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万里幻譚  作者: ケルビン
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第8章:神風

「なあ、前に話したことがあるだろ? 『神風』と呼ばれた戦士たちの話を覚えてるか?」


銀の滝のほとりに張り詰めた空気が漂う中、シラスは不意にカラムへと問いかけた。


カラムは一瞬、呆気に取られた。


シラスを見つめたまま、やがてその表情が少しずつ変わっていく。何か非常に重要なことを思い出したかのように、いつもの笑みが固まり、隠しきれない驚きが顔に浮かんだ。


「冗談だろ?!」


カラムは声を潜め、目の前の友人を見つめた。その計画が本気なのか、確かめずにはいられなかった。


「本当にやるつもりか? 相手はあの化け物二人だぞ!」


「間違いない。」


シラスは落ち着いた声で答えた。視線は依然として遠くの二人から離れていない。


「まだ僕が渡した符が何枚か残っているだろ。僕の言う通りに動けば、勝機はある。」


カラムは自分の上着のポケットに目を落とした。


中には、クラウンフェルに入る前にシラスから渡された符がまだ何枚か残っている。一見すると何の変哲もない黄色い紙切れだが、今やそれがこの戦いの勝敗を左右するかもしれないのだ。


彼はしばらく黙り込んだ後、ため息をついた。


「……わかったよ。」


顔を上げたカラムは、渋々ながらも笑みを浮かべた。


「ただし、この作戦が失敗したら、一生取り憑いてやるからな!」


シラスは肩をすくめた。


「そのときは、幽霊になっても見栄えがいい服を選んでおくんだね。」


「……本当にその口をどうにかしてほしいよ。」


二人は視線を交わした。


それ以上、言葉を交わす必要はなかった。互いに何をすべきか、すでに理解していたからだ。


向かい側では、二人がひそひそと話し続けているのを見て、少女が眉をひそめた。


「おい! あの二匹の猿、何をこそこそ話しているんだ?」


隣の少年も目を細めた。


彼の手には依然として魔術の指輪があり、二人を包む薄い結界もすでに安定を取り戻していた。東方の符が侮れない力を持つことは先ほどの戦いで思い知らされたが、それでも彼は自分たちが優勢だと信じていた。


指輪は魔力を吸収できる。


少女は傷を癒やすことができる。


一方、目の前のアウレリアン・コースト出身の二人は、奇妙な手段をいくつか持っているとはいえ、すでに相当な力を消耗している。


彼に言わせれば、この戦いの勝敗など始まる前から決まっていた。


「何をするつもりだ?」少年は冷ややかに尋ねた。「逃げ道でも探しているのか? 試してみるといい。海猿どもがどこまで逃げられるのか、見ものだな。」


それを聞いたカラムは、すぐにシラスへと顔を向けた。


一度まばたきをすると、突然、一歩前へ踏み出した。


そして、二人の相手が目を疑う中、カラムはゆっくりと膝をついた。


ドサッ。


両手を地面につき、深々と頭を下げる。


「どうか、命だけはお助けくださいませ!」


カラムの声は突然震え、心底怯えているかのような響きを帯びた。


「我々は目が節穴で、身の程も知らず、恐れ多くもお二方のような高貴な貴族様に逆らってしまいました! 我々はアウレリアン・コーストから来た、卑しい身分の者にすぎません。王都の礼儀も、上流階級の作法も心得ておりません! どうか慈悲をおかけください! この二匹の海猿に、せめて生きる道をお与えくださいませ!」


後ろに立つシラスの口元がぴくりと引きつった。


彼はすぐに顔を伏せ、手元の符を確認するふりをして表情を隠した。


まったく、どうしようもない奴だ。


カラムがどれほど口達者かは知っていた。しかし、こんな状況でその話術がこれほど恐ろしい方向に発揮されるとは思わなかった。


カラムはまだやめなかった。


「どうか、よくお考えください! 我々のような卑しい海猿を二匹倒したところで、何の名誉にもなりません! もしこの話が広まれば、お二方は取るに足らない相手を倒すためだけに、貴重なお時間を無駄にしたと思われてしまうかもしれません!」


