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万里幻譚  作者: ケルビン
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第20章:天眼

あの日以来、カラム・マーロウは夕方になると部屋に閉じこもるようになった。


『欠け月の間』の扉は固く閉ざされていた。シラスが食事を運んでいっても、戻ってくる皿にはほとんど手がつけられていない。時折、部屋の中から物音が聞こえることはあったが、大半の時間を占めていたのは、耐えがたいほど長く続く沈黙だった。


シラスには、どうすればいいのかわからなかった。


適切な慰めの言葉を見つけられると思っていた。カラムと話をすれば、少しは気が楽になるのではないかと考えていた。しかし、扉の前に立つたびに、何を言っても起きてしまったことを消すことなどできないのだと気づかされる。


エララは、もういない。


どんな呪文でもその事実を覆すことはできない。どんな護符を使おうと、亡くなった人を何事もなかったかのように蘇らせることはできないのだ。


シラスは本の中で、喪失について読んだことがあった。大切な人を失えば人は悲しむこと、時間が経てばその痛みも少しずつ和らいでいくことを知っていた。だが、その悲しみが人をどれほど変えてしまうのか、実感したことは一度もなかった。


カラムの姿を見るまでは。


いつも冗談ばかり口にし、誰かをからかうのが好きで、どんな最悪の状況でも話の種を見つけてしまうような男が、今では口を開こうとさえしない。


シラスは何度か扉を叩いてみた。


「カラム、食事を持ってきたよ」


返事はなかった。


「何も話さなくていい。扉の前に置いておくから」


それでも、沈黙が返ってくるだけだった。


シラスはしばらくその場に立っていたが、やがて食事の盆を床に置き、その場を離れた。


カラムに扉を開けるよう強いることはしなかった。


親しい友人同士であっても、気遣いは必ずしも長い言葉で示す必要はない。時には、相手のそばにいながら、その人が必要としている一人きりの時間を邪魔しないことこそ、最善の選択になる。


だからシラスは、カラムに自分の時間を与えることにした。


階下で食事をとり、近所を散歩し、時折部屋に戻っては友人に何か必要なものがないか確かめる。食事の盆がそのまま残っていれば新しいものと取り替え、寒くなれば宿の主人に頼んで暖炉の薪を追加してもらった。


大げさなことは何もしなかった。


ただ、自分はここにいるのだと、カラムに伝え続けようとしただけだった。


---


二日目。


朝の旧市街散策を終え、シラスが部屋に戻ってくると、扉の前に置いていた食事の盆がなくなっていることに気づいた。


それは、初めて見つけた良い兆しだった。


シラスはカラムが食べきったのかどうかを尋ねることも、確認のために扉を叩くこともしなかった。盆を持って階下へ降り、宿の従業員に返すと、そのまま自分の用事を続けた。


午後、部屋の前を通りかかったとき、シラスは中から水の流れる音を聞いた。


夜になると、扉の隙間からカラムの机の上にあるランプの明かりが漏れているのが見えた。


そんな些細な変化が、シラスの心をほんの少しだけ軽くしてくれた。


そして三日目。


ついに、扉が開いた。


カラムが部屋から出てきたのだ。


いつもふわりと広がっていた金髪は乱れ、顔には疲労の色が浮かんでいた。目元も少し腫れている。ゆったりとしたシャツを着た彼は、しばらく扉の枠にもたれたまま立ち、それから窓際で本を読んでいたシラスに目を向けた。


「何を読んでるんだ?」


シラスは顔を上げた。


一瞬、自分の耳を疑いそうになった。


それは、カラムの声だった。


以前とまったく同じというわけではない。まだ少しかすれていて、疲れも残っている。それでも、少なくとも彼は自分から口を開いたのだ。


シラスは本を閉じた。


「古代の魔導具についての本だよ」


カラムは表紙を眺めた。


「眠くなりそうな本だな」


「読みたければ、別の本を探してもいいよ」


「いや、遠慮しておく。これ以上、頭の働きを鈍らせたくないからな」


カラムは向かいの椅子に歩み寄り、引き出して腰を下ろした。


しばらく黙って、窓の下を行き交う人々を眺めていた。


「もう食事は済ませた?」とシラスが尋ねる。


「ああ」


「何か追加で食べたいものは?」


「ある」


シラスはすぐに立ち上がった。


「何が食べたい?」


カラムは数秒考えてから答えた。


「焼き肉。パンも追加で。それと、アップルパイがあれば一切れ頼む」


シラスは彼を見つめた。


「部屋から出てきたばかりなのに、店のメニューを全部食べるつもり?」


「三日もまともに食べていなかったんだ。少しくらい大目に見てくれよ」


「部屋でも食べていたじゃないか」


「でも、一人で食べても全然おいしくないんだ」


カラムは、まるで食事の味について不満を漏らしているだけのように、ごく自然な口調でそう言った。


だが、シラスにはわかっていた。


彼は頷き、それ以上は何も尋ねなかった。


「わかった。注文してくるよ」


カラムは椅子の背にもたれ、階段を下りていく友人の後ろ姿を見送った。


扉が閉まると、彼の口元に浮かんでいた笑みは、少しずつ薄れていった。


この三日間、カラムはこれまで想像したこともなかったほど、さまざまな感情と向き合っていた。


怒りを覚えることもあった。


なぜこんなことがエララに起きたのか。なぜあんなに優しい彼女が、あれほど多くの苦しみを味わわなければならなかったのか。彼女の家族を傷つけたベラフォンテ家に乗り込み、今あの連中がどうしているのか、彼らが自分たちのしたことを覚えているのか、問いただしたいと思ったこともある。


だが、何をしたところでエララは戻ってこないのだと、やがて気づいた。


自分を責めることもあった。


もっと頻繁に手紙を送っていたら?


