第6章:キングスフィールドから来た者たち
「いやあ、さっきの石投げは本当に痛かったな!」
突然、茂みの向こうから声が聞こえた。
カラムは即座に振り返った。
一人の青年が、ゆっくりと木々の間から姿を現した。片手でローブに付着した枯れ葉を払い落としている。顔の片側には血が流れた跡があり、カラムが先ほど投げつけた岩による傷であることは明らかだった。
しかし、不思議なことに、彼は少しも怒っている様子を見せなかった。
それどころか、薄い笑みを浮かべ、まるで庭園を散歩してきたばかりであるかのように、悠然と立っていた。
カラムは数秒間、彼を見つめた。
こいつ、頭を打ちすぎておかしくなったのか?
「おっと、ごめんごめん!」カラムは両手を上げた。声にはまったく反省の色がなく、ふざけた調子だった。「わざとじゃないんだよ~~~」
青年は吹き出した。
「ははっ! 面白い奴だな」
彼は片手を上げ、掌に法力を込めて傷口にそっと当てた。淡い青色の光が顔を覆う。傷口は徐々に塞がり、血も止まった。肌にはかすかな赤い跡が残るだけだった。
カラムは目を細めた。
治癒魔法か。悪くないな。
相手が完全に回復するまで、ただ眺めているつもりはなかった。
青年の顔を包んでいた光が弱まった瞬間、カラムは手を掲げた。周囲に散らばっていた岩が一斉に浮かび上がり、驚くほどの速度で彼へと飛んでいく。
ヒュッ! ヒュッ! ヒュッ!
しかし今度は、岩が標的に届くことはなかった。
青年の身体を覆うように、目に見えない膜が現れたのだ。岩はそれに激突し、重々しい音を立てた後、細かな破片となって砕け散り、地面へと降り注いだ。
青年は一歩も後ろへ下がらなかった。
「念動術か?」青年は首を傾けた。「なかなかやるじゃないか」
カラムは手を下ろした。口元にはまだ笑みが残っている。
「どうも。そっちの防御もなかなかのものだな」
「へえ、そうか?」
青年は足元に散らばる石の破片を見てから、再びカラムに目を向けた。
「てっきり、俺がここにいる理由を尋ねてくると思ったんだがな」
カラムは肩をすくめた。
「話したいなら聞いてやるよ。どうぞ」
青年は笑った。相手の態度がよほど気に入ったらしい。
「さっきの女のことか? あいつは昼間から見かけていたんだ。周りをまったく警戒せず、ただ前へ進んでいくばかりでな。あまりに未熟で、哀れになるほどだったよ」
「それで?」
「簡単な話さ。いくつか手を加えて、俺の言うことを聞くようにした。あの女はずっと泣いて助けを求めてばかりだった。まったく、魔術師としての体裁もないな」
彼は軽蔑するような口調で話した。まるで今語った出来事が、何でもない暇つぶしに過ぎないかのようだった。
カラムは表情を変えずに彼を見つめた。
「それで? 続きはどうしたんだ?」
青年の笑みがわずかに引きつった。
彼は相手が怒り出すことを予想していた。あるいは、話を聞いて冷静さを失うことさえ期待していたのだろう。しかし、カラムはただそこに立ち、あまりにも平然としていた。まるで壁に向かって独り言を話しているような気分だった。
「おや?」青年は眉を上げた。「女の子を大切にする気持ちはないのか? ここまで聞けば、怒り狂って俺を罵倒すると思っていたんだがな」
カラムはため息をついた。
「悪いけど、そういうのに興味はないんだ」
そう言うと、彼はすぐに手を掲げた。
青年の顔から笑みが消えた。
大量の法力が瞬く間にカラムの腕の周囲へと集まっていく。目の前の空気が震え始め、地面の枯れ葉が舞い上がり、小さな小石が次々と宙に浮かんだ。
先ほどまでの石を操る攻撃とは違い、今度のカラムは物体を使って攻撃しようとしているのではなかった。
彼は法力そのものを、目に見えない衝撃波へと圧縮していた。
「待て!」
ドォン!