少年の眉がわずかに上がった。


カラムはすかさず、その隙を逃さなかった。


「そこで、いかがでしょう! 我々をお許しくだされば、召使いとしてお仕えいたします! 牛馬のように働き、試験期間が終わるまで、お二方に誠心誠意お仕えいたします!」


彼は少しだけ顔を上げ、媚びへつらうような表情を見せた。


「そもそも、お二方のように高貴な気品と王族にも劣らぬ風格をお持ちの方々には、その偉大さを引き立てる卑しい者が何人か必要なのではありませんか? 我々には大した才能はありませんが、荷物を運んだり、道を切り開いたり、水を運んだり、雑用をこなしたりすることくらいならできます!」


シラスは今にも笑い出しそうになっていた。


カラムがここまで自分を卑下する姿など、これまで見たことがない。


しかし、それ以上に驚いたのは、本人がこの芝居を心から楽しんでいるように見えることだった。


少女はカラムをしばらく眺めた後、突然、声を上げて笑った。


「面白い! 本当に面白いわ!」


彼女は興味津々といった様子で、目の前に跪く生徒へ歩み寄った。


「海猿なんて、ただ吠えて石を投げることしかできないと思っていたけれど、話し方を心得ている者もいるのね。」


彼女はカラムのすぐ前で立ち止まった。


「召使いになりたいと言ったわね。なら、その忠誠心を証明してみなさい。」


彼女は片足を前に出し、カラムに頭を下げるよう促した。


「私の靴を舐めなさい。その後で、あなたを許すかどうか考えてあげる。」


カラムは黙り込んだ。


ほんの一瞬だけ、その顔に浮かんでいた媚びた笑みが消えかけた。


しかし、すぐに彼は再び頭を下げた。


「かしこまりました、お嬢様。お仕えできるとは、なんと光栄なことでしょう。」


彼は相手の要求に従い、従順な表情を崩さなかった。


後ろに立つシラスは、地面に顔がつきそうなほど深くうつむいた。


なんてことだ……。


彼は目を閉じ、肩が震えないよう必死にこらえた。


女好きのこいつのことだ。高貴な令嬢の近くにいられることを、内心では誇らしく思っているのかもしれない。恥というものを知らないのか!


しかし、シラスはすぐに気づいた。カラムは単にふざけているわけではない。


頭を下げている間も、彼は冷静さを失っていなかった。目は絶えず二人の位置関係や距離、そして使われている魔導具を観察していた。


カラムは待っていたのだ。


相手の警戒が緩む、その一瞬を。


そして、その機会はどうやら訪れたらしい。


少年が歩み寄り、満足げな表情でカラムを見下ろした。彼はカラムの背中に片足を乗せ、ぐっと力を込めた。自分の足元に跪く者には、顔を上げる権利すらないのだと思い知らせるように。