もっと早く王都に来ていたら?


中等部の頃に、自分の気持ちを伝えていたら?


彼女が困っていると知っていたら、自分に何かできたのだろうか?


そんな問いが頭の中で何度も繰り返された。だが、そのどれも過去を変えることはできなかった。


そして、泣き疲れるほどの時間を過ごした末に、カラムは受け入れたくなかった現実と向き合わざるを得なくなった。


エララは、もういない。


彼女に起きた出来事を修復することはできない。今、自分が何をしようと、彼女が孤独の中で過ごした日々を変えることはできないのだ。


だが、それは彼女を忘れなければならないという意味ではなかった。


思い出は、都合よく捨てられるものではない。悲しむことは、恥ずべきことでもない。自分はエララを愛していた。そして、愛する人を失って苦しむのは、ごく自然なことだった。


カラムには、悲しむ権利がある。


泣く権利もある。


やり残したことを悔やむ権利だってある。


だが、答えの出ない問いにいつまでも囚われていては、前に進むことさえできなくなる。そのことも、彼は理解していた。


エララは、自分の夢を叶えることができなかった。


だからせめて、自分は自分の人生を生き続けなければならない。


彼女を忘れるためではない。


彼女との思い出を胸に抱きながら、歩き続けるために。


カラムは手で顔を拭い、窓の外に目を向けた。


「こんな姿を見られたら、きっと笑われるだろうな……」


彼は小さく呟いた。


「だから、いつまでも情けない姿のままでいるわけにはいかない」


---


その日の夕食、シラスはカラムに豪勢な食事を奢ることにした。


二人は『砕けた月亭』のメインダイニングへ降り、暖炉の近くにあるテーブルを選んだ。シラスはローストラム、焼きたてのパン、マッシュポテト、そしてデザートにアップルパイを注文した。カラムはさらに温かいスープまで頼み、シラスは疑わしげな目を向けずにはいられなかった。


「本当に全部食べるつもり?」


カラムはスプーンを手に取った。


「今は回復中なんだ」


「回復することと、三人分の食事を平らげることは違うと思うけど」


「心配するな。残さないように努力するさ」


シラスはため息をついたが、その口元にはかすかな笑みが浮かんでいた。


カラムはたくさん食べ、以前よりもずっとよく話すようになった。部屋のベッドが柔らかすぎて、寝起きに腰が痛くなったこと。宿の主人は今出している茶葉を変えるべきだということ。そして機会があれば、もっと良い枕を買いたいということまで、次々と不満を並べた。


そんな聞き慣れた愚痴を聞いていると、シラスの心も少し軽くなった。


カラムが、いつもの調子を取り戻しつつあったからだ。


少なくとも、その一部は。


デザートが運ばれてくるのを待っている間、カラムは自分の両手を見つめ、ふいに口を開いた。


「シラス」


「ん?」


「ありがとう」


シラスは顔を上げた。


「何に対して?」


「無理に話をさせようとしなかったことだ」


カラムは少し間を置いた。


「この数日間、誰にも会いたくなかった。何を話せばいいのかもわからなかった。でも、扉を開けるたびに、食事が置いてあった」


彼は友人を見つめ、かすかに笑った。


「お前がそこにいてくれたことは、わかっていたよ」


シラスは数秒黙ったあと、肩をすくめた。


「友達だろ。放っておけるわけないじゃないか」


カラムは吹き出した。


「感動的な台詞だな。もう少しでまた泣くところだった」


「じゃあ泣かないでくれ。まだこの食事代を払っていないんだから」


「ちょっと待て! 奢ってくれるって言っただろ!」


「そうだよ。でも、泣いて請求書を濡らしたら、代金は払ってもらう」


カラムは声を上げて笑った。


その笑い声は、食堂に響き渡り、ほかの客たちの話し声に溶け込んでいった。


シラスは目の前の友人を見つめ、胸の中にあった重荷がようやく少し軽くなったように感じた。


カラムがここに座り、食事をし、以前のように話せるようになるまで、どれほど苦しんだのかはわかっている。たった数日でその痛みが消えるわけではないことも。


傷は、まだ残っている。


明日、菓子屋の前を通ったときや、栗色の髪をした少女を見かけたとき、カラムは再びエララを思い出すかもしれない。ある夜、目を覚ました瞬間に、自分がまだ現実を完全には受け入れられていないと気づくことだってあるだろう。


