第11章:エデヴェインの少女
フォルストヴェイル渓谷
フォルストヴェイル渓谷の岩壁に隠れるように、小さな洞窟がひっそりと口を開けていた。
外から差し込む光は、洞窟の入口にある狭い隙間を通るのが精一杯だった。その光が照らす湿った地面には、乱雑な足跡がいくつも長く伸びている。冷たい岩の匂い、青々とした苔、そして空気中に漂う水気が、この場所の息苦しさをいっそう際立たせていた。
「やめて……お願いです、どうか許してください……」
少年が岩の床にひざまずき、震える声で懇願していた。胸元にはアウレリアン・コースト州の紋章があったが、今ではすっかり泥と埃にまみれている。
その前に立っていたのは、エヴリン・アシュフォードだった。
彼女の金髪は驚くほど整ったままで、土埃ひとつ付いていない。学生用のマントも裾がわずかに乱れている程度で、その表情はまるで無害な暇つぶしでも楽しんでいるかのように、落ち着き払っていた。
エヴリンは一歩近づくと、白い指で少年の襟首をつかみ、軽々と引き起こした。少年の靴が岩の床を滑るほどだった。
彼女は少年の胸元にある紋章を指さした。
少年は自分の胸を見下ろした。その瞬間、彼は悟った。
アウレリアン・コースト。
この州の出身者の誰かが、エヴリンの怒りを買ったのだろう。そして今、何の関係もない自分が、彼女の鬱憤を晴らすための標的にされている。
「ち、違います! 僕じゃありません! あなたと彼らの間に何があったのか、僕は何も知りません! お願いです、僕はただ、この試験を突破したいだけなんです!」
エヴリンは少年を岩壁へと突き飛ばした。
少年はよろめき、突き出た岩にぶつかると、そのまま冷たい地面に倒れ込んだ。
洞窟の中に、鈍い音が響く。
少年は頭を抱え、入口へ向かって這いずろうとした。しかし、エヴリンはすでに杖を掲げていた。淡い青色の光が瞬く間に少年を包み込み、生命術の効果によって傷がみるみる塞がっていく。
痛みは和らいだ。
だが、恐怖だけは消えなかった。
「立ちなさい」
少年は赤く腫れた目で彼女を見上げた。
「お願いです……」
「立ちなさいと言ったのよ」
少年は震える手を地面につき、どうにか立ち上がろうとした。膝にはほとんど力が入らなかったが、それでも必死に彼女の命令に従った。
エヴリンはしばらく少年を観察していた。震える足元から青ざめた顔へと視線を移し、まるで相手があとどれほど耐えられるのかを測っているかのようだった。
彼女は少年の周囲をゆっくりと歩く。靴の踵が足元の小石をかすかに踏み砕いた。
「海から来た野蛮人ども……」
エヴリンの口元から笑みが消えた。
「あなたたちの中の数人が私に逆らったせいで、私はあちこち探し回る羽目になった。でも、まあいいわ。見つからないのなら、一人ずつ片づけていけばいいだけだもの」
少年は目を見開いた。
「頭がおかしいんですか! そんなこと、僕に何の関係があるんですか!」
エヴリンは少年の胸元の紋章に手を伸ばし、金属の表面を指先で軽く叩いた。
「あなたはあいつらと同じ紋章を身につけている。それで十分よ」
少年は、信じられないものを見るような目で彼女を見つめた。
「どうして……僕があなたに何をしたっていうんですか?」
エヴリンは杖を握る手に力を込めた。
「試験の内外を問わず、私自身の手で一人残らず始末してやるわ!」
彼女は杖を持ち上げた。
これ以上、説明するつもりはない。
交渉の余地など、最初から存在しなかった。
やがて、エヴリンは十分に気が済んだのか、ようやく一歩後ろへ下がった。
そして少年の首に掛けられていた試験用のペンダントを乱暴に引きちぎった。
銀色の光が一瞬にして弾け、少年の身体を包み込む。
次の瞬間、少年の姿は洞窟から消え、ヴァルドレン王立大学の大広間へと転送されていた。
エヴリンは目の前の空間を見つめ、袖を軽く払った。