法力の奔流が矢のように放たれ、相手の防御膜を真正面から貫いた。結界は激しく光った後、粉々に砕け散り、目を見開いた青年の姿が露わになる。
衝撃によって、彼の身体は後方へと吹き飛ばされた。
ドンッ!
背中が大木に激突した。幹全体が大きく揺れ、頭上から葉がはらはらと舞い落ちる。
カラムは彼に考える時間さえ与えなかった。
すぐさま駆け寄り、相手の首にかかった護身用のペンダントをつかむ。
「ここまでだ!」
パキッ!
ペンダントが引きちぎられた。
銀色の光が一気に広がり、青年の全身を包み込む。彼は消える直前、カラムを憎々しげな目で睨みつけた。
そして、その姿は森から消え去った。
カラムは数秒間その場に立ち尽くし、それから手の中にあるペンダントを見下ろした。
「もう一点だ」
彼は肩についた埃を払い、楽しそうに洞窟へと戻っていった。
「いやあ、簡単に二点も稼げた! 忘れられない夜になりそうだな」
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カラムが戻ってきたとき、シラスはまだ洞窟の入口近くに座っていた。隣には符を入れた袋と法鈴が置かれている。
彼は戻ってきた友人を見上げ、その目はすぐにローブに付着した大量の枯れ葉へと向かった。
「どうだった? 問題なかったか?」
「もちろんだ!」カラムは腰を下ろし、二本のペンダントを並べて置いた。「全部片付いたよ。結界はなかなか優秀だったけど、残念ながら俺の法力のほうが上だったな」
シラスは二本のペンダントを見てから、カラムに視線を戻した。
「もう一人とも戦ったのか?」
「そうだ。あの女の件の黒幕だよ。どうやら、前から俺たちを監視していたらしい」
シラスは眉をひそめた。
「それで、なぜ自分から姿を現したんだ?」
「石を投げられた仕返しでもしたかったんじゃないか?」
「まるで何でもないことのように言うな」
「何でもないだろ? あいつが来て、俺が倒して、点数を手に入れた。それだけさ!」
シラスは黙って友人を見つめた。
時々、カラムの機転を褒めるべきなのか、それともその無鉄砲な性格を心配するべきなのか、本当に分からなくなる。
「まあ、いい」シラスは符を袋にしまった。「今夜はもう休もう。明日も先へ進まなきゃならないからな」
カラムは大きくあくびをし、荷物の隣に横になった。
「賛成。明日の朝はうまい朝食と、平坦な道と、俺の頭に石を投げてくる馬鹿がいないことを願うよ」
シラスは眉を上げた。
「先に石を投げたのはお前だろ」
「それは別の話だ!」
「何が違うんだ?」
「投げたのが俺だからだ!」
シラスは笑い、首を振ってからローブを身体に掛けた。
「寝ろ、カラム」
「おやすみ、守りの王様」
「もう一度それを言ったら、お前の顔に迷踪符を貼ってやる」
カラムはすぐにローブを頭まで引き上げた。
「分かった! もう何も言わない!」
二人の小さな笑い声は、やがて闇の中へと溶けていった。
洞窟の外では、夜風が木々の梢を吹き抜け、虫たちの鳴き声を運んでいた。森は再びいつもの静けさを取り戻し、先ほどの衝突など最初からなかったかのようだった。
しかし、シラスは目を閉じても、法鈴が感知した異常な揺らぎを忘れてはいなかった。
クラウンフェルには、まだ彼らの知らないことが数多くある。
そして、これはまだ最初の夜に過ぎなかった。
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翌朝、木々の隙間から差し込む陽光が、洞窟の入口近くで眠っていた二人を目覚めさせた。
先に目を覚ましたのはカラムだった。
彼は身体を起こし、大きくあくびをしてから周囲を見回した。最初の数秒間、自分がどこにいるのか忘れていたようだった。しかし、苔に覆われた岩壁と隣に置かれた荷物を目にすると、入学試験がまだ続いていることを思い出した。
「ふう……」
カラムは大きく伸びをした。