それでも、少なくともカラムは歩き始めていた。


シラスにとって、それだけでも十分に喜ばしいことだった。


---


翌朝、カラムはシラスを大いに驚かせる決断をした。


髪を切りたいというのだ。


それも、いつものように少し整える程度ではない。自分のトレードマークともいえる、あのふんわりとした金髪を短く切ってしまうつもりだった。


シラスは理髪店の鏡越しに友人を見た。


「本当にいいの?」


カラムは椅子に座り、肩にクロスを掛けてもらっていた。


「ああ」


「アウレリアン・コーストにいた頃から、ずっとその髪型だったじゃないか」


「それがどうした?」


「いや。ただ、後悔するんじゃないかと思ってね」


カラムは鏡に映る自分の髪を眺めた。


「少しくらい変わってもいいだろ」


彼は微笑んだ。


「それに、短いほうが手入れも楽だ。朝から髪を梳かすだけで時間を無駄にしたくないからな」


シラスは眉を上げた。


「それが本当の理由?」


「もちろん。何を考えているんだ?」


理髪師は笑い声を漏らし、作業を始めた。


金色の髪が、肩に掛けられたクロスの上へ次々と落ちていく。ふんわりと広がっていた髪は徐々に短くなり、両側はすっきりと整えられ、頭頂部にはスタイリングできる程度の長さが残された。


仕上がると、カラムは鏡の中の自分を眺めた。


まるで別人のようだった。


顔立ちも、瞳も、見慣れた笑顔も変わっていない。だが、短くなった髪のせいか、以前より少し大人びて見える。顔の輪郭も、よりはっきりと際立っていた。


カラムは首を傾け、いくつかの角度から自分の姿を確かめた。


「悪くないな」


シラスは腕を組んだ。


「これで毎月、整髪料を一本丸ごと使わなくて済むね」


「俺の髪に嫉妬してるのか?」


「ようやくお前の額が見られるようになって嬉しいだけだよ」


カラムは吹き出し、理髪師に代金を支払って立ち上がった。


店を出ると、彼は大きく息を吸い込んだ。


朝の風が短くなった髪を揺らし、これまでとは違う涼しさを運んでくる。


カラムは手で髪を軽く撫で、それから中心街へ続く通りに目を向けた。


「行こう、シラス」


「どこへ?」


「今日は午後から学院選抜の儀式だろ。その前に、自由な時間を少し楽しんでおこう」


シラスは数秒彼を見つめ、それから頷いた。


「いいよ」


二人は王都の淡い陽光の下を歩き出した。


エララの墓を見つけて以来、初めてのことだった。


カラムはもう、ただ一時間ずつを耐えながら過ごしているわけではなかった。


彼は本当に、前へ進もうとしていた。


---


その日の午後、学院選抜の儀式が始まる。


ヴァルドレン王立大学からの通達によれば、クラウンフェルの試験を終えた受験者は、本日午後に開催会場へ集合することになっていた。


すでに百点を獲得した者たちは、事前に説明を受け、自らの学院を選択している。一方、その基準に達していない者たちは、儀式の場で『六印神星』による評価を受けることになる。


シラスとカラムは、まだ自分たちがどの学院に配属されるのか知らなかった。


シラスはブラックソーン学院に傾いていた。分析力、研究、戦略を重んじる学院だ。ノーマンの秘術体系をより深く学び、東方の術法と西方の秘術を組み合わせる方法についても研究したいと考えていた。


一方、カラムはまだはっきりと決めていなかった。


今ここで彼に尋ねたなら、おそらく最も美人の女子生徒が多い学院、と答えるだろう。


それでもシラスは、六印神星がそんな奇妙な好みだけを基準に判断するとは思っていなかった。


朝食を終えた二人は、食堂の窓際に座り、その日の午前中をどう過ごすか相談していた。


「市立図書館に行くのはどう?」とシラスが提案する。


カラムは即座に首を横に振った。


「嫌だ」


「それなら博物館は?」


「それも嫌だ」


「じゃあ、何がしたいんだ?」


カラムは頬杖をつき、外の通りを行き交う人々を眺めた。


「遊びに行こう」


シラスは黙った。


「もう少し具体的に言ってくれる?」


「散歩して、店を眺めて、おいしいものを食べて、買い物をする。新しい街に来た普通の人間がすることだよ」


「観光客の行動を説明しているように聞こえるけど」


「その通り! 俺たちは観光客なんだからな」


シラスは彼を見つめた。


「ヴァルドレン王立大学の試験を受けに来たことを忘れたの?」


「試験はもう終わった。今日は戦う必要も、逃げ回る必要もない。あの女の子に何十人もの分身を作られて追いかけられる心配だってないんだ」


シラスはわずかに動きを止めた。


「まだあのことを覚えていたの?」


「忘れられるわけないだろ。人生で最も奇妙な体験の一つだったんだから」


カラムは両手を広げた。


「だから今日は、普通の人間として過ごすことに決めたんだ」


シラスはため息をついたが、結局立ち上がった。


「わかった。グランド・マーケットに行こう」


カラムはすぐに笑顔を浮かべた。


「お前なら賛成してくれると思っていたよ!」


「ただし、買い物をしすぎて荷物を全部俺に持たせたら、道の真ん中に置いていくからね」


「親友を見捨てるなんてできないだろ」


「できるよ」


「冷酷な奴だな」


二人は『砕けた月亭』を出て、街の中心部へ向かった。


---


グランド・マーケットはヴァルドレンの中心部、行政区の南側に位置し、旧市街に隣接している。王都でも特に賑わいを見せる地区の一つであり、主要な交易路が集まる場所として、帝国各地から何千もの商人や旅行者、そして市民が訪れていた。


