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万里幻譚  作者: ケルビン
25/29

第25章:ヴィヴィアン

試練八日目、ストームスパイアの山腹。


「さて、いつもどおりの作戦でいこうか」


ロウリー・シーボーンは手首を軽く回し、少し離れた場所に立つ白銀色の髪の少女を見つめた。


目の前にいるのは、肩まで伸びたプラチナブロンドの髪に、冷たい青灰色の瞳を持つ少女だった。その立ち振る舞いは、腹立たしいほど余裕に満ちている。警戒する素振りすら見せず、周囲の地形を確認しようともしなかった。


だが、ロウリーはそれだけで警戒を解くつもりはなかった。


彼女を発見したときから、相手の身体の周囲に、極めて膨大な法力が漂っていることを感じ取っていた。それは普通の受験生が持つ法力とは明らかに違っていた。安定していて、力強く、まるで決して枯れることのない泉のようだった。


ローナンとレオフリックは、事前に決めていた位置へと素早く移動した。


一人は後方に立ち、もう一人はロウリーを援護できる距離を保つ。三人はここ数日ずっと協力して行動してきたため、細かい説明を交わす必要はなかった。


ロウリーは一度息を吸った。


「少し自己紹介でもしてもらおうか、美人さん」


白銀髪の少女は、わずかに首を傾けた。


「ヴィヴィアンと呼んでちょうだい」


彼女は微笑んだ。冷たい風にプラチナブロンドの髪が揺れ、その下から整った顔立ちと、興味深そうな青灰色の瞳が覗く。


「それじゃあ、ヴィヴィアン……」


ロウリーは言葉を終えると同時に、一気に踏み込んだ。


彼の手には、水流から形成された剣が現れていた。刀身は透き通るような青色で、表面は絶えず揺れ動いている。それでも、精密な法力操作によって、その形状は安定して保たれていた。


水剣!


ロウリーは相手に準備する時間を与えるつもりなどなかった。間合いを詰め、ヴィヴィアンの首元を狙って剣を振り抜く。


しかし、少女はわずかに身体を傾けただけだった。


剣の刃は空を切り、彼女の服の裾にすら触れることはなかった。


「あら?」


ヴィヴィアンは一歩後ろへ下がり、わずかに驚いたような表情を浮かべた。


「水剣? 驚かせてくれるじゃない。水元素術師なの?」


ロウリーは答えなかった。


遠方では、すでにローナンが動き始めていた。


彼はヴィヴィアンに向けて、水球を次々と放つ。圧縮された水の塊は強烈な衝撃力を伴い、異なる方向から連続して彼女へと襲いかかった。


しかし、ヴィヴィアンはその場から動かなかった。


水球が身体に触れる寸前、彼女の周囲に目に見えない防護膜が出現した。攻撃はその障壁に衝突し、水飛沫となって弾ける。彼女に傷一つ負わせることはできなかった。


ヴィヴィアンはローナンを振り返りさえしなかった。


「連携攻撃ね。悪くないわ」


彼女は片手を持ち上げた。


指先に法力が集まり、次の瞬間、ローナンへ向かって一直線に放たれる。


「ローナン!」


レオフリックが叫んだ。


ローナンは即座に玄盾を展開した。彼の前方に結界が現れ、迫り来る法力を食い止めようとする。


しかし、攻撃が結界に触れた瞬間、その表面は激しく揺れ動いた。


轟音!


