第12章:借刀殺人
エヴァーミアの松林は、相変わらず薄白い霧に包まれていた。
古い松の木々が高くそびえ立ち、その枝葉は幾重にも重なり合って、巨大な天蓋となり、昼の光の大部分を遮っている。風が枝の間を吹き抜け、低く穏やかなざわめきを生み出していた。時折、乾いた葉が数枚舞い落ち、苔に覆われた地面へ静かに降り積もる。
しかし、森の中にある開けた場所には、そんな穏やかさなど微塵もなかった。
何十人もの同じ顔をした少女たちが、シラス・バイとカラム・マーロウを取り囲んでいた。それぞれが杖を手にし、好奇心と興味が入り混じった視線を向けている。まるで目の前の二人が、見つけたばかりのおもちゃであるかのように。
カラムは念動術で周囲の岩を浮かせ、近づいてくる分身たちとの距離を保とうとしていた。
その隣では、シラスが法鈴を手のひらに収めていた。何度も感知を試みたが、鈴を鳴らすたびに返ってくる揺らぎが幾重にも重なり、フィニアンの居場所を特定できずにいた。
現在の状況は明白だった。
敵は圧倒的な数を誇り、複数の方向から連携して攻撃を仕掛けてくる。一方、二人はまだ分身を見分ける方法を見つけられていない。
このまま戦い続けても、自分たちの体力を無駄に消耗するだけだ。
シラスは深く息を吸い込んだ。
戦術を変える必要がある。
彼はわずかに顔を傾け、小声で呼びかけた。
「カラム」
「何?」
「敵の陣形を崩してくれ。念動術で俺たちの周囲に障害物を作るんだ。石や枝を動かして、分身同士を引き離す」
カラムは迫ってくる少女たちを一瞥し、それから友人へ視線を戻した。
「つまり、ここを建設現場に変えろってこと?」
「他にいい案があるか?」
「ないよ。でも、事態が悪化する前に反対した人間として、ちゃんと記録しておいてほしいね」
「記録した。さあ、やってくれ」
「本当に協調性のかけらもないな!」
口では文句を言いながらも、カラムはすぐに両手を掲げた。
彼の周囲で法力が揺らめく。
地面に散らばっていた岩が震え始め、次々と宙へ浮かび上がった。枯れた松の枝、折れた木の根、小さな石ころまでもが元の場所から引き剥がされ、開けた場所を取り囲むように配置されていく。
大きな岩が粗末な盾となって立ち並び、枝は互いに絡み合い、その隙間を埋めていった。
ほどなくして、シラスとカラムの周囲は狭い迷路のような空間へと変わり、分身たちの陣形はいくつもの小集団に分断された。
一人の少女が前進しようとしたが、目の前に大きな岩が立ちはだかった。
別の分身は障害物を迂回することに成功したものの、今度は交差する枝の壁に行く手を阻まれる。
反対側から放たれる攻撃も、すぐにその勢いを削がれた。
「おや、ようやく頭を使い始めたね!」
頭上から少女の声が響いた。
彼女は依然として松の枝に腰掛け、足をぶらぶらと揺らしていた。表情には、少しの焦りも見られない。
「でも、岩をいくつか並べたくらいで、私を止められると思っているの?」
カラムは顔も上げずに答えた。
「さあね。でも少なくとも、君が延々と喋り続けるのは防げるかもしれない」
あちこちから、くすくすと笑い声が上がった。
「君って本当に面白いね」
「よく言われるよ」
「じゃあ、少し経っても笑っていられるといいね」
直後、分身たちが一斉に杖を掲げた。
無数の魔法の光が障害物へ向かって放たれる。
ドォン!