遠くからでも、シラスとカラムには人々の話し声や、石畳の上を転がる馬車の車輪の音、通り沿いの屋台から響く呼び声が聞こえてきた。


中央広場を取り囲むように、商人組合の会館や商店、両替商の店、そして一階を商業スペースとして利用する建物が並んでいる。広場からは何本もの小路が伸びており、それぞれの通りには特定の業種を扱う店が集まっていた。


布地や衣服を専門に扱う通りもあれば、革製品や書物、宝飾品、一般的な魔導具を売る通りもある。遠方の地方からやってきた商人たちもここに露店を構え、故郷の特産品を持ち寄って買い手と取引していた。


焼きたてのパンや炙った肉、香辛料の匂いが空気の中で混ざり合う。


広場に足を踏み入れた途端、カラムは菓子を売る屋台の前で立ち止まった。


シラスは彼の袖を引いた。


「朝食を食べたばかりだろ」


「それがどうした? 菓子は別腹だ」


「持ち帰りにすればいい」


カラムは数秒考え、それからすぐに店員を呼んだ。


シラスは首を振り、友人があれこれと菓子を選ぶ間、そこで待つことにした。買い終えると、カラムは小さな袋に丁寧に詰め、まるで重要な任務を成し遂げたかのように満足げな顔をした。


「よし、先へ進もう」


二人は広場を横切り、工芸品を売る店の前で足を止め、それから石畳の道をたどって旧市街の方へ進んだ。


道沿いには、さまざまな奇妙な魔導具がショーウィンドウに飾られていた。太陽の位置に合わせて自動で時刻を調整する魔法時計、魔晶石の光で輝くランプ、そしてわずかな法力だけで水面を動き回る小型の商船模型まであった。


一方、カラムが興味を示すものはまったく違っていた。


彼はコートを売る店の前で立ち止まり、ショーウィンドウに飾られた濃紺のコートを眺めた。


「これ、いいな」


シラスはそのコートを見た。


「似たようなものを少なくとも三着は持っているだろ」


「でも、このコートは縫製が違う」


「高いところが違うんじゃない?」


「お前はファッションを理解していない」


「それに、お前は節約を理解していない」


カラムは笑い、ようやく歩き出した。


二人は交差点を抜け、商業地区の端に近い小さな広場、クラウンマーケット広場へとたどり着いた。


そこには大道芸人や手品師、音楽家、そして絵を売り歩く画家たちが集まっていた。


数人の子供たちが、光で鳥を作り出す芸人の周りに集まっている。少し離れた場所では、ヴァイオリン弾きが優雅な旋律を奏で、その音色が街の喧騒の中に響いていた。


シラスは一軒の絵売りの前で足を止めた。


木製の展示台には、肖像画や風景画、物語に登場する人物を題材にした挿絵が何十枚も並んでいる。写実的な画風のものもあれば、幻想的な色彩をまとったものもあり、まるで架空の人物たちが今にも紙面から飛び出してきそうだった。


その中の一枚が、シラスの目を引いた。


描かれていたのは、白い長衣をまとい、腰に長剣を下げた戦士だった。黒髪は風になびき、その背後には雲に覆われた山々と、明るく輝く月が浮かんでいる。


東方の画風が色濃く感じられる作品だった。


シラスは一歩近づいた。


「これは見事な絵だね」


画家が顔を上げた。


黒く長い髪に、輝く瞳、白い肌をした若い女性だった。彼女は東方風に仕立て直された衣装を身にまとい、腰のベルトで締めた深紅の上着を着ている。その色の組み合わせは、周囲の大道芸人たちの中でもひときわ目を引いた。