カラムはわずかに歯を食いしばった。


痛みに肩がこわばったが、その声は相変わらず甘ったるかった。


「さすがでございます、旦那様! まさに万人の上に立つお方です! その歩き方を拝見しただけで、並の人物ではないとわかりました!」


少年は吹き出した。


「口だけは達者だな、金髪の猿め。」


彼はますます得意げになっていった。


ついさっきまで自分に抵抗していた相手が、今では足元に跪き、自分の言葉や行動を褒めそやしている。その光景は、彼にこの上ない満足感を与えていた。


彼は自分の家柄や地位を周囲から敬われることに慣れていた。


だが、敵対していた相手が自ら頭を下げ、許しを乞う姿を見るのは、それとはまた違った快感だった。


彼は身をかがめ、カラムを見下ろした。


「眼鏡の奴よりは物分かりがいいようだな。少なくとも、いつ跪くべきかは理解しているらしい。」


カラムはすぐにうなずいた。


「もちろんでございます! 私のように賢い者が、旦那様の並外れた風格を一目で見抜けないはずがございません!」


「ハハハ! よく言った!」


少年は大声で笑った。


カラムはゆっくりと顔を上げ、相手の杖を握る手へと視線を滑らせた。


そして、突然、声色を変えた。


「ああ、旦那様……。」


「今度は何だ?」


「一つだけ、ささやかなお願いがございます。」


少年は眉を上げた。


「言ってみろ。」


カラムは彼の手を見つめ、心から感服しているような眼差しを向けた。


「旦那様のお手は、なんと美しいのでしょう。細く長い指に、杖を持つその優雅な姿勢……。もしよろしければ、その手に口づけをする栄誉を賜れませんでしょうか?」


少年は一瞬、呆気に取られた。


だが、すぐに満足げな笑い声を上げた。


「いいだろう! いいだろう! 少なくとも、お前には美を理解する目があるようだ!」


彼は右手をカラムの目の前へ差し出した。


魔術の指輪は依然としてその指にはめられており、指輪の表面に埋め込まれた宝石が、夕暮れの淡い光を反射していた。


カラムは頭を下げ、ゆっくりと手を伸ばした。


その一瞬だけでよかった。


彼が必要としていたのは、まさにその瞬間だった。


カラムの手が突然、相手の手首を強くつかんだ。


「なっ……?!」


少年が反応するより早く、カラムは勢いよく立ち上がった。体をひねり、相手の腕を背中側へ引き込み、その関節を完全に固定する。


「ぎゃああ! 痛い! 離せ!」


突然の叫び声に、少女は何が起きたのか理解するまで一瞬遅れた。


カラムは跪いていた姿勢から脱し、同時に相手の体を自分の前に盾として利用していた。


少年は必死にもがいたが、腕を不自然な角度で固定されているため、すぐには杖を使うことができなかった。


「この野郎! 騙しやがったな?!」


カラムは笑みを崩さなかった。


「おや、旦那様! 騙すだなんて、とんでもございません。私はただ、少しばかり……特別な方法で忠誠心を示したかっただけでございます!」


「殺してやる!!」


少女はすぐさま杖を掲げた。


杖の先端に緑色の光が燃え上がる。先ほどまでの愉快そうな表情は消え失せ、仲間が拘束されたことに気づいた彼女の顔には、怒りと動揺が浮かんでいた。


「ルシアンを放しなさい!」


彼女はカラムへ向かって突進し、攻撃を放とうとした。


だが、カラムはすでにそれを予測していた。


彼はルシアンの体を横へ引き寄せ、自分と少女の間に盾として立たせた。


放たれた魔法は進路を変えることなく、そのままカラムに拘束された相手へと直撃した。


ドォン!


ルシアンが苦痛の叫びを上げた。


「エヴリン! お前、何をやっているんだ?!」


エヴリンは呆然とした。自分の放った魔法が仲間に命中したことが、信じられなかったのだ。


カラムはその隙を逃さず、ルシアンの耳元へ顔を寄せた。


「なあ、貴族様。」


その声は、妙に楽しげだった。


「『道連れ覚悟の特攻』って言葉、聞いたことあるか?」


ルシアンは突然、何かがおかしいと感じた。


「何……?」


カラムは笑みを浮かべた。


「雷法符!」


---


カラムの服の内側に隠されていた符が、一斉に光り始めた。


一枚。


二枚。


三枚。


赤黒い符文から青白い光が広がり、瞬く間に彼の腕と体を包み込んでいく。黄色い紙の表面では小さな電流が踊り、パチパチという音を連続して響かせた。


シラスはすぐに顔を上げた。


「カラム!」


友人がまさか雷法符を三枚も同時に使うとは思っていなかった。


それは極めて危険な行為だった。


雷法符は、電撃のエネルギーを一度に集中して放出するために作られている。複数の符を至近距離で同時に発動させれば、放出される力は大幅に増大する。しかし、爆発の中心に近い者は、その電流によって自分自身も影響を受ける危険がある。


カラムはそれを知っていた。


それでも、彼は実行した。


ルシアンを拘束から解放してしまえば、自分たちの勝機はほとんどなくなると理解していたからだ。


この瞬間に賭けるしかなかった。


光が激しく弾けた。


巨大な衝撃が二人の周囲に集中し、近くにあった石が震え、地面から跳ね上がった。空気が一瞬押し縮められ、次の瞬間、眩い光を伴って爆発した。


「うわあああああっ!」


ルシアンの苦痛に満ちた叫びが、滝のほとりに響き渡った。


エヴリンは目の前の光景に戦慄した。


「ルシアーン!!!」


彼女は、自分が見下していた二人の生徒が、こんな無茶な手段に出るとは想像もしていなかった。


指輪の結界は、もはやルシアンを完全に包み込んではいなかった。彼は不意を突かれ、魔導具を自分の意思で操作することもできず、放出されたエネルギーの発生源にあまりにも近すぎたのだ。