「少なくとも、まだ生きているな」
「それに気づいてがっかりしているように聞こえるぞ?」
シラスはいつの間にか起きており、自分の荷物を片付けていた。
カラムは彼のほうを振り返った。
「いや、ただ今日も生きていられる喜びを噛みしめているだけさ」
「なら、早く噛みしめておけ。銀の滝を探しに行くぞ」
二人は手早く荷物をまとめ、持ち物を確認してから洞窟を後にした。
森の朝は、夕暮れ時よりもずっと美しかった。薄い霧が地面を覆い、葉に残った水滴が陽光を受けてきらきらと輝いている。遠くからは鳥たちのさえずりが聞こえ、涼しい風が草木の香りを運んできた。
二人は選んだ道に沿って進み続けた。
そして昨日と同じように、ほかの学生の姿は見当たらなかった。
「なあ、俺たち、道を間違えているんじゃないか?」カラムが尋ねた。
シラスは地図を取り出して確認した。
「いや。地図が正しければ、銀の滝はこの森を抜けた先にある」
「じゃあ、どうして誰にも会わないんだ?」
「ほかの連中は別のルートを選んだんだろう」
カラムはため息をついた。
「三千人もいるのに、まるで俺たちだけの旅行みたいだな」
「そんなに敵と会いたいのか?」
「そういうわけじゃない。でも、ずっと歩いているだけで一点も稼げなかったら、さすがに不安になるよ」
シラスは地図をしまった。
「もう二点持っているだろ」
「どっちもお前が石を投げたおかげだな」
「石を投げたのはお前だ」
「そして、お前はチームの戦術報告書を書く係だ!」
シラスは吹き出した。
二人はそのまま歩き続け、道中も他愛のない会話を交わしていた。枯れ葉を踏む足音が規則正しく響き、目覚め始めた森の音に溶け込んでいく。
そのとき、右手の茂みから突然、かすかな物音がした。
ガサッ。
シラスは即座に足を止めた。
「誰だ?」
カラムは一切ためらわなかった。手を掲げ、近くにあった大きな岩を念動術で持ち上げると、そのまま茂みへ向かって投げつけた。
ヒュッ!
ドンッ!
甲高い叫び声が響いた。
しかし、それは人間の声ではなかった。
二人はすぐに近づいた。岩に押しつぶされて茂みが倒れ、その下から小柄な生き物が姿を現した。青灰色の肌に長く尖った耳、前へ突き出した鼻、そして醜い顔つきをしている。
そいつは頭を抱え、不快そうなうめき声を漏らしていた。
カラムは瞬きをした。
「ゴブリンか?」
シラスは目の前の生き物を観察し、わずかに眉をひそめた。
「間違いない。ゴブリンだ」
ゴブリンは通常、国境地帯に出没することが多い。特に、荒れた森林や魔力の異常が見られる場所の近くで目撃される。帝国の報告書にもたびたび登場する生物であり、決して珍しい存在ではない。
しかし、この場所で遭遇したことには、シラスも少なからず驚いていた。
彼は開会式で試験を統括する魔術師が話していたことを思い出した。神秘的な異常現象や正体不明の生物に関する報告が、ノーマン帝国各地で増加しているという話だ。
もしかすると、このゴブリンの出現も単なる偶然ではないのかもしれない。
だが、シラスがさらに考えを巡らせる前に、カラムが手を叩いた。
「五点が目の前に転がっているぞ!」
「そいつを金袋みたいに言うのはやめてくれないか?」
「でも、実際そうだろ?」
ゴブリンは顔を上げ、血走った目で二人を睨みつけた。歯をむき出しにして唸ると、突然こちらへと突進してきた。
カラムはすぐに手を掲げた。
小さな岩が一つ浮かび上がり、ゴブリンの突進する方向を逸らす。ゴブリンはよろめいたが、それでもカラムに向かって腕を振り回そうとした。
シラスはそれ以上待たなかった。
彼は袋から雷法符を一枚取り出し、二本の指で挟んだ。黄色い紙に描かれた朱墨の線が淡く光り、道気が符へと注ぎ込まれていく。
シラスは小さく呪文を唱えた。
「雷霆、命に応じ、玄気は元へと帰す。急ぎて行け!」
彼は手を振った。
符はゴブリンに向かって飛び、その途中で空中に閃光を放った。
ドォン!