「こんにちは!」彼女は微笑んだ。「私はハク。東方から来た画家です。どんな絵をお探しですか?」


シラスは彼女を見て、軽く会釈した。


「この絵を見ていたんだ。あなたが描いたの?」


「はい。肖像画や物語の登場人物の挿絵を専門にしています。この絵は、東方の伝説に登場する戦士を題材にしたものです」


ハクは絵を指さした。


「その戦士は、失われた剣を探すために、何千里もの道を歩き、山を越え、川を渡ったと言われています。私はその物語が好きで、絵にしてみたんです」


シラスは筆の一つ一つをじっくりと眺めた。


さらに質問しようとした、そのとき。


カラムが突然、隣に顔を寄せてきた。


「シラス」


「何?」


カラムは声を潜めたつもりだったが、画家にも十分聞こえる大きさだった。


「彼女の胸元を見てみろよ」


シラスは即座に振り向いた。


「ここは公共の場所だぞ!」


ハクは瞬きをし、それからくすくすと笑った。


「大丈夫ですよ。そういうお客さんには慣れていますから」


カラムはすぐに背筋を伸ばし、真面目な顔を取り繕った。


「いえ、その……服のデザインがとても印象的だと言いたかったんです」


シラスは目を閉じた。


カラムが今どんな言い訳を思いついたのか、知りたくもなかった。


ハクは二人を見つめ、さらに笑みを深めた。


「ありがとうございます。よろしければ、ほかの人物を描いた作品もありますよ」


カラムはすぐに絵の並ぶ台へ向き直った。


「おお、ぜひ見せてくれ!」


彼は驚くほど真剣な様子で、一枚一枚を眺めながら展示台を進んでいった。やがて、シラスが先ほど見ていた白い長衣の戦士の絵の前で立ち止まった。


「これを一枚ください」


ハクは絵を取り外し、保護用の厚紙に挟んだ。


「一シルバー・マークです」


カラムは上着のポケットから金を取り出し、彼女に渡した。


「どうぞ」


ハクは代金を受け取り、絵を差し出した。


「ありがとうございます。ヴァルドレンで楽しい一日をお過ごしください」


「ありがとう」


カラムは絵を丁寧に丸め、まるで大切な宝物のように脇に抱えた。


シラスは友人を見た。


「本当に絵が気に入ったから買ったの?」


「もちろん」


「画家が気に入ったからじゃなくて?」


カラムはすぐに振り向いた。


「俺の人格を疑うのはやめてくれないか?」


「疑われるようなことを言わなければいいんだよ」


カラムはため息をついたが、笑いをこらえることはできなかった。


二人はヴァイオリンの音色と賑やかな呼び声を背に、広場を進み続けた。


---


さらにいくつかの店を通り過ぎたあと、カラムは買った絵を広げて眺め始めた。


白い長衣をまとった戦士の姿をじっくりと見つめ、ときおり首を傾けながら細かな部分を確かめている。


「なあ、こいつは強いと思うか?」


シラスは絵をちらりと見た。


「ただの架空の人物だよ」


「でも、画家がとても強そうな人物を描くことはできるだろ?」


「それは物語次第だね」


カラムは納得したように頷いた。どうやら、その説明を完全に受け入れたらしい。


しばらくして、彼は不意に口を開いた。


「なあ、シラス」


「何?」


「そろそろ魔法の箒と杖を買ったほうがいいと思わないか?」


シラスは足を止め、まるで奇妙な質問を聞いたかのように彼を見た。


「今さらそんな当たり前のことを聞くの? もちろんだよ」


カラムは肩をすくめた。


「ただ確認したかっただけさ」


シラスはため息をついた。


「ずっと前から必要だったって、わかっているだろ」


クラウンフェルの試験中、二人はほとんど手を使った直接的な術の行使か、その場しのぎの魔導具だけで魔法を使っていた。


シラスには道気を込めて描いた護符があり、カラムは自分の念動術を使って物体を操っていた。


その方法でも十分に効果はあったが、必ずしも最適とは言えなかった。


手から直接魔法を放つ場合、法力は伝達の過程で分散してしまうことがあり、術者は余分な力を消費しなければならない。使い手との相性が良い魔法の杖は、安定した導体として機能し、法力を集中させ、術の精度を高めることができる。


複雑な魔法になればなるほど、その差は明確になる。


魔法の箒も同様だった。優れた箒は、飛行中の姿勢を安定させ、進行方向を調整し、空中を移動する際に必要な法力を軽減してくれる。


問題は、二人がアウレリアン・コーストで見てきた杖が、彼らの求める条件に合っていなかったことだった。


アウレリアン・コーストは海上交易で名高い州であり、人々の関心は商船や海図、商品、そして海を越える交易路に向けられていた。魔導具の店も存在していたが、その多くは一般的な用途に向けたものだった。


