第28章:ブラックソーン学院の教授
ヴァルドレン王立大学――ブラックソーン学院。
新学年、最初の朝。
南東に広がる学生寮の庭園から、学生たちがキャンパスの奥に位置する講義棟へと続々と向かい始めていた。
石畳の道には靴音が響き、学生たちの賑やかな話し声が、大講堂の時計塔から鳴り響く鐘の音と混ざり合う。頭上では、六つの学院の紋章を掲げた旗が朝風にはためき、ときおり陽光を受けた精巧な金糸の刺繍がきらめいていた。
ヴァルドレン王立大学に、新しい一日が訪れた。
そして、何千人もの新入生にとって、この日は正式に大学生活が始まる最初の日でもあった。
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ブラックソーン――三本足の鴉の学院。
講義棟群の北西部に位置するブラックソーンは、ほかの学院とは異なる独特の美しさを備えていた。
グリフィンハーストが王家を象徴する黄金色と格式高い建築様式で知られているのに対し、ブラックソーンは漆黒を基調に、わずかな銀色を織り交ぜた装いをまとっている。
暗色の石壁、高くそびえるアーチ天井、銀細工を施した窓ガラス、そしてゴシック様式の柱が、建物全体に古めかしくも静謐な雰囲気を与えていた。
廊下沿いの壁には、かつてブラックソーンの名声を築き上げた学者や戦略家、魔術師たちの肖像画が、黒檀の額縁に収められて整然と飾られている。
彼らの眼差しは、通り過ぎる学生たちを今も見守っているかのようだった。まるで、自分たちの遺産を受け継ぐ者たちを、静かに見定めているかのように。
建物の中央には、学院の象徴が据えられていた。
黒い石の浮き彫りに刻まれた、翼を大きく広げる三本足の鴉。
三本足の鴉は、知恵、観察力、そして世界の背後に隠された法則を見抜く洞察力を象徴すると言われている。
それこそが、ブラックソーンが常に追い求めてきた精神だった。
法力が最も強い者が、必ずしも最も偉大な魔術師になるとは限らない。
時には、相手のことも、置かれた状況も、そして何より自分自身のことも、誰より深く理解している者こそが勝利するのだ。
シラス・バイは、学院の大きな門をくぐった。
彼が身にまとっているのは、選抜式の日に支給されたばかりのブラックソーンの制服だった。
襟元まできちんと留められた白いシャツ。その上には銀色の縁取りが施された黒いブレザー。学院を象徴する色のネクタイも、整然と結ばれている。さらに、その上から黒い外套を羽織ったことで、普段よりも少しばかり真面目な印象になっていた。
左胸には、三本足の鴉の紋章が留められている。
シラスは袖口を軽く整えた。
この制服を着て正式な授業に出るのは、今日が初めてだった。
少しばかり新鮮な気分ではあったが、いつまでも気にするほどのことではない。
廊下では、一年生たちが中央講義棟へ向かって列をなしていた。歩きながら談笑する者もいれば、時間割を確認する者もいる。両手で抱えなければならないほど分厚い本を持ち歩いている学生までいた。
シラスも、その人の流れに加わった。
彼は午前中の時間を使って、周辺の施設を少し見て回っていた。ブラックソーンには独自の図書館があり、専門分野ごとの研究室や、学術科目のための実習室も設けられている。
それらの建物はアーチ型の回廊で結ばれており、場所によってはガラス張りの連絡通路から、眼下に広がる庭園を見渡すこともできた。
もう少し時間をかけて探索するつもりだったが、新入生全員を対象としたオリエンテーションがあるため、その計画はひとまず後回しになった。
中央講義棟は、西側の回廊の突き当たりにあった。
高さ四メートル近くある二枚のオーク材の扉には、古木の枝に止まる三本足の鴉が彫刻されている。
その上には、古いノーマン語で銀色に刻まれた言葉が掲げられていた。
Scientia Ante Potentiam.