カラムもまた、その影響を受けていた。


青白い光の中で体を硬直させながらも、彼は電流が最大限に達するその瞬間まで、相手を離さなかった。


やがて、二人の体は元いた場所から吹き飛ばされた。


ルシアンは地面に倒れ込み、もはや抵抗する力も残っていなかった。魔術の指輪はまだ彼の手にはまっていたが、表面の宝石はかなり輝きを失っていた。


カラムはふらつきながらも、どうにか半身を起こした。しかし、その膝はすぐに崩れ落ちた。


彼は手をついて地面を支えようとしたが、視界がぼやけ始めていた。


「くそっ……。」


彼は荒い息を吐いた。


「三枚は……さすがにやりすぎたか……。」


そしてカラムは、そのまま地面に倒れ、意識を失った。


意識が途切れる直前、彼はまだ一つのことを思い出せるだけの余力があった。


シラスから、法力を温存しておくように言われていたことだ。


そして、自分はその忠告を完全に無視してしまった。


きっと、あいつにこっぴどく叱られるだろうな……。


その考えが浮かんだ直後、周囲の音はすべて闇の中へと沈んでいった。


---


「ルシアン!」


エヴリンは叫び、すぐさまルシアンのもとへ駆け寄った。


彼女は仲間の傍らに膝をつき、震える手で容態を確かめる。指輪はまだ残っていたが、ルシアンは自力で立ち上がることすらできなかった。彼女は杖を掲げ、生命術で彼を回復させようとした。


しかし、シラスはその機会を与えなかった。


彼は近くにあった石を拾い上げ、エヴリンに向かって投げつけた。


ヒュッ!


石は空を切って飛んでいく。


エヴリンは反射的に体を傾けて避けた。石は彼女のすぐ脇を通り過ぎ、ほんの一瞬、体勢を崩させただけだった。


「この野郎!」


シラスはすぐさま距離を詰めた。


時間はない。カラムは後方で倒れたままだ。一方、エヴリンは自由に動ける限り、まだ魔法を使うことができる。


シラスは駆け寄り、杖を持つ彼女の手首をつかんだ。


エヴリンは驚き、すぐさま振りほどこうともがいた。


「手を離しなさい! この野蛮人!」


彼女は魔力を呼び起こそうとしたが、シラスは素早く手首をひねり、魔法を放てる方向から杖をそらした。続いて荷物の中に入れていた細い縄を取り出し、彼女の両手を縛り上げると、滝の近くにあった木の根元まで連れていった。


「大人しくしていて。」


「放しなさい!」


エヴリンはもがいたが、シラスは気にも留めなかった。


彼は彼女の持ち物を調べ、拘束された状態でも容易に使えそうな杖や魔導具を取り上げた。突然反撃されないよう、彼女との距離にも気を配っていた。


一通りの処置を終えると、シラスはようやくカラムのもとへ戻った。


彼は膝をつき、友人に意識があるかどうかを確かめる。


「カラム?」


返事はない。


「カラム、聞こえる?」


シラスはそっと彼の肩を揺すった。


カラムは依然として動かなかった。呼吸こそ安定しているものの、雷法符を三枚連続で発動したことで、明らかに力を使い果たしていた。


シラスはため息をついた。


「まったく、こいつは……。」


友人の服に残る、黒く焼け焦げた符を見つめる。心配と呆れが入り混じった表情だった。


「簡単なことを一つ頼んだだけなのに、どうしてこうなるんだ。」


そう言いながらも、シラスはカラムの体を丁寧に調べ、深刻な怪我がないか確認した。容態が安定しているとわかってから、ようやく立ち上がり、ルシアンの方へ向かった。


少年は少し意識を取り戻していたが、まだ立ち上がることはできなかった。シラスが近づいてくるのを見ると、彼は怒りに満ちた目を向け、必死に後ずさった。


「来るな……近づくな!」


シラスは何も言わなかった。


彼は身をかがめ、ルシアンの指から指輪を乱暴に引き抜いた。それから首にかけられた護身用のペンダントをつかみ、強く引きちぎった。


パキン!