山腹に爆発音が響き渡った。


白い雪が吹き飛ばされ、周囲を覆い尽くす雪煙が舞い上がる。ロウリーが慌てて振り返ると、雪煙の向こうでローナンが地面に吹き飛ばされる姿が見えた。


「ローナン!」


レオフリックはすぐに仲間のもとへ駆け寄った。


ローナンは身体を横たえ、痛みに顔を歪めていた。服の数か所が破れ、その下から血が滲んでいる。それを見たレオフリックは、事態が予想以上に深刻であることを悟った。


玄盾では攻撃を防ぎきれなかったのだ。


ロウリーは歯を食いしばった。


彼には戻って援護する余裕がなかった。


なぜなら、ヴィヴィアンがまだ目の前に立っているからだ。


「よそ見をしないで」


彼女の声が響く。


ロウリーはすぐに振り返り、こちらへ歩み寄ってくるヴィヴィアンの姿を捉えた。


「まだ遊びは終わっていないわよ」


彼女の姿が、元いた場所から消えた。


瞬間移動ではない。肉眼では追いきれないほどの速度で、一気に踏み込んだのだ。


ロウリーはすぐさま身体を回転させ、水剣を振るって迎え撃つ。ヴィヴィアンは横へ滑るように移動し、剣筋を軽々と避けて別の位置に現れた。


彼女は怒涛の連続攻撃を仕掛けてくるわけではなかった。


その代わり、絶えず距離を変え続け、ロウリーに何度も身体の向きと構えを調整させる。


まるで彼をからかって遊んでいるかのようだった。


ロウリーは眉をひそめた。


「本当に厄介な相手だな……」


そのとき、ヴィヴィアンが突然進行方向を変えた。


彼女は、ローナンの容態を確認するために身をかがめていたレオフリックへと真っ直ぐ突進した。


「レオフリック!」


ロウリーはすぐに相手の意図を察した。


考える暇もなかった。彼は全速力で駆け出す。


ヴィヴィアンがレオフリックに接近する直前、ロウリーは二人の間に割り込んだ。


法力の一撃が彼の腕に衝突する。


ロウリーは歯を食いしばった。手から腕にかけて、鋭い痛みが走る。彼は数歩後退したものの、仲間へ向かう攻撃を間一髪で阻止することに成功した。


ヴィヴィアンは手を引いた。


白い手の甲には、いくつかの血の筋が浮かんでいた。


彼女はそれを見下ろし、再びロウリーへと視線を上げる。


ロウリーは荒い息を吐き、傷ついた腕を身体に寄せながら、どうにか姿勢を保っていた。


彼はレオフリックのほうを振り返った。


「レオフリック! ローナンを背負って逃げろ! 早く!」


「でも、お前はどうするんだ?」


「質問するな! 行け!」


レオフリックはロウリーを見つめ、それから雪の上に倒れているローナンへと目を向けた。


もう迷っている時間はない。そう理解したのだ。


彼はすぐにローナンを背負い、戦闘区域から離れ始めた。


ロウリーは振り返り、水で槍を形成した。


彼はヴィヴィアンに向かって突進し、攻撃の角度を次々と変えながら、一定の距離を保とうとする。


彼の攻撃は相手を圧倒するには至らなかったが、少なくともヴィヴィアンの注意を自分に引きつけることはできていた。


その間に、レオフリックはローナンを連れて遠ざかっていく。


ロウリーは地平線のほうへちらりと目を向けた。二人の姿は、ついに視界から消えた。


彼は小さく安堵の息を吐いた。


少なくとも、二人は無事に逃げられた。


「古代遺跡を探検しようなんて考えたのが、間違いだったのかもしれないな……」


ロウリーは軽く頭を掻き、平静を装った。


向かいに立つヴィヴィアンは、ただ微笑んでいた。


彼女は何も答えない。


ヴィヴィアンにとって、二人の受験生がこの場から逃げ出したことなど、どうでもよかった。今、彼女の興味を引いているのは、まだ目の前に立っている男だけだった。


ロウリーは手元の槍を見下ろした。


この戦いをできるだけ早く終わらせなければならない。


水の槍が徐々に姿を変えていく。武器の柄が縮み、水流が軸を中心に渦を巻きながら広がり、巨大な刃を形作っていった。


深い青色の大剣が、ゆっくりと完成していく。


ヴィヴィアンはわずかに眉を上げた。


「まあ?」


彼女はロウリーの手にある剣を見つめた。初めて、はっきりとした興味をその瞳に浮かべる。


「大海嘯の大剣?」


ロウリーは、彼女がこの技術を知っているとは思わなかった。


ヴィヴィアンはさらに観察を続ける。


「高密度の水流から大剣を形成し、絶え間ない法力制御によってその形を維持する。なかなか面白い技術ね」


彼女は小さく笑った。


「ぜひ、あなたの腕前を見せてもらいたいわ」


ロウリーは答えなかった。


彼は柄を強く握り締める。


そして、勢いよく前方へと剣を振り抜いた。


巨大な水の斬撃が大剣の刃から分離し、驚異的な速度で飛んでいく。


ヴィヴィアンはすぐに手を掲げた。


「玄能鎧!」


法力で形成された防護層が、彼女の身体を覆った。


水の斬撃がその鎧に衝突する。


最初の瞬間、防護層はその形を保っていた。しかし、直後、表面に銀色の亀裂が走り始める。


パキッ!