力に先立つ知識。
シラスは一瞬立ち止まり、その言葉を読み終えてから扉を押し開けた。
そして、自分がこの場所の規模を見誤っていたことに気づいた。
講義室は想像していたよりも、はるかに広かった。
すり鉢状の構造になっており、木製の座席が半円を描くように段々に配置されている。後方へ行くほど床が高くなっているため、どの席からでも中央の演壇を見渡せる造りだった。
アーチ状の天井は、黒い石柱の列によって支えられている。高所に設けられた銀色のステンドグラス窓から朝の光が差し込み、大理石の床には長い光の筋が伸びていた。
天井の中央には、巨大な浮き彫りが施されている。
天文学的な円環の間を飛翔する、三本足の鴉。
その周囲には古代の神秘術の記号が刻まれていた。おそらく学院が創設された初期の時代から残されているものだろう。
すでに何人かの学生は席に着き、談笑していた。別の学生たちは本を開き、授業が始まる前に資料を読んでいる。
シラスは、かなり早く到着したつもりだった。
しかし、どうやらそうでもなかったらしい。
彼は中央付近、やや左側に空いている席を見つけた。
そこなら演壇も黒板もよく見える。前方の席を確認するにも、首を大きく上げる必要がない。
シラスは足元に鞄を置き、小さなノートを取り出した。
最初のページを開いた、そのとき。
隣から声がかかった。
「なあ、隣に座ってもいいか?」
シラスが顔を上げる。
そこには、黄褐色の髪を後ろへ整えた少年が立っていた。明るい瞳に、なかなか整った顔立ち。そして、人懐っこい笑みを浮かべている。
「もちろん。」
少年はすぐに席へ腰を下ろした。
「俺はエイドリアン・ローゼンフェルド。よろしくな!」
シラスは少し驚いた。
ローゼンフェルドという名前を聞いて、選抜式の光景が脳裏に浮かぶ。
三つの印が同時に共鳴し、教官たちの注目を集めた学生がいたはずだ。
「待って……選抜式で三印同盟を発動させたのって、君じゃなかったか?」
エイドリアンは頭を掻いた。
「バレたか!」
「本当に君だったのか?」
「ああ。あの出来事を覚えている人なんて、そんなにいないと思っていたんだけどな。」
シラスは小さく笑った。
「あんな結果を忘れる方が難しいよ。」
エイドリアンは肩をすくめ、少し照れくさそうにした。
「実のところ、俺も三つの印が同時に反応するとは思っていなかったんだ。自分に合った学院へ進めればいいな、くらいに考えていたから、あんなに注目されるとは思わなかったよ。」
シラスはノートを閉じた。
「三印同盟なんて滅多にない結果なのに、どうしてブラックソーンを選んだんだ?」
エイドリアンは胸元の紋章を指さした。
「ここが自分に一番合っていると思ったからさ。それに、戦略学や神秘術の分析に関する授業が有名だろ?」
シラスは頷いた。
「確かにね。僕もその分野を研究したいと思っているんだ。」
エイドリアンは少し身を乗り出した。
「ところで、出身はどこなんだ?」
「アウレリアン・コーストだよ。」
「おお! 南西の沿岸地方か。ポート・アウレルなら一度行ったことがあるぞ。」
シラスはすぐに興味を示した。
「本当? 何をしに行ったんだ?」
「家族が港の商人たちといくつか取引をしていてね。数日間滞在しただけだけど、かなり印象が良かったよ。特に海鮮料理と港の近くにある市場が気に入った。」
シラスは笑った。
「それなら、まさにいいところへ行ったね。もしまた来る機会があれば、おいしい店をいくつか紹介できるよ。」
「それはありがたいな!」
エイドリアンは肘を座席の縁に置いた。
「そういえば、まだ君のフルネームを聞いていなかった。」
「シラス・バイ。」
「バイ?」
エイドリアンは瞬きをした。
「珍しい姓だな。東方に由来するのか?」
「そうだよ。父はシュアンターの出身なんだ。」
「面白いな。俺はまだ行ったことがない。」
シラスは微笑んだ。
「それなら、図書館でシュアンターについて書かれた本を探してみるといいよ。」
エイドリアンは笑った。
「どうやら、隣に座る相手を間違えずに済んだみたいだ。」
二人の会話は、次第に打ち解けたものになっていった。
これまで訪れたことのある州や都市、興味のある授業、そして六つの学院に対する第一印象など、話題はさまざまな方向へ広がっていく。
