✢ 侯爵令嬢ディアナの憧れの騎士様 2
あれからアルフレッドは毎日私の教室を訪れ、エスコート役に選んでほしいとお願いしてきた。
クラスメイトの興味津々な視線が背中に刺さる。
これ以上、見世物になるのは居た堪れないと思い、とうとう十一日目に承諾した。
「わ、わかったわよ。お願いするわ」
アルフレッドがぱあっと笑顔になるのを見て、なんだか心の奥がくすぐったくなった。
早速、我が家に「アルフレッド・イグニス様からのご依頼で伺いました」と王都の有名ドレス店の採寸係が訪れた。
後日、最高級の生地で仕立てられた真紅のドレスが届いたが、それには煌めく琥珀の首飾りと耳飾りまで添えられていた。
本当は一緒に店に行って選びたかったけど、近衛騎士の研修でしばらく休みがないんだ、と残念そうに彼は言った。
アルフレッドは卒業後、王太子付きの正式な護衛騎士になる。今までも公務の時は近衛の制服を纏ってフェリクス殿下に侍っていたが、さらに忙しくなるのだろう。
今後はなかなか会えなくなると思うと、ぽっかりと穴が空いたような気持ちになった。
卒業パーティ当日。アルフレッドはイグニス侯爵家の馬車で、我が家まで迎えに来てくれた。
アルフレッドが黒いタキシードを纏った姿に、私は息を呑んだ。
普段は粗野な口調と態度ばかりが目につくが、整った顔立ちと長身で引き締まった体躯の彼が正装した姿は、直視するのも憚られるほどに素敵だった。
私が言葉を失っていると、アルフレッドが満面の笑みで言った。
「ディアナちゃん、世界一綺麗だ。赤いドレス着てくれて嬉しいよ! 俺、こんなに幸せでいいのか? ひょっとして今日死ぬのか?」
口を開くと、いつものアルフレッドで少し安心した。
私は彼の胸ポケットにラベンダー色のチーフを差した。
「やっぱ俺、今日死ぬのかも」
「もう、馬鹿なこと言わないで」
そんなやり取りをしていると、私の両親が見送りに現れた。
「本日ディアナ様のエスコートの名誉を賜りました、イグニス侯爵家嫡男アルフレッドと申します。お見知りおきのほど、よろしくお願い申し上げます」
アルフレッドは両親に対し、片手を胸に添えて綺麗な礼を執った。
初めて見る彼の一面に、ふいに心臓がとくんと鳴った。
父と母は彼の礼儀正しい様子に感激し、ディアナをよろしくね、と声をかけた。
***
煌びやかなパーティ会場に着くと、すぐにフェリクス殿下とロゼに挨拶をした。
ロゼがアルフレッドを見てふわりと微笑んだ。
「今日はディアナの騎士様なのですね」
彼は嬉しそうに答えた。
「今日の俺はディアナちゃん専属だから。十一回目のアタックで、やっとエスコートの権利を勝ち取ったんだ」
「あまりにもしつこいから、仕方なく了承しただけですわ!」
言った瞬間、またやってしまった、とすぐ後悔した。
なぜ彼の前では、こんな捻くれた言葉しか出てこないのだろう。
アルフレッドは何も気にしていないようだった。
ロゼ達が踊るのを見て、「フェリクスの顔、真っ赤だぜ。あんな顔初めて見た。ルシアンにも教えてやろう」と笑っている。
(私の言ったこと、気にしてないのかしら)
踊りながら神妙な顔をしている私を彼が覗き込む。
「ん、ディアナちゃん、どうかしたのか? どっか具合でも悪い?」
「ううん。何でもないわ」
私はダンスが終わると、化粧室に行くと言って彼から離れた。
化粧室の前の廊下で俯いているとロゼが来た。
「ディアナ、どうしたの!?」
ロゼはすぐに私の背中に手を添えて、近くの休憩室に誘導した。
「どこか具合が悪い?」
私は黙って首を左右に振った。
「アルフレッド様と何かあったのね」
人の機微に敏感なロゼは、すぐに答えに辿り着いた。
「わたくし、なぜだかあの人の前だと素直になれないの」
ロゼは黙って頷いた。
「本当は嬉しかったの。ドレスを贈ってくれたことも、エスコートしてくれたことも」
恋愛小説の登場人物がうじうじしていると、なんではっきり気持ちを伝えないのか、なんて憤っていたくせに。
自分のことになると全然うまくいかない。
「こんな捻くれた嫌な女、彼に相応しくない」
ロゼが私の背中をゆっくりさすりながら言った。
「素直になれないのは、ディアナが彼のことを大好きだからよ。好きだから臆病になるの。傷つきたくなくて、強がってしまうのよ」
ロゼは穏やかな口調で続けた。
「ディアナは嫌な女なんかじゃない。今のディアナは初めての恋にただ戸惑っているだけ。わたくし、ディアナが素直で優しくて、困っている人をほっておけない正義感の強い、とっても素敵な女性だって知ってる。わたくしはそんなディアナが大好き」
ぽろりと一粒の涙が溢れた。
ロゼはそれをハンカチでそっと拭った。
「きっとアルフレッド様もわかっているわよ」
さあお化粧直しして、彼の所に行きましょう。きっと大丈夫。とロゼは微笑んだ。
***
会場に戻ると、アルフレッドが駆け寄ってきた。
「遅いから心配した。具合が悪くなってるのかも、って」
琥珀の瞳が不安そうに揺れている。彼のこんな表情も初めて見た。