鎧が砕け散った。


ヴィヴィアンは目を見開いた。


彼女は数歩後退し、腹部に傷を負った。血が服に滲み、白い雪の上へと滴り落ちる。


ヴィヴィアンは傷口を見下ろした。


顔から笑みが消えていた。


玄能鎧が、これほど正面からの攻撃によって完全に破られたのは初めてだった。


彼女は顔を上げる。


ロウリーがこちらへ歩いてきていた。巨大な大剣を雪の上で引きずりながら進む。水が地面に触れるたび、背後には薄い氷の跡が残されていた。


「どうだ?」


彼は、重くなり始めた息を整えながら尋ねた。


「なかなかのものだろ?」


ヴィヴィアンはすぐには答えなかった。


彼女は手を持ち上げる。傷口の周囲に、いくつもの光が素早く集まっていく。


「生命術」


柔らかな光が腹部を包み込んだ。治癒魔術の働きによって傷口が徐々に塞がり、損傷した組織が回復し始める。出血は止まり、傷は少しずつ閉じていった。


ヴィヴィアンは頭を下げて回復の様子を見つめた。その瞳には、わずかな陰りが浮かんでいた。


彼女の脳裏には、先ほど砕け散った玄能鎧の光景が残っていた。


あれほどの傷を負わされるとは思っていなかった。


自分の防護を貫くほどの一撃?


ヴィヴィアンは顔を上げた。


ロウリーがこちらへ歩いてきている。


大海嘯の大剣が雪の上を引きずられ、その後ろには長い水の跡が残されていた。


彼に相手へ考える時間を与えるつもりはなかった。


ヴィヴィアンさえ倒せば、全てが終わる。


ロウリーは突然加速し、真っ直ぐに突進した。無事なほうの手を伸ばし、ヴィヴィアンの襟元を掴んで自分のほうへ引き寄せる。


別の魔術を使われる前に、相手の動きを封じようとしたのだ。


しかし、ロウリーが間合いに入った瞬間、ヴィヴィアンは微笑んだ。


その笑みを見た途端、ロウリーは嫌な予感を覚えた。


「玄術・束縛」


法力で形成された鎖が、瞬く間にロウリーの身体を取り囲んだ。


「法力攪乱」


さらに別の波動が広がる。


ロウリーは、自分の法力の流れが不安定になるのを感じ取った。手にしていた大海嘯の大剣が震え始め、その形状を維持できなくなっていく。


彼は必死に調整しようとしたが、これまで滑らかに流れていたエネルギーは、今や乱れていた。


これは相手の魔術を直接破壊する術ではない。


魔術の運用過程に干渉し、術者が魔術の構造を維持したり、法力を正確に制御したりすることを困難にする技術だった。


極めて厄介な術だ。


「くそっ……」


ロウリーは拘束から逃れようともがいた。


ヴィヴィアンはすぐに玄能の手を発動させた。


法力で形成された巨大な手が彼女の隣に現れ、ロウリーの腕を掴む。


ゴキッ!