エイドリアンが自分の家族について話していたとき、シラスはふと、ある名前に思い当たった。
「ローゼンフェルドか……」
記憶を探る。
「ローゼンフェルド家って、商人取引所で活動している商家じゃなかったか? 確か、穀物の売買契約や食料貯蔵庫を多数所有していて、南部の農業地帯からヴァルドレンまで食料を運ぶ輸送網も持っていたはずだ。」
エイドリアンは勢いよく振り向いた。
「ちょっと待て!」
本当に驚いているようだった。
「うちの家名って、そんなに有名なのか?」
シラスは少し照れたように答えた。
「そういうわけじゃないよ。以前、ヴァルドレン王都を紹介する本を読んだことがあるんだ。その中でローゼンフェルド家と商業活動について簡単に触れられていた。」
エイドリアンは笑った。
「そんな本まで読んでいるのか?」
「都市について調べるのが好きなんだ。」
「大したものだな。俺は普段、家業に直接関係するものしか読まないよ。」
シラスは興味を持った。
「それで、君の家は本当にそんなに多くの食料貯蔵庫を所有しているの?」
「ああ。でも、実際の業務の大部分は管理人たちに任せている。家族が主に管理しているのは、契約や輸送ルート、それから商品の流通だ。」
エイドリアンは顎を軽く掻いた。
「実際、食料の商売はみんなが思っているほど単純じゃない。一本の街道が雪に覆われたり、橋が壊れたり、南部で不作が起きたりするだけで、ヴァルドレンの食料価格は大きく変動するんだ。」
シラスは真剣に耳を傾けていた。
なかなか興味深い視点だった。
「それなら、君の家の輸送網は王立鉄道とも接続しているのか?」
「一部はね。でも、農場から貨物駅まで商品を運ぶには、今でも馬車が重要な役割を果たしている。鉄道は長距離輸送を担い、馬車は最後の区間を担当するんだ。」
エイドリアンは話しながら、指先で机の上に架空の輸送経路を描いた。
「場合によっては、荷物が数日遅れるだけで、市場全体が食料不足になることだってある。」
シラスは感心したように頷いた。
輸送という、一見すると地味で退屈そうな話題が、これほど多くの人々の暮らしに関わっているとは思っていなかった。
「思っていたよりも複雑なんだね。」
「信じてくれ。実際はもっと複雑だよ。」
エイドリアンは笑った。
「でも、俺は家業のすべてを継ぐつもりはないんだ。だから、大学に進学するのは悪くない選択だったと思っている。」
「じゃあ、将来は何になりたいんだ?」
エイドリアンは少し考えた。
「まだ決めていないな。研究者か、戦略家か、あるいは家族が抱えている問題を解決できるような人間かもしれない。」
彼は肩をすくめた。
「君は?」
シラスが答えようとした、そのとき――。
正門の方から、ヒールの音が響いてきた。
コツ。
コツ。
コツ。
決して大きな音ではなかったが、規則正しくはっきりとした足音だった。
それに合わせるように、講義室内の会話が少しずつ静まっていく。
一人の人物が入ってきた。
黒い教員服をまとい、その上から銀色の縁取りが施された長い外套を羽織った女性だった。暗い色の髪は後ろできちんとまとめられ、整った顔立ちと、落ち着いた色合いの瞳が露わになっている。
彼女は声を張り上げる必要などなかった。
その場に姿を現しただけで、談笑していた学生たちは自然と席へ戻っていった。
胸元には、銀色の三本足の鴉の紋章が輝いている。
アヴェリン・ダスクリン教授。
ブラックソーン学院の院長。
ヴァルドレンの学術界では、現代を代表する若き天才の一人として知られる女性だった。
アヴェリンは演壇へと歩み寄った。
黒い外套が石段を滑るように揺れ、歩みに合わせて髪がわずかに動く。
彼女は書類の束を机に置き、身につけていた薄手の手袋を整えた。
エイドリアンはシラスの方へ少し身を寄せ、隣にだけ聞こえる声で呟いた。
「すごいな……。」
彼は演壇を見上げた。
「教授の法力は相当なものだ。さすがは若き天才と呼ばれるだけある。」
シラスが返事をする前に、アヴェリンが顔を向けた。
彼女の視線は、二人の方へまっすぐ注がれていた。
注意する言葉はなかった。
特別な表情も浮かべていない。
ただ、三秒ほど静かな視線を向けただけだった。
エイドリアンは即座に背筋を伸ばした。
