✢ 侯爵令嬢ディアナの憧れの騎士様 1
あれは私が八歳の頃。
「うちのディアナが選ばれると思ったんだがな」
父が新聞を眺めながら言った。
第一王子の婚約者がプリムローズ様に決まり、二人の姿絵が新聞の一面を飾った。
美しい王子様と妖精のように可憐な少女を見て、「まるでおとぎ話のようだわ!」と心が弾んだのをよく覚えている。
私はその記事を鋏で丁寧に切り抜くと、お気に入りの手帳に挟んだ。
それからは、気に入った記事を収集する事が、私の密かな趣味になっていた。
私はお姫様と護衛騎士の恋物語を読んで以来、勇敢な騎士様に憧れていた。
国境に現れた五千体の魔獣を、英雄イグニスが率いる騎士団が一網打尽にしたとの記事も大切に保管した。
この国を護ってくれる騎士様に尊敬と感謝の念を抱いた。
時が過ぎ、新聞記事を集めた手帳も六冊目になった頃。
最年少で王都の剣術大会で優勝した少年の記事を見つけた。
燃えるような赤い髪に、琥珀色の澄んだ瞳。
凛々しく整った顔立ちに、無駄のない引き締まった体躯。
名前はアルフレッド・イグニス――英雄イグニスの息子だった。
(わたくしと同じ十四歳なのね)
情報通の父によると、アルフレッドは王都の騎士団の鍛錬に参加しているらしい。
騎士団は月に一度だけ鍛錬の一般公開をしていて、その日は誰でも見学できる。
私は侍女を連れて鍛錬場に足を運んだ。
お忍びなので空色の帽子を深く被り、控え目なデザインのワンピースに身を包んだ。
鍛錬場には騎士の家族の他に、若い令嬢達がたくさん押し寄せていた。
それぞれお気に入りの騎士を見つけては、黄色い声援を送っている。
きょろきょろと辺りを見回すと、赤い髪の少年が目に入った。
(アルフレッド様だわ!)
模擬試合が始まり、アルフレッドの番になった。
アルフレッドよりひと回りも大きい騎士が相手だ。
しなやかで俊敏な動き。相手を見据える琥珀色の瞳。
体格の良い大人相手にも、全く引けを取らない腕前だった。
激しいせめぎ合いが続き、私は手に汗を握りながら、心の中でアルフレッドにエールを送っていた。
相手の剣がアルフレッドの頭上に振り下ろされた時。
「あっ! 危ない!」
思わず大声が出た。
その瞬間、琥珀色の瞳と目が合った――ような気がした。
アルフレッドは笑みを浮かべると、寸前で躱して相手の剣を薙ぎ払った。
「勝者、アルフレッド!」
審判の声が鍛錬場に響くと、大きな歓声が上がった。
(すごい! すごいわ!)
私は無我夢中で拍手を送った。
それから私は毎月、鍛錬場に通い詰めた。
(学園に入学したら、お話ができるかもしれないわ!)
だが学園に入学して、彼への憧れは早々に打ち砕かれた。
アルフレッドはとにかくチャラかったのだ。
高身長で引き締まった身体に眉目秀麗な顔立ち。そして王太子の親友かつ将来の護衛候補。
その上、英雄イグニスの息子で剣技は一流。しかも侯爵家の嫡男。加えて、気さくな人柄で友人も多い。
そんな条件が揃った男がモテない筈はないのだ。
貴族らしからぬ粗野で砕けた口調ですら、一部の令嬢からは新鮮だと支持されている。
彼は周囲に群がる令嬢達に対し、まさに来る者拒まず、といった感じで調子よく応じていた。
(あんなに女にだらしない男だったなんて!)