「つまらないわね」
「二百十六点……」
彼女は不満げな表情でつぶやいた。
エヴリンにとって、点数など単なる数字に過ぎない。
彼女が本当に求めているのは、他人を自分の前にひざまずかせる、その感覚だった。
彼女は踵を返し、洞窟の外へと歩き出した。
外では冷たい風がフォルストヴェイル渓谷を吹き抜け、草原の草を揺らしていた。太陽は西へと傾き、夕暮れの最後の光が岩壁を淡い金色に染めている。
エヴリンはクラウンフェルの山並みに目を向けた。
「せいぜい隠れていなさい、シラス・バイ」
彼女の口元がわずかにつり上がる。
「必ず見つけ出してあげるわ」
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エヴァーミアでの二日間
シラス、カラム、そしてフィニアンが協力関係を結んでから、二日が経過していた。
その間、エヴァーミアの松林は三人にとって、まさに本物の戦場と化していた。
一見静かな小道には、点数を狙う学生たちの集団が頻繁に現れる。木々の間に広がる空き地では不意の戦闘が繰り広げられ、谷間や洞窟は、法力の回復を必要とする者たちの一時的な隠れ家となっていた。
二日間で、シラスは四十五点を獲得していた。
カラムは六十七点、フィニアンは三十二点。
試験終了まで残り五日。クラウンピークを目指すことを考えるには、まだ長い道のりが残されていた。
問題は、エヴァーミアで遭遇する相手が決して手強い者ばかりではない、ということだった。
特にキングスフィールド出身の学生たちは厄介だった。
「正直に言うと、石を何個か投げるだけで点数が取れた頃が懐かしくなってきたよ」
歩きながら、カラムは肩に掛けたリュックのベルトを引き直し、愚痴をこぼした。
「今じゃ誰と遭遇しても結界を張るし、魔導具を使うし、妙な魔法を山ほど持ってる。昨日なんて、帽子に石をぶつけただけで、丘の半分を追い回されたんだからな!」
前を歩いていたシラスが振り返る。
「謝ってみたらどうだ?」
「謝ったよ!」
「それで、相手は何て?」
「許してほしければ、まず僕の足をへし折るってさ」
シラスは数秒ほど黙り込んだ。
「うーん……それなら、もう謝らなくていいと思う」
魔法の箒にまたがっていたフィニアンは、思わず笑いを漏らした。
「少なくとも、次はもっと正確に投げるべきだってことは分かったな」
「お前はどっちの味方なんだよ?」
「丘の半分も追い回されていない側だ」
カラムはため息をつき、それ以上議論するのをやめた。
この二日間の戦闘で、三人は学生たちの実力差をはっきりと思い知らされていた。普段の戦闘では目立たない者でも、特定の用途に特化した魔導具や、あらかじめ準備していた魔法を持っている場合がある。
三人は何度も別々の方向へ逃げ、相手を欺きながら、再び合流する方法を探さなければならなかった。
シラスが作戦を立て、フィニアンが上空から偵察を担当する。そしてカラムは念動術を駆使し、障害物を作ったり、敵の注意をそらしたり、仲間の撤退を援護したりしていた。
それは決して華々しい勝利ではなかった。
しかし、十日間にわたる試験において、あまり大きな代償を払わずに勝利することは、見栄えのする戦いを繰り広げた結果、チーム全員が戦闘不能になるよりもずっと賢明だった。
カラムもどうやらそのことを理解し始めていたようだ。もっとも、走らされるたびに文句を言うのは相変わらずだったが。
現在、三人は山頂へと続く小道を進んでいた。松林は徐々にまばらになり、山の斜面の向こうに、薄い灰色の空が見え始めていた。
次の目的地は、スカイシャドウ湖だった。
地図によれば、その湖はエヴァーミア東部の丘陵地帯にある窪地に位置している。湖の周辺は比較的開けているものの、周囲に点在する小さな森や岩壁は、待ち伏せに適した地形だった。