銀色の光が、たちまち彼の体を包み込んだ。


ルシアンの姿は、滝のほとりから消え去った。


シラスは魔術の指輪を手に取り、数秒ほど観察してから、戦闘中に失くさないようポケットへしまった。今すぐ使うつもりはないが、ノーマン帝国の魔導具を理解するうえで、重要な手がかりになるかもしれない。


一点。


これでシラスとカラムは、もう一人の生徒を倒したことになる。


ただし、その代償は決して小さくなかった。


---


「ルシアーーン!!」


背後からエヴリンの叫び声が響いた。


彼女は木の根元に縛られ、仲間のもとへ近づくことができなかった。ルシアンが試験から脱落したと気づいた瞬間、その顔は怒りで歪んだ。


「忌々しい野蛮人ども! 猿ども! 混血の雑種ども! お前たちはノーマン帝国の恥さらしよ!」


彼女の目尻から涙がこぼれ落ちた。それでも、その声には憎悪が満ちていた。


「殺してやる! 聞こえたか?! 絶対に殺してやるんだから!」


シラスは彼女の前に立ち、しばらく黙って見つめていた。


自分の故郷を侮辱されるのは好きではなかった。血筋や出自だけを理由に他人を見下す、その考え方も気に入らない。


しかし、だからといって、いつまでも罵声を聞かされたいわけではなかった。


「少し黙ってくれないかな?」


エヴリンは彼を睨みつけた。


「この猿! お前……!」


シラスは明らかに苛立った様子で手を上げた。


だが、彼が何かするより先に、誰かの手がその手首をつかんだ。


「女性を殴るのはよくないぞ、シラス。」


シラスが振り返る。


いつの間にか、カラムが目を覚ましていた。


まだ疲れが残っているのか、顔色は少し青白かったが、少なくとも自力で上半身を起こせる程度には回復していた。顔にはいつもの笑みが戻っていたが、今回はどこか言い表しがたい疲労の色が混じっていた。