一度瞬きをすると、目の前に置かれたノートへ視線を落とす。まるで、今になって極めて重要な資料を発見したかのようだった。
シラスは、笑いをこらえるのに必死だった。
どうやら、教授には聞こえていたらしい。
アヴェリンは視線を戻し、演壇に両手を置いた。
「おはようございます、皆さん。」
澄んだ声が、講義室の最後列まで明瞭に響き渡る。
「私はアヴェリン・ダスクリン。ブラックソーン学院の教授であり、院長を務めています。そして今年度は、皆さんの学年主任も担当することになりました。」
彼女は少し間を置き、学生たちが自分の名前を覚える時間を与えた。
「まずは、クラウンフェルの選抜試験を突破し、ヴァルドレン王立大学の学生となった皆さんを祝福します。」
拍手が巻き起こった。
アヴェリンはそれが収まるのを待ってから、話を続けた。
「ブラックソーンは、知識や研究、そして独立した思考を愛する者たちのための場所です。私たちは、あらかじめ用意された答えをただ暗記するだけの人間を育てたいとは思っていません。」
彼女は演壇を離れ、前方の空間を歩き始めた。
「その代わり、皆さんには問いを立て、証拠を探し、自らの力で結論へたどり着く方法を学んでほしいのです。」
アヴェリンは片手を上げた。
机の上に置かれていた一冊の本が、ひとりでに開く。
「ここでは、皆さんは自由に研究できます。疑問があれば、遠慮せずに質問してください。まだ誰も答えを出したことがないからといって、その問いが愚かなものだと思わないでください。」
彼女は本を閉じた。
「知識は、常に互いに同意し合う人々によって発展するのではありません。疑い、議論し、証明する勇気を持つ人々によってこそ、発展していくのです。」
その言葉に、学生たちの多くがいっそう真剣に耳を傾け始めた。
シラスも顔を上げた。
教授の話し方は気に入った。
長々とした歓迎の挨拶や、空虚な標語を並べることはない。アヴェリンは学院の目標を率直に語りながらも、聞く者にブラックソーンの精神を感じさせていた。
彼女は演壇へ戻った。
「学院の第一の目標は、皆さんが日々成長できるよう支援することです。それは、試験で高い点数を取ることだけを意味するのではありません。」
アヴェリンは杖を手に取った。
「自分の頭で考え、自らの限界を理解し、そして自分の導き出した結論に責任を持てる学生もまた、確実に成長しているのです。」
彼女が杖を掲げる。
杖の先端から、銀色の光が一筋走った。
次の瞬間、講義室に並ぶ机が一斉に淡く光り始めた。
それぞれの学生の机の上に、一枚の羊皮紙と、黒い表紙のノートが現れる。
何人かの学生が驚いて身を揺らした。
エイドリアンは机の上を覗き込んだ。
「おお……。」
羊皮紙には、最初の学期の時間割が記されていた。
授業は曜日ごとに整理され、担当教授の名前、教室、開始時刻と終了時刻まで、すべて明記されている。
その隣には、準備すべき教材の一覧もあった。
シラスは羊皮紙を手に取った。
ざっと目を通すと、さまざまな分野の書籍が並んでいることに気づいた。
神秘術理論、ノーマン魔術史、術式構造解析、戦略学基礎、研究方法論、そしていくつかの専門分野に関する資料。
中には、購入すべき版について注記が付いている本もあった。
エイドリアンが隣から覗き込む。
「うわ、かなり多いな。」
シラスは二枚目のページをめくった。
「忙しくなりそうだね。」
「初日くらいは楽しませてくれよ。まだ何も始まっていないのに。」
アヴェリンは説明を続けた。
「これらの教材は、キャンパス内の書店か図書館で入手できます。一部の書籍には学生向けの複製版が用意されていますので、外部で高価な版を購入する必要はありません。」
彼女は少し首を傾けた。
「時間割に記載された授業のほかにも、皆さんには自由に研究する時間があります。学術活動に参加したり、自分に合った課外プログラムに登録したりすることも可能です。」
彼女は図書館や研究室の利用方法、実習設備を使用する際の規則についても、いくつか説明を加えた。
そして、その声が少しだけ厳しさを帯びた。
「ただし、今年は一つ、皆さん全員に知っておいてもらいたい特別な変更があります。」
彼女は杖を机に置いた。