青白い稲妻が空間を切り裂き、突進していた生物を直撃した。一瞬、強烈な光が辺りを照らし、続いてゴブリンのうめき声が途切れた。
稲妻が消えたとき、ゴブリンは地面に倒れ、もはや戦闘を続けられる状態ではなかった。
カラムは口笛を吹いた。
「いやあ! お前の東方魔術は本当に便利だな。法力をそれほど消費せずに、あれだけ強力な一撃を放てるなんて」
シラスは視線を戻し、その生物が本当に攻撃できなくなったかを確かめた。
「符には、作るときに込めた力の一部を蓄えておくことができる。ただし、一枚につき一度しか使えない。それに威力は、符を描く者の技量と、込めた道気の量によって変わる」
「じゃあ、次はあと数百枚ほど描いておいてくれよ」
「俺が移動式の符製造工場だとでも思っているのか?」
「違うのか?」
シラスはため息をつき、残りの符を袋にしまった。
「お前は本当に、人の顔に符を投げつけたくなるようなことを言うのが得意だな」
カラムは満面の笑みを浮かべ、ゴブリンを見下ろした。
「簡単に五点だな?」
「おそらくな」
シラスは周囲を一通り見回してから、二人で再び歩き始めた。
この周辺にほかのゴブリンがいるかどうかは分からない。しかし、普段なら国境地帯に出没する生物がクラウンフェルの奥深くにまで現れているのなら、この試験には見た目以上に異常なことが潜んでいるのかもしれない。
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午後になると、前方から水の流れる音が聞こえ始めた。
最初は風の音や鳥の声に紛れるほどかすかなものだった。しかし、進むにつれて音は次第にはっきりとし、やがて森の木々を越えて響き渡る滝の轟音へと変わった。
カラムの表情が一気に明るくなった。
「ようやく着いたぞ!」
彼は速度を上げ、大きな茂みを抜けて開けた場所へと出た。
そして二人の目の前に、銀の滝が姿を現した。
巨大な水流が高い岩壁から流れ落ち、山林の中に銀色の絹の帯を広げたかのように見える。水しぶきが舞い上がり、空中には薄い霧が漂っていた。滝壺の下には透明感のある青い湖が広がり、その水面には夕陽の黄金色が映し出されている。
岸辺には苔に覆われた大きな岩が点在し、岩壁からは蔓が垂れ下がっていた。周囲の木々が作り出す景色は、荒々しくも雄大だった。
シラスはその光景を前に、しばらく立ち尽くしていた。
夕陽が斜めから水の幕を照らし、無数の水滴を水晶の粒のように輝かせている。その瞬間、彼は自分が危険な試験に参加していることさえ忘れかけていた。
それほどまでに、美しい景色だった。
「おい、シラス!」
カラムが友人の肩を軽く突いた。
「ずいぶん熱心に見ているな。滝の上で美少女が水浴びでもしているのか?」
シラスはすぐに振り返った。
「女の子以外のことも考えられないのか?」
「考えられるさ! 食べ物、金、勝利、それから……」
「もういい」
カラムは大声で笑った。
シラスは首を振ったが、口元にはわずかな笑みが浮かんでいた。再び滝へと視線を戻し、顔に吹きつける冷たい水しぶきを感じる。
そのとき、背後から突然声が聞こえた。
「どうやら、ずいぶん楽しそうだな?」
シラスは即座に振り返った。
湖へと続く道から、二人の学生が姿を現した。
一人は男、もう一人は女。二人ともキングスフィールド州の紋章を身につけていた。
男は整った金髪をきれいに撫でつけており、二日近く森の中を歩いてきたとは思えないほど、衣服には埃一つ付いていなかった。手には杖を持ち、背筋をまっすぐに伸ばしている。その眼差しは穏やかだったが、警戒を解いてはいなかった。
隣に立つ少女もまた、輝くような金髪を持ち、整った顔立ちをしていた。服装は細部まで丁寧に整えられている。二人の立ち居振る舞いには自信がにじみ出ており、どこか傲慢ささえ感じられた。まるで、他人から道を譲られることに慣れきった人間のようだった。