カラムは周囲を見回しながら尋ねた。
「なあ、フィニアン。エヴリンは今どこにいると思う? エヴァーミアに来て二日も経つのに、あいつの姿を全然見かけないんだけど」
フィニアンは鼻を鳴らした。
「あの性格なら、二人と同じ州の出身者を探して、八つ当たりしているんじゃないか」
カラムは眉をひそめた。
「本当にそんなことをしていると思うか?」
「そう思うだけじゃない。ほぼ間違いないと確信している」
フィニアンは腰の脇にある鞄のベルトを強く握った。
「前に遭遇したときから、あいつには問題があると思っていた。人を見る目つきも、話し方も……まるで周りの人間は全員、自分に仕えるためだけに存在しているとでも思っているようだった。あいつは勝ちたいだけじゃない。相手を服従させたいんだ」
彼は一度言葉を切り、さらに険しい声で続けた。
「見つけられるなら、仲間たちにしたことの報いを必ず受けさせてやる。ああいう連中は、放っておけばおくほど危険になる」
カラムはすぐには答えなかった。
銀の滝での戦いを思い出していた。状況が不利になっても笑みを浮かべていたエヴリンの姿。そして、シラスが止めるよりも早く、彼女を転送してしまったあのペンダントのことも。
「問題は、あいつがどこにいるのか、僕たちにも分からないってことだ」
「だからこそ、あいつに見つかる前に、こちらから見つけたいんだ」
シラスはため息をついた。
フィニアンの怒りに完全に賛同しているわけではない。だが、その懸念は理解できた。
強敵であるだけでも十分に危険だ。それに加えて、偏見を理由に他人を攻撃することもいとわない相手なら、なおさら厄介だった。
「捜索は続けよう」とシラスは言った。「ただし、エヴリンを追うことに夢中になって、本来の目的を忘れないように。もし彼女が現れたら、そのときの状況に応じて対処する」
フィニアンは渋々うなずいた。
「分かった」
カラムは二人を見てから、ため息をついた。
「僕はただ、スカイシャドウ湖に魚がいることを願うよ。燻製肉ばかり二日も食べていたら、そろそろ尻尾が生えてきそうなんだ」
「魚を捕まえてみればいい」とシラスが言った。
「素手で?」
「念動術があるだろ」
カラムはしばらく黙り込んだ。
「時々、本当に思うんだけどさ。僕の愚痴をいつも新しい仕事に変えるのはやめてくれない?」
三人は再び歩き始めた。
シラスはおよそ十分おきに法鈴を取り出し、軽く振って周囲の揺らぎを探っていた。エヴリンの正確な居場所が分かるとは期待していない。だが、少なくとも、生物や霊体が近づいてきたときに察知する助けにはなる。
次の確認を行ったとき、澄んだ鈴の音が響いた。
チリン……
シラスは足を止めた。
「北東に三人いる」
フィニアンはすぐにその方向を振り返った。
「どのくらい離れている?」
「正確な距離はまだ分からない。でも、法鈴の感知範囲内にはいる」
「俺が先に様子を見てくる」
フィニアンは魔法の箒を傍らに立てかけ、その柄にまたがった。足元にそよ風が巻き起こり、彼の身体を地面から持ち上げる。
「近づきすぎるな」とシラスが念を押した。「何か異常を見つけたら、すぐに戻ってこい」
フィニアンは手を上げて了解の合図を送り、北東へ向かって飛び去った。
その姿が木々の間に消えていくのを、シラスは見送った。
「何事もなければいいけど」
カラムは腕を組んだ。
「ここ二日間の僕たちの運を考えると、逆の心配をしておいたほうがいいと思うけどね」
シラスは彼を横目で見た。
「そういうことを言うのはやめてくれないか?」
「僕はただ、客観的に状況を分析しているだけだよ」
「なら、もう少し小さな声で分析してくれ」
カラムが言い返そうとしたそのとき、シラスは再び法鈴を手に取った。
目を閉じ、感知範囲に広がる揺らぎに意識を集中させる。
最初は、何も異常はなかった。
