔導具を持つことはできる。でも、持ち主を自動的に守る機能を備えた品物を手に入れられる者は限られている。特に、本人が自分で魔法を使わなくても、別の場所へ転送できるような魔導具ならなおさらだ。」
カラムは腕を組んだ。
「普通の魔導具と、状況を自動的に感知して使用者を守るために反応する魔導具では、まったく格が違うんだよ。」
シラスは考え込んだ。
彼はルシアンの指輪が、どれほど強力な雷法の一撃を吸収したかを目の当たりにしている。しかし、どれほど強力であっても、あれは使用者が戦闘中に運用する必要があり、一定の限界も存在していた。
一方、エヴリンのペンダントは、彼女が危険に陥った瞬間、自ら反応したように見えた。
それを考えると、どうしても気になってしまう。
「じゃあ、ルシアンはどうなんだ?」シラスは尋ねた。「あいつもかなり強力な指輪を持っていた。彼にも特別な身分があるんじゃないのか?」
カラムはシラスの手にある指輪を見てから、笑った。
「あの指輪は確かに強いけど、そこまで珍しいものじゃない。あれは元素エネルギーを吸収する魔導具の一種だ。魔術エネルギーの一部を変換して、防御結界を維持する能力がある。元素術を専門としない魔法使いにとっては、とても便利な品物だよ。」
彼は肩をすくめた。
「でも、機能としては比較的単純な魔導具だ。キングスフィールドの大きな店なら、似たような品物を扱っているところもある。もちろん、品質や値段にはかなり差があるけどね。」
シラスは指輪をもう一度見つめた。
「つまり、元素術を使う魔法使いへの対抗手段に特化しているのか?」
「そう。相手が元素魔法による攻撃を繰り返すだけなら、指輪はそのエネルギーの一部を吸収し、結界の維持に利用できる。でも、戦術を変えられる相手や、元素に依存しない方法を使う相手と戦えば、その効果は大きく落ちる可能性がある。」
カラムは少し間を置いてから続けた。
「ルシアンについては、せいぜいキングスフィールドの普通の貴族の家の出身だと思う。男爵家か、魔導具工房と何らかのつながりを持つ家かもしれない。良い指輪を持っているからといって、王族だとは限らないよ。」
シラスは軽く笑った。
「まるで、あいつの家系図まで調べたみたいな話し方だね。」
「そこまではしてないよ。父さんと一緒に出かけたときに、いくつか話を聞いただけさ。」
カラムは木の幹にもたれ、少し気楽な口調に戻った。
「父さんは船舶用品を買い付けるために、僕をいろんな場所へ連れて行ってくれた。その旅の中で、商人や職人、魔導具を扱う人たちにもずいぶん会ったんだ。最初は、ただ道具がどう動くのか気になっていただけだった。でも、調べれば調べるほど、どの魔導具にもそれぞれの物語があると気づいた。」
彼は暗い森の奥へ目を向けた。
「だから、僕は質問するのが好きなんだ。知らないことがあれば聞けばいい。理解できないなら、観察する方法を探せばいい。最初から何でも知っている人間なんていないだろ?」
シラスは友人を見つめ、驚きを隠せなかった。
カラムが好奇心旺盛で、探究心が強く、誰とでも気軽に話せる人間だということは、以前から知っていた。しかし、時折、ふざけた態度の裏側に、侮れない観察力と知識の蓄積が隠れていることがある。
カラムは、その場の好奇心だけで質問しているわけではない。
聞いたことを記憶し、別の経験と結びつけ、必要なときに活用しているのだ。
だからこそ、先ほどの戦いで二つの魔導具の違いに気づくことができた。
「君って、思っていたより物知りなんだね。」
シラスは指輪をポケットにしまった。
「褒め言葉をありがとう! ついに僕の才能を認めてくれたんだな!」
「調子に乗らないで。君の観察力を褒めただけだよ。」
「それでも十分さ!」
カラムは満面の笑みを浮かべた。
「ああ、そうだ。ついでに、その指輪は君が持っていていいよ。僕には必要ないし、君なら状況に応じて使えるだろう。何しろ、安い魔導具じゃないからね。」
シラスは少し迷った。
「でも、これは試験で手に入れた戦利品だ。持っていて問題ないのかな?」
「僕たちはルシアンを倒したし、あいつは試験から脱落した。少なくとも、この戦いであいつがそれを使う権利はもうない。学園に戦利品についての規則があるなら、後で確認すればいい。今は手元に置いておいた方が役に立つと思うよ。」
シラスはうなずいた。
指輪をむやみに使うつもりはなかった。まずは、その限界と仕組みを理解する必要がある。
それでも、ノーマンの魔導具について学ぶための貴重な機会であることに変わりはなかった。
彼にとって、まだ知識の足りない分野の一つだった。
持ってきた燻製肉を食べ終えると、シラスは周囲に設置した迷踪符を再確認した。力を大きく失った符を何枚か交換し、それから異常な揺らぎを感知できるよう、休憩場所のそばに法鈴を置いた。
カラムはスーツケースにもたれながら横になり、木々の梢を見上げた。
「なあ、シラス。」
「何?」
「もしエヴリンが本当に王族だったら、僕たちを探しに戻ってくると思うか?」
シラスは少し考えた。
「その可能性はあるね。」
「ずいぶんあっさり言うな!」
「他にどう答えればいいの?」
カラムはローブを引き上げ、冷たい空気を遮った。