「今年度は、例年とは少し異なる一年になるでしょう。皇帝陛下、教会、そしてヴァルドレン王立大学の運営評議会による決定に従い、大学全体で新たな制度が導入されることになりました。」
学生たちの間に、ざわめきが広がり始めた。
アヴェリンは人差し指を一本立てた。
「それは、任務・報酬ポイント制度です。追加収入を得たい学生、実践的な経験を積みたい学生、そして地域社会に貢献したい学生のために設けられた、新たな仕組みです。」
彼女が杖を軽く振る。
演壇の後ろに、大きな掲示板が現れた。
その上に、銀色の光で文字が浮かび上がる。
THE CREST COMMISSION
紋章委託制度
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紋章委託制度――ザ・クレスト・コミッション。
アヴェリンは一歩横へ移動し、魔法の掲示板を学生たちに見せた。
「紋章委託制度は、ヴァルドレン王立大学が王都政府および王立保安局と共同で設立した、正式なプログラムです。」
掲示板には、新たな文字が次々と表示されていく。
「学生は公開されている任務の中から、自分の能力に適したものを選んで受注できます。任務を達成すれば、報酬金と功績点を獲得できます。」
掲示板の隅に、紋章を模した一つの図案が現れた。その下には、任務を受注するための手順が表示されている。
「この制度は、皆さんが講義室の外にある現実の問題に触れる機会を作るために設けられました。同時に、関係機関の日常業務の一部を補助する目的もあります。特に、調査や研究、地域社会への支援といった分野が対象となります。」
エイドリアンは頬杖をついた。
「なかなか面白そうだな。」
シラスは、掲示板に表示されている文字を注意深く読み続けていた。
彼は単なる学生向けのポイント稼ぎの仕組みだと思っていたが、どうやらその範囲は予想以上に広いらしい。
アヴェリンは説明を続けた。
「もちろん、一つだけ、皆さんに理解しておいてほしいことがあります。学生は兵士ではありません。また、王立保安局や軍隊に代わる存在でもありません。」
彼女は一語一語を強調した。
「重大な犯罪事件、特殊な性質を持つ捜査、あるいは国家の安全を脅かすような状況は、引き続き関係機関の管轄となります。皆さんは、割り当てられた任務の範囲を超えて、勝手に介入してはなりません。」
新たな図式が掲示板に現れた。
「危険度の高い任務は、十分な条件を満たした学生にのみ制限付きで許可されます。場合によっては、専門の監督者が同行することもあります。」
アヴェリンは腕を組んだ。
「ここは非常に重要な点です。この制度は、皆さんが学び、社会に貢献するために作られたものです。大学を軍事学校に変えるためのものではありません。」
何人かの学生が頷いた。
シラスは、その言葉をノートに書き留めた。
大学側の意図は理解できる。
学生は理論を学ぶことができても、実際の問題に触れた経験がなければ、その知識は紙の上に留まってしまうこともある。
紋章委託制度は、学問と外の世界を結びつける架け橋になり得るのだ。
アヴェリンは次の項目へと移った。
「基本的に、任務は六つの主要な等級と、一つの特例等級に分類されます。」
掲示板に七つの項目が浮かび上がった。
E級――通常。
D級――異常。
C級――危険。
B級――重大。
A級――災厄。
S級――禁域。
X級――特例。
「E級任務は、一般的な作業が中心です。例えば、図書館の手伝い、紛失物の捜索、資料の運搬、あるいは大学内の研究施設への補助などが含まれます。」
紛失物の捜索という言葉を聞いて、何人かの学生が小さく笑った。
アヴェリンは気に留めなかった。
「D級には、通常とは異なる小規模な事件、軽度の魔法現象の調査、あるいは住民だけでは解決できない問題への支援などが含まれる場合があります。」
彼女はさらに上位の等級について説明を続けた。
「C級任務は、危険な生物や魔法災害、慎重な調査が必要な地域に関係する場合があります。B級以上の任務では、通常、複数の専門機関による連携が必要になります。」
その段階に差しかかると、彼女の眼差しが厳しくなった。