だが突然、見知らぬ魔力の流れが、彼の感知を横切った。
それはあまりにも速く、強烈だった。まるで意識の中に広がる霧を、鋭い刃物で貫かれたかのような感覚が走る。
シラスは目を見開いた。
「まずい!」
カラムがすぐに振り向く。
「どうした?」
「魔法がフィニアンに向かって飛んでいる!」
シラスは法鈴を鞄にしまい、北東へ向かって走り出した。
二人は茂みをかき分け、地面から突き出した松の根を飛び越えて進んだ。低い枝が服をかすめたが、誰も足を止めなかった。
シラスはただ、フィニアンが十分な速さで攻撃を避けられることを願っていた。
しかし、現場に到着した二人の目に最初に飛び込んできたのは、魔法の箒だった。
それは大きな松の枝に引っかかり、柄が大きく傾いていた。銀色の植物繊維で作られた箒の尾も、細い枝に絡まっている。
フィニアンの姿はどこにもなかった。
シラスはすぐに周囲を見回した。
「フィニアン!」
返事はない。
カラムは木の根元まで歩み寄り、上を見上げた。
「自分から箒を置いていくはずがないよな」
シラスは法鈴を取り出し、軽く振った。
チリン……
鈴の音が響く。
だが、今度は返ってくる揺らぎが複雑で、ますます方向を特定しづらくなっていた。
感知範囲内に、あまりにも多くの存在がいる。
もう一度試そうとした、そのときだった。
突然、すぐ耳元で声がした。
「誰かを探しているの?」
それは少女の声だった。
澄んでいて、優しい。まるで森の中で道に迷った二人を偶然見つけたかのような、少しの好奇心さえ感じられる声だった。
シラスは驚いて振り返った。
しかし、背後にあったのは苔に覆われた松の幹と、いくつかの岩、そして茂みの間を漂う薄い霧だけだった。
誰もいない。
「どうしたんだ?」とカラムが尋ねた。
シラスはもう一度周囲を見回した。
「いや……何でもない。聞き間違いかもしれない」
「聞き間違い?」
再び、あの声が響いた。
「それとも、私を探しているの?」
今度はシラスもカラムも、はっきりとその声を聞いた。
二人は同時に顔を上げる。
地上からおよそ六メートルの高さにある松の枝の上で、一人の少女が足をぶらぶらと揺らしながら腰掛けていた。
彼女はエヴリンとよく似た制服を着ていたが、胸元にはエデヴェインの紋章があった。
茶色の髪は後ろで整えて結ばれている。若々しい顔立ちに、明るい瞳。そして無邪気そうな笑みを浮かべたその姿は、まるで遠足を楽しんでいる学生のようだった。
少女は片手を枝につき、首を傾けて二人を見下ろした。
「こんにちは、二人とも」
カラムはすぐに一歩前へ出た。
「フィニアンはどこだ?」
少女はぱちぱちと瞬きをした。
「フィニアン? 誰のこと?」
「茶髪で、魔法の箒に乗っていた男だ。さっきここを飛んでいっただろ」
「ああ……あの人ね?」
少女は微笑んだ。
「たぶん、知ってるよ」
シラスは目を細めた。
「彼に何をした?」
「難しい質問だね。私、たくさんの人に会っているから、全員のことなんて覚えていられないよ?」
少女の声は相変わらず穏やかで、ほとんど冗談でも言っているかのようだった。
カラムは拳を握りしめた。
「ふざけるな」
「おや?」
少女は彼を見て、くすりと笑った。
「ずいぶん短気なんだね」
その瞬間、彼女は瞬きをした。
木の幹の横に、一人の少女の姿が現れた。
そのすぐ後には、背後の岩の上にも別の少女が立っている。
わずか数秒のうちに、同じ姿をした少女たちが次々と松の幹の間や枝の上、そして小道の両側に現れ始めた。
十人。
二十人。
そして、それ以上。
全員が同じ顔、同じ髪型、同じエデヴェインの紋章をつけた制服を身につけていた。腕を組んでいる者もいれば、枝に腰掛けている者もいる。中には、シラスとカラムを興味深そうに観察しながら首を傾ける者もいた。
森全体が、同じ顔で埋め尽くされた迷宮へと変わっていく。