シラスは友人を見た。


「目が覚めたのか?」


「ああ。すごいな。どうやら、まだ生きているらしい。」


カラムは手をついて立ち上がり、エヴリンの方へ歩いていった。


縛られた少女を見ても、怒りや満足げな様子は見せなかった。代わりに彼女の前にしゃがみ込み、突然攻撃されないよう、適度な距離を保った。


「ねえ、お嬢さん。」


エヴリンは顔を背けた。


「あっちへ行きなさい。」


カラムは気にしなかった。


「名前は?」


彼女は黙ったままだった。


カラムは首を傾げ、しばらく返事を待ってから続けた。


「まあ、顔は覚えたけどね。名前も知っておいた方がいいだろ?」


エヴリンは顔を戻し、鋭い視線を向けた。


「エヴリン・アシュフォードよ。」


一語一語を強調するように、彼女は名を告げた。まるでその名を二人の記憶に刻みつけようとするかのように。


「よく覚えておきなさい! いつか必ず、お前たちを踏みつけてやる! そのときになって、私の門番をする犬にしてくれと泣いて頼んでも、許してなんかあげないんだから!」


カラムはぱちぱちと瞬きをした。


それからシラスの方を向いた。


「なあ、シラス。」


「何?」


「あの子、ちょっと……自信過剰すぎないか?」


シラスはエヴリンを見て、それからカラムへ視線を戻した。


「『ちょっと』って言葉を使うには、控えめすぎると思うよ。」


カラムは吹き出した。


エヴリンはますます怒り、手首の縄が張り詰めるほど激しくもがいた。


「このクズども! 必ず後悔させてやる!」


シラスはため息をつき、彼女の首にかかったペンダントを引きちぎろうと身をかがめた。


しかし、指先がペンダントの表面に触れた瞬間、銀色の光が突然弾けた。


「何……?」


シラスとカラムは同時に目を細めた。


光がエヴリンを包み込み、彼女の体に巻きついていた縄が地面へと落ちた。ほんの一瞬のうちに、少女の姿は完全に消え去っていた。


罵声はもう聞こえない。


脅しの言葉もない。


ただ、木の根元に縄だけが虚しく残されていた。


シラスは数秒間、呆然と立ち尽くした。


そして、ゆっくりとうつむいた。


「……まったく。」


カラムは目の前の空き地を見つめ、それからまだ手を伸ばしたままのシラスを見た。


「今のは何だったんだ?」


シラスは地面に落ちていたペンダントを拾い上げ、観察してからため息をついた。


「縛られたことで、彼女が護身用のペンダントを発動させたのかもしれない。あるいは、装着者の状態に反応する仕組みなのかも。」


「つまり、ポイントは手に入らなかったってことか?」


シラスは黙った。


カラムも黙った。


二人は互いの顔を見つめた。


しばらくして、ようやくシラスが口を開いた。


「一点……こうして消えてしまったね。」


カラムは空を仰いだ。


「信じられない! あの子を捕まえるために、どれだけ苦労したと思ってるんだ!」


「作戦を考えたのは君で、符を使い果たしたのは僕だよ。」


「待てよ! 責任を全部こっちに押しつけるな!」


「じゃあ、誰が雷法符を三枚も同時に使ったのかな?」


カラムはぴたりと黙り込んだ。


シラスは腕を組んだ。


「他に誰がいる?」


「……わかったよ。悪かった。」


カラムは頭をかき、気まずそうに笑った。


「でも、少なくともキングスフィールドの二人を脱落させたんだろ?」


シラスはしばらく彼を見つめていたが、やがて笑みをこぼした。


「そうだね。少なくとも、僕たちはまだ生きている。」


彼はしゃがみ込み、残っている符を拾い集め、枚数を確認してからポケットへしまった。戦いは終わったが、もうこの滝のほとりに長居することはできない。


雷法符が生み出した音はあまりにも大きかった。近くに他の生徒がいれば、間違いなく聞きつけているはずだ。


そして、もし誰かがここへやって来たら、力の大半を使い果たした二人に勝ち目はほとんどない。


「とにかく。」シラスは洞窟の方を向いた。「まずは休もう。続きは明日の朝に考えればいい。」


カラムはうなずき、ゆっくりと後に続いた。


「賛成。でも次からは、誰かの前で跪かなきゃいけない作戦を思いついたら、せめて一日前には教えてくれよ。」


シラスは眉を上げた。


「何のために?」


「心の準備をするためだ!」


「一週間準備したところで、今日より上手く演じられるとは思えないけどね。」


「シラス!!」


カラムの声が滝の音に混じって響き、先ほどまでの重苦しい空気を吹き飛ばした。


シラスは笑った。しかし、振り返って夕暮れとともに暗くなり始めた森を見つめると、その笑みも少しずつ薄れていった。


彼らはいくつかのポイントを獲得した。


そして、ノーマン帝国の裕福な州から来た相手について、重要なことを一つ学んだ。


この試験において、強さを決めるのは生まれ持った素質や魔法を操る能力だけではない。


高価な魔導具、何世代にもわたって受け継がれてきた知識、そして、すべての生徒が手にできるわけではない資源もまた、力の一部なのだ。


シラスはポケットの中にある魔術の指輪に手を触れた。


その仕組みを調べる必要がある。


自分が使う符の限界も、正確に理解しなければならない。


そして何より、自分より強い相手と戦う際、あまり多くを犠牲にせずに対処する方法を見つけなければならなかった。


クラウンフェルは、まだまだ広大だ。


十日間の試験も、まだ終わっていない。


シラスは、歩きながら三枚の符のせいで死にかけたとぶつぶつ文句を言っているカラムを見て、軽く首を振った。


「君は本当に馬鹿だね。」


カラムはすぐさま振り返った。


「何だって?」


「何でもないよ。」


「今、僕のことを馬鹿って言っただろ?!」


シラスは歩く速度を上げた。


「自分でそう思ったんじゃないか。」


「シラス! 待てーっ!」


二人の言い争う声は、やがて茂みの向こうへと遠ざかっていった。


その後には、沈みゆく夕日の下、銀の滝が絶え間なく流れ落ちる音だけが残された。


第8章・完

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