岩が激しく揺れた。いくつかの破片が落ちたものの、防御壁はまだ完全には崩れていない。
カラムは歯を食いしばり、念動術を使って岩をその場に留め続けた。額には汗が浮かび始めている。
「シラス、もう少し早くできない? 森全体の建築士を務めるほどの体力はないんだけど!」
シラスはすぐには答えなかった。
彼は守られた空間の中央に腰を下ろし、法鈴を手のひらに載せていた。周囲では戦闘の音が鳴り響いているが、それらを意識から追い払おうと努めていた。
今度は、一人ひとりの位置を特定しようとはしない。
もっと小さなものに意識を向けていた。
空気中に漂う微かな揺らぎ。
森の中を流れる霊性の動き。
そして、呼吸。
シラスは法鈴をそっと振った。
チリン……
鈴の音が響く。
彼は固く目を閉じた。
曖昧な感知の波が鈴から広がり、周囲の存在に触れてから戻ってくる。何十もの揺らぎが依然として重なり合っていたが、シラスは焦ってそれらを区別しようとはしなかった。
もう一度、鈴を振る。
チリン……
周囲の音が、少しずつ遠のいていくように感じられた。
岩がぶつかり合う音。
魔法が爆発する音。
防御を維持するために歯を食いしばるカラムの声。
すべてがそこに存在している。だが、シラスの意識の中では、次第に薄れていった。
彼が探しているのは、別のものだった。
一つの呼吸。
旅を始めてから、何度も耳にしてきた、あの新しい仲間の呼吸。
そして突然、シラスはそれを捉えた。
規則的だった。
弱々しいが、乱れてはいない。
フィニアンの呼吸だ。
シラスは目を見開いた。
南東だ!
彼は法鈴の感知範囲をもとに距離を素早く推測した。フィニアンは現在地から二百メートルも離れていない場所、戦闘地点の南東側にいる。
彼はまだ生きている。
少なくとも、そのことだけは確信できた。
シラスはカラムの方へ身を寄せ、できる限り小さな声で告げた。
「フィニアンを見つけた。南東だ。ここから二百メートルも離れていない」
カラムは一瞬、動きを止めた。
「本当か?」
シラスはうなずき、すぐに作戦を説明した。
最初、カラムは困惑した様子を見せた。絶え間なく防御壁を攻撃する分身たちを見て、それから、本気なのかと問いかけるようにシラスを見つめた。
「本当に大丈夫なのか?」
「完全には確信できない」
「素晴らしい答えだね!」
「でも、今ある中では一番の好機だ」
カラムは数秒間黙り込んだ。
そして、ため息をつく。
「分かった。作戦に従うよ」
シラスは小さくうなずくと、すぐに足元に置いてあったスーツケースを開いた。
中を探り、普段あまり使わない道具をいくつか確認した末に、淡い青色をした小さな玉を取り出した。
表面には、同心円状に刻まれた符文が幾重にも走っている。細かな文字が連なり、術法に精通していない者には読み解くことすら難しい、複雑な構造を形作っていた。
それは、伝音霊玉だった。
道気と玉に刻まれた符文の共鳴を利用し、音声を遠くまで伝えるための法器である。
シラスはアウレリアン・ポートからこれを持ってきていたが、まさかこんな状況で使うことになるとは思っていなかった。
彼は玉を握りしめ、符文へ道気を流し込んだ。
最初、玉の表面に淡い光が浮かぶだけだった。
やがて、符文の輪が一つずつ輝き始め、水面に広がる波紋のように光が連なっていく。
シラスはさらに道気を注ぎ込んだ。
大量のエネルギーが身体から抜けていくにつれ、彼の顔色は徐々に青ざめていった。こめかみを汗が伝い、玉を握る手もかすかに震え始める。
伝音霊玉は、普通の声を常識外れの大きさに増幅するために作られた法器ではない。
山や森の地形を越えて声を遠くまで届け、しかも明瞭に聞き取れるようにするには、共鳴する符文をすべて起動させるため、大量の道気を維持しなければならなかった。
簡単なことではない。
ましてや、戦闘の最中に冷静さを保たなければならない状況ではなおさらだ。
「大丈夫か?」とカラムが尋ねた。視線は防御壁から離れていない。
「問題ない」
「幽霊みたいな顔色になっているぞ」
「だったら、俺を見るのはやめて、分身たちに集中してくれ」