カラムは周囲を見回した。
「分かった……これは、かなり厄介なことになってきたぞ」
シラスは答えなかった。
彼は一体一体の姿を観察し、その違いを見つけようとしていた。
最初に枝の上にいた少女は、相変わらず微笑んでいる。
「こんな魔法を見るのは初めて?」
シラスはわずかに眉を寄せた。
「幻影術か?」
彼は一番近くに立っていた少女のもとへ歩み寄り、慎重に手を伸ばしてその肩に触れた。
指先には、確かに服の布地の感触があった。
空気をすり抜けるような、幻影に触れたときの感覚ではない。
シラスはすぐに手を引いた。
「違う……」
彼は周囲を取り囲む無数の分身を見つめ、表情を険しくした。
「これは分身玄術だ。使用者と同じ姿をした複数の分身を生み出し、それぞれに実体と物理的な相互作用を持たせることができる玄術の一種だ」
カラムが振り返る。
「つまり、ここにいる全員が僕たちを攻撃できるってことか?」
「そうだ。ただし、どんな原理で動いているのかはまだ分からない」
「じゃあ、全部倒せばいいんじゃないか?」
「そう簡単にはいかない」
シラスは手に持った法鈴を強く握った。
「もし構造の安定した分身なら、これだけの数を作り出すには大量の法力を消費するはずだ。だが、もしそれぞれの分身が魔法を使えるのなら、同時に何発の攻撃が飛んでくるのか予測できない」
枝の上の少女が、二度手を叩いた。
「賢いね!」
彼女は松の枝から飛び降り、乾いた落ち葉の上に軽やかに着地した。
「玄術について、かなり詳しいんだね。でも残念。知識があるからといって、私に勝てるわけじゃないよ」
彼女が言い終えると同時に、左側にいた分身の一人が杖を掲げた。
シラスはその動きに気づいたが、反応が一瞬遅れた。
「危ない!」
カラムが飛び出し、肩でシラスを強く押しのけた。
光線が、シラスの立っていた場所をかすめるように通り抜け、背後の木の幹に命中する。そして、小さな光の粒となって弾けた。
シラスは松葉の積もった地面を転がり、すぐに手をついて立ち上がった。
「ありがとう、カラム!」
「礼は生き残ってからにしてくれ!」
カラムは両手を掲げた。地面に転がっていた石や枝が震え始め、次々と宙に浮かび上がっていく。
少女の分身たちは、少しも怯んだ様子を見せなかった。
そのうちの一人が笑った。
そして、全員が一斉に笑い始めた。
あらゆる方向から響く笑い声によって、シラスは敵の本体がどこにいるのか、まったく判断できなくなった。
彼はすぐに法鈴を取り出した。
チリン!
鈴が鳴る。
だが、返ってくる揺らぎはあまりにも多く、互いに重なり合っていたため、区別することができなかった。
シラスは目を閉じ、意識を集中させる。
法鈴は、霊体や怨霊、妖物、あるいは霊性を持つ生物を感知範囲内で察知することができる。
しかし、対象の正体を自動的に識別できるわけではない。ましてや、相手が複雑な玄術を使っている場合、どれが本体なのかを見分けることなどできなかった。
つまり、法鈴が教えてくれるのは、周囲に何らかの存在がいるということだけ。
誰を攻撃すべきなのかまでは教えてくれない。
シラスは歯を食いしばった。
くそっ……。
広範囲攻撃の符を使えば、いくつかの分身を破壊できるかもしれない。だが、それには大量の道気を消費する。しかも、破壊した分身が再び作り出されるのかどうかも分からない。
雷法符を使えば、強力な一撃で相手に損害を与えられるかもしれない。しかし、何の意味もない分身に貴重な符を浪費する可能性もあった。
その間にも、フィニアンは行方不明のままだ。
彼がどこにいるのか、負傷しているのか、それとも森の別の場所へ転送されたのか、誰にも分からない。
「カラム!」シラスは声を張り上げた。「無闇に攻撃するな! 距離を保つことに集中してくれ!」