実際は男女分け隔てなく、皆にフレンドリーに接しているだけだったのだが。
その時の私はアルフレッドに一方的に憧れて、そして勝手に幻滅して憤っていた。
なぜだか裏切られたような気分になったのだ。
恋人どころか知り合いでもないし、アルフレッドは何も悪くないのに。
王都のカフェで偶然居合わせた時、アルフレッドが私のことを「ディアナちゃん」と呼んだ。
私は話しかけられて嬉しい反面、やっぱり女の子には誰にでもそういう態度なのかと思うと、沸々と怒りが沸いてきて、ひどく冷たい態度を取ってしまった。
その後も会うたびにアルフレッドは馴れ馴れしく話しかけてきたが、一度冷たい態度を取ってしまったので、なかなか軌道修正ができなかった。
ある日。学園の授業が終わり、迎えの馬車まで歩いていたら後ろから声を掛けられた。
「よっ、ディアナちゃん。今、帰り?」
「そうですわ」
「迎えの馬車の所まで一緒に歩いていいか?」
「どうぞ、ご勝手に」
私は内心どきどきしていたが、いつもの如くそっけない返事をしてしまった。
いい加減、捻くれた自分にも腹が立ってくる。
(わたくしったら、なんでこうなのかしら)
「なあ。昔よく騎士団の鍛錬を見に来てたか?」
「⋯⋯さあ。なぜそんなことを聞くんですの?」
突然のアルフレッドからの問いかけに、思わずどきりとする。
「印象的な子がいたんだ。その子はラベンダー色の髪で、いつも空色の帽子を目深にかぶっててさ。すげえ綺麗なガーネットの瞳でこっちを一生懸命見てて。もしかして俺を応援してくれてるのかな、なんて都合よく考えたりして」
「⋯⋯」
「その子が見学に来てる日は、いつも以上に張り切っちゃってさ。それが俺の初恋」
私は思わず立ち止まって、アルフレッドを見上げた。
「あれはディアナちゃんだった」
違うと言おうとしたが、あと少しで卒業。彼とこうして話す機会も、もうないかもしれない。それにアルフレッドの琥珀色の瞳の前では嘘はつけないと思った。
「そうよ。あなたが剣を振るう姿を見に行っていたの」
途端にアルフレッドが破顔した。
「すげえ嬉しい!」
私は猛烈に恥ずかしくなって視線を逸らした。
「ね、俺達って相思相愛だよな?」
「えっ?! わたくし、あなたのことが好きだなんて一言も言っていないわ!」
「でも俺のこと見に来てたんだろ。それって好きってことじゃないのか?」
「わ、わからないわ。だって、あなた随分女慣れしてるじゃないの。わたくし、浮気性の男だけは嫌なの。他の女に目移りされて捨てられるなんて悲しすぎるもの」
「え、浮気性!? 俺、女の子と付き合ったことないし、好きになった子はディアナちゃんだけだし! ディアナちゃんのこと捨てるとか有り得ないだろ!」
「本当に?」
私は焦るアルフレッドを胡乱げな目で見た。
「本当だって! あー、何したら信じてくれるんだ? フェリクスとルシアンに証人になってもらえばいいか? あいつらは俺のことよく知ってるからな」
アルフレッドは困ったように眉を下げた。
(そういえばわたくし、彼のことよく知らないわ)
私はアルフレッドに勝手に理想の騎士像を押し付けて、勝手に幻滅していた。
物語の騎士は強くて寡黙で礼儀正しくて、お姫様だけを一途に慕っていたから。
彼自身のことを何も知ろうとしなかった。
「今まで冷たい態度を取ってごめんなさい。女性関係が派手なんだと決めつけていたわ」
「俺のこと、傍で見ててくれないか。そしたらディアナちゃん一筋だってすぐわかるからさ」
「わかったわ。自分の目でちゃんと確かめる。あなたのこと、もっと知りたいから」
私は彼ときちんと向き合おうと決意した。
「こんなに可愛げがない女が好きだなんて、あなたって変わってるわね」
「俺にはディアナちゃんが一番可愛く見えるけど?」
「そ、そういうこと、さらっと言わないで! だから女慣れしてるんだって思ってしまうのよ」
「俺、ディアナちゃんにしか可愛いなんて言ったことねえよ?」
「わ、わかったから」
真っ赤になった顔を隠すように早足で歩き出す私を、嬉しそうに追いかけてくるアルフレッド。
「卒業パーティのエスコート役、俺を選んでくれるだろ」
「さあ、まだ決めてないわ。どうしようかしら」
「赤いドレス贈るから! 恋人には自分の色を贈るんだろ? 俺の色を纏ったディアナちゃん、すげえ可愛いだろうな」
「まだ恋人じゃないわよ!」
私は少し強引なアルフレッドに呆れながらも、迎えの馬車がもう少し遠い場所にあったらよかったのに、なんてことを思った。




