第21章:ルシアン!
エヴリン・アシュフォードの背後で、大講堂の重厚な扉がゆっくりと閉じられた。
外では、夕暮れの陽光が白い石段を淡い黄金色に染めていた。ヴァルドレン王立大学の高くそびえる尖塔が空へと伸び、その頂には六印の紋章をあしらった旗が山風にはためいている。遠くの時計塔から鐘の音が響き渡り、また一日、山上での試験が終わったことを告げていた。
エヴリンは襟元を整え、ゆっくりと石段を下りていった。
先ほどまでの学長との会話は、彼女が予想していたよりも長引いた。山頂を担当していた二人の教師は、試験期間中に彼女が残した成績をすべて報告していた。最終的な得点に触れた際には、教師たち自身も驚きを隠せなかったほどだった。
三百六十七点。
大半の受験者をはるかに上回る成績だった。得点だけを見れば、エヴリンは試験が終了する前から、特例として学院を選択する権利を求めることさえできた。
学長も実際にその機会を与えていた。
彼女のためだけに個別の進路相談を設け、各学院の長所を分析し、彼女が示した能力と実績に基づいて助言を与えたのだ。グリフィンハーストは、彼女の指導力と戦略的思考を伸ばすのに適している。一方、ブラックソーンは分析力と深い研究能力を持つ者に向いている。ドレイケンホールも、エヴリンのように優れた力を持つ術者にとって、決して悪い選択肢ではなかった。
しかし、どれほど説明を受けても、彼女の答えは変わらなかった。
グリフィンハースト学院。
それは、アシュフォード家が何年も前から彼女の入学を望んでいた学院だった。そしてエヴリン自身も、ほかの場所を選ぶつもりなど一度もなかった。
彼女にとって、グリフィンハーストは単なる学院ではない。帝国に深い影響力を持つ名門家系や、由緒ある血統を持つ者たち、そして将来、帝国の礎となることを期待される人々が集う場所だった。
アシュフォード家の人間なら、当然グリフィンハーストに属するべきだ。
エヴリンは大講堂の前に広がる広場へ目を向けた。山頂から転移してきたばかりの受験者たちが、いくつかのグループに分かれて集まっている。試験を終えたことを喜ぶ者もいれば、自分の得点について議論している者もいた。
彼女には関心のないことだった。
この十日間、エヴリンは一度たりとも、この試験を大学の席を勝ち取るための競争だとは考えていなかった。クラウンピークへの登頂は、彼女の目的の一部にすぎない。
何より重要だったのは、この場所にふさわしくないと彼女が考える者たちを排除することだった。
身分の低い者。名声のない家の出身者。彼女が穢れた血と見なす者たち。
そんな者たちがヴァルドレン王立大学の制服を身にまとい、何代にもわたって続く名門家系の人間と肩を並べて立つ姿を想像するだけで、エヴリンの顔にはわずかな不快感が浮かんだ。
三百六十七点。
邪魔者の始末に時間を取られていなければ、もっと高い得点を獲得できていたはずだ。
エヴリンは薄く笑った。
いずれにせよ、身の程をわきまえない者には、一度きちんと思い知らせてやる必要がある。
彼女は再び歩き始めた。靴音が石畳の上に規則正しく響く。
明日は正式な学院選抜の儀式を前にした休養日だった。十日間も山の上で過ごしたのだから、エヴリンはこれから始まる大学生活に向けて準備を整えたいと考えていた。
特に関心を寄せているものが一つあった。
空間術。
それは高度な法力制御と空間認識能力を必要とする、複雑な学派の一つだ。基礎的な術だけでも、距離の変化を認識したり、安定した空間領域を作り出したり、一定範囲内にある物体の位置に干渉したりすることができる。
エヴリンはこれまでにも、空間術を使う術者を何人も見てきた。だが、自分自身が体系的に学ぶ機会はまだなかった。
入学前に基礎技術をいくつか習得できれば、大きなアドバンテージになるだろう。
グランド・マーケットで入門書を探すべきかもしれない。それとも、家の家庭教師に尋ねてみるか……。
「エヴリン……」
背後から、聞き覚えのある声が響いた。
彼女の足が止まる。
エヴリンは振り返った。
少し離れた場所、石柱のそばに一人の青年が立っていた。整えられた金髪に、きちんと仕立てられた服装。胸元には、アシュフォード家の紋章が刻まれた小さな銀のブローチが留められている。
ルシアン。
彼女専属の従者。
そして幼い頃から、ずっと彼女のそばで育ってきた人物だった。