豪華な城で育ち、家名と社会的地位が何よりも重んじられる環境に身を置いてきた者たち。
四人は互いに向き合った。
八つの視線が、轟音を立てる滝の前で交差する。
シラスはさりげなく、新たに現れた二人を観察した。
金髪の青年は、魔法エネルギーを操り、防御障壁を形成することを得意とする玄術師のように見えた。一方、隣の少女は生命術師かもしれない。生命力の研究と操作、傷の治療、そして生物の身体への干渉を専門とする学派だ。
その推測が正しければ、二人とも簡単には相手にできない。
特に、戦略的な魔術師を育てる専門教育機関が数多く存在するキングスフィールドの出身となれば、なおさらだ。
カラムもそれに気づいていた。彼の笑みはまだ残っていたが、いつでも念動術を使えるよう、片手を密かに持ち上げていた。
先に口を開いたのは金髪の青年だった。
「こんにちは、二人とも」
声は礼儀正しく、愛想のよい笑みまで浮かべていた。しかし、その目は絶えずシラスとカラムを観察している。まるで、二人が自分の時間を割くに値する相手かどうか、品定めしているかのようだった。
シラスは無用な衝突を避けたかった。
彼は自ら一歩前に出て、友好的な口調で挨拶した。
「こんにちは! 僕たちはアウレリアン・コーストから来ました。お会いできて嬉しいです」
一瞬、金髪の青年は何も答えなかった。
彼の唇に浮かんでいた笑みが、ゆっくりと消えていく。
隣に立つ少女はわずかに眉をひそめ、シラスを頭から足元まで眺めた。彼女の視線は、腰に身につけた東方風の道具で止まり、それからカラムへと移った。
その顔には、明らかな侮蔑の色が浮かんでいた。
「海から来た、雑種の猿ども」
その声は冷たく、侮辱を隠そうとする気配すらなかった。
周囲の空気が凍りついたように感じられた。
カラムの笑みは完全に消えた。
シラスはその場に立ち尽くした。彼の目に、一瞬だけ暗い色が宿る。異なる文化的背景を持つ者たちへの偏見については、これまでにも耳にしたことがあった。しかし、ヴァルドレン王立大学の入学試験の最中に、ここまで露骨な言葉を口にする人間がいるとは思っていなかった。
金髪の青年は小さく笑い、少女を止めようとする様子もなかった。
「へえ、雑種か。なら、もう話すことはないな」
彼は杖を掲げた。
その動作によって、最初に見せていた偽りの礼儀正しさは完全に消え去った。青年は横へ一歩移動し、重心を低く構える。視線は目の前の二人に固定されていた。杖の先端では法力が揺らめき始め、周囲の空気がわずかに震えている。
少女も手を上げ、指先を動かした。今にも魔法を発動させようとしているようだった。
シラスはカラムを見た。
二人の視線が交わる。
言葉にする必要はなかった。互いに、これが挨拶だけで終わることはないと理解していた。
挑発を受け流すことはできる。
だが、侮蔑に対して頭を下げる必要はない。
カラムは手首を軽く回した。足元にあった小石がいくつか、ゆっくりと地面から浮かび上がる。
シラスはポケットに手を入れ、整然と収められた黄色い符に指を触れた。
金髪の青年が口元を歪めた。
「海の果てから来た猿どもに、どれほどの実力があるのか見せてもらおうか」
シラスは顔を上げ、落ち着いた目で彼を見返した。
「本当に、それをやるつもりなのか?」
「何だと?」
青年はシラスの言葉に一瞬だけ動きを止めた。彼は、なぜ目の前の少年がまだこれほど落ち着いていられるのか理解できないようだった。
シラスは答えなかった。
ただ、ポケットから一枚の符を取り出し、二本の指で挟んだ。
その背後では、カラムがすでにいくつもの岩を宙へと浮かせていた。
滝の轟音は変わらず響き続け、周囲のあらゆる音をかき消している。
しかし、四人の間では、あの侮辱の言葉が放たれた瞬間から、すでに戦いが始まっていた。
第6章・完