「ううん。違うの。自己嫌悪に苛まれていただけ」
「自己嫌悪!?」
アルフレッドが驚いて目を見開いている。
謝りたいことがあると伝え、私とアルフレッドは人のいないテラスに出た。
「さっきはごめんなさい。『あまりにもしつこいから、仕方なく了承しただけ』なんて酷いことを言ってしまって」
「なんだ、そんなこと気に病んでたのか。俺、全然気にしてない。っていうかもう忘れてたよ」
アルフレッドがからりと笑った。
「だって、本心じゃないってわかってたから。ディアナちゃんの照れ隠しだろ」
「なんでわかるのよ」
「好きな子だから、かな」
「答えになっていないわ。好きでもわからないことってあるでしょう?」
「その時はわかるまでとことん向き合えばいい」
どこまでも前向きな精神の彼を見ていたら、自分の悩みがなんだかちっぽけに感じてきた。
「ディアナちゃんが悪いって思ってんなら、そうだなー。詫びとして一つ願い事を聞いてくれるか」
アルフレッドはいたずらっぽい笑みを浮かべた。
「いいわ。でも出来ることと出来ないことはあるわよ」
「簡単なことだよ。なあ、俺のこと名前で呼んで」
私は固まった。
名前呼びを避けていたことがばれている。
「アルフレッド、様」
「アルフでいーよ」
「アル、フ」
言った瞬間、顔が真っ赤になるのがわかった。
名前を愛称で呼んだくらいで赤くなるなんて。もう十八だというのに初心すぎて恥ずかしい。
「はあ、ディアナ可愛いな」
私を呼び捨てにしても余裕のある、目の前の男が恨めしくなる。
「やっぱり女慣れしてるじゃないの!」
思わず彼の胸をドンと叩いた。
するとその手首を優しく取られた。
「俺の身体は硬いから、ディアナの手が痛む」
そして私の手を彼の左胸の上に移動させた。
心臓が早鐘を打っているのがはっきりわかった。
「な? 俺もだいぶ余裕ないってわかっただろ」
アルフはいつだって素直に気持ちを伝えてくれる。
私も伝えなきゃ、と思った。
「わたくし、あなたのこと好きみたい。好きなのに意地を張ったり。思ってもないこと言ってしまったり、あなたといると変になるの。でも嫌われたくない。もう、どうしていいのかわからないの。誰かを好きになったのなんて初めてだから⋯⋯」
どんどん弱々しい声になり、涙までうっすら浮かんでくる。でも全部伝えないと。
アルフが優しい眼差しで私を見つめている。
「どんなディアナも可愛いと思ってる俺が、嫌いになんてなるわけないだろ。今も本音を言ってくれてすげえ嬉しいよ」
そう言うと、彼は私の手を取ったままその場に跪いた。
「俺はディアナのことが大好きです。どうか俺の恋人になってください」
「⋯⋯はい」
涙を堪えてやっとのことで返事をした私を、彼はそっと抱きしめてくれた。
「こうされるの嫌か?」
ううん、と左右に首を振る。
熱のこもった琥珀の瞳がこちらを見ている。
私が目を閉じると、温かいものが唇にそっと触れた。
***
晴れて恋人同士になった私達は、今日もカフェのテラス席で押し問答をしている。
――すぐ結婚しよう。
――まだ早いわ。お互いをよく知ってからでないと。
――結婚してから知ればいいだろ。
――だめよ、こういうのは勢いで決めるものではないわ。離婚するのは大変なんだからよく見極めないと。
――離婚なんてするわけないだろ。
――この国の離婚率を知っていて? 自分のものにした途端、冷める男って多いのよ。
――俺は絶対に冷めない。
――誰だって最初はそう言うの。
――じゃあ婚約だけでもしてくれ。
――貴族の婚約は撤回するのが大変なのよ。アルフもわたくしが相手でいいのかよく見極めて。でないと後悔するわよ。
――後悔するわけない。俺にはディアナしかいない。
――人の気持ちほど移ろいやすいものはないのよ。本当にわたくしでいいのか、最低でも一年は様子をみましょう。
――ディアナのそういう慎重な所も好きなんだけどさ。一年ってすげえ長いな。俺我慢できるかな⋯⋯
こんなやり取りが繰り返されて、アルフレッドの百一回目のプロポーズが実ったのは一年後。
やっと承諾の返事を貰えたアルフレッドは、もうこれ以上は待てないとばかりに、馬を駆って速攻で婚姻誓約書を教会に提出した。
ちなみに、婚約期間をすっ飛ばした彼を咎めるものは誰もいない。むしろ、あのアルフレッドがよく耐えたな、と感心すらされている。
両家の親達は、イグニス侯爵家の庭園で優雅にお茶を飲んでいた。
「あらあらやっとなのね」
「結婚式は盛大にしましょうね」
「新居は息子が一年前から用意しているから、すぐに住めますぞ」
「うちのディアナが随分と待たせたようですな」
「堅実で慎重な所は美徳ですよ。安心して息子をお任せできます。なんせあいつは猪突猛進ですからな」
「あなたに似たのよね」
「ふふふ、イグニス閣下の夫人への猛攻は、当時話題でしたものね」
「そうでしたかな。昔のことでよく覚えとらんなあ」
「どうぞ末永くよろしくお願いしますね」
「こちらこそ」
などと和やかな雰囲気の中、両家は若い二人の結婚を喜びあった。