エヴリンの記憶の中では、ルシアンはほとんどいつも彼女のいる場所に現れていた。幼い頃、彼はよく彼女の後を追って屋敷の裏庭へ行き、傷ついた蝶を一緒に探したり、厨房からこっそり菓子を持ち出して読書室まで届けたりしていた。
彼はエヴリンと同い年で、二人がまだ幼かった頃、アシュフォード家によって屋敷に引き取られた。
ルシアンの家はかつて男爵位を持つ家系だった。しかし、権力争いに巻き込まれ、派閥選びを誤ったことで、家は徐々に衰退していった。ルシアンの両親が以前のような暮らしを維持できなくなると、アシュフォード家が彼を屋敷に迎え入れたのだ。
エヴリンの父がそうした理由の一つには、ルシアンの母親がかつて彼の学友だったという事情もあった。
こうして、ルシアンはアシュフォード家の従者となった。
当初、エヴリンは彼の身分など気にしていなかった。幼い頃から知っている相手だったため、彼女は自分の名前をそのまま呼ぶことも、友人のように自然に話すことも許していた。
実際、長い年月の間、彼女はルシアンに対して過度な礼儀作法を求めたことなどなかった。
だが、変わってしまったこともある。
特に、銀の滝での一件以降は。
あの叫び声は、今もエヴリンの記憶に残っていた。
「エヴリン! いったい何をやっているんだ!?」
それは、ルシアンが彼女に向かって叫んだ言葉だった。
従者の分際で。
彼女の家に引き取られた身でありながら。
それなのに、ほかの者たちがいる前で、彼女を大声で問い詰めるなど。
ミラーピーク山の洞窟へ転移させられたとき、エヴリンには考える時間がたっぷりあった。過去の出来事を振り返り、ルシアンに対する自分の接し方を思い出し、そして今まで本気で気に留めたことのなかった一つの事実に気づいた。
自分は甘やかしすぎていたのだ。
ルシアンが幼い頃からの知り合いだったというだけで、主人と従者の間にある一線を忘れさせてしまった。
エヴリンは、こちらへ歩み寄ってくる青年を見つめた。
ルシアンはいつもと変わらない表情をしていた。まるで、いつもの散歩のあとに再会しただけであるかのように、どこか気楽そうな様子さえ見せている。
「エヴリン、ごめん! あの猿どもがあんな卑怯なことをするとは思わなかったんだ!」
彼は話しながら、さらに近づいてきた。
「君が山頂から転移させられたって聞いたとき、俺はてっきり……」
「敬語を使いなさい」
エヴリンが言葉を遮った。
ルシアンは足を止めた。
「え?」
「敬語を使えと言ったの」
彼女は冷ややかな声で、まっすぐ彼を見つめた。
ルシアンは瞬きをした。彼女の言葉の裏にある意味を、まだ理解できていないようだった。
「敬語って……エヴリン、何を言っているんだ?」
二人の間に短い沈黙が流れた。
エヴリンはさらに数秒、彼を見つめた。
すぐに怒りを露わにすることはなかった。むしろ、その表情はますます落ち着いていった。まるで古びた品物を観察し、これまで気づかなかった欠点をようやく見つけたかのようだった。
「ルシアン」
「何?」
「自分が誰の前に立っているのか、覚えている?」
ルシアンは眉をひそめた。
「もちろん覚えている。君はエヴリン……」
彼が最後まで言い終える前だった。
突然、足に激痛が走った。
ルシアンはバランスを崩し、石畳の上に膝をついた。両手を地面につき、どうにか身体を支える。
次の瞬間、エヴリンは彼の頭に足を置いた。
エヴリンは冷ややかに見下ろした。
「自分の立場を思い出しなさい、ルシアン」
その声は大きくなかった。だが、一つ一つの言葉には凍りつくような冷たさがあった。
ルシアンの身体が硬直した。
目に見えない法力の圧力が、彼の周囲に広がっていく。空気そのものが重くなったかのように、彼はすぐに顔を上げることもできなかった。
ここに至って、ようやくルシアンは理解した。
先ほどの言葉は、何気ない注意などではなかった。
エヴリンは、自分に対する呼び方を改めるよう要求しているのだ。彼女はもう、友人のように名前を呼ばれることを望んでいない。以前のような気安い態度で話しかけられることも、決して許すつもりはなかった。
ルシアンは、屋敷で一緒に遊んだ日々を思い出した。
彼女が読書をしている傍らで、自分は絨毯の上に寝そべっていた午後。何かを壊して彼女を怒らせたこともあったが、彼女はいつもすぐに許してくれた。
そんな日々に慣れすぎたせいで、一つの事実を忘れてしまっていたのだ。