「A級およびS級については、皆さんが自分の判断で受注することは許可されていません。これらは広範囲に深刻な被害をもたらす可能性がある任務、あるいは学生の通常の能力を大きく超える脅威に関わるものです。」
掲示板の最後に、X級の紋章が浮かび上がった。
「X級は特例です。単純にS級より危険度が高いことを意味するものではありません。通常の分類体系では評価できない状況に対して使用されます。これらの任務は、権限を持つ機関による特別な決定に基づいてのみ処理されます。」
前方の席に座る学生が手を挙げた。
「教授。非常に高い能力を持つ学生なら、A級やS級の任務を受けることもできるのでしょうか?」
アヴェリンは首を横に振った。
「いいえ。」
あまりにも簡潔な返答に、その学生は少し驚いたようだった。
彼女は説明を加えた。
「任務の等級が示しているのは、事案そのものの危険度であって、受注する人間の強さではありません。どれほど優秀な学生であっても、A級やS級の任務を勝手に受ける権利はありません。」
彼女は、全員が理解したことを確かめるように一度言葉を切った。
「大学は学業成績、実際の能力、経験、そしてその他の安全条件を考慮したうえで、それぞれの学生に適した任務を判断します。自分の実績を理由に規則を無視することは、誰にも許されません。」
シラスはノートにもう一行書き加えた。
この分類方法は理にかなっている。
学生の強さだけを基準にしてしまえば、自分の実力を過信した者が、仲間全員を危険にさらす可能性がある。
アヴェリンは任務の受注場所について説明を移した。
「任務の登録と正式な受注を行う場所は、コミッション・ホール。通称、委託ギルドです。」
彼女の背後に、立体映像が浮かび上がった。
そこに映し出されたのは、ヴァルドレン王立大学の正門近く、六印紋章広場へ続く大通りの右手に建つ建物だった。
比較的低いゴシック様式の建築で、銀灰色の尖塔屋根と、六つの紋章をあしらった大きな看板を備えている。
「ここは大学の敷地内に設置された、紋章委託制度の支部です。任務の一覧を確認したり、登録や説明を受けたり、達成後の報告を行ったりすることができます。」
映像が切り替わる。
委託ギルドの内部には広々とした大広間があり、受付カウンター、魔法によって情報が表示される任務掲示板、そして担当職員と相談するための小部屋が設けられていた。
「公開される任務には、要求事項、報酬、期限、危険度がすべて明記されています。学生チームでの参加が必要なものもあれば、個人で対応できるものもあります。」
アヴェリンは腕を組んだ。
「そして、覚えておいてください。すべての任務が戦闘に関係するわけではありません。」
彼女が手を動かすと、いくつもの映像が現れた。
森を調査する学生たち。
研究室で記録作業を手伝う学生。
魔法現象によって影響を受けた水路を調査するグループ。
最後の映像では、何人かの学生が図書館へ本の箱を運び込んでいた。
「任務の大部分は、研究、支援、調査、あるいは小規模な問題への対応に関するものです。こうした仕事は、必ずしも名声につながるわけではありません。しかし、地域社会にとって実際的な価値を持っています。」
一人の学生が手を挙げた。
「教授。生活費を稼ぐために任務を受けることも可能なのでしょうか?」
アヴェリンは頷いた。
「可能です。報酬は、任務の達成度と、それぞれに定められた規則に基づいて支払われます。」
学生たちの間に、すぐさまざわめきが広がった。
エイドリアンはシラスに顔を寄せた。
「なかなかいい制度じゃないか。大学に通いながら追加の収入を得られるなら、試してみる価値はあるな。」
シラスも頷いた。
「うん。特に研究や調査に関する任務ならね。」
「でも、お前は魔物狩りに行くつもりはあるのか?」
シラスは少し考えた。
「任務次第かな。」
エイドリアンは笑った。
「いかにもブラックソーンらしい答えだな。」
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アヴェリンは、さらにいくつかの規則について説明を続けた。
学生が制度の外で勝手に任務を引き受けることは禁止されている。結果を偽造したり、他人の報酬を横取りしたり、任務中に発生した事故を意図的に隠したりしてはならない。