カラムは唇を引き結び、岩を操り続けた。
やがて玉の符文がまばゆく輝き始めたとき、シラスはこれ以上道気を注ぎ込めないことを悟った。
彼は深く息を吸い、伝音霊玉を掲げた。
そして、大声で叫んだ。
「聞け、エヴリン!」
シラスは玉を強く握りしめ、残された道気を符文へと注ぎ込んだ。
「俺たちはアウレリアン・コーストから来た二人組だ! 現在、エヴァーミアの松林北東部、スカイシャドウ湖の近くにいる!」
彼は一拍置き、挑発するような声で続けた。
「腕に覚えがあるなら、ここまで来てみろ! 怖いのなら、どこかの穴にでも隠れて震えているんだな!」
言い終えると、シラスは伝音霊玉を地面に投げ捨て、すぐにカラムへ耳を塞ぐよう合図した。
カラムは理由を尋ねなかった。
素早く両手で耳を覆う。
五秒後、玉に刻まれた符文が一斉に輝いた。
轟音が響く。
その直後、シラスの声が信じられないほど増幅され、松の木々の間を突き抜け、斜面を越え、四方へと広がっていった。
一言一句が、森の中に鮮明に響き渡る。
近くにいる者だけではない。
その声は周辺の地域にまで届き、鳥たちは驚いて木々の枝から飛び立ち、休憩していた学生たちも慌てて顔を上げた。
少し離れた開けた場所では、食事をしていた学生の一団が、一斉に口を止めた。
「今の、誰かが叫んだのか?」
「いや……声が森全体から聞こえてきたような気がする!」
「何だって? 昼間からエヴリン・アシュフォードを挑発する奴がいるのか?」
一方、シラスとカラムのいる場所では、最後の残響がようやく消え去ろうとしていた。
カラムはゆっくりと両手を下ろした。
地面に転がった玉を見つめ、それから信じられないという顔でシラスを見た。
「今のは何をしたんだ?」
シラスは荒い息を吐きながら、呼吸を整えようとしていた。
「伝音だ」
「伝音なのは分かってる! でも、森中にお前の挑発を聞かせたんだぞ!」
シラスは膝に手をつき、かすかに笑みを浮かべた。
「計画どおりだ」
「これが計画なのか?」
カラムは、シラスが熱でも出していないか確かめるような目で見つめた。
「王家の魔導具を持っているかもしれない、圧倒的な力を持った、しかも性格が最悪な相手に向かって、臆病者呼ばわりしたんだぞ!」
「そのとおり」
「どれだけ危険なことをしたか分かっているのか?」
「分かっている」
「それなのに、どうしてやったんだ?」
シラスは立ち上がり、服についた埃を払った。
「彼女に来てほしいのは、俺たちと戦わせるためじゃない」
カラムは言葉を失った。
シラスはフィニアンが救助を待っている南東の方角を見つめた。
「別の相手と戦わせるためだ」
一瞬、カラムは黙り込んだ。
それから、ゆっくりとシラスへ顔を向ける。
「……東方の兵法書を読みすぎたんじゃないか?」
シラスは小さくうなずいた。
「そうかもしれない」
「どの策の話だ?」
「借刀殺人だ」
シラスは眼鏡の位置を指で直した。
「父さんが東方から持ち帰った本で読んだことがある。考え方は単純だ。自分より強い敵に直接立ち向かうのではなく、別の勢力を利用して代わりに戦わせる」
カラムは数秒、彼を見つめた。
「その別の勢力って、エヴリンのことか?」
「そのとおり」
「それで、僕たちが彼女に戦わせたい相手は?」
シラスが微笑み、答えようとしたそのとき、障害物の向こう側から冷たい声が響いた。
「海猿どもはどこ?」
シラスの笑みが、ぴたりと固まった。
カラムはゆっくりと振り返る。
エデヴェインの少女の分身たちの間で、白い光が瞬いた。
開けた場所の中央に、一人の人物が姿を現す。金髪が風に揺れ、キングスフィールドの紋章をつけたマントには、埃ひとつ付いていない。
エヴリン・アシュフォードが到着したのだ。
彼女は分身たちの間に立ち、同じ顔をした少女たちに一瞥をくれると、シラスとカラムに視線を止めた。
「おや」
彼女の口元がつり上がる。
「見つけたわ!」
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エヴリンの出現によって、森の空気は一変した。