自分は従者である。
そして彼女は、アシュフォード家の令嬢なのだ。
「お嬢様……」
ルシアンの声が変わった。
「申し訳ありません。本当に申し訳ありませんでした」
エヴリンは彼の頭から足を離した。
「立ちなさい」
ルシアンは慌てて両手をつき、身体を起こそうとした。だが、立ち上がろうとした瞬間、足に走った痛みで再び膝をついてしまった。
エヴリンは嫌悪感を込めた目で彼を見下ろした。
「本当に面倒な男ね」
彼女は周囲に漂わせていた法力を収め、背を向けて歩き出した。
「お嬢様、お待ちください……」
ルシアンは必死に声をかけた。
エヴリンは振り返らなかった。
「これからは、あなたのような無能な従者は必要ないわ」
ルシアンは愕然とした。
「お嬢様……?」
「今後、二度と私の前に姿を現さないことね。もしまだ近づこうとするなら、あなたの家族全員に代償を払わせるわ」
そう言い残し、エヴリンは歩き続けた。
彼女の姿は広場から徐々に遠ざかり、山風に揺れる外套が小さくなっていく。彼女は一度も振り返らず、ルシアンが立ち上がれるかどうかを確かめようともしなかった。
彼女にとって、今の出来事はただ処理すべき一つの問題にすぎなかった。
それ以上でも、それ以下でもない。
ルシアンは石畳の上に座り込んだまま、片手で足を押さえていた。彼は法力を集中させ、水元素術を使って痛みを和らげようとした。
手の周囲に薄い水の膜が生まれる。
しかし、その法力が負傷した部分に触れた瞬間、ほとんど効果をもたらすことなく消えてしまった。
ルシアンは視線を落とした。
黒い炎が、彼の足にまとわりついたまま、静かに燃え続けていた。
それは普通の炎ではなかった。
黒炎。
物質的な燃料ではなく、法力によって燃焼を維持することができる、火元素術の特殊な変種である。そのため、通常の方法で消火することはほとんど不可能だった。
「いったい何が起きているんだ?」
「どいてください! 私に見せてください!」
周囲の人々が騒ぎ始めた。
近くにいた受験者たちは慌てて後ずさりし、教師を呼びに走る者もいた。ほどなくして、廊下にいた二人の教員が急いで駆けつけた。
「勝手に魔法を使わないでください!」
そのうちの一人が膝をつき、ルシアンの状態を確認した。黒い炎を目にした瞬間、彼の表情が変わった。
「黒炎……?」
もう一人の教師は、すぐに上着のポケットから治療用の魔導具を取り出した。
「直接炎に触れてはいけない。術者の法力によって燃焼が維持されている」
「まずは影響を受けている部分を安定させなければ。法力がさらに広がれば、治療が難しくなる」
ルシアンの足の周囲に、薄い結界が張られた。治療を担当する教師は制御系の術を使い、炎を維持している法力を少しずつ弱め始めた。
ルシアンは歯を食いしばった。
もう、何かを話す余裕さえなかった。
周囲では、ひそひそと話す声が聞こえ始めていた。
「あれは、さっきアシュフォード家の令嬢と一緒にいた人じゃないか?」
「彼女がここから立ち去るのを見たぞ」
「何があったんだ?」
「聞いた話では、アシュフォード家の従者らしい……」
ルシアンは俯いた。
聞きたくなかった。
だが、そんな声は次々と耳に入り、彼の不快感をさらに強めていった。
彼は幼い頃からエヴリンに仕えてきた。
二人の身分が違っていても、そこには何か特別な関係があるのだと思っていた。彼女は自分に名前を呼ぶことを許し、気兼ねなく話すことを許してくれた。時には、まるで友人のように接してくれることさえあった。
ルシアンは、それを親しさの証だと考えていた。
もしかすると、自分が勘違いしていただけなのかもしれない。
あるいは、彼女は最初からそんなふうに思っていなかったのかもしれない。
ルシアンが教師たちの治療を受けている頃、大講堂からもう一人の人物が姿を現した。
セラフィナだった。
彼女もまた、つい先ほど学長との会話を終えたばかりだった。
エヴリンとは違い、セラフィナは試験成績を理由に、すぐに学院を選択する権利を与えられたわけではなかった。山頂にいた二人の教師と監督担当者たちは、十日間にわたる彼女の行動について報告を行っていた。
彼女の得点は、極めて特異なものだった。
きりの良い数字でもなければ、普通の受験者が残すような成績でもない。