「そんなこと、言われなくても分かってるよ!」
カラムは腕を振るった。石の群れが三体の分身に向かって飛んでいく。
二人はすぐに身をかがめて避けたが、三人目の少女は杖を掲げ、薄い障壁を展開した。石はその障壁にぶつかり、ばらばらと地面に落ちていく。
同時に、別の二体がカラムの背後へ回り込んだ。
それに気づいたカラムは、すぐさま念動術で地面の枯れ枝を跳ね上げ、二人の進路を塞いだ。
しかし、枝が触れる直前、二人の少女は同時に杖を振るった。
光が閃く。
枯れ枝は左右へと弾き飛ばされた。
カラムは後退し、もはや冗談を言う余裕のない顔をしていた。
「なあ、シラス。一つだけ確かなことがあると思う」
「何だ?」
「この女の子、ここ二日間で遭遇した全員を合わせたより厄介だ」
シラスには反論できなかった。
彼は周囲を見回し、無数の分身の中に何か異常がないか探した。光と一致しない影、他より遅れた動き、あるいは異なる魔力の揺らぎ。
しかし、すべてが恐ろしいほど同じだった。
最初の少女は、集団の中央に立ったまま、両手を背中で組み、楽しそうな表情を浮かべていた。
「心配しないで。二人をすぐに脱落させるつもりはないよ」
彼女は首を傾け、さらに明るい笑みを浮かべた。
「それに、まだ二人がルシアンとエヴリンに何をしたのか、知らないからね」
シラスは一瞬、動きを止めた。
「エヴリンを知っているのか?」
「もちろん」
少女は瞬きをした。
「彼女はとても面白い人だよ。少し短気で、自分の思いどおりにしたがって、ときどき周りの人を困らせるけどね」
カラムは冷ややかに笑った。
「出自の違う人間を痛めつけることを、ただの迷惑行為って呼ぶのか?」
少女の笑みは変わらなかった。
「それはエヴリンと他の人たちの問題だよ。私は口を出すつもりはないから」
「だったら、どうして僕たちを襲う?」
「興味があるから」
少女は両腕を広げた。
「二人がルシアンを倒して、エヴリンを撤退させたって聞いたんだ。その噂が本当なのか、自分の目で確かめてみたくなったの」
シラスは彼女を見つめながら、少しずつ理解し始めていた。
この少女は、単純にエヴリンを守ろうとしているわけではない。彼女と同じ目的を持っているとも限らない。
目の前の相手にとって、この対決はおそらく、自分の興味を満たすための実験に過ぎないのだ。
いつでも自分の意思で始められる、力試し。
そして、シラスとカラムがこの状況から抜け出す方法を見つけられなければ、その好奇心の代償を払わされることになる。
「君の名前は?」
シラスが尋ねた。
少女は微笑んだ。
「私の名前が知りたいの?」
彼女は少し考えるように、人差し指を唇に当てた。
「いいよ。本体を見つけられたら、教えてあげる」
数十人の分身が、一斉に首を傾けた。
「でも、見つけられなかったら……」
彼女は杖を掲げた。
「もう少し遊びを続けようね」
松の木々の間で、魔法の光が弾けた。
シラスは法鈴を強く握りしめ、カラムはすぐさま周囲の石を浮かび上がらせ、防御の輪を作り出した。
仲間の一人が行方不明になった。
目の前の敵は、何十もの同じ姿をした分身を生み出すことができる。
そして、これまでシラスの危険察知を助けてきた法鈴も、今では本当の標的がどれなのかを示してくれない。
クラウンフェル試験が始まって以来、シラスがこれほど難しい問題に直面したのは初めてだった。
慎重に立ち回るだけでは、解決できそうにない。
彼は自分を取り囲む少女たちを見つめ、心の中で必死に突破口を探した。
何か方法があるはずだ……。
本体を見つけられなければ、フィニアンを救い出す機会を得る前に、二人の体力が尽きてしまう。
頭上の松の枝では、霧が静かに流れていった。
森の中に、小さな笑い声が響く。
そして、何十もの声が一斉に告げた。
「さあ、始めよう」
第11章・完