彼の腕が、本来の可動域を超えて逆方向へと曲げられた。


ロウリーは痛みに叫び、反射的にヴィヴィアンから手を離した。


ヴィヴィアンは雪の上に倒れ込み、片手で地面を支えた。もう一方の手では、すぐさま生命術を発動し、傷の治療を始める。


彼女は頭を下げ、法力の制御に集中していた。


その一方で、ロウリーは鎖に固く拘束されていた。


大海嘯の大剣は安定性を失い、刀身の水が次々と剥がれ落ちて雪の上に散っていく。


そして、わずかな時間のうちに完全に消え去った。


ロウリーは立ち上がろうとした。


しかし、鎖は依然として彼の身体を締め付け、自由に動くことを許さなかった。


ヴィヴィアンはようやく立ち上がった。


腹部の傷は、ほとんど治療を終えていた。彼女はスカートについた雪を軽く払い、ロウリーの前まで歩いてくる。


「認めてあげるわ……」


彼女は上からロウリーを見下ろした。


「さっきの攻撃は、なかなか意外だったわ」


ロウリーは答えなかった。


ヴィヴィアンは身をかがめ、彼の顔を覗き込む。


「でも、どうやらあなたは持てる力をほとんど使い切ってしまったようね」


彼女が手を振る。


玄能の手が再び現れ、ロウリーの身体を強く打ちつけた。彼は横へと弾き飛ばされたが、鎖がすぐさま引き戻し、元の位置へと戻した。


ヴィヴィアンは攻撃を続けた。


彼女の表情から、先ほどまでの好奇心は消えていた。その代わり、相手が抵抗できなくなるまで、さまざまな方法を試しているかのようだった。


時間が過ぎていく。


ロウリーは徐々に力を失っていった。


法力を安定して扱うこともできず、身体を拘束する鎖から逃れることもできない。どれだけ抵抗しても、全てが無意味に終わった。


ヴィヴィアンは軽くあくびをした。


「つまらないわね」


彼女は数歩後ろへ下がり、ロウリーを眺めた。


「もっと面白い手を持っていると思っていたのに」


彼女は手を掲げた。


空中に、法力で形成された剣が現れる。


「玄能剣」


剣が勢いよく振り下ろされ、ロウリーの脚に命中した。彼はすぐにバランスを崩し、雪の上に膝をついた。


ヴィヴィアンは彼に近づいた。


彼女は大声を上げることも、侮辱の言葉を浴びせることもしなかった。ただそこに立ち、冷淡な目で彼を見つめている。


まるで、目の前の相手が価値を失った玩具であるかのように。


ロウリーは顔を上げた。


ヴィヴィアンの口元に浮かぶ、薄い笑みが目に入った。


それは、戦いに勝利した者の笑みではなかった。


目の前の相手を対等な人間としてすら見ていない者の笑みだった。


「お願い……します」


ロウリーの声は、かすれていた。


「もう……やめてくれ」


ヴィヴィアンはわずかに首を傾けた。


「あら?」


ロウリーは身体を動かそうとしたが、鎖は依然として彼を固く拘束していた。


「頼む……」


彼の目から、最初にあった自信は消えていた。そこに残っているのは、自分を救う方法を見つけられなくなった者の絶望だけだった。


彼は首にかけられた試練用のペンダントを見下ろした。


それを引きちぎれば、ここから転送される。


しかし、両腕は完全に拘束されていた。


手を伸ばすことさえできない。


ヴィヴィアンはその視線に気づいた。


彼女はペンダントを見て、それから再びロウリーへと目を向けた。


「ああ……」


彼女は小さく笑った。


「なるほど。それを考えていたのね」


ロウリーは黙っていた。


その瞬間、彼はもう他に選択肢が残されていないことを理解した。


ヴィヴィアンがさらに一歩踏み出そうとした、そのときだった。


突然、一つの人影がロウリーの隣に現れた。


黒い講師用ローブをまとった男性が素早く近づき、手を伸ばしてロウリーの首にかけられたペンダントを引きちぎった。


銀色の光が一気に弾ける。


ロウリーの身体は、ストームスパイアの山腹から姿を消した。


その場には、徐々に消えていく法力の鎖だけが残された。


ヴィヴィアンはその場に立ち尽くした。


ロウリーが消えた場所を見つめ、それから男性へと振り返る。


「先生……」


彼女は頬を少し膨らませた。まるで、お気に入りの玩具を取り上げられた子供のような口調だった。


「遊んでいる最中に邪魔しないでくださいよ」


講師は厳しい眼差しで彼女を見た。


「ヴィヴィアン・ヴァルクレスト」


「はい?」


「試練における倫理上の問題を軽視することはできない。君が他の受験生にあのようなことをするのを、黙って見ているわけにはいかない」


ヴィヴィアンは瞬きをした。


「でも、私、そこまでひどいことはしていませんよ?」


「それをひどくないと言うのか?」


講師は雪の上に残された痕跡を見下ろし、それから再び彼女へと視線を戻した。


「相手はすでに抵抗できない状態だった。それでも君は攻撃を続け、戦いを終わらせようともしなかった」


ヴィヴィアンはしばらく黙り込んだ。


そして、顔をそむけた。


「まったく……」


彼女は小さくため息をついた。


「本当につまらないわね」


講師はそれ以上議論を続けなかった。


彼は彼女にもう一度だけ警告を与えた後、転移術を発動し、山腹から姿を消した。


その場には、再び静寂が戻った。


冷たい風が、雪に覆われた木々の間を吹き抜けていく。戦闘の痕跡は、新たに降り積もる雪によって少しずつ覆い隠されていった。


ヴィヴィアンは、ストームスパイアの山腹に一人で立っていた。


彼女は、ロウリーに傷つけられた手を見下ろす。傷はすでに治療されていたが、玄能鎧を破られたときの不快感は、まだ心の中に残っていた。


一人の水元素術師。


水から生み出された巨大な大剣。


そして、彼女が誇りにしていた防護を貫くほどの一撃。


ヴィヴィアンは、口元をわずかに吊り上げた。


それから踵を返し、山頂へと続く道をゆっくりと歩き始めた。


第25章・完

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