チームでの参加が必要な任務については、登録メンバーを明確にしておく必要があり、それぞれが自分の担当する仕事に責任を負うことになる。
特に、任務の危険度を勝手に引き上げたり、立ち入り禁止区域へ無断で介入したりする行為には、厳しい処分が科される。
紋章委託制度の紹介が終わると、アヴェリンはブラックソーンの生活規則へと話題を移した。
図書館の閉館時刻、研究室の利用規則、神秘術用の設備を使用する際の登録手続き、資料を保管する責任について説明する。
喧嘩、備品の破壊、許可されていない区域で危険な魔法を使用すること、あるいはゴミの放置といった行為も、懲戒処分の対象になる可能性があるという。
最後に、彼女は書類の束を演壇に置いた。
「オリエンテーションを終える前に、皆さんへ一つ助言をしておきます。」
アヴェリンの声が少し柔らかくなった。
「自分の実力を証明しようと、あまり焦らないでください。皆さんはクラウンフェルの選抜試験を突破しました。それは、皆さんに能力があり、ここにいる資格があることを証明しています。」
彼女は講義室全体を見渡した。
「しかし今日から、皆さんはもうあの山の上に立っているわけではありません。誰が誰より強いのかを証明するために、常に競い合う必要はないのです。協力すること、他人の声に耳を傾けること、そして自分がまだ何も知らないと認めることを恐れないでください。」
アヴェリンは演壇に手を置いた。
「知識とは、長い旅路です。皆さんがブラックソーンで、自分自身の道を見つけられることを願っています。」
拍手が巻き起こった。
今度の拍手は、先ほどよりも長く続いた。
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オリエンテーションが終わったのは、正午近くのことだった。
学生たちは本や資料を片付け、次々と講義室を後にし始めた。委託ギルドへ任務を見に行こうと約束する者もいれば、教材の購入や授業の登録について話し合う者もいた。
エイドリアンは時間割を制服のポケットにしまった。
「これで初日の予定は終わりか。」
彼は大きく伸びをした。
「もっと長い講演を聞かされると思っていたよ。」
シラスは受け取った資料を丁寧に鞄へしまった。
「アヴェリン教授の説明はかなり分かりやすかったね。紋章委託制度については、もっと詳しく調べる価値がありそうだ。」
「それなら、午後に委託ギルドへ行ってみないか?」
「たぶん、立ち寄ると思う。」
「じゃあ、一緒に行こう!」
シラスは頷いた。
二人は講義室を出ていく学生たちの流れに加わり、出口へと向かった。
演壇のそばを通りかかったとき、シラスは背後から声が聞こえるのを耳にした。
「ジュンペイ……」
彼は足を止めた。
その名前を聞いた瞬間、シラスの思考がぴたりと止まった。
ジュンペイ?
彼は振り返った。
講義室には、もうほとんど人が残っていなかった。
アヴェリンは依然として演壇のそばに立ち、先ほどの書類を手にしている。だが、彼女の視線は書類には向けられていなかった。
その眼差しは、まっすぐシラスへ注がれている。
エイドリアンは数歩先まで進んでいた。隣にいた友人が立ち止まったことに気づき、振り返る。
「シラス? どうしたんだ?」
シラスはすぐには答えなかった。
彼は演壇の方へ戻っていく。
「教授……」
その声には、少し警戒が滲んでいた。
「今、どなたかのお名前を呼ばれましたか?」
アヴェリンはすぐには答えなかった。
書類を押さえていた指先に、わずかに力がこもる。
普段の落ち着きは保たれていたが、その瞳には変化があった。名前のつけがたい感情が、ゆっくりと浮かび上がっている。
彼女は目の前に立つ少年を見つめた。
茶色のくせ毛。白い縁の眼鏡。そして、二つの文化が混ざり合ったような顔立ち。
何年も耳にしていなかった名前。
もう記憶の中にしか残っていないと思っていた名前。
「ジュンペイ……」
今度は、アヴェリンがはっきりとその名を口にした。
シラスの心臓が、思わず大きく跳ねた。
「それは……僕の父の名前です」
部屋の中が、急に静まり返ったように感じられた。
アヴェリンは、こみ上げる感情を隠しきれなかった。瞳には光が宿り、目尻がわずかに赤くなっていく。いつもの冷静さを保とうとしていたが、資料の上に置かれた指先が、彼女の動揺を物語っていた。