「せめて、僕たちは完璧な対策を立てて彼女に対抗する、とか言ってくれよ!」
シラスは眉を上げた。
「どんな完璧な対策が欲しいんだい? 前回、君は雷法符を三枚も同時に発動して、自分まで気絶しかけたじゃないか。」
「……それは関係ない!」
「大いに関係あるよ。君がどれだけ長く戦えるかに直結するんだから。」
カラムは数秒黙り込んだ後、ため息をついた。
「わかった、わかった。次からはもっと慎重にするよ。」
シラスは微笑み、それ以上は何も言わなかった。
カラムが自分を助けるために危険を冒したことは理解している。彼の行動は少々無謀だったが、あの芝居がなければ、二人が勝利する機会を得られたかどうかもわからない。
「もう寝なよ。」シラスは言った。「明日も旅を続けなきゃならない。」
「わかった。でも、何か変な音が聞こえたら起こしてくれよ。」
「うん。」
カラムは目を閉じ、ほどなく眠りに落ちた。
シラスはしばらくそのまま座り、消えかけた小さなランプを見つめていた。彼は符を入れた袋に手を触れ、それから闇に沈む山並みへと目を向けた。
クラウンフェルは、彼が思っていたよりもずっと広大だった。
そして日が経つごとに、自分が知らないことはますます増えていく。
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木々の葉の間から朝日が差し込み、葉に残った露を照らしていた。
最初に目を覚ましたのはカラムだった。
彼は上半身を起こし、大きく伸びをしてから、長いあくびをした。
「ふぁ……。ようやくまともに眠れた。」
シラスはすでに起きており、残った荷物を片づけていた。
「君が気持ちよさそうに寝ているから、符を使わないと起きないんじゃないかと思ったよ。」
カラムは立ち上がり、服についた埃を払った。
「十分に眠っておけば、戦う力も戻る。これは法力を回復するための戦術なんだ!」
「見張りの途中で寝落ちすることを、戦術と呼ぶのかい?」
「そうさ。非常に高度な戦術だよ。」
シラスはただ首を振り、地図を取り出した。
次の目的地は、クラウンフェル山脈のさらに奥に位置するエヴァーミア松林だった。
試験前に提供された情報によれば、エヴァーミアには古い松の木が密集して生い茂り、地表を霧が覆うことも多い。さらに、傾斜の激しい地形が移動を困難にしている。特に早朝や雨上がりには、森の中の視界がわずか数十歩先まで狭まることもあるという。
一人で進むには適した場所ではない。
ましてや、警戒を怠ってよい場所でもなかった。
シラスは地図を畳み、ポケットにしまった。
「暗くなる前にエヴァーミアへ到着する。順調にいけば、森の外縁近くで安全に休める場所を見つけられるはずだ。」
カラムは念動術を使い、二人のスーツケースを浮かせた。
「じゃあ、順調にいかなかったら?」
「そのときは、君が歩いて運ぶことになるね。」
「……やっぱりそうなるのか。」
二人は荷物をまとめ、装備と残りの符を確認した。何も忘れていないことを確かめると、シラスは休憩場所の周囲に設置した迷踪符を回収した。
そして隠れ場所を後にし、北へと続く土の道を歩き始めた。
木々の間から差し込む陽光が、前方の道を照らしていた。遠くには霧に覆われた山頂が少しずつ姿を現し、目覚めたばかりの森には鳥のさえずりが響き始めていた。
カラムはシラスの隣を歩きながら、口笛を吹いていた。
「エヴァーミアには、昨日の洞窟より面白いものがあるといいな。」
シラスは彼を見た。
「また敵に会いたいのかい?」
「いや、そういうわけじゃない。宝物とか、廃屋とか、助けを必要としている可愛い女の子とかが見つかれば、なおいいね。」
「昨日のことがあったのに、まだ困っている女の子を助けたいの?」
カラムはすぐさま反論した。
「おい! 昨日のことは、戦術的に完全に正当な勝利だったんだぞ!」
「うん。特に、跪いて靴に口づけしたところなんかね。」
「シラス!!」
二人の笑い声が森の中に響いた。
しかし、エヴァーミアの松林へ近づくにつれ、空気は次第に冷たくなっていった。高い木々が密集し始め、陽光は少しずつ遮られていく。そして前方では、薄い白霧が山の斜面を這うように流れ下りていた。
シラスは足を止め、目の前でぼやけていく道を見つめた。
「着いたね。」
カラムは顔を上げた。彼の笑みも、ゆっくりと消えていった。
高くそびえる松の木々の間で、霧が長い帯となって渦巻き、道も、その両側に転がる岩も覆い隠していた。前方の地形は一度下り坂になったかと思うと、突然、曲がり角の向こうへ消えている。その先に何が待ち受けているのか、まったく見通せなかった。
シラスはポケットから法鈴を取り出した。
松林と土の道の境界を越えた瞬間、小さな鈴がかすかに揺れた。
チリン……。
澄んだ音が響く。
シラスは霧の奥を見つめ、その眼差しを引き締めた。
「カラム、ここからは僕のそばを離れないで。」
カラムはうなずいた。今度は冗談を言うこともなかった。
「わかった。」
二人はエヴァーミアの松林へと足を踏み入れた。
背後では、朝の陽光が木々の梢に遮られ、少しずつ遠ざかっていく。
前方では、霧が静かに彼らを待ち受けていた。
第9章・完