高級品は内陸から輸入しなければならず、その分価格も大きく跳ね上がる。


シラスにとって、自分に合わない杖に大金を払うことは、海に金を投げ捨てるようなものだった。


一方のカラムは、そもそも魔法の杖について詳しく調べるほどの忍耐力がなかった。


だが、今の二人はヴァルドレンにいる。


ノーマン帝国の首都。最高の魔導具職人たちや、歴史ある専門店、そして各種秘術に合わせて作られた品々が集まる場所だ。


自分たちに合った道具を見つけるには、これ以上ない機会だった。


カラムは突然、笑みを浮かべた。


「王都で有名な店を知っているぞ」


シラスは彼を振り向いた。


「どこ?」


「ソーン&アッシュだ」


シラスは少し考えた。


「その名前なら聞いたことがある。魔法の杖と箒を専門に作っている店だよね?」


「その通り! あそこの杖はかなり優秀らしい。特に、使い手の能力に合わせて作られた特注品が有名なんだ」


カラムは、まるで宝物を見つけたかのように丸めた絵を掲げた。


「行こう。今日は最高の杖を手に入れるぞ!」


シラスは彼を見た。


「お金は足りるの?」


カラムは動きを止めた。


二人の間に、短い沈黙が流れる。


「……まずは見るだけでもいいだろ」


シラスは吹き出した。


「わかった。とりあえず見に行こう」


---


ソーン&アッシュは、オールド・ベル通りとグランド・マーケットを結ぶ小さな通りの一角にあった。『砕けた月亭』から歩いてすぐの距離だ。


店はそれほど目立つ場所にはなかった。両側には古書店や革製品店、一般的な魔法道具を売る店が並んでいる。だが、近づいてみると、シラスはその違いに気づいた。


灰色の石造りの正面には、濃い色のオーク材で作られた窓枠が取り付けられている。木製の扉には、杖と箒を交差させた図案が刻まれた金属製の看板が掲げられ、その下には優雅な文字で次のように記されていた。


THORNE & ASH - WANDWRIGHTS AND BROOMMAKERS.


扉の上には魔法のランプが吊るされ、柔らかな黄金色の光を放っていた。ガラス窓の向こうには、さまざまな形や色をした魔法の箒が木製の棚に並べられている。精巧な彫刻が施されたものもあれば、装飾こそ控えめだが頑丈そうなものもあった。


カラムは扉の前に立ち、自信満々の表情を浮かべた。


「ほらな? 有名な店だと言っただろ」


シラスは看板を見た。


「ここが一番いい店だって、本当に確かなの?」


「間違いない」


「来たことはある?」


カラムは黙った。


シラスは彼を見た。


「カラム」


「ない」


「じゃあ、どうしてそんなに自信満々なんだ?」


「人から聞いたからだよ!」


シラスはため息をついた。


「次からは『聞いたことがある』と『確かめた』を区別してくれ」


カラムは扉を開けた。頭上の小さな鈴が、澄んだ音を立てる。


「どうぞ、先生」


新しい木材と磨き上げた蝋、そして乾燥させた薬草の香りをまとった暖かな空気が、店の中から流れ出てきた。


店内は外から見た印象よりも広かった。左右の壁沿いにはガラスケースが並び、その中には素材や長さ、法力の伝達特性ごとに分類された何百本もの魔法の杖が収められている。


反対側には魔法の箒が並んでいた。初心者向けのものから、熟練した魔術師のために作られた高級品まで、さまざまだ。


店の奥には大きな作業台があり、職人道具や加工前の木材、そして専用の箱に保管された魔力の核が置かれていた。


中年の男が一人、ランプの明かりの下で一本の杖を調べていた。


入口の鈴が鳴ったのを聞き、彼は顔を上げた。


黒髪には白いものが混じり、鋭い灰色の瞳を持っている。長い指には、長年職人として働いてきた者特有の硬いタコがあった。シャツの袖は肘までまくり上げられ、手の甲には小さな傷跡がいくつも残っていた。


「やあ、若い二人。いらっしゃい」


男は杖を置き、布で手を拭いた。


「ソーン&アッシュへようこそ。何をお探しかな?」


カラムが一歩前に出た。


「魔法の箒と杖です!」


男は声を上げて笑った。


「実にわかりやすい答えだ。だが、杖を選ぶ前に、君たちの能力について少し知っておく必要がある」


彼は作業台から離れ、二人に付いてくるよう合図した。


「ここにはいくつか決まりがある。まず一つ目。杖は見た目だけで選ぶものではない。どれほど美しい杖でも、使い手に合わなければ、扱い方を知らない者の手にある鋭い剣と何ら変わらない」


彼はガラスケースの前で立ち止まった。


「二つ目。杖を自分の思いどおりに無理やり動かそうとしてはいけない。優れた魔導具は使い手を助けるものであって、足かせになるものではない。法力の反応が不安定なら、たとえどれほど希少な品であっても、私は購入を勧めない」