「あなたのお父さんが……」
彼女はそこで言葉を止めた。どこから話し始めるべきか、考えているかのようだった。
「あなたの名前は、シラスなの?」
「はい……」
アヴェリンは動かなかった。
その一瞬、教授としての彼女がまとっていた平静さが、まるで失われてしまったかのようだった。
彼女は机の上へ視線を落とした。目の前に並べられた書類は、相変わらず整然と置かれている。だが、そこに書かれた文字は、もはや一つとして彼女の目に入っていなかった。
「そう……なのね」
声が小さくなる。
シラスはその場に立ち尽くし、次に何を言えばいいのか分からなかった。
見知らぬ誰かが、あのような声で父の名前を呼ぶ日が来るなど、考えたこともなかった。
それは、父の名声を知っている者の呼び方ではない。偶然出会っただけの人間の声とも違っていた。
かつて、父と親しくしていた人間の声だった。
もしかすると、それ以上に深い関係だったのかもしれない。
アヴェリンはそっと目尻に触れ、すぐに手を引いた。
「ごめんなさいね」
彼女はいつもの声を取り戻そうとした。
「まさか、こんなことになるとは……」
言葉は途中で途切れた。
シラスは鞄の持ち手を強く握った。
「教授……父とお知り合いだったんですか?」
アヴェリンはすぐには答えなかった。
高いガラス窓の向こうでは、昼の陽光がブラックソーンの庭園を照らしていた。風が吹き抜けるたび、銀色の葉がかすかに揺れ、小さな鐘の音にも似た響きを奏でている。
しばらくして、ようやくアヴェリンが口を開いた。
「ずいぶん昔のことよ」
彼女はシラスを見つめた。その瞳には、まだ驚きの色が残っていた。
「私は、かつて彼と会ったことがあるの」
一度言葉を切り、それから呼び方を改めた。
「あなたのお父さんと……会ったことがあるのよ」
シラスがさらに尋ねようとした、その時だった。
エイドリアンが扉のところに立ち、振り返って声をかけた。
「シラス! まだそこにいるのか? 昼食の時間に遅れそうだぞ!」
シラスはその場から動かなかった。
アヴェリンはエイドリアンの方へ目を向け、それから再びシラスへと視線を戻した。
「この話は、また後でしましょう」
声は落ち着きを取り戻していたが、そこに残る感情を完全に隠すことはできていなかった。
「時間がある時に、私の研究室へいらっしゃい。あなたに知っておいてほしいことが……いくつかあるの」
シラスは頷いた。
「はい、教授」
彼は一礼し、教壇を離れた。
講義室の扉へ向かう途中、シラスは思わず振り返った。
アヴェリンは手に資料を持ち、いつもの場所に戻っていた。しかし、彼女はそれを読んでいなかった。
その視線は目の前の虚空に留まっている。まるで、遠い昔に姿を消した誰かの面影を見つめているかのようだった。
シラスの背後で、講義室の扉が閉じた。
エイドリアンは隣を歩きながら、興味深そうに尋ねた。
「教授に呼び止められて、何かあったのか?」
シラスはいつもよりゆっくりと歩いていた。
「大したことじゃないよ」
少し間を置いてから、彼は続けた。
「ただ……先生は僕の父を知っているらしい」
エイドリアンは少し驚いた。
「本当か?」
「ああ」
シラスはそれ以上何も言わなかった。
頭の中では、ジュンペイという名前が何度も響いていた。
父がシュアンタールを離れる前の年月について、シラスは母から少しだけ話を聞いたことがある。父がノーマンの商人たちや魔術師たちと多くの知り合いを持っていたことも知っていた。
だが、アヴェリン・ダスクリンはどうなのだろう?
若き天才教授であり、ブラックソーン学院の学院長。講義室にいる者たちを、その場に立っているだけで静まり返らせることのできる人物。
彼女は、どこで父と出会ったのだろうか。
そして、なぜ父の名を口にした時、あれほどまでに目を潤ませたのだろうか。
シラスは胸元にある三本足の烏の紋章へ目を落とした。
ブラックソーンでの初日は、彼がまったく予想していなかった出来事によって幕を閉じた。
優秀な学生になる前に、彼はまず、自分の家族の過去を知る必要があるのかもしれない。
自分自身でさえ、まだ何も知らない過去の一端を。
第28章・完