報告書に目を通した学長は、彼女と直接話をすることにした。通常の試験では評価しきれないほど、セラフィナの能力が優れていると判断したからだ。そのため、彼女が望む学院を特例として選択できるよう提案した。
だが、セラフィナは即座に断った。
彼女は学院選抜の儀式に参加したかった。
六印神星の前に立ちたかった。
そして、自らの手でそれに触れたかった。
本当に関心があるのは、そのことだった。
学長は無理に説得しようとはしなかった。彼女の決断を尊重し、大講堂から送り出した。
セラフィナは背中で両手を組み、まるで何でもない会話を終えたばかりのように、気楽な足取りで石段を下りていった。
そして、前方の人だかりに気づいた。
一人の青年が地面に座り込み、その周囲では教師たちが治療を行っている。彼の足にまとわりつく黒い炎は、セラフィナの目をすぐに引きつけた。
彼女は首を傾げた。
「あら?」
視線を廊下の方へ移す。
石畳の道の向こう、柱が並ぶ回廊の先に、外套をまとった人影が遠ざかっていく。
エヴリンだった。
セラフィナは数秒その姿を目で追い、それから治療を受けている青年へと視線を戻した。
何が起きたのか、すぐに察しがついた。
彼女の口元が弧を描いた。
「かわいそうに……」
広場に、柔らかな声が響いた。
「エヴリンって、部下への扱いが本当にひどいのね!」
同情するような口調だったが、その表情には介入する気など微塵も見られなかった。
セラフィナはそのまま歩き続けた。
事情を尋ねるつもりも、助けるつもりもない。彼女にとって、これは通りすがりに偶然目にした、少々興味深い光景にすぎなかった。
「セラフィナ!」
突然、声が響いた。
彼女は足を止めた。
背後では、ルシアンが必死に顔を上げようとしていた。教師たちはまだ治療を続けていたが、彼は通りかかった人物に気づいていた。
「セラフィナ! 俺だ、ルシアンだ!」
彼女は振り返った。
「ん?」
「お願いだ、助けてくれ!」
ルシアンは声を張り上げた。
「頼む! 君の助けが必要なんだ!」
セラフィナはしばらく彼を見つめた。
汗に濡れた顔、汚れた服、そして胸元に留められたアシュフォード家の紋章入りの銀のブローチへと、彼女の視線が移っていく。
それから、彼女は首を傾げた。
「私たち、知り合いだったかしら?」
ルシアンは呆然とした。
セラフィナは返事を待たなかった。
彼女は踵を返し、まるで先ほどの呼び声など聞こえなかったかのように歩き出した。
「セラフィナ……?」
ルシアンは彼女の背中を見つめた。
もう一度呼びかけようとしたが、喉が詰まって声が出なかった。先ほどの必死な助けを求める声は、空気の中に取り残されたまま、彼が頼りにしたかった人物には届かなかった。
セラフィナはそのまま立ち去っていった。
彼女の外套は石柱の向こうへと消え、広場を行き交う人々の流れに紛れていった。
ルシアンはその姿を見送り、目から少しずつ希望が失われていくのを感じた。
彼は、かつての人間関係を頼れば、この状況を乗り越えられると思っていた。だが、エヴリンはあっさりと彼を切り捨て、セラフィナに至っては、二人が知り合いだったことさえ認めようとしなかった。
いつもそばにいたいと思っていた主人。
かつて、自分を味方として見てくれるかもしれないと思っていた人物。
今となっては、誰一人として彼のために足を止めようとはしなかった。
「動かないでください。こちらで処置します」
隣にいた教師の声が聞こえた。
ルシアンは答えなかった。
ただ俯き、冷たい石畳を見つめていた。胸の中は、何もない空洞のようだった。
遠くでは、時計塔の鐘が再び鳴り響いた。
今日という日が終わろうとしている。
明日、残りの受験者たちは正式な学院選抜の儀式を前に、一日休息を取ることになる。そしてその翌日、彼らは六印神星の前に立ち、六つの紋章に順番に触れながら、これからの数年間を過ごす場所を見つけるのだ。
エヴリンには、すでに選択があった。
セラフィナにも、自分だけの目的があった。
だが、エヴリンのそばにずっといられると思っていたルシアンは、今や自分がどこへ向かえばいいのかさえわからなくなっていた。
彼は目を閉じた。
長い年月を経て、ルシアンは初めて気づいた。
自分とエヴリンとの距離は、思っていたほど近くなどなかったのかもしれない。
そして、自分がその世界の中でどのような立場にいるのかも、彼は本当の意味では理解していなかったのだ。
第21章・完