シラスは小さく頷いた。


男の話し方には安心感があった。少なくとも、高価な品を売りつけることしか考えていない商人には見えなかった。


「では、まず君たちの専門とする学派を教えてもらおう」


カラムがすぐに答えた。


「俺はカラム・マーロウ。ヴァルドレン王立大学の新入生です。専門はアルカニズム学派の念動術で、元素術も少し使えます」


男は頷いた。


「念動術か。法力を使って物体を操る能力だな?」


「その通りです」


「なら、伝達が安定していて、反応が速く、精密な操作を助ける杖に注目しよう。念動術を専門とする者にとって、重すぎる杖や反応に遅れがある杖は不利になる」


男はシラスへと向き直った。


「君は?」


「シラス・バイです。私もヴァルドレン王立大学の新入生です。元素術学派に属していて、水元素術を専門にしています。それと、東方の術法体系も使います」


男は一瞬、動きを止めた。


「東方の術法?」


「はい。護符や道気を使って、いくつかの術を行使します」


男の灰色の瞳に、純粋な好奇心が浮かんだ。


「興味深いな。東方の術者が護符や朱砂の墨、特殊な導体を使うという話は聞いたことがある。しかし、その体系を扱いながらヴァルドレンで学ぶ者に会うのは初めてだ」


彼は顎に手を当てた。


「ならば、君には少し変わった杖を探す必要がありそうだ」


カラムが首を傾げた。


「どれくらい変わっているんです?」


男は微笑んだ。


「君には想像もつかないくらい、かな」


それから、彼は自ら名乗った。


「私はアリステア・ソーン。この店の第五世代の創業者の一人だ。私の家系は何世代にもわたって杖を作ってきた。向こうに並んでいる魔法の箒は、私の共同経営者が担当している」


彼は杖を収めた棚へと歩いていった。


「さて、どれがいいか……」


アリステアは引き出しをいくつか開け、それぞれの箱に貼られたラベルを確認していった。クルミ材の杖を一本取り出して調べたあと、元に戻す。続いて、結晶繊維を芯に使ったトネリコ材の杖を手にしたが、数秒眺めただけで首を横に振った。


「いや、これは駄目だ。念動術に対する反応が強すぎる」


彼はさらに探し続けた。


「こちらは伝達性能が優れているが、柔軟性が足りない」


カラムは開けられていく箱を眺めながら、徐々に退屈そうな顔になっていった。


「すみません、そんなに何本も調べる必要があるんですか?」


アリステアは振り返り、落ち着いた口調で答えた。


「数か月だけ使う杖が欲しいのか、それとも何年も君と共に歩んでくれる杖が欲しいのか?」


カラムは黙り込んだ。


シラスは小さく笑った。


「少しは忍耐を覚えたほうがいいよ」


「そんなに早くあの人の味方をするなよ!」


アリステアは笑ったあと、ふと手を止めた。


棚の奥深くにある引き出しの前だった。


彼はそこに貼られたラベルを見つめ、それからゆっくりと引き出しを開けた。


中には、細長い黒い箱が一つ収められていた。表面には薄く埃が積もっている。他の箱とは違い、凝った装飾は一切ない。中央にはただ一つ、小さな印が刻まれていた。


円の中に浮かぶ、一つの目。


アリステアはその箱を見つめ、次第に興奮を隠せない表情になった。


「これだ……」


彼は慎重に箱を取り出し、蓋の埃を払ってから作業台に置いた。


シラスは一歩近づいた。


「それは何ですか?」


アリステアは箱に手を置いた。


「非常に珍しい品だ。実のところ、何年もここに保管しているが、まだ相応しい持ち主に出会えていない」


彼は蓋を開けた。


中には、黒褐色の杖が一本収められていた。木の表面には青銀色の筋模様が走っている。ランプの光が当たると、その筋は深い水面に映る月光のように、かすかに輝いた。


杖の軸は完全な直線ではない。握る部分はわずかに湾曲し、繊細な彫刻が施されている。先端は細長く、銀色の筋がそこまで伸びていた。


シラスはそれを見つめた。


胸の奥に、奇妙な感覚が湧き上がる。


懐かしさとは少し違う。


まるで、遠い土地の痕跡を宿した品を前にしているようだった。まだ一度も足を踏み入れたことのない場所。それなのに、自分のルーツと深く結びついているような気がした。


アリステアは優しく杖を持ち上げた。


「この杖の名は『セレスティアル・アイ』。天眼だ」


彼は杖を回し、シラスがよく見えるようにした。


「軸には黒鉄木という木材が使われている。東方の一部地域にしか自生しない、非常に希少な木だ。耐久性に優れ、高い法力にも耐え、安定した伝達特性を持つことで知られている」


シラスは注意深く耳を傾けた。


「では、芯は?」


アリステアは、その質問を待っていたかのように微笑んだ。


「九尾天狐の毛だ」


カラムが勢いよく振り向いた。


「九尾天狐?」


「そうだ」


アリステアは杖を箱に戻したが、蓋は閉じなかった。


「東方の伝説において、九尾天狐は古代の霊獣だ。知恵に優れ、姿を変える能力を持ち、通常の感覚では捉えられないものを感じ取る力があると言われている。伝説のすべてが真実だと断言することはできないが、この芯は十数年前、東方から来た商人が私の先祖に持ち込んだものだ」


彼はシラスを見た。


「これはノーマンで一般的に使われる芯ではない。特に、認識や感応、そして古代の術法体系に関係する魔法を使う者に対して、独特な反応を示す性質がある」


シラスはわずかに眉をひそめた。


「ですが、私は水元素術が専門です。それでも相性はいいのでしょうか?」


「それこそ、私にもまだわからないことだ」


アリステアは、安易に断言しようとはしなかった。


「この杖はこれまで何人もの術者に試されてきた。ほとんど反応を示さなかった者もいれば、安定した法力の流れを維持できなかった者もいる。占術系の魔法に適性を持つ術者の中には、興味深い反応を引き出した者もいたが、長く使い続けられるほど相性の良い者は一人もいなかった」