エデヴェインの少女は依然として松の枝に腰掛け、笑みを消そうともしなかった。まるで思いがけない贈り物でも受け取ったかのように、エヴリンを見つめている。
「あら、エヴリン。ずいぶん早かったね!」
エヴリンは彼女を見ようともしなかった。
視線は、障害物の向こうに立つ二人の少年だけに向けられている。
「ようやく姿を現したわね、シラス・バイ」
シラスは答えなかった。
呼吸を整えようとしていたが、先ほど消費した大量の道気のせいで、頭が少しふらついていた。伝音霊玉は役目を果たしたものの、その代償は決して小さくなかった。
カラムは半歩前に出て、友人の前に立った。
「たった数日しか会っていないのに、そこまで僕たちが恋しくなったのか?」
エヴリンは笑った。
「恋しい?」
彼女は首を傾けた。
「ルシアンを脱落させ、銀の滝で私を撤退させた二人が、運に恵まれなくなったらどれほど生き残れるのか。それを見てみたいだけよ」
「それは感動的だね」
カラムはため息をついた。
「前回の戦い方が見苦しかったことを謝りに来たのかと思ったよ」
「あなた……」
エヴリンの笑みが消えた。
一瞬、彼女の目は周囲の分身たちさえ黙らせるほど冷たくなった。
「アウレリアン・コーストに生まれたことを、必ず後悔させてやるわ」
彼女は杖を掲げた。
しかし、エヴリンが魔法を放つよりも先に、エデヴェインの少女が一歩前へ出て、二人の間に割って入った。
「ちょっと待ってよ。あの二人は先に私が狙っていたんだから」
エヴリンは横目で彼女を見た。
「どきなさい」
「でも、私が先に見つけたんだよ? あなたが突然現れて、私の楽しみを奪うなんてひどくない?」
「知ったことではないわ」
エヴリンは杖をさらに高く掲げた。
「どかなければ、次はあなたが標的になるわよ」
エデヴェインの少女は瞬きをし、それからくすりと笑った。
「相変わらず気難しいね」
その瞬間、シラスはあることに気づいた。
エデヴェインの少女は、エヴリンを恐れていない。
相手が特別な身分を持ち、強力な魔導具を所持している可能性を知っていても、彼女は平然としていた。それどころか、エヴリンの怒りを楽しんでいるようにさえ見える。
つまり、この少女は自分が誰と対峙しているのか理解していないか、あるいは本当に恐れる必要がないほどの自信を持っているのか。
どちらにせよ、シラスは二人の間に巻き込まれたくなかった。
彼はカラムの方へわずかに顔を傾けた。
「準備しろ」
カラムは何も尋ねなかった。
両手に力を込めると、周囲の小石がすぐさま浮かび上がった。
向かい側では、エヴリンがすでに我慢の限界に達していた。
「最後にもう一度だけ言うわ」
彼女はエデヴェインの少女を真っすぐ見据えた。
「どきなさい」
少女はただ微笑んだ。
「嫌だよ」
森を短い沈黙が包み込む。
そして、エヴリンの姿が消えた。
転移したわけではない。
ただ、肉眼では追いきれないほどの速度で移動したのだ。
杖から光が放たれ、エデヴェインの少女へと一直線に向かう。
だが、その瞬間、何十もの分身が一斉に動いた。
それぞれが杖を掲げ、主人の前に幾重もの結界を展開する。光と防御層が激突し、松の木々の間に轟音が響き渡った。
ドン!
法力の衝撃波が乾いた葉を吹き飛ばす。
エヴリンは一歩後退し、その目にわずかな驚きを浮かべた。
一方、少女は元の場所に立ったまま、笑みを崩さなかった。
「本当に短気なんだから」
シラスは目の前の光景を見つめ、静かに息を吐いた。
作戦は成功した。
だが、それはまだ最初の一歩にすぎない。
なぜなら、今ここにエヴリンがやって来た。
そして二人には、まだフィニアンを救い出し、この森から脱出し、残り五日間の試験を生き延びるという課題が残されている。
シラスは拳を握りしめ、気持ちを落ち着かせようとした。
「カラム」
「何?」
「ここを離れるぞ」
カラムは、次の戦闘に備える二人の少女を見つめ、それからうなずいた。
「今回は完全に同意だ」
エヴァーミアの松林で、二人の捕食者がついに対峙した。
そして、その対決の火種を作ったシラスとカラムは、森からの脱出路を探し始めた。
第12章・完