彼は言葉を切り、杖の表面を走る銀色の筋を見つめた。


「この杖には、自分の異なる性質を調和させられる使い手が必要なのだと思う。東方の術法を基礎に持つ術者か、あるいは一般的な術者とは異なる方法で法力の流れを感じ取れる者かもしれない」


シラスは杖を見つめた。


自分の護符を思い出す。金色の紙と朱砂の墨を通して流れる道気。そして父から教わった術法体系のことも。


それは西方の秘術とは異なるものだった。集中力と道気を調える能力、そして導体と使い手の間にあるつながりを理解することが求められる。


だからこそ、この杖に興味を惹かれたのかもしれない。


「この杖の長さは?」


「三十一センチだ」


アリステアはそれを彼に差し出した。


「持ってみるといい。最初から大量の法力を流そうとはしないように」


シラスは杖を受け取った。


指先が木の表面に触れた瞬間、ひんやりとした感覚が手のひらを走った。


雪や氷のような鋭い冷たさではない。まるで湖の底深くに沈んでいる石に触れたような感覚だった。


杖に刻まれた青銀色の筋が、一瞬だけ光を放った。


シラスはわずかに目を見開いた。


アリステアはすぐにその反応に気づいた。


「ほう?」


彼は一歩近づいた。


「今、何を感じた?」


「冷たい気の流れを感じました。でも、普通の水元素とは違います」


シラスは慎重に杖を回した。


「まるで……杖の中で法力が流れているような感覚です」


アリステアの顔に、はっきりとした興奮が浮かんだ。


「実に興味深い」


彼は作業台へ戻り、大きな羅針盤に似た金属製の装置を取り出した。


中央には円形のガラス盤があり、その周囲には魔術記号が刻まれた複数の輪が取り付けられている。ガラスの下には小さな針があり、その隣には複数の目盛りが弧を描くように刻まれていた。


「これは『ソーミック・レゾネーター』。使用者と杖の間に生じる共鳴反応を測定する魔導具だ」


彼は装置を作業台に置き、いくつかの記号を調整すると、中央にある小さな台座を開いた。


「杖をここに置き、少量の法力を流してみなさい。無理に杖を思いどおりに動かそうとしなくていい。自然な流れに任せるんだ」


シラスは頷いた。


彼は天眼を台座に置いた。


黒褐色の杖は、二本の金属製の支えの間にぴたりと収まった。銀色の魔導具を背景に、その木肌が際立っている。


シラスは一度息を吸い、目を閉じた。


手のひらから杖へ、少量の法力を流し始める。


最初は何も起こらなかった。


ソーミック・レゾネーターの針がわずかに震えたあと、最初の目盛りのところで止まった。


アリステアは注意深く観察していた。


「焦らなくていい。法力が自ら道を見つけるのを待つんだ」


シラスはさらに集中した。


法力の流れを特定の方向へ無理に押し込もうとはせず、護符を描く前に道気を調えるときと同じように、安定した流れを保つことだけに意識を向けた。


一秒。


二秒。


そして突然、天眼の表面を走る青銀色の筋が光り始めた。


ソーミック・レゾネーターの針が動き出す。


最初は少しずつだった。だが、やがて速度を増し、最初の目盛りを次々と越えていく。ガラス盤がかすかに振動し、周囲の魔術記号が小さな星のように一つずつ輝き始めた。


アリステアはすぐに身をかがめ、装置を覗き込んだ。


「そんな、まさか……」


カラムも近づき、目を見開いた。


「何が起きてるんだ?」


アリステアはすぐには答えなかった。


針は動き続けていたが、一直線に進んでいるわけではなかった。いくつもの目盛りの間を揺れ動き、まるで複数の異なる法力の流れに同時に反応しているかのようだった。


シラスは、手の中の杖が徐々に温かくなっていくのを感じた。


最初に感じた冷たさは、いつしか心地よい感覚へと変わっていた。まるで岩の隙間を水が流れていくようだった。


そのとき、彼の脳裏にぼんやりとした光景が浮かんだ。


銀色の霧の中に、輝く一対の瞳があった。


それは、はるか遠くのどこかから、まっすぐに彼を見つめていた。


だが、その光景はすぐに消え去った。


シラスは目を開けた。


その瞬間、ソーミック・レゾネーターの針が止まった。


部屋の中に静寂が戻る。


アリステアは装置を見つめ、それから台座に置かれた杖へと視線を移した。驚きに満ちていた表情は、やがて隠しきれない笑みへと変わっていった。


「実に驚くべきことだ……」


彼は顔を上げ、シラスを見つめた。


「どうやら私は、正しい持ち主が現れるのを待つために、何年もこの杖を保管していたらしい」


シラスは天眼を見つめた。胸の奥には、まだ消えない奇妙な感覚が残っていた。


この杖が自分をどこへ導くのかはわからない。その奥に秘められた性質についても、まだ理解できていない。


だが、一つだけ確かなことがあった。


これは、普通の魔法の杖ではない。


第20章・完